七話 入るのは簡単、出るのは難関
――ああ、やっと消えてくれたか。
心底にそう思う。
誰も居ない通路を突き進み、誰一人として喋らない空間を探索し、静寂の世界で先を行く。
照らされる光は謎の動力で動いている天井の明かりと、己が髪の毛が揺らめく炎のみ。
電灯の照り返しでやや赤みがかった地面をがしりと踏みつけ、キースレッド・ブルームは一人秘境を突き進んでいた。
隣や後ろにしつこく付き纏ってきていた優男はもういない。あの嫌みったらしい顔はいつの間にかどこかに消え失せていた。
それでよかった。それがよかった。誰かがしつこく背中に付き纏ってくるのは勘弁だ。
キースは、一人で居たかったのだ。
独りになりたかったのだ。
冒険者を目指したのだって、元を正せば同じ理由から来ていることだ。人ばかりで溢れ返る周りを、少しでも自分から遠ざけたかったからで。
それなのに誰かと共に冒険をするなど――聞いていない。
「……ったく、何だってんだよ」
馴れ馴れしく、何度でも声を掛けてきた男の姿が何度も脳裏に蘇る。一度は拒絶したかと思えば今度はより話を振ってくるようになり、更に軽薄に近付いてくる。今の今まで続いていたやり取りだ。
キースは壁に反射する炎の光を眺めて、ぼんやりと呟いた。
「こいつを見て、怖がりもしねぇし驚くこともしねぇ。そんなのほとんどいやしないってのに」
彼は何にも気に留めていないような顔でスルーした。
思わず床へ唾を吐き捨てる。思い起こすほどに苛立ちは収まらない。
「でもだからって」
キースは首を強く振る。
「あんなのを俺に引っ付けても、俺は変わんねぇぞ――リシュ」
燃え盛る炎髪を消し去らんばかりに強く、強く。それでは炎は消えない。どころか感情の昂ぶりでより強くなった火の手は、小さな秘境の世界を明るく煌々と灯していくばかりだ。
キースレッド・ブルームにとっては、この頭に生えている炎は呪いでしかなかった。
これは便利な能力などでは決してない。
全てを焼き尽くす紅蓮の業火。決して消えぬ煉獄の炎。キースにとって、鉄をも簡単に溶かし尽くすその炎は、負の象徴でしかない。
そしてそれは、他の全ての人間にも適応される。
人間は炎の髪など生えてはいない。だから異端であるキースに恐怖する。ただそこに存るだけで炎を撒き散らす化物を人間は恐れ、化物と同じように排斥する。
キースが持つ炎は魔法などではなく、生まれ持った呪いだ。
全てを焦土に変えてしまう災厄そのものの具現化で、だから人の世から追放されるのは当然のことでしかないはずだった。
常識が適応しなかったのは――リシュエル・ラウンジただ一人。
かつて世界の片隅で震えて死を待つだけだった化物を拾った、優しい少女。自らが火炎に包まれることすら厭わず化け物を引っ張り上げた、強靭な少女。
――キースは彼女に連れられて此処にいた。
唯一自らを肯定してくれた彼女ならばと思い留まって、キースは都市に暮らしていた。
けれど、己が己であると証明してくれるのは彼女だけ。最先端の技術と力とが集結しているこの都市でさえ、誰もキースを人と認める者などいないのだから。
故に居場所などなかった。異端は隔離されて然るべきもの、生きていることさえもがおこがましく、きっと遥か昔に消え去るべきだったと諦めて――。
そいつは何の前触れさえなく、キースの前に訪れた。
『隣、座っていいかい』
そんな台詞を吐いた彼。
炎の髪を見てなお無反応で寄ってくるその男は、拒絶の言葉も何もかもを無視して関わってくる。
何故? どうして逃げない、怖がらない、戸惑わない?
