十四話 無音の罠
だだっ広い館の通路の端にて、ランシードは壁に背中を預ける形で待機していた。人差し指と中指でドレスのスカート部分を邪魔そうに摘まむようにし、時折金髪のウィッグを弄っていた。
その隣では荘厳な面持ちの執事長が直立している。
「――うん」
遠くから見ると本当に様になっている、特に慣れていない様子なのがまたいい。
しかしこう、眺めれば眺めるほどに完成された偽装姿だとしみじみ感じる。格式高い屋敷を背景にすると、まるで本当の姫君でも目にしているようだ。
ユラギは二階にあるアンテリアーゼ自室から出て広間の大階段を下りると、二人の方へ向かいながらジョゼフに一礼。
背後でシルヴィも頭を下げ、アンテリアーゼは手をひらひらと上げている。
ユラギは頭を上げ、ランシードに視線を移した。
「遅かったね、ユラギ」
「すみません。少しごたついてたもので」
「……ふむ? まあいいけれど。話は聞いているかい」
「ええ。来館した貴族はどちらへ?」
ランシードは右手の親指だけで背後を示した。その先には茶褐色の大扉がでんと構え、両サイドに歯車のようなものを両手に抱えた石像が対に飾られている。
この先が客間、ということだろう。
「さて、聞く限りによれば先日の自動人形に繋がりそうな話であるね。情報元が御柱の家系なら頷けるけれど……君は今回の件、どう考える?」
「そうですね。二重の契約は好ましくありませんが、内容が内容です。ランシーが呑むのであれば俺に異存はありません」
言えば、ランシードは人差し指で右の頬を掻いた。
「そういうことを聞きたいわけじゃないのだけれど……それもそうではあるね」
「まあ。ここで口にするのも何ですが、敢えて俺の立場から言わせて貰えば……ジョゼフさんやシルヴィさん、それに」
少し考え、
「アンテリアーゼ様が信頼に足る方かはどうかは不明です」
ぎろ、と斜め後ろ辺りから彼女に睨まれたような気がしたが気にしない。
「単純に情報が食い違っている可能性も考えられますし、片方の情報だけを鵜呑みにすべきではありませんしね。そういった意味でもランシーが頷けば、という風に。俺の所感的なもので言えば信頼度は低くはないですが」
少なくとも話が嘘である可能性については考えなくともいいだろう。そうだった場合は最初から便利屋――ひいては仕立屋を暴きに来ていることになるが、そんな奴らではないことは分かっている。
まあ、あくまでも所感なのだが。
この取引に問題があるとすれば、それは彼らが手にしている情報が正しくなかった場合であろう。
誤って貴族を拉致してしまったが彼は全くの無実でした、はちょっと洒落にならない。
「ていうか、御柱ってなんです?」
そう言えばと聞きなれない単語に首を傾げると、ランシードも「あれ」という反応を見せた。
「教えていなかったかい?」
「いや全然、全く」
「ふむ……すまない、伝え忘れていたようだね」
そこまで重要な事柄であったのだろうか。それならばと思考を巡らせるも、やはり聞いたことはなかった。
まだまだ無知の多いユラギだが、ランシードが伝え忘れたということを鑑みるに、都市では一般常識レベルの知識だったのだろう。
ふと視線を逸らした先、アンテリアーゼが露骨に眉をひそめていた。彼女は腕を組み、頬を引きつらせるようにしてユラギを睨んでくる。
「忘れるも何も知らないってあんた、今まで何して生きてきたのよ」
「そこまで」
ほぼノータイムでそんな反応を返せば、アンテリアーゼは溜息混じりに首を振った。記憶喪失なので何も知らないです――仕事に来てる奴が今さら何をという意味で――などとは言えず、ユラギは押し黙った。
現状サボり気味な座学もやはり必需である。
依頼が終わり次第、まず文字からきちんと覚え直す必要がありそうだ。
「歯車はこの都市を守護する役割を与えられた三つの柱の一つで、故に御柱。最東端に構えるウチは《機械技師》という都市技術の一端を担い、外から浸食してくる害種を防いでいるのよ」
言われ、ユラギはこの館に来た時の景色を思い起こす。
