十八話 情報集めには足が肝心
円状拠点都市エクサルは広大な都市であるが、中でも事務所から離れたここ――リシュエル宅から更に中心に寄った区画、俗に高層街と呼ばれる住宅地周辺は特に現実離れを起こし、中々に奇妙な造りとなっていた。
建造物が並ぶその上、空中にも建造物が立っている――そう、立っている。
あくまで浮遊しているわけではなく、建造物の外壁から柱のようなモノが突き出て、斜め上に伸びた先にまた建造物が乗っているという不思議な繋がり方をしているのだ。
図で示すなら蟻の巣の断面図。あれを複雑にしてごちゃごちゃさせ、SF要素でイメージ補完を行えばいいのかもしれない。
見上げると、そうして幾重にも折り重なった建造物が視界に入る。普通の建物で十階程度の高度まで繋がるそれらは凡そ重力を無視した造りである。
このような場所で自動人形達と逃走劇を繰り広げていたとすれば、複雑過ぎてあっという間に四方から取り囲まれていただろう――まあ。
周囲を埋める人集りを眺め、ユラギは再び天上の光景へ視線を戻す。
丁度、柱の上を歩く荷物配達の若者が映った。
こんな衆人環視の中で戦おうとは思わないけど。
変な争いなど起こした時点ですぐにギルドやら衛兵やら自動人形やらがわんさか登場するであろう。それにどんな防衛技術が待ち構えているか分からないし。
「あの、ユラギさん。どこに行くんですか?」
隣を歩いていたリシュエルが、ユラギを呼びつける。
眠たげに欠伸をすると、両サイドに纏められた桃色の二房が上下に揺れた。
「んー。そうですねぇ」
――リシュエル・ラウンジ。
国家運営のギルド職員であり、自動人形と半ば強制的に関りを持たされてしまった一人だ。
彼女にも直にアドリアナから話は届くだろうが、向こうはユラギが調査した情報に関しても欲しがるだろう――そう思い、地下室から出た後リシュエルに先んじて事情を説明し、彼女にも調査に同行して貰ったのである。
本人は物凄く嫌そうな顔をしたものの、なんだかんだとついて来てくれていた。
そんな彼女は今朝の可愛らしい全身ピンクの寝間着姿とは打って変わり、しっかりと服装を決め込んでいる。白系のセーターに臙脂のカーディガンを羽織り、膝下ほどのベージュのスカートと同系色の靴を履いているという中々に大人っぽい恰好であった。
制服以外のちゃんとした服装は見たことがなかったため、こうした私服を見ると印象も少し変わってくる。意外にも服に着せられているという感じはあまりしなかった。不思議だ。
「……なんですかじろじろと。失礼なことでも考えてませんか?」
「え? いえ何も。大人ぶっちゃってだなんて思ってませんよ」
「おい貴様」
貴様て。
さて、ついてきて貰ったのはいいものの、アンテリアーゼは取調べ中だ。
ランシードも書類を提出してマイルズ・オーガンの動向を調べている最中であろうし、現状は具体的な調査手段は何もない。
やることと言えば、外堀の情報を埋めていくくらいだろうか。
「んでどこ行くのですか」
「ほら俺高層街って来た事なかったので、観光にでもと」
「あの帰りますよ今日私オフなんで。普通に買い物とかしたいのですよオフなんですよ私、ねぇユラギさん分かりますか?」
「じょ、冗談ですって。貴族達が住んでいるのがこの辺りらしいんで、色々見つかるかもしれないと思っただけですよ」
「聞き込みでもするんですか? 止めた方がいいと思いますけど」
リシュエルはユラギの耳を摘み、引き寄せてくる。
「――名を出す事すら危ういです」
「直接聞いたらならそうですね」
「ではどうやって調べるつもりなのです?」
耳打ちするにしてももっと優しくしてくれればいいのに。
肩を抱き寄せるとか――冗談は心の中だけにしよう。
「ギルドの事情聴取という名目なら」
「それも、推奨はできませんね」
一拍置いてから、彼女は微妙な反応を見せる。
「可能だと思いますけど……理由でも?」
マイルズ・オーガンは身を護るため身辺に手を回しているだろう。
そのため、ただ偽装して接触しても攻撃される可能性はある。だがギルドという皮を被れば向こうも手出しは出来ない。
何故ならばユラギは冒険者でリシュエルは立派なギルド員だ。そこに嘘はついていないし、事情聴取ならば十分にある可能性の一つ。分かっていても、立場的に動くことが不能になるわけだ。