普通は見ただけでその異常に怯えるはずで、誰も彼もがキースを遠ざけるはずで、だからわざと煽ったのに――あろうことか机ごとキースを蹴り飛ばしてきたその男。
その後も平然とし続け、極めつけにはこの炎を直接目にしてさえ、彼は平気で焼け焦げた鉄柵の中心部を通り抜けてきた。
そんな奴は見たことがない。
特殊な技法や鍛錬で能力を編み出す人間には何人にも出会ってきたが、そういう奴ほどキースを見て恐れを抱く。『何の理論も用いない現象で』『人を殺せるだけの炎を湛えて』『歩く災厄が近寄るな』――それは冒険者とて同じ。
冒険者が人でないナニカを見て恐怖するのは、敵と見做すのは、至極当然の事だ。
これまでにもリシュエルは何人かの人間をキースに会わせてきたことがある。
けれど彼らは一様にこの髪を見て、一歩引いていたように思う。知人の紹介故に会話が成立していた――そんなのは見ればすぐに分かる。誰もキースと関わり合いになりたいとは思ってはいなかったはずだ。
それは当たり前のことで、そこに嫌悪はなかったけれど。
しかし彼は違った。
今までのどの人間とも違う、だがリシュエル・ラウンジがキースに接するそれとも違う。言うならば――無関心。
彼は一切の興味すら、この存在に抱かなかった。
ただ隣に変な奴がいるだけ、ただ変な能力を持っているだけ、ただ面倒な奴が現れただけ、本当にそれだけの感情しか彼からは感じられなかったのだ。
何故。
――そこに嫌悪が発生したのは、何故だったのだろう。
彼を煽ったのは決して打算だけのことではなく、苛立ちが発生したこともまた真実ではあった。
けどもう、関係はない。
「……あいつは結局逃げた。どれほど取り繕ってもそれがあいつの限界だ、俺なんかに付き合い切れないのは分かり切ってたことだろ」
今頃はリシュエルに言い訳の二つや三つは重ねているのだろうか。やっぱり仲良くはできなかった、と。
一体どんなに笑わせてくれる台詞があの男の口から飛び出すかは見物だが、この場から消えた以上は煽る理由もなくなった。
元から同情などお断り。群れるなど以ての外、自分と関わる人間など居なくていい。
そうして今や一人、キースは奥へ奥へと無我夢中に突っ切る。ループだろうが転移だろうが何だって関係さえない、通る道全てを焼き尽くしてしまえばそのうち奥には辿りつくのだ。
「そうすりゃ俺は晴れて冒険者。リシュとも、それで終わりだ」
通る世界は真っ赤に染まる。
植物は焼け、機械は溶け、照明は熱で砕けて役目を終える。
ここまでで敵と言える敵や生物と言える生物とは未だに一度も出会っていない。きっとこの炎に恐れをなして逃げてしまったのかもしれない。
拍子抜け、害種などと大層な呼ばれ方をしている割には大したこともない連中だ。
けれどそれは仕方のないことだと、キースは自嘲気味に笑う。何故ならその元凶である自分でさえ、この荒れ狂う炎に恐怖しているのだから。
ならばいっそのこと本物の害種は、害種は自分かもしれない――と。
自嘲は強制的に終了し、不意に足が止まった。
それはいつか終わるであろう炎の進攻が、あまりに唐突に訪れたからだ。
「……あ?」
キースの意識が自分の心の内から外へ向けられる。
じりじりと熱気が立ち込める中、キースは最後の行き止まりへと到着していた。先ほどまでは不明の道が続いていたというのに――。
しかし、既にどこにも行ける道はないだろう。
そんなものは全て徹底的に燃やし尽くしてきた。キース以外は通ることなど出来ないほど、完全に焼いた。その証拠に、背後に映る最奥への道も紅蓮の灼熱に覆われている。
「まぁ、いいか。着いたんなら」
正常な繋がりではない空間だというのは、あの優男の話から大方分かっていた。
ならば秘境がこれ以上焼かれるのを良しとせず、根負けでキースを奥まで招いたのかもしれない。
そこで思考は取り止め、キースは視線を上げる。
「――だけど、あれは何だ? ぶっ壊せばいいのか?」
