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神殺しのユラギ  作者: くるい
一章 とある便利屋の業務日誌
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五話 二人の冒険者志願



 ――果たして、どうしてこうなってしまったのか。


 静寂に包まれる室内。

 盛大に破壊された机とその下敷きになっている赤髪の少年に目を向け、ユラギは腕を組んで思案げに首を傾げる。


「ちょっとやり過ぎたかな」


 倒れる少年が動く気配はない。

 はてさてこんな酷いことを誰がやったのか――は既に自白しているので誰かなど問うまでもないのだが。

 最初の通り、どうしてこうなったのかが重要だ。結果はどうでもいい。


 そして問題はこの部屋の惨状と少年の状態の責が誰にあるのかということであり、ならばユラギが取る行動は一つ。

 さあ、一旦逃げ。


「何をやっているのです? ユラギさん」


 扉を開けた先、そこに現れる小さな存在がユラギの逃走経路を物理的に遮断していた。

 長い髪を両サイドに結ったその人物――リシュエル・ラウンジは青ざめた様子でこちらを半目で見つめ、胸元の書類束をぎゅっと抱き抱える。


「奇遇ですねリシュエルさん。あ、今日は天気が良いですね」

「今日は雨ですけど何をやっていたのです?」


 ここはギルドの談話室。 

 ユラギは固い笑顔を貼り付けて、首を傾げる。


 どうやらちょっと、誤魔化すのは無理そうだ。

 というか最初から諦めていたのは言い訳の質でお分かりの通りだろう。


「何のことでしょう……じゃあ俺今から口笛とか吹くんで」

「事と次第によっては普通に捕まえますけど何かありますか」

「ごめんなさい話します」






 ◇






 少し過去まで遡る。


 健康状態良好、怪我の具合良好、準備万端。

 ユラギは一通りの準備を済ませると、誰もいない事務所を抜けて外へと出ていく。


 本日、ランシードは仕事(・・)であり、ユラギまでもが外出する以上便利屋は休業であった。


 ユラギは無人の事務所内を荒らされないよう扉に鍵を掛けると、錠が閉まったことで淡く白へ輝いた鍵を懐に突っ込む。

 階段を下へと降りていけば、そこで出迎えてくれたのはスレイリアの店主だ。


「おはよう、ユラギ君。腕の調子はどうだい?」

「ええ、普通に動かせるみたいで安心しました。凄いですね、医療ってやつは」

「ははは。あまり無理はしないように。それと、頑張っておいで」


 右腕を振り回して無事を確かめるユラギに、ヴィリアは右手を差し出した。その大きな手が開かれると、手のひらには銀色に輝く首飾りが乗っかっている。


「幸運のおまじないがある首飾りだ。付けていくといい」

「いいんですか? 品物でしょうに」

「いや、品物じゃないんだ。僕が戯れに時々造るような、そういった類の飾り物だよ。特別加護や能力があるわけではないさ」


 そうは言っても、中々に煌びやかな装飾品だ。

 能力云々ではなく、ユラギのような者が首から下げる代物ではないだろう。

 しかし遠慮がちに手を振れば、「断る方が失礼だ」とでも言わんばかりにそれを押しつけられた。


 いや、嬉しくないわけではないのだが……こう施されてばかりなのは、なんだかむず痒い気分になってしまう。


「銘も付けてはいないのでね。お守りにでもしなさい」

「ありがとうございます、ヴィリアさん」


 しかしこう言われては断るのも野暮であろう。