この立場は使えるべきところで使うべきだろう――ユラギはそう考えるが、リシュエルは「動けますが」と同意した上で、「ですが」と意を唱える。
「妙に探って余計な警戒を生むと、正式に呼び出す前に逃げられるかもしれません。外堀の情報は埋めたいですが、実情を知り得ているなら最初は国家に任た方がいいのです」
「やるなら一度捕まえた後で、と?」
「国家に身柄を押さえられると困る場合もありますけど、その国家はギルドと直結している組織なのですし。こそこそ動き回るより堂々としているのが効果的ではないでしょうか」
「……なるほど。他に任せるって発想は俺にはなかったですね。確かにそちらの方が効果的です」
「ユラギさんの立場としては自分で動く方が正しいんですがね……」
言って、リシュエルは耳を掴む手を離す。
「ともあれ、意図的に逃がされたりはしないですよ。あの国家は機構なので個人的な根回しとか通用しませんし……安心して構いません」
「……うん? そうなんですか――で、システムって?」
「そのままの意味ですよ。私も詳しくは知りませんが、国家として動いている人間はそうらしいのです」
「紫を着た制服の人間は全員ってことですか」
「その認識でいいんじゃないのでしょうかね」
「微妙な言い回しですね」
「本当に詳しくないのですよ。一般職員なんで、私に国を深くまで知る権限はないのです」
――要は人の意識が介在していない、ということだろうか。
まあ、腐敗している印象は受けなかった。少々お固いというか、融通も利かなそうだったが。
「……ふむ。システム、ねぇ」
少々気になることもあるが――マイルズ・オーガンはランシードからも調べているのだし、無理にこちらから手を出す必要もないか。
となると、他に調査を進められそうなアテは――。
「でも、何もしないのも良くありません。なので一度、ギルドへ行きませんか」
彼女は歩みを止めると、ユラギへ手招きしてきた。
「ギルドのデータベースなら色々調べられるかもしれません」
「……色々? それって個人情報まで可能なんですか?」
「私が家で地図を広げたじゃないですか。アレと似たような端末があるので、ある程度は検索できますが――つまり行けば分かるのです」
びし、と人差し指を突き立てるなり別の方向へ歩き出すリシュエル。なるほど考えたものだ――勝手に歩き出されたら着いていくしかないではないか。
と、ユラギは足先の方向を逸らした。
「ちょ、そっちにギルドってありましたっけ?」
「高層街付近にも支部はありますよ。私の支部まで戻るつもりはないです」
すたすた先を進むリシュエルへと追い付き、今度は彼女に追従する形になる。ユラギが先導する際とは違いほとんど当てのない散策ではないため、少々歩調が速めだった。
高層街周辺ギルド支部。
国営団体組織というだけで支部以外に名称がないためそのような言い方しかできない――リシュエルの権限を使い、ユラギはその支部に設置されている情報室まで足を運んでいた。
名の通り、リシュエルが自室に置いてあるような高性能な端末がずらりと並んだ長方形の部屋であった。幾つかの端末には既に職員が張り付き、モニターに文字を打ち込んで検索をかけている様子も見られる。
彼らの一部はユラギへ一瞥をくれると不思議そうに首を傾げるものの、隣でモニターへかじりつき、画面に高速タイピングをかましているリシュエルへ視線移動させると各々業務に戻っていく。
「粗方出ましたよ。外出履歴を洗いましたが、先日のマイルズ・オーガンには記録がありません。周辺区画に外出するだけなら個人情報保護の観点から記録しませんが、仕事等の活動だったり――例えばモールド家の取引は事実なら端末に載りますし……」
ふう、と一息付くと背もたれに首を預けて顔を上げ、リシュエルはそう言った。
「これ、もしかして俺の情報も記録されてたりするんですか」
「ユラギさんを調べたところで出てくるのは便利屋の従業員情報やギルド登録情報だけだと思いますけど」
「載ってるんですね」
「ちなみにこれ、ユラギさんもいずれ使えるようになりますから」
椅子を引いて背もたれに肘を掛け、リシュエルはモニターの右脇に設置されたセンサーを指さした。
長方形の電子カードをセンサーに潜らせると画面が黒背景に切り替わり、文字列が浮かび上がる。
そこに書かれてある文字の大半は現時点では理解することができないものの、リシュエル・ラウンジという名前があるのは読み取れた。操作に必要な認証画面なのであろう。