自然、ポケットに入れていた手が引き抜かれた。
猫背の姿勢を正して顔を上げた先。何か、そこには何かが台座の上に乗っているのが見える。
人工的に造られた――それだけは確かだと言える漆黒のキューブ。幾何学模様が何重にも渡って描かれており、それは豪奢な台座の上を占拠している。真四角に切り抜かれた巨大な空間に、ぽつんとそれだけが置いてある。
――ここだけは、まるで真新しいような。
苔も、植物も寄り付いていない。毎日人の手で丁寧に磨かれたように滑らかな床。ごちゃごちゃと散らばる機械類の残骸など影も形も見当たらない。
ここが一番奥ですと自ら告げているような、余りにも人工的な最後だ。ここまで気持ちの悪い空間は、都市でも拝んだことは一度だってない。
それだけにキースの警戒は最高潮に達していた。
あれには必ず何かがある、むしろ何もない方がおかしいと。
「触っても動かねぇ、壊れて……はねぇよな?」
そればかりか炎で炙っても微動だにしない。変わりに溶けることもなければ、変形することもないようだ。
キースは眉根を寄せ、一旦そのキューブから距離を置く。
「何で出来てる? 鉄じゃねぇ、そんな簡単なモノじゃねぇ。今まで見たこともねぇ素材で出来てるのは確かだが……とりあえず消してみるか」
キースの両手に極大の火球が生み出される。人一人分を楽々呑み込むサイズのそれは、鉄をも一瞬で気化する大出力――けれど、この出力がキースの限界点でもあった。
そも、キースは能力を正しく理解などしていない。
生まれた時から能力を持っており、炎は常にキースの傍らにあった。だからこそ感覚的に使えてはいるが、出そうと思えば天井知らずに炎の威力は膨れ上がる。
その行為自体に体力は消費しないし、他の力は何一つとして必要としていない。
だが、能力に限界はなくともキースの肉体にはあった。
炎を存分に生み出すには狭い空間――余りやり過ぎれば熱は自身にそのまま返ってくる。
外皮は熱に耐えられても熱された空気を吸えば内臓が焼け付いてしまうし、視力を始めとした五感に異常を来す可能性もある。燃やした物質に毒性が含まれていれば、空気に混ざってキースにも返ってくる。
それでも、そこまで熱量を上げたとしてもあのキューブを焼き尽くせるかどうかは分からなかった。そういった意味での限界点。
この時点で熱変形もしないとなると、単なる物体の融解点とは別に何らかの防護が付与されているのかもしれないが。
火球を手の平から離脱させ、中空へ移動させる。
肉体から完全に離してしまった炎は数秒でキースの支配権からは離れてしまうが、その数秒があれば指向性を持たせるには十分。
――じゅ、と火球がキューブの中心に直撃した瞬間。
キースの狙い通り、真四角のキューブ表面全体へ炎が拡散した。
串刺しにした肉を火で炙るかのように物体全てを火球が覆う。やはりキューブ本体に変化の様子はなく――しかし描かれていた幾何学模様が、強烈な炎によって形を失い始めていた。
それこそがキースの狙いである。
あの模様に意味があるのならば、模様が何かの意味を発揮する前に焼き払って消してしまえばいいのだ。
模様があのキューブ自体を掘って造られた跡ではなく描き足された物であるのならば、必ず消せるだろう――目論見通り、一度綻びを見せ出した幾何学模様がどんどん崩壊していく。
「っし、このまま行きゃ全部剥げ」
「――んあああああああつううういいあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつぅい!」
何かの叫び声が、キューブ内部より爆音を伴って飛び出してきた。
思いもよらぬ状況にキースが一歩後退れば、真四角が九つに分離する光景が展開されていく。
それらは炎を押し退けて空中へ飛散、規則的な位置で静止すると――ぶるぶると震え出し、粉々に爆散した。
「……は?」
黒い破片が部屋中に飛び散りキースに降り掛かる。