敷地内に大量の自動人形が徘徊していたが、まさかアレは害種と戦う為に配置されていたのだろうか、と。
そういえば奥の風景は霧がかっていてよく見えなかったような気もする。
ここが都市の端なら、つまりその先は――害種によって形作られた何かであったのだろう。
件の秘境を思い出し、ユラギはぞっと背筋を震わせる。
「正式に名乗るなら私はモールド・アンテリアーゼ・ラストフォールド。《機械技師》の証明が欲しいなら何か造るくらいはしてあげるけど……とまあ、今は私が本物であるといった形でしか信頼は示せそうにないわ。情報の真偽についてこれ以上は言えないし分からない。確証はある、とだけしか」
深刻な表情で歯軋りを一つ、彼女は令嬢らしからぬ面持ちで客間の扉を睨み据えた。組んだ腕の先がぎりぎりと握りしめられる姿は、彼女の怒りを如実に表している。
「国じゃなくて便利屋を頼ったのはね、さっきあんたには言ったけど《機械技師》である親父の件を明るみに出したくないから。怪しいのは重々承知よ、親父がそうだった以上罠である可能性も否めないわね――でも信じてくれないと困るのよ。今動かなければ、確実にこの都市が滅ぼされる」
「ああいえ、信じていないわけではないんですよ。ですよね?」
ちらとランシーを見やる。彼女もユラギを一瞥してから、「そうだね」と淡白に頷いてみせた。
彼女がそういった反応をする以上、ユラギとしてもその意味では安心していたのだ。
そもそも彼らが悪意を持って接したのならランシードは気付くだろう。そうでないなら懸念すべきは一つだけ、アンテリアーゼが掴む情報そのものだ。
「けれどいきなり誘拐というのは承諾しかねるね。裏が取れていない以上、大胆な行動は起こすべきではない」
「それは……承知の上よ。危険な賭けだということも理解した上で持ち掛けているわ――でも、親父を出し抜くにはここしかなかったから。ごめんなさい」
アンテリアーゼはそう言って、ランシードに頭を下げた。
そのあまりの殊勝な態度にランシードは目を見張りつつ、横目でユラギに合図を送ってくる。「いくらなんでもイメージと違い過ぎる」と言いたげなのが分かったユラギは深々と二度頷くことで同意しておいた。
「その情報は、自身で手に入れた物のみであるんだね」
「ええ。正直、貴族に関しては可能性が高いだけに留まっているけど……当たっていれば私はここで脱落よ、だから動くしかない。協力が得られなくともね」
「その際の勝算はあるのかい?」
「一応は……でも相手だって一人で動くわけじゃない。私がそうであるように、向こうも使用人を引き連れている。私兵みたいなものよね――まあ失敗するようなら、後の事は任せることになるわ」
いいや、とランシードは即座に否定した。
「そんなことをする必要はないよ、私達もやらないと言っているわけではないのだからね。ただ一つ、私から提案があるのだけど、構わないかい」
「提案……? ええ」
次いでそう言ったランシードに対し、アンテリアーゼは首を傾げつつも小さく頷いた。
果たして一体何を言うつもりなのだろう、横合いでユラギは思考する。考えられるパターンは幾つかあるが――。
「私が裏を取ってこよう。通常通りに私が君の代わりを務めて貴族について行き、直接実情を探るのだよ」
「な……っ?」
その内、最も彼女がやりそうだなと考えた方法をランシードは躊躇いもなく口にした。それには思わず口端が緩んだものだが、表へ見せないようにしつつ再び彼女へアイコンタクトを図る。
しかし無視された。
言外に「うるさいよ」と言われているような気がしたのは、きっと気のせいではないのだろう。
全く、サービス精神が旺盛な上司だ。
軽く肩を竦め、ユラギはやり取りに意識を傾ける。
「簡単な話だよ。そこで貴族が思惑通りに動けば黒、そうでなければ白だ」
「……それは、いくらなんでも危険過ぎるわ。もしもの事があったらどうするつもり?」
とはいえ、だ。
アンテリアーゼ自身敵の企みに乗るつもりはなく、最初から力ずくで吐かせる事を目的に動いているのだからその反応は当然と言えば当然であろうか。
