10・次こそ鬼退治で良いんだよな?
美人さんと分かれた俺たちは来た道を戻ることにした。もう昼だからどう頑張っても今日中に帰ることは出来ない。野宿は確定だ。
「もしかして、連中付けてきてるんじゃないでしょうね」
チッパイさんはそう言って辺りを警戒している。
「そうかもしれないけど、簡単には見つけられないよ」
ハナが苦笑しながらそう返答した。ハナが見つけられない相手を俺やチッパイさんが発見することなどできやしない。
昨日よりも荷物が減っているので野営地は朝出発した地点より少し下流になった。ここまで来たら随分なだらかな土地が多くなる。
「もう日も沈んだし、この辺りが限界だろうな」
俺は二人にそう提案した。
「そうだね。火をつけないと暗くなるよ」
ハナがそう言って火を起こし始めた。チッパイさんは俺から少し距離を取った。
今日は昼を鬼にご馳走になったから少し食材が余っている。大したものは無いが量は昨日よりも多く食えた。
「じゃあ、今日は私が不寝番やるから」
チッパイさんがそう言ってさっさとその場を仕切りだす。
「アイ、暗闇でちゃんと見える?私は鼻が利くし、ヨシフルは暗闇でも見える魔器があるから大丈夫なんだけど」
「昨日はハナが不寝番したでしょ、コイツに不寝番やらせて襲われても嫌だし」
チッパイさんは頑なだ。
「一人が怖いなら、私も一緒にヤルよ?誰だって初めては怖いけど、私が居れば大丈夫だよ」
ハナが良い笑顔でチッパイさんにそう言うが、不寝番の話じゃないよね?それ。
「べ、別に怖い訳じゃないし。コイツが嫌なだけだし」
そう言うチッパイさんをハナが笑う。
「本当に嫌いな相手なら、アイは付いて来たりしないよね」
チッパイさんが無言でそっぽを向いた。
「まあ、二人で話してなよ。俺が見てるからさ」
女子会を始めた二人から俺は離れて見張りをすることにした。普通そうするよな?
適度に二人から離れ、俺は見張りを始めた。周りは藪の多い場所であまり見通せない。この辺りはちょうどひらけた場所で、河原のようになっている。少し先が小さな滝なので、自然の砂防ダムみたいな場所なのかもしれない。
ここから上を見ると星空が見えた。地球とは星の並びが違う。そりゃあ、地球じゃないのだから当然だ。ここは異世界なのか、それとも、同じ宇宙の、或いは同じ銀河系の違う恒星系なのだろうか。天文学に詳しくないからよく分からない。少なくとも、日本でよく見る星座は一つも見ることが出来なかった。
たった二日歩けば関に着く、ただ、あの向こうがどうなっているのかは分からない。彼らがやって来たのだから、人が歩ける道はあるのだろう。ただ、その道は散歩やハイキング程度で越せるような気軽な道とは限らない。その程度の道なら、ここも交易路として栄えているはずだ。あの滝の向こうだって、ここ以上に険しい道しかないのかもしれない。
そんなことを考えているとハナがやって来た。
「ヨシフル、アイは寝たよ。襲うなら今がチャンス」
冗談ぽくそういう。
「そんなことしたら後が怖いだろ」
「美女が二人いても何もしないって、そのうち気が狂っちゃうよ?」
ニヤニヤとハナがそんな事を言う。まあな、それは言えてるかもしれんが、だからと言ってどうしろと。
「私なら今からでも構わないよ?」
それで、誰が見張りをやるんですかね。それとも、ハナはヤリながら見張るとでもいうのか?
「さすがに交尾臭を出しながら見張るのは無理かな」
平然とそう笑っていた。
「アイも照れ隠しだから、そのうち慣れたらあんなツンツンはしなくなると思うよ?」
そうだと良いんだがな。
「それで、ハナも寝ろよ。しばらくは俺が見張ってる。起きたら代わってくれ」
そう言うと、ハナは頷いてチッパイさんの元へと向かった。
ハナと交代したのは夜中だったろうか。正確な時間は分からないが、俺も仮眠をとることにした。流石にチッパイさんのところに行くのはまずいと思ったので、少し離れて寝た。
「起きなさい」
声がしたので目を開けるとチッパイさんが居た。すでに明るかった。
「おはよう」
声をかけたがやはり警戒されているらしい。
「あんた、夜中にハナと何してたの」
はぁ?何言ってんだろうか。
「何もしてないが、どうしたんだ?」
「ハナが優しかったとか可愛かったとか言ってるんだけど?」
チッパイさんが何言ってるのか俺には分からない。
「アイ、気になるならヨシフルに頼んでみなよ」
後ろからハナがニヤニヤそんな事を言っている。
「わ、私は別に興味ないから!」
チッパイさんがそういう。ハナが俺を見てニヤニヤしている。何やってんだ?