反射的に広げた炎で破片は焼き切るも、キースの口からは驚愕の声が上がった。
しかし原因は謎のキューブではなく――理解不能な事態が真上から落ちて来たからで。
「きゃあぁぁああああ――ちょ、ちょ、そこのお前、ふざ、いや、ちょっとまずは助け、てうわあああああああ!」
物――いや、者。
それは小柄な少女の姿。
そしてキースが固まったのは、それだけが理由でもない。
少女がほとんど裸同然だったことで頭の理解が許容値を越えており――しかもそんな状態で落ちてくる少女をどうにかしようなどと思考が回り切らず。
少女はキースに折り重なるように墜落してきた。
ゴン! 少女の頭部が鳩尾へ直撃し、鈍い痛みと呼吸困難がキースを襲う。
「っがは……!」
「あぁ、ったぁ……!」
燃える炎が囲う中、少女はキースに馬乗りになる形で着地していた。
今の衝撃で少女の首の骨が折れていないのを幸いと取るべきか、生存していたことを残念がるべきだったのか。
強烈な頭突きを貰ったキースは喉まで込み上げる胃酸と全身強打の激痛に耐えつつ――盛大に咳き込みながらも、少女を見上げる。
「――あ?」
それは、どこまでも純白の姿であった。
髪も瞳も白ければ肌も白い、まるで造られた芸術品や彫刻のような、そんな人間。
雪みたいに輝く真っ直ぐな髪が滝のように流れ、キースの視界を奪う。中心の二つ、銀色の視線が視線と重なると――少女が小さな口を開いた。
「なぁお前どうしてくれるんだ、私の研究がオシャカだぞ! 折角魔法工学にも慣れてきたというこの時期にいきなり成果を破壊しやがって!」
その見た目からは考えらえない大声量の叫びだった。
ぎょっとして、キースは押され気味に言い返す。
「はぁ? 知らねぇよ、なんでこんなところに人間が」
「なんでもこうもあるかクソボケガキンチョめ、人工の秘境なんだから人間がいて当たり前だろう――いや私は正確には人ではないが。全くなんだ、いきなり放火しやがる馬鹿がどこに……ああここにいたね、馬鹿者め!」
大変口が悪かった。
か細い見た目とは裏腹な暴言の数々に加え、手刀が顔面へと飛んでくる。
手癖も悪いらしい。
細腕で繰り出される攻撃に毛ほどの痛みなどないが、キースはその両腕を掴んで止めさせる。
「……とりあえず離れてくんねーか」
「く、くそ、まずお前がその腕を放せ……あと百発は殴らなきゃ気が済まないと拳が言ってる」
「マジで離れろ、お前の貴重な布が燃えてんだよ!」
「……な!」
お望み通りに両腕を解放してやれば、少女は跳ね上がって後ろへ飛び退いた。
それから自身の身体に這う炎へ目を丸くし、慌ててぱたぱたと叩き始める。
「な、こらテメ――服まで燃やしやがったな!」
「だからそう言ってるだろうが!」
――正体不明の少女。秘境にて現れた時点で普通の存在でないことは明白だが、けれど敵でもなさそうだった。
人間に化けた怪物の罠でもない、ならばこの少女は一体。
「ふ、ふふ……なんだ貴様ぁ、くそ、随分と私を見て不思議そうな顔してるじゃないか。よ、欲情はするなよ?」
「……なんだお前。焼き殺していいのか?」
「駄目に決まってるだろう、何を考えてる!? いいか私は異形でも化物でも――害種でもない。ここの《科学者》だ」
少女は言う。
「円状拠点都市エクサル、《科学者》アリス・レイシス・シャインハート――そのホムンクルス、と言えば分かるだろ?」
ドヤ顔だった。片手で焼け落ちそうな下着を押さえてこちらを指差されても、キースは困惑するしかない。
「いや誰だよ」
「……え、知らない?」
「ああ知らねぇ」
都市についての常識や生活などは最低限教わっているが、研究者とやらの専門分野は未知の領域だ。少なくともキースはそのような人物の名を教えて貰ったことはなかった。
近所の人間くらいは名前も顔も把握している。彼女の職場の人間も幾人かは顔を合わせている――しかし、研究者には会ったことはない。当然そのホムンクルスという存在にも、だ。
