十話 仕事の後には美味い飯を
――戦闘、無事に終了。
ユラギが放ったその一撃は、かなり弱っていた防衛兵器の胸部のコアを見事に貫いた。
そして先ほど害種の完全な消滅を確認。霧散した灰は再び秘境内部全体に還元されていく――ひとまず危機は去った、というわけだ。
その後、手際のよいリシュエルの応急処置と医療箱の活躍により、瀕死のキースともう一人の少女を治療した後の話である。
「ああそういうことかい。なるほどね……うんうん」
少女は苛立ちを抑えずにうんうんと唸り、あたふたと焦るリシュエルの、半ば言い訳のような説明を聞いている――勝手に秘境を試験会場にされて勝手に暴走させられれば怒るのは当然であろう――ユラギはそんな少女に指を差して、空気を読まずにこう問いかけた。
「あなたが《科学者》のレイシスさんですね。ところで俺の服貸しましょうか? ほとんど肌が」
「使う」
とても機嫌悪そうに言ってユラギが差し出した上着(といっても薄手のシャツ)をひったくれば、ボロボロに焼けた衣類の上に羽織る形で身に纏う。
「さてはお前見たな」
「まぁ、何かが見えなかったと言えば嘘になりますけど」
「おい嘘でも偽りでもいいから少しは隠す素振りをだな!?」
「生憎とチラ見せだったので心配ありませんよ」
「何が!?」
「あ、見えてませんでした」
「それで隠せたとは言わせんぞお前ぇ!」
中々に愉快そうな人で結構。
リシュエルから突き刺さる批難混じりの視線を華麗にスルー、ユラギは茶化しつつレイシスを見やった。
見た目年齢十二か十三ほど、中々に危ない臭いがプンプンする少女の半裸を思春期な年頃の男が見てしまったわけなのだが――良かった良かった、とユラギは腕組みしながら二度冷静に頷いて見せる。
ユラギはランシードのような巨乳に目がないのだ、よって平地に小石を求めてはいな痛っ。
「な、何故に頭を叩いたんですか」
「今のは謝るとこですユラギさん」
「おいリシュエル・ラウンジ職員――同性のお前が先に気を利かせて私に一枚服を貸してくれればこうはならなかったのだが」
「ひゃっひゃいっ! え、っと確かに……その、テンパって、すみません」
「まあいいこんな貧相な身体に欲情する奴もいないだろ。助かったぞユラギとやら、お陰で何とかなった」
ぺこりと頭を下げると、レイシスはぶかぶかのシャツから両手を出して腕捲りをする。
肌着になったユラギはそんな光景を眺めてふと思った。
白い肌、成長期手前のような細く小さな肢体に大きめのシャツ……これはこれで煽情的な趣きが痛っ。
「目がいやらしいのです」
「いやらしい恰好なのはレイシスさんでしょう」
「なっ!?」
とまあ、半分ほどの冗談は置いといて。
レイシスの留飲も下がったというか無理矢理逸らせたというか……砕け散った広間の床や壁へ視線を配りつつも、無事に間に合ったことにユラギはほっと一息吐いた。
実のところ、現場がこのような事態に陥っているということを二人が察知したのは、壁の穴から防衛兵器が暴れているのを目視してからだったのだ。
しかしそこは最悪の事態も最初から想定して動くユラギの判断力が効いたのだろう。本来の想定を上回っていた時の動きも事前に頭へ入れていたからこそ助けられたと言っても過言ではない。
それも先にリシュエルから防衛兵器の弱点や急所を教えて貰っていなければ成立しなかった話なのだが。
「……俺は、なんも出来なかった……っ、クソ……!」
剥がれた皮膚に火傷に全身打撲の上、何本も骨を折っていたためリシュエルの手でミイラにされた一番の重傷者――キースが悔しげな台詞を吐いた。
ある程度の処置を済ませたとはいえ、あまり喋ると身体に障るのだが……止めようとして止まる口ではなさそうだ。
「そんなことはないけどね。実際、キース君が弱らせていたから一撃で倒せたみたいなものだし」
「うるせぇ……! 慰めはいらねぇんだよ、俺の攻撃なんてまるで効かなかった! だから――ぐうっ」
「いやいや腕とか普通に溶けてたんだけどなぁ」
ユラギは自身の右拳を一瞥すると、そう答える。
自動人形戦からまだ完治していなかった右拳は先の一撃で再び傷を負ってしまっていた。