そんなことをやりながら朝食を食べて出発した。村に着いたのは夕暮れ前だった。
よくある異世界ものだったらここで村が燃えていたりするんだろうが、そんな物語な事は起きていなかった。普通に村は平穏だった。
「ヨシフルたちが帰って来たぞ~」
村の入り口で出会った村人が皆に知らせるように声を張り上げた。さて、お婆のところに報告に行くとしますか。
俺たちはお婆に沢を登った先であった出来事を説明した。
「そうか、やはり、鬼というのはあのデカい連中の事ではなかったのか」
なぜかそう納得していた。
「今ではあの大きな鬼ばかりが知られていて、全く姿を現さない谷深くに住む黄金色の髪を持つ連中や猫程度の背しかない胴丸な連中の話は殆ど残っとらん。元来、鬼とは我らと言葉を交わせる連中の事を指していた」
お婆の話によると、鬼とは、言葉をしゃべり背丈は殆ど人間と変わらない種族の事だったという。しかし、あまりにも険しい山河に阻まれて容易に交易が行えないこの地方にとっては、時折現れる巨大な妖怪あるいは魔物を指して鬼と呼称することが常態化したのだという。
「向こうにも多くの人は暮らしてるという話だったけど?」
「そりゃあそうさ、穴掘り連中は背が低くて寸胴だが、森を駆けまわる連中は誰もが美男美女だという。それを聞いた者たちが探しに向かうのは無理もない。現に、美しい連中じゃっただろう?」
お婆にそう言われて俺は頷くしかない。どこの女優かというような金髪美人だった。後から降りてきた連中も誰もかれもが美男美女ばかりだった。どこの役者だこいつらはとそう思うほどに。
「連中は単にその見た目が優れているだけではない。身が軽く気配を消すことが出来る。だが、それは生まれ持った体がそうなのではなく、内に宿った力を使ってやっている事らしい。ヨシフルの魔砲も、アイの魔弓も、連中の力と同じものだろうな。連中なら筒や弓無しにも、弾や矢を放つことが出来るというぞ?中には手から火柱を立てるものまで居るのだそうだ」
それでは連中は正真正銘の魔法使いじゃないのか?きっとそうなんだろう。
「なぜそんな連中が自分達より弱い俺らから隠れて暮らしてるんだ?」
これは当然の疑問だろう。魔砲や魔弓なしに遠距離攻撃が可能ならば、普通の弓に頼るしかない中世頃の戦力が一般的なこの世界の人間など、魔法で一捻りではないか?圧倒的な火力差で制圧できてしまいそうなもんだ。
「それは、連中と我らの考え方の違いとしか言いようがない。我らは新たな土地を切り拓いて住処を広げる習性を持っている。大志を持ち合わせなかった稀代の魔弓師であった夫でさえも、この村を拓くことくらいは夢見ていた。だが、連中にはそのような大志はない。森の中を駆けまわることで喜びを覚える者や鍛冶仕事で高みを目指す。それが連中の大志だ。森を拓くようなことは考えない。精々、材料を掘る穴を掘り進むか、鍛冶に必要な炭を作るために木を切り倒すくらいのものだと言われておる」
聞けば聞くほどエルフとドワーフじゃないか。
「そうすると、彼らの住む処は年中暖かくて緑や果物が豊富ということ?」
ほぉ~とお婆がうなったが、すぐに笑い出した。
「たしかに、連中がまともに畑作りや狩りもせずに穴掘りか遊び惚けるだけなら、常春のような地が似合いかもしれんな。山越え谷越えを目指してた奴らもそう思ったかもしれんが、山には雪が降る、夏の初めまで雪が融けん山の向こうが常春というのはちと考えられんがのう」
確かにそうだ、普通の常識ではあちらにも寒暖が存在すると考えるだろう。盆地ならばより寒暖差が激しくなっているかもしれん。
「知りたければ、関を越えて見て来るか?」
お婆が試すようにそう言う。確かにそれは異世界冒険譚としては面白いのかもしれない。しかし、これまでの話が本当ならば、それはただの山歩きに終わることになるだろう。ヴィールヒさんも言っていた。「こちらにも人は住んでいる」と。つまり、山歩きの末に単に別の村や街にたどり着くだけでしかない。きっと、俺の想像するような異世界冒険は出来はしないだろう。
それならば、目の前にある大児退治をやった方が冒険と言えないだろうか?谷で倒したアレはどうせまぐれ当たりだ、ならば、次こそは村の狩人と力を合わせて、冒険譚が描けるのではないだろうか?
「ただの山登りをするくらいなら、大児。つまりは鬼退治をやった方が俺には合っていると思う」
「そうかいそうかい。夫と同じような事を言うね」
お婆はそう言って笑っていた。
次の日、タカの組も帰って来て報告が行われたが、山間には鬼らしき痕跡は見られないという。ヴィールヒさんが言っていたように、すでに山間の鬼は退治された後なんだろう。
あと何騎居るか分からないが、谷を下って行った鬼がどうなっているか、それをこれから探りにいかないといけない。
当然、見つけ次第退治する前提でだ。
「さて、ヨシフルとタカの話からすると、山にはもう、鬼は居ないようだね。今日明日は休みな。今度はお前ら総出で浜へ向かってもらおう。鬼退治だ」
お婆がそう宣言した。
そう言えば、鬼ってどっかの島に居るんじゃなかったっけ?鬼が山から現れて浜へ行くって、まるで話が逆な気がしないでもないんだが。