知るわけがない。
「……こほん。宜しい、いやよろしくないお前ぇ!」
「どっちだよ」
だが、これで彼女の対応にも得心が行くというのものだった。やけにキースに対して馴れ馴れしいかと思えば、ホムンクルスと来たのだから。
そう。
人間でないのならばキースの髪にも能力にも怯える必要がないのだ。人間にない能力を持っていたところで、人間でない者がキースに怯える必要はどこにもないのだから。
だったら話も早い。
キースは一息吐いて起き上がり、改めて少女へ向き直った。
ここにホムンクルスがいるということは、つまり秘境の最奥に到達しておしまいではないことの裏返しであろう。
なら、今問わねば道は開けない。
キースは即座に問う。
「なぁ。俺は冒険者になるために秘境に来た。どうすればいい? どうすれば俺は冒険者になれる? 教えろホムンクルス」
「おいお前、以後私のことはレイシスと呼べ。ホムンクルス呼びは許さん」
「……お前が自称したんじゃねぇのかよ」
しかし、理解できないこともなかった。
キースだって化物などと呼ばれたくはない。彼女も同じであるとすれば、名乗った以上そのような名称で呼ばれたくはないはずだ。
「いや悪い、俺が悪かった……レイシスでいいんだな」
「うむ、素直なのはとってもいいことだぞ……ってそんなこと言ってる場合じゃなかったんだ! ひっじょーに不味いぞお前!」
そんなやり取りを行っていると、彼女は辺りを見回して焦り出す。額や背筋に冷や汗が流れ出すのを見たところ、それは熱によって生じたものではないらしい。
――では何か?
キースがそちらを問う前に、回答は唐突に訪れた。
「お前が試作型灰炉機を破壊してしまったせいで秘境全体に灰の概念が飛び散ったんだ。散ったっていうか元に戻ったっていうか……ああどうでもいい。もう調整なんて効かない、管理もできない、間違いなくここは本来あるべき秘境の役割を取り戻す! だから今すぐ逃げ」
早口に捲し立てる少女の真後ろ。
まるでワケの分からない概念が。
灰が空間を埋め尽くして、巨大なナニカが姿を成して、拳を振りかぶる。
拳だ。あれは巨大な何かの拳。人一人を押し潰すなど造作もないサイズで、あんなものに磨り潰されれば命は――。
「――馬鹿、後ろだレイシス!」
瞬時。キースはその全身に業火を纏って床を蹴り、レイシスを真横へ突き飛ばした。
必然的に迫る拳の先はキースへ。
強大な一撃を前に、キースは先ほど言っていたレイシスの言葉を咀嚼する。
要は、あの幾何学模様は何らかの封印であったらしい。あれは起動するためのものではなく灰を抑えるためのものなのだとすれば――キースがやった行為は、真逆の成果を生んでしまったということで。
「……んじゃ俺の炎が効かなかったってあのキューブが、そもそもお前らだったわけかよ」
リシュエルが散々言って聞かせてくれた害種の話だ。
あの優男にも言っていたように、害種とは謎に包まれた存在ではある……けれど、キースが害種を見るのは初めてではない。
少なくともリシュエルに救われた今は。
自らが対峙したことがなかっただけで。
そもそもそれが害種と呼ばれる存在であると認知していなかっただけで。
「――てめぇらが、化物か。ああ確かに、化物だ」
全力の炎を纏った拳が、化物のソレを押し留めた。
激震と炎の波が腕を伝って化物へ渡り、害種の肉体が一歩後退る。
理解不能な存在ではあるが、ソレが形を保っている間は触れることも殴ることも壊すことも可能なのは知っている。
ずしりと狭苦しくなった空間が軋む中、キースは少しばかり愉しげに笑った。
「けど、俺も同じ化物だぜ? 一回でぶっ壊せねぇなら何度だって壊してやる、壊れるまで焼き尽くしてやる。てめぇみたいなの相手なら」
言って、周囲を熱で埋め尽くした。
「俺が、手加減する必要はねぇよな?」
「ば、こんな場所でそれは……っ!」
――直後。
高出力の炎が、巨人を壁ごと貫いた。