ブラザー
兄の聴く音楽が嫌い
兄の好きなアイドルが嫌い
兄の吸う煙草の煙が嫌い
僕は兄とケンカばかりして 競い合ってばかりいた
兄のルーズさが嫌い
兄のお金のだらしなさが嫌い
兄の子供っぽさが嫌い
僕は兄を責めてばかりいて 決して許すことはなかった
僕と兄のいさかいを見守る 父の髪はまだ黒く 側にはまだ幼いビーグルがいた
僕は21の時上京した
高校を卒業したあと バイトで貯めた金だけを手にして
仕事を探すのは無簡単だった
エクセル ワード使えます 事務の仕事の経験ありで 即決だったからだ
東京は大きくて 小さい人をより小さい人にする場所だ
大きい人は より輝きが増す一面があるかもれない
浮浪者も当然いれば 為替市場にどっぷり浸かってる人もいる
僕は上京後 しばらくして恋人が出来た
地味でメガネが良く似合う女の子だ
僕が彼女がコンタクトにするのを止めたくらいだ
彼女は可愛らしい 僕の日常に彩りをくれた
僕は彼女が好きだったが 一二年もすればすれ違いが起きる
彼女は僕の几帳面さが嫌いらしい
彼女は僕の律儀さが嫌いらしい
彼女は僕の丁寧さが嫌いらしい
つまりは彼女にとって 僕は退屈でつまらない男
僕は彼女と別れた
付き合い始めてから 2年ちょっと過ぎた頃だ
彼女は別れる頃にはコンタクトに変えていた
恋人と別れたからといって 僕の価値が変わるわけじゃない
僕の軸が変わるわけじゃない 僕の芯が折れるわけじゃない
だがそう強がってはみせても
心に開いた 喪失感の穴は
大きい
僕は東京スカイツリーに昇る
最上階から見た東京の景色は 意外に空疎で虚しく見えた
ビルばかりが立ち並ぶ景色 なぜか冷たく寒々しい
僕は田んぼの見える実家近くの風景が 妙に懐かしく感じる
僕は兄の聴く音楽が懐かしい
僕は兄の好きなアイドルが懐かしい
僕は兄の吸う煙草の煙が懐かしい
二人のケンカは多かったけれど 決して憎み合ってたわけじゃない
僕は兄のルーズさが懐かしい
僕は兄のお金のだらしなさが懐かしい
僕は兄の子供っぽさが懐かしい それどころか愛しいくらいだ
二人はもういがみ合う必要なんてない 許しあう時だ
僕は故郷行きの列車に飛び乗った
別に誰に勧められたのでも 誰かから 何かから逃げたわけでもない
衝動 ただこの一言に尽きる 僕は列車に飛び乗った
手にしたのは東京スカイツリーの菓子土産 せんべいだけ
あの田んぼをのぞめる実家の縁側で
兄と久しぶりにバカ話でもしようか
せんべいでもバリバリ頬張りながら
その時お互い無為にいがみ合ってた理由も 誤解も繙けるだろう
兄と僕の和解を見守る 父には白髪が目立ち始め ビーグルは老犬になっていた