彼女からしてみれば相手は〝黒〟、わざわざ危険を冒してまで相手の土俵へ上がる理由はないということなのだろうが――。
だが、それでは駄目なのだ。
結果論で良ければいいという問題でもない、ユラギ達はここに仕事を遂行しに来ている。
そのため、事を動かすには適切な順序が必要だ。
そしてランシードにはそれを踏むだけの力があった。
賭けに出ることでしか成し得ない手段を、確実なものとする実力が。
「もしもなど起こり得ないよ」
ランシードは事務所で雑談を交わしている時と何ら変わらぬ口調で言い切ると、慣れた手つきで服の裏側から己の得物を引っ張り出す。
布地から引き抜かれてすっと彼女の手に握られた短剣。銀に輝く抜き身の剣身は彼女の手に収まるサイズで、両刃が特徴だ。
「判っているなら対処は可能であるよ。特に私はこのような小賢しい得物が得意でね、奇襲程度なら捌くのは容易い。そんなことよりも、私は結果が〝白〟ではない方を祈るべきだと思うけどね」
ランシードはさらりと言ってのけるが、まだアンテリア―ゼの表情は硬いまま。よほどマイルズ・オーガンなる貴族が危険なのかは知らないが、踏み切れないでいるようだ。
様子を見て、ユラギは茶々を入れることに。
わざとらしく手を叩いてみせ、全員の視線を一手に集める。まあ、戯言は己の役だし。
「さては自分の調べた情報が嘘っぱちで、貴族と結婚したくないがための単なる〝わがまま〟だから、それがバレたくないのでは?」
「今、そんな話に聞こえたわけ?」
「さあ。しかしそうでないならご心配には及びません。雑務荒事なんでもござれ、トイレ掃除から身代わり業務に至るまで我々便利屋の領分ですからね」
「……だとしても、よ。頼める領域とそうでない領域があるわ」
「いいえ。だからこそ、ですよ。そちらの依頼を請け負う為に必要だから我々が確かめようというのです。それを邪魔するということは――調べられてはならない事があると捉えてもよろしいですか」
一晩で身に付けた執事所作を加えてそれっぽくキメてはみたものの。
うわあ、自分が胡散臭。
「他人事だと思って簡単に言ってくれるね。ユラギ」
「ふ、不安になるようなこと言わないで下さいよ」
「君が言うとより不安だよ。物語序盤で殺される端役みたいな台詞は止したまえ」
「でもそれを言うと、先に得物を見せびらかした側の人間って演出的に殺されますよね」
「目に見える実力者が死ぬことで敵の強さを表現する演出法だね……うん。そうだね」
「え、終わり? 何か否定しましょうよ」
随分限定的なシチュエーションだけどそれは嫌だ。
確かにミステリーとかホラーとかではこういう自信満々な二人組って最初に殺されそうだけど――ってそうじゃない。
ユラギが次に何を言おうか言葉を選んでいると、それまでアンテリア―ゼの背後で置物のように立っていたシルヴィが突如背後から動き出し、かと思えばアンテリアーゼに抱き付いた。
「ちょ、何いきなり、止めなさいシルヴィ……っ」
「まーいいじゃないですか。心配なのは分かりますけれど、お二方は専門家です。私達も尽力しますから、きっと大丈夫ですよ」
そのまま、半ば無理矢理に頭を撫で始めるシルヴィ。
髪をぐちゃぐちゃに乱されるアンテリアーゼが抵抗しようと手足をばたつかせるが、拘束は解けることなくなすがままに。
十秒ほど遊ばれた後、シルヴィから解放された彼女はぜえはあ息を荒げて膝と手を付く。
「ちょっと……いきなり何なのよ……」
「ごめんねーうちのアリアが心配性で。まあ色々あるんだけどさ、私もその方向でお願いしたいかな」
「ねぇ、何勝手に話進めて、」
「――大丈夫。いざとなれば、私はアリアの為だけに動くよ」
諭すように言われると、アンテリア―ゼは口を噤んだ。
意図せず茶番を演じてしまったユラギは二人の会話を聞いていて、流石の違和感に首を傾げる。
独特な距離感をお持ちであるのは最初から理解していたが――ただ、まぁ。これもまた、ユラギが踏み込む内容ではない。
アンテリアーゼが振り乱した髪が床に広がった為、ユラギは彼女の毛先を踏んでしまわないよう一歩下がった。
「……ん?」