 名無しの首飾りを受け取り、その場で首から下げることに。どうやら彼の言では幸運のおまじないが掛けられているらしい、効果などないと付け加えてはいたが。


 と、まあそれはいい。ここまでは普遍的な回想シーンの一つに過ぎない。問題はその後、ユラギがヴィリアに見送られながらギルドへ向かった後のことである。



 ユラギは先日言われた通り、ギルドの受付まで顔を出していた。


 とはいえ訪問は二回目である。

 まだ勝手が分からないので受付の人間に事情を説明。すると本人を呼びに行ってくれたらしく、やがてちんまりとした姿が奥から現れた。


「あ、来ましたねユラギさん。悪いですけどこの前の部屋で待っていて欲しいのですよ、奥の談話室です。私は仕事がまだ残っているので、少し待っていて下さい」


 リシュエルは隈を目元に貼り付けて開口一番そう言った。

 そんな彼女の手元には幾つかの資料が乱雑に抱えられており……確かにとても忙しそうに見える。

 具体的に何をしているのかは分からないけど。


「分かりましたではご指導お願いします」

「人の話は聞きましょうね……」


 きっと呼び出されるまでは何らかの書類を片付けていたのだろう。そんなことをしたことがないユラギはふわふわとした解釈をしつつ、こう提案する。


「お手伝いしましょうか?」

「ユラギさんには向いてなさそうなので、頼まないです」

「うわひどい」


 これでも何でも屋なのに。

 そう返せば、リシュエルは半目でこちらを睨んでくる。


「最初に私を迷子と勘違いしやがったあなたから飛び出す発言とは思えないのですよ」

「半分は冗談でしたけどごめんなさい」

「もう半分に含まれてるのが悪意にしか聞こえないのです……」


 それは本当に悪かったと思いました。

 悪意じゃありません。


「とにかく、もう少し待っていてください……ああそれと。ユラギさんの他にもう一人先に居るので、仲良しておくのですよ」

「俺だけじゃないんですね」

「聞きたいですか? つい今日に増えたのです」

「あっはい」


 絶対アドリアナに押し付けられたな……お可哀想に。


 リシュエルはふらふらとした足取りで仕事に戻っていく。

 そんな彼女の哀愁漂う後ろ姿を見送りがてら、ユラギは顎に手を当てた。


「……ん?」


 一人になって、改めて頷いた。

 つい話半分に聞いてしまったが、まさか同席者がいるとは。この微妙な時期に冒険者志望とは珍しい者もいたものだ。

 まあ。ならばリシュエルに言われた通り、仲良くしておいた方が今後のためにもいいだろう。


 カウンターの奥から職員通路へと抜けていく。ここから先はまっすぐ歩くだけなので、ユラギが道に迷うこともない。

 そのまま歩くこと一分ほど。行き止まりにある取調室のような小さな部屋の扉を開けば、リシュエルの言う先客がそこに座っていた。


「……あ?」


 机を挟んだ先に居るのは、燃えるような炎色の髪を逆立てている一人の青年だった。

 ――なるほど、ユラギとほとんど同年代であるらしい。


 だが虫の居所が悪いのか、どうにも機嫌もよろしくないようで。

 彼は部屋に入ってきたユラギを睨み付けた後、すぐに興味を失ったようにそっぽを向いてしまう。


「どうも」


 一応挨拶をしてみるものの、彼は再びこちらを睨んでから顔を背けてしまった。


 いや、なんというか。

 別に先客について要望があったわけではない。

 可愛らしい女の子だとか、人当たりのいい好青年だとか、そういった何かを相手に求めているわけではなかったのだけれど……まさかここまで取っ付きにくそうな人間とかち合うとは。