パソコンを想起させる機械だが、恐らくこちらの方が数段ほど性能が高いと思われる。
「検索可能範囲に制限が掛けられますし、人級の内は使えませんが。一個上がれば検索権限が付与されます」
ぱち、とモニターが検索画面へ切り替わる。
「で、一つ気になるものを見つけたのでユラギさんにお伝えしますと」
モニターに流れる情報を閲覧しつつ、怪訝そうに彼女は言った。
「――モールド・バレルという名で新居が購入されてますね、今日」
「……は? 家?」
「そうです。購入先は『水上防衛都市グリーフ』。隅の方にある安価な物件に居を構えたようですね……つい先ほど入った情報です」
「え……今、データベースに乗ったんですか?」
「今じゃないですがさっきです」
「……いや、は?」
思わず声を上げたユラギを誰が咎められようか。
「――罠、と言うか。わざと残すような真似をしたんでしょうね」
ぷつん、データベースの接続を断つとモニターの電源が落ちる。彼女はよいしょと立ち上がり、溜め息混じりに椅子を元の位置へ戻してから。
「まるでユラギさんに来て欲しい、そんなタイミングでしたね。見えてしまったので一応伝えはしましたが……行きますか? 私は止めといた方がいいと先に釘を刺します」
そんな忠告を他所に、ユラギはアリムの言葉を脳裏に思い起こしていた。
彼女は〝次の機会〟と言っていたが――お誂えの舞台を早速用意してくれたのだ。モールド・バレルの名義を使用してそんなことをしたのであれば、笑うしかないが。
これが全く無関係な行動でないのは確かだ。
ユラギは顎に右手を滑り込ませ、一撫でする。
行くか、それとも否か。
「行ったら何か起きますよね、これ」
「逆に何も起きないと思うんですかユラギさん」
ランシードがアドリアナ経由で知るのが先か、或いはユラギが知るのが先か――便利屋が調べるだろうと踏んで張られたソレ。
遅かれ早かれ踏むしかない案件だ。
どう応えるかはこちらに任されているわけだが、果たしてどうしたものだろう。
所在不明だからと手を出さなかった人物の情報が舞い込んだのだ、何もしないという選択はない。問題は今踏み抜くか、ランシードに伝えて判断を仰ぐか、だ。
こんな手段が取られたなら向かった先で即座に命の危険が降り掛かることはあるまい。仮に危機的状況に陥ったとしても、逃げに徹すればどうとでもなるはず。
しかし、ランシードに伝える場合はかなり時間を要することになる。
彼女だって事務所にいるわけではないし、こちらから捜して簡単に見つかるような人でもないのだ。恐らく次に接触できるのは夜になってからか、マイルズ・オーガンを引っ張り出せた場合か。
今この情報はとれたて新鮮なわけだが――果たしてそこまで残っているものなのであろうか、とユラギは考える。
こちらに有益な情報が手に入る方の罠だとすれば、きっと時間制限があるはずだ。
それを過ぎてから向かってももぬけの殻を漁るだけになる、なんとなくそうなる予感がある。
「――仕方ない。行きますかね」
「あー、はい。どうせそう言うと思ってたのです……」
ややあってそう答えれば、リシュエルが呆れ顔で呟いた。
また自ら問題に突っ込みやがってみたいな顔をしているがこれは仕方ないだろう。
とはいえ、本当に止めるつもりがあったのならば何も伝えなかったはずだ。
今回ばっかりは、せめて彼女には楽をしていて貰おう。定休日らしいし……。
「では、リシュエルさんは俺が行くことをアドリアナさん経由でランシーへ通達しておいて頂ければ」
「馬鹿言ってんじゃないです私も行きますから」
「えっ。お休みなんでしょう? そこまで付き合わせるつもりはありませんし、後で報告しますよ」
「あのですね。これでユラギさんに何かあったらどう申し訳立てろってんですか殺しますよ」
「嘘……もしかしてツンデレ……?」
「第一どうやって現地に行くつもりなのです? どうせユラギさんじゃ道に迷っておしまいですよ」
あっ。素直にそれは失念していた。
「そういうことなのでさっさとついて来るのです」
リシュエルは全然怖くない顔でユラギを睨み付けると、大股でずんずん視界から離れて行ってしまう。ああ、きっとこの情報を伝えた時点でこうなるのを覚悟していたに違いない。
ユラギは思わず苦笑し、大股で彼女を追い越すのであった。
「………………」
「痛だだだだ!」