改めて周囲に意識を戻したところ、ジョゼフが扉の目の前で黙している姿が目に入ってくる。
いつの間にそこへ。
向こう側に聞き耳を立てているようだが、何かあったのだろうか。
「分かった……ええ、そうね、確かにそうだわ。専門家を差し置いて出過ぎた発言をしたわ」
シルヴィの言葉を受け、ようやくアンテリア―ゼは吹っ切れたように頭を上げた。右手で前髪を直して立ち上がり、息を整えてから。
「……ごめんなさい。頼んでいいかしら、ランシードさん」
「ああ構わないよ。私から行った提案でもあるのだしね」
そちらの方が問題なく事を運べているのに頷き、ユラギは気になったジョゼフの方へ向かうことにする。
「――任せるよ」
ランシードの真横を通ると、耳元の辺りでそう呟かれた。
「そちらは任せます」
同じように言って、ランシードから離れる。
客間は現在、メアリというメイドが貴族の元に食事を運んでいるはずだ。
アンテリアーゼが客間に来るまでの繋ぎはメアリに一任されている。食事を運んだ後は貴族の相手でもしているのかもしれない。
「どうされましたか、ジョゼフさん」
小さく呼び掛けると、彼は扉の奥へと意識を傾けたまま返答を行った。
「音がありませぬ」
「……いつからですか?」
「丁度アリア嬢とユラギ様がこちらへ来た時でありましょう。しかし、ただ途絶えたのみ。内部で争いがあれば無音でというわけには行きますまい」
「メアリさんというメイドが中にいるのでしょう?」
「はい。有事に備え、仮に内部であちらの使用人と事を構えても切り抜けられるよう訓練は積んでおります」
「それが、音もなく消失していると」
――さて。
もしこちらの使用人を襲うとすれば、どのようなメリットが相手にある?
ユラギはジョゼフと反対側の扉へ背を向ける形で貼り付き、いつでも突入できるようジョゼフへ目配する。
「確かに人の気配は感じられないですね」
何名かまでは聞いてなかったが、貴族側も戦闘の手練れを使用人として連れてきているのは判明している。
立場上ボディーガードを連れ歩くこと自体は珍しくもないが、この屋敷に限って言えばその常識も通用しないだろう。
元は仕事の契約で中身は縁談、だったか。
仲介したのがアンテリア―ゼの実父であるモールド・バレルであるなら、警戒は却って逆効果になりかねない。
そうしても可笑しくない状況があるとすれば、アンテリアーゼ或いはシルヴィのような彼女側の人間が反抗する可能性を事前に父親側から示唆されていた場合だ。
そもそも縁談に父親が介さない時点で怪しさ満点であった。ここまで大事な用であれば、普通は別の日程へ変更するなり調整しただろう。
例えばどうだ。
これが縁談ではなく、既に取引が終了した後始末であれば。
まず取引を売買と仮定。
娘の脳、自動人形などを金銭で取引すると仮定。
――いや。首を振る。
そうなると仲介者に便利屋を置いたのが疑問に残る。後始末ならばアンテリアーゼの振りをさせる必要がない。さくっと誘拐して脳でも何でも遺産にコピーしてしまえばいいのだ。
考え方を変えよう。
メアリを襲うメリットは、ジョゼフの言葉を考慮するなら……戦力の減少。
なら、貴族は元々戦いを想定して館に入っている。父親が留守なのは――例えばアンテリアーゼに付いている使用人の炙り出しと始末、とか?
「違う」
やはりこれも噛み合わない。
ならば、メアリがモールド・バレル側の使用人だった場合は?
「それにしたって便利屋の存在が邪魔だし……なら」
「ユラギ様。何を考えておられるので?」
「――ああ、すみません。口に出ていましたか。いえ、どうしてモールド・バレル氏は便利屋に依頼をしてきたのだろうと思いましてね」
考え得るパターンは幾つかある。
思考を広げればまだまだ出てくるだろう。
けれど、シミュレートすると大体の場面で便利屋という存在が邪魔になってくるのだ。
一つだけ例外があるとすれば、それはモールド・バレルとマイルズ・オーガンが敵対している場合。そうなってくれば、便利屋を招いた理由についても辻褄が合わせられるが――それは一体どのような状況?