 かち合ってしまったものは仕方ない。

 少し、観察してみよう。


 明らかな目つきの悪さと態度から見るに、彼は元々があまり良い育ちの出ではないのかもしれない。

 少々古ぼけた、悪く言えばボロ切れた衣類を着用しているようだが、しかし放置地区(スラム)の出ではなさそうだ。そういった汚さのイメージではない。


 というか近辺に住んでいる人間でもなさそうだ。


 こんなに目立つ人間が住んでいればどこかで噂も立ちそうなものだし、知らないのであれば遠くからやってきた人間という可能性も十分にある。


 そして――まあ、腹に一物抱えた人物ではありそうだった。

 具体的にどう表現していいかは分からないが、そういう臭いが彼からは漂っている。


 普段なら怪しい背景を持っていそうな人には関わらないようにするのだが、これから同じ空間を共に過ごすことが確定している相手だ。

 無視を決め込むわけにはいかないだろう。


 それにリシュエルに仲良くしろと言われているわけで、じゃあ挨拶くらいは済ませておかなければ、と。

 呼気を整えて、ユラギは口を開く。


「よろしく。君もギルドの冒険者志望かな?」

「……」

「まあここにいるってことはそうなんだろうけどね。適当に仲良くしておこう、リシュエルもまだ仕事だそうだし」

「…………」

「隣、座っていいかい――」


 明らかに無視をされていた。

 何故だろう、初対面の時点で嫌われている気がする。


 けれど諦めるのはまだ早い。

 そう思い。めげずに口を挟もうとしたユラギの顔の横に――拳が突きつけられた。


「失せろ。てめぇみたいな奴は見てて苛々すんだよ」


 突然の暴言が室内を駆け、ユラギの思考は一瞬停止した。


「――は?」


 眼前の生意気な少年へ視線を注ぎ、ぴくりと額に青筋を立てる。


 折角人が優しげに気軽に絡んでみせたというのに、突然喧嘩を売られたのだ――いや落ち着け、そんな挑発に乗るほどユラギは子供ではない。


 なんだろう。

 殺していいかな。いやそれは冗談にしても、とてもこれから一緒にお勉強をしましょうという態度ではない。


 そしてこの間にユラギの落ち度はなかったはずだ。ただ部屋に入っただけで睨まれ、愛想の良い笑みと声調をこれでもかと振りまいて話し掛けただけ。

 それで牙を剥いてくるような奴と仲良くする心得は持っていない。


 だったらリシュエルには悪いが、要望に添うのは難がありそうだ。


 よし、仕方ない無視を決め込もう。

 こんな小物は放っておくに越したことはないのだ。わざわざ相手にするくらいなら、壁の染みでも数えていた方がまだ有意義な時間を過ごすことができる。


「何睨みつけてんだ、失せろってんだよ」


 ユラギはやれやれと首を傾げる。

 それから、青年と真反対の席に座る……振りをしていきなり机を蹴り飛ばした。


 勢い良く机の角が青年の額に直撃した後、諸共吹き飛んで床に叩きつけられる。かなりエグい音が聞こえたが、まあ悪くても骨の二、三本程度で済むに違いない。

 大丈夫、怪我をしても安心だ。ここの医療技術は最先端を飛び越えて宇宙の端まで突き抜けているのだし、その程度なら一日で治るはず。

 とかなんとか考えつつ、ユラギは青年を見下ろした。


「お前が失せろ」






 ◇






「あー……はい、分かりました」


 説明を聞くなり、リシュエルはげんなりした様子でそう言った。

 そうなることが分かっていそうな顔だった。


「ユラギさん。分かりましたけど机の弁償はして貰います」

「やっぱりそうなります?」

「先に手を出したのはユラギさんじゃないですか」

「ですよね」


 いや、だって頭に来たんだもの。

 ちゃんと手加減はした。


「ていうかなんです? 彼」


 ユラギは机の下敷きになっている彼を指差した。

 今は気を失っているが、きっと起き出したらまたうるさいはずだ。


 はて、どうにも彼が冒険者に適正があるとは思えない。

 ただのチンピラか何かにしか見えないが、リシュエルやアドリアナは何故このような人物を連れてきたのだろう。

 とあれこれ思考しつつ、ユラギは思った言葉を彼女へ投げる。


「正直に俺が言うのもなんですが、あの性格じゃ冒険者って職には向いてないと思いますよ」

「そうですね、私も向いていないと思います。けれど、それを決めるのは私じゃないのです」

「なるほど。それもそうですね」


 言われてみれば確かにその通りだった。