あるとすればマイルズ・オーガンと敵対関係にあった上でアンテリアーゼと敵対しながらも、モールド・バレル自身は娘を護りたがっている場合――いやいや、流石にない。
彼と直接対面したことがないからその辺りは加味しないしできないのだが、マイルズ・オーガンとの関りがある時点でこの可能性は低い。
モールド・バレルは都市の権力者だ。
直接手を下すのが難しいのであれば便利屋を使う、という手段自体には納得出来る。
だが潰すつもりであれば、もっと効率的で頭のいい方法はいくらでも考えつくのだ。流石にこれは迂遠、希望的観測すぎる。アンテリアーゼの評価を参考にするのであれば、モールド・バレルはもう少し狡猾で上手い相手のはずだ。
――止めよう。
情報が足りない、解答に至るにはまだ何らかの情報が足りていない。
思考を切り、ユラギは深呼吸を一つ挟んだ。
まだ奥の方では三人が作戦を詰めていて、シルヴィもアンテリア―ゼもまさか中で異変が発生していると気付いていない様子だ。
ランシードだけはこちらを窺いながら常に二人を庇える位置取りに居る。場をユラギに任せているのはそのためであろう。
「入りましょう。俺とジョゼフさんだけであれば部屋に罠を仕掛けられていても対処は出来るはずです。アンテリアーゼさんにはもう少し離れて欲しいところですが……あの性格じゃ自分で突っ込みかねないですし」
「メアリ……そうですな。これ以上待っても連絡は望めそうにない。私が開けましょう、遺産などの未知にお気を付けを」
ジョゼフは眉尻を下げ憂うように目を閉じた。が、すぐに表情を険しく固めると、扉に手を掛ける。
「いえ。ここは俺が出ます、援護を」
上から右手を被せ、ユラギは咄嗟に彼を静止させた。
何が待ち受けているか不明な場面。
ここで彼に突入させるのは危険だ、と直感的に己の脳が告げている。
嫌な予感が脳裏を過ったのだ。
「――まぁ、そういう勘って当たるよね……全く、本当に」
一気に部屋内へと突入したユラギは、ごくりと生唾を呑み込んだ。
自然、肉体が構えを取った。
腰を半ばまで落とした攻防一体の構え、目立たぬように左拳が前面へと押し出される。
それらは、眼前に立っている一人の少女に向けられていた。
「……」
客間は縦に長い四角の空間。合わせて配置される長机には純白のテーブルクロスが敷かれ、各種様々な料理が並ぶ。
それとは不釣り合いに、椅子が部屋中に散乱している。
恐らくは長机の両サイドに並べられていたであろう客用の椅子が。
その中央を陣取り、少女は直立不動で立っていた。
不気味に脱力した両腕がだらりと真下を揺れている。斜め下を見ているような首の向き。口をあんぐりと開け、垂れ下がる紺の前髪が少女の顔を覆い隠す。
が――その隙間にちらと覗かせる生気の薄い瞳は、扉を開け放ったユラギを凝視していた。
「メアリ」
ジョゼフがその名を呼んだのと、ユラギが少女のメイド服姿を収めて彼女と認識したのは同時のこと。
誰よりも先に、少女の肉体が直進的に跳ねる。
挙動が可笑しい。そしてこの動きは、どこかで見たことが――。
「この子、操られて――っ!?」
突貫する少女の右腕を左手で受け流すと、がぎんと機械的な音が鳴り響いた。そのやり取りで手合いが何であるのかを悟ったユラギはすぐさま少女の腕を左手で絡め取り、上体を押し込み肩で押し飛ばす。
そうして少女を一度突き放し、ユラギはジョゼフから距離を取るように少女へと詰めた。
まともに打ち合っては拳がオシャカになる。戦う位置はなるべくジョゼフ達から離して――接近戦で決めるしかない。
だがこの前のように無条件に破壊していい相手ではない。雷は絶対に無しだ。
「ああもう、最近はこんなのばっかり相手にしてるからいい加減慣れてきたけど……ジョゼフさん! この子、もしかして!」
既に分かっていた、けれど聞く必要があったのだ。
崩した態勢をあり得ない姿勢から一瞬で立て直す少女を睨みつつ、ユラギは背後のジョゼフへと問う。
するとユラギの予想通り――彼は、こう答えるのだった。
「人ではありませぬ。彼女は、メアリは複雑な制御機構を組み込んだ自立型の《自動人形》です」