 普通の仕事ならいざ知らず、この職はこちらで判断するものではない。彼が何かの一芸に秀でていれば、それだけで仕事にはなるのだから。

 本当に駄目なら仕事にはありつけないし、分不相応なら死ぬだけ。


「彼は――少し訳ありなのですよ」

「それは分かっています」


 というか訳ありなのはユラギも一緒ではなかろうか。


「でも駄目なら言って下さい。今日は彼には帰って貰いますので」

「いえ大丈夫ですよ。このような手合いは慣れていることですし」


 チンピラヤクザの類は気に掛ける必要もなし。

 危ない依頼は便利屋で受けてはいないが、ランシードから教え込まれた技術は折り紙付き――だと自負している。何があっても、中途半端な人間に劣ることは決してない。


「なので隣にいる分には構いません。邪魔なら蹴ります」

「……いえ、私が注意しますから」

「分かりました。じゃあ手は出しません」


 当然足も出しませんよ、と。

 手振りで問題ないことを示せば、彼女はほっと息を吐く。


 こう、今更言ってしまうのもなんだけど。

 普通に会話はしているが、実際のところリシュエルはユラギに対してどう接すればいいか掴めていないはずだ。

 アドリアナとは違ってこちらの事情にもそう詳しくはないだろうが、ユラギが腫れ物であることは承知しているはずだ。


 ユラギは危ない人種ではないが、その上司はそうでないから――まぁ、扱い難い存在ではあろう。

 仕立て屋を知るアドリアナから何か言い含まれていてもおかしくないし、それ以前に出会って二日目だということもある。


 これから世話になることだし、こちらが譲歩しなければあまりにも可哀想であった。

 何よりアドリアナにこき使われてるし……可哀想……。


「とりあえず彼を起こしません? じゃあ頼みました」

「そうで……私が起こすんですか!? やったのユラギさんじゃ」

「よろしくお願いします。リシュエルさん」

「……分かったのです。やりますよ」


 ふう。意図せずしてリシュエルをこき使ってしまったが、彼女は素直に頷いて倒れる彼の元へと足を運ぶ。

 小さな身体で軽々と机の残骸を退かし、彼女が懐から取り出したのは手のひらサイズの小さな医療箱だった。


「お、あれは確か」


 それを見てユラギは思い出したように呟く。


 医療箱、そう言いつつも中に入っているのは包帯とか薬とかではない。あれの中には緑色の粉塵が入っており、振ることで少量ずつ排出される仕組みとなっている。

 どちらかと言えばそれが薬みたいなものだろう。その粉塵が空気に溶け込み、空間内の人間の口から入り込んだり皮膚に張り付くことで効能を発揮するのだ。


 効能は新陳代謝の増加、精神安定剤の効用、出血していた場合は止血剤の役割も果たしてくれるなど、幅広く使える医療品である。

 あれは効能が弱い代わりに素人でも誰でも使えるのが特徴である。この前物色していた時に、一個買っておこうと思っていたのだ。


 うん、そういうの持ってると思った。


「じゃあ彼も起きたところで、さっそく講習を始めますか」

「まだ起きてもいないんですけど!」

「ははは、冗談ですよリシュエルさん」

「怒りますよ?」


 怒られた。






 ◇






 はじめに、冒険者という職業には明確な区分がある。

 広義的に外からの名称は冒険者で統一されているが、内側からではそうではない。


 例えば未開の地を探索する冒険者は《開拓者》と分類される――など、実際には各種の専門が集まったのが、冒険者という組織の実態となっている。


 現在では三つだ。


 一つは先ほど例に挙げた未開の地探索をメインに活動する《開拓者》。

 一つは常人の理解を越えた秘境(ダンジョン)の攻略をメインに活動する《探索者》。

 一つは害種(モンスター)等の凶悪生物との戦闘をメインに活動する《戦闘者》。


 どの専門もメインにしていない者は《冒険者》とだけ呼ばれており、これを含めると計四つに分かれることになる。


 ユラギは当然三つの内どれにも当てはまらないため、区分なしの冒険者。


 ただ、この肩書だけでは他の冒険者と変わりはなく、このままでは誰がどのような実力を持っているかが分からない状況だ。

 そのため冒険者の格付けは一律、ランクに依存することになっている。


 ユラギが現在立っている《人級》は最低ランク。アドリアナが言っていた位置付けがこれだ。

 その上に《獣級》《魔級》《竜級》《秘級》とランクが控えており、右に行くほど高位の冒険者となっていく――上位は大体《魔級》のライセンスを持っているとされているようだ。

 ただ、更にその上に位置するライセンス持ちは現状数えるほどしかいないらしい。


 特に秘境の名を取って造られた《秘級》は歴代で数人しか達していないということで。ならばユラギが目指すべくは《魔級》であろう。それだけあれば何でも屋としては上出来だ。


 とまあ。

 実際の実力はともかく、そのランクで冒険者の“格”が決まっていく、というわけだった。まあ誰だって上位ランクのライセンスを見せられれば納得もする、その証明であるわけだ――。



 物静かな室内に、ペンの走る音が一つ。

 教鞭を執ったリシュエルの熱い説明を聞きながら机に肘をついているユラギは、その真横で熱心にメモ書きを行う青年をちらちらと眺めていた。


「……思ったより真面目だった」


 青年の名はキースレッド・ブルーム。

 当然リシュエルから聞いた名で本人から聞いたものではない。そしてまだ一度も会話らしき会話はしておらず、彼もこちらの様子を伺いつつも無視をしてリシュエルの説明を纏めていた。


 まぁ、何もしてこないのは幸いか。

 起きるなり殴りかかられても嫌だし。 


 彼から意識を逸らし、ユラギはリシュエルに質問を送る。


「リシュエルさん。それぞれの専門家がいるのは分かりましたが、じゃあランクってどう決めるんです?」

「……全然聞いてなさそうな態度でしたが、ちゃんと聞いてたんですね」

「まぁ俺は何でも屋ですから」

「関係ありませんよねそれ!? ……っと、ランクですね」


 こほんと咳払いをして話の起動修正。


「ちょっと面倒なのですけどね。一応、ランクを上げる《秘境》というものを用意してあるのです」

「ああ、それを踏破したらってことですか」

「その通りです。けれどそれで上がれるのは《獣級》、つまり一つしか用意してありません」


 すると、それ以上は別の方法で上がる――ということか。 なるほどと、ユラギは頷く。


「ああ、決まってないんですね。後は依頼の達成ぶりとか、偉業成し遂げるとかってことですか」

「飲み込みが早いですね。その認識で合っていますよ」


 彼女は少し驚いたように目をぱちくりさせると、次のページをめくろうとして――それまで手元に置いていた資料を閉じた。

 今の間は一体なんだろう。


「はい、今ので大体説明は終わりです。これが冒険者というものですが……キース、飲み込めましたか?」

「一応。分かったけど」


 キース、と。

 そう呼ばれた彼はこちらへ向いた。

 燃える髪が揺らめき、彼の鋭い緋色の眼がこちらを睨む――。


「……なんで、他の奴が一緒なんだよ、リシュ」

「キース。人間が嫌いなのは分かります、けど誰にでも牙を剥くのは駄目って言ったのですよ」

「聞いてない、だって何も言わなかったじゃんかよ」

「言ったらあなたは来ないですからね。可能性を一つ、私が潰すわけにはいきません」


 ん? なんだろう。

 この会話、妙に引っ掛かる……というか、二人は旧知の仲だったのか。少なくとも昨日今日見知った顔ではなさそうだ。

 これが訳ありの一つであろうが……ただまあ、自分が触れることでもないか。


 ユラギは黙したまま二人の会話を静観していると、少ししてキースレッドが観念するように短く唸った。


「わぁった。やりゃいいんだろ……」

「――そういうことです。では、二人にはこれからとある秘境に向かって貰います」


 彼女は資料束から二枚を抜き出し、机越しに滑らせてくる。

 そこに描かれていたのは秘境と思しきマップと情報だった。


 場所はこの都市から一番近い秘境である。

 人工施設だったものが放置され、害種が蔓延るようになって魔境化した結果秘境と指定された場所だ。


 ユラギも存在は知っていたが、特に用もなかったために訪れたことはない。こんな場所に出向くのは冒険者の連中くらいなものなので、ランシードも行ったことはないだろう。

 彼女が受ける主な仕事は都市内部に関連すること、たまに遠くの都市まで出張することはあるが――基本的には同じ業務に携わるユラギが外への情報に明るくないのは仕方のないことだった。


「習うより慣れろですよ。二人は言葉で教わるよりも実戦で身体に身に付けるタイプだと思うので、最初から実戦で学んで貰うことにします」

「リシュエルさん……自分で教えるのが面倒だからって……」

「ユラギさんは一回死にましょう」

「えっ」

「話を進めます」


 うん、そろそろ真面目に聞こう。


 業務の疲れもあるリシュエルの機嫌がよろしくなくなってきたので、これ以上の横槍は控えることにする。

 ……まぁ、こんなところで切るのが無難だと言えよう。


 秘境は資料に書いてある通り、この都市より少し離れた場所に位置している。少し、というのは今回に関しては徒歩で半日程度を指す言葉だ。

 移動に機械や遺産を通じた方法を用いれば一瞬に近い時間で到着も可能であり、この世界基準では比較的近いとされる距離である。


 まだまだ未開拓、人が全てを踏破していないこの世界。


 それがどの程度広い世界なのかはユラギに知る術はないが、相当なものであることは容易に想像が付いていた。

 これだけの技術があって、まだ未開の地がごろごろと転がっている世界――それだけ理解不能な存在が邪魔しているのを分かった上で、なお広大であるとユラギは思う。

 きっと自らが死ぬまでに全てが開くことはないのだろう、とも。


 さて。

 今回は都市が用意している公共機関を用いてその秘境へと向かうことに決定した。


 秘境名称は『禁止区域:研究区画跡』。

 冒険者以外の立ち入りを防ぐ為の囲いが造られてているため、そのままの意味が名前に込められているわけだ。

 取り壊さずに残されているのは冒険者の訓練用のためと、同時に大量の害種を閉じ込めておく逆シェルターのような役割が残っているためである。


 ユラギとキースレッド両名はこの秘境の最深部へ到達し、最奥より帰還する。

 そのような条件をリシュエルから課せられていた。


 行って戻ってくるだけ。

 言うのは簡単だが、そう簡単にはいくまい。道中の害種、それに人工施設ならではの問題も生じてくるはずだ。


 リシュエルの行った説明を元に、脳内に今回の情報と道筋を記憶していく。恐らくリシュエルは敢えて多くを語らなかったため、自分で捕捉と思考を繰り返しながら準備と対策を纏めていく。

 こう見えて、ちゃんと覚える気があれば記憶は得意分野なのだ。メモなどをしても、大事な時に忘れてしまうだなんてことを防ぐために編み出した――いやそれはどうでもいいとして。


「――ユラギさん、聞いてます?」


 脳内一人会話を済ませていると、そんな言葉が右側から発せられた。

 ユラギは思考の海から脱出すると、声の主へ首を傾ける。


「愛を囁く距離でどうしたんですかいきなり」

「……」

「わかりましたすいませんごめんなさい。聞いてなかったです。でも、話は終わってたんじゃ?」

「ユラギさんだけにお話があるのですよ」

「やっぱり愛のささ痛っ」


 グーで殴られた。


「――先日、あなたのことはある程度聞き及んでいます。“必要のない危険に突っ込んでいく奴だ”、と。これは忠告なのでよく聞いてください」

「あの、頬にめりこんだ拳をどうにかして頂ければと思うんですが」


 冗談めかしながらも、先日のことを思い起こす。

 それはほとんどランシードに言われたことと同じ言葉。その自覚はある、或いは意図してやっている節もある。確かにそれは意味があってやっていることなのだけれど。

 自らに意味を課して、そうしているのだけれど。


「冒険者は死ねばそこで無為に帰す……これでも知り合ってしまいましたから、私はあなたが死ぬのを見送りたくはないのです。だから、無茶はしないようにするのですよ」


 その忠告はしかと聞き届けるべきだろう。

 ユラギは姿勢を正して、軽く頷いた。


「ええ、気を付けます。リシュエルさん」

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