元から機械を殴り飛ばす前提で拳を振り抜いたため、殴るというよりは電撃を主軸に置いた力の調整をしたのだが――予想以上に硬いし頑丈だったのが誤算で、またもや拳を潰してしまったのだ。
お陰で右拳はキースと同じく包帯ミイラにされ、今もずきずきと激痛を脳に送り続けている。
じゃあ左で殴れという話なのだが、右利きだったユラギが咄嗟に出た方が右だった――半ば自業自得ではあるものの、そこまで強固な装甲を変形させる程の火力が無力であるはずはないのだ。
熱への耐性がなければそれこそキースの一撃で終わっているはずである。
ただ、これ以上言っても聞いてくれないのは分かっていた。
ユラギは諦めたように頬を引っ掻くと話を打ち切る。
レイシスはキースの功績を知ってか知らずか終始けらけらと笑っているだけだった、何かフォローしてくれればよかったのだけれど。
「とりあえず私が言いたいのはだな。なあ? リシュエル・ラウンジ職員」
「は、はい。心して聞かせて頂きます」
ぴし、と背筋を正すリシュエルの肩に手を置いて――物凄く邪悪な笑みを浮かべたのに気が付けたのは対面で直視していたユラギだけだった。
あ、なんか吹っ掛けるつもりだ。何も言わないでおこう。
「確かに私はここを訓練や試験場所として提供している。人間側が掌握している秘境なんて他にないし、私が調整している間は確かに安全であろうからな……」
「はい。存じております」
「ただこいつらに試験受けさせる意味あったか? この私が助力したとはいえ、ほぼ自分達の力で本来の秘境のラスボス倒すような奴らを放りこむんじゃない馬鹿!」
「本当に申し訳ありません……」
「ああそこのキースという男は大変だったよ。私の服は燃やすは罵倒してくるわ言うこと聞かないわ、灰炉機壊しちまうわ、お陰で私もボロボロだよこのおっぱいチビ」
「ごごごめんなさおっぱいチビ!?」
「あぁ?」
「ひ、いえなんでもありませんごめんなさいごめんなさい!」
なんというか平謝りしているリシュエルが可哀想に思えてきた、まぁ他人に押し付けられたからって更に他人に押し付けて事務作業してるリシュエルも悪いのだが。
ちなみにリシュエルは背は低いがそこまで胸が大きいわけではなかった。ユラギの好みではない。
「なんで俺の方睨むんです、ほらちゃんと謝罪相手に顔を向けないと」
「なんで笑ってるんですかぁー!」
「とりあえず一度私は都市に戻らねばならん。進んでいた研究がオシャカにされた以上は一度この秘境を攻略し直して再調整する必要がある。当然君達じゃ力不足だ」
それはその通りでしかないのだろう。
キースはレイシスが言い放ったその言葉にだけ反応して何やら唸っているが、ユラギは一人納得した。
防衛兵器を模した害種が秘境の主であるのは聞いたから知っている。
倒したのは事実だが、所詮は主を倒しただけだ。真に秘境を攻略したわけでもなし、突入時から本来の秘境の役割が作動していたのなら――ラスボス倒しただけでガス欠になっている二人で攻略し直せる道理はないのだ。
ちょっとリシュエルの実力は未知数だが、彼女はそもそも事務員なのだから頭数に入れるべきでもない。
とはいえ、とはいえだ。
この半年でユラギは強くなった。雷の扱いにもそこそこ慣れ、身体能力や戦闘技能はランシードに鍛え込まれて相当に磨き上がった自信だってあった。転移してくる前のユラギとは天地がひっくり返る以上の差があるのだろう。
だがこの程度だ。既に攻略済の秘境ですらこの体たらく。
主一匹程度も確実に一人では倒せない――それが知れただけ、身が引き締まるというものだった。
決して自惚れてはいけない。まだまだ自分は弱く、ランシードの隣に立つことすらできないのだと。
「そこで、だ。リシュエル職員」
とレイシスは言った。
「……なんでしょう」
「私は都市に住居を持たない。だから再攻略までお前の家にお邪魔するぞ文句はないな」
「えっ」
「『えっ』じゃないだろ馬鹿たれ、灰炉機壊した責任を負わせない代わりに住居と食事と暇潰しを提供しろと言ったんだ私は」
今暇潰しと言ったぞこの人。
「え、なんで私の家なんですか、レイシスさんなら国の中枢とか普通に行けると……その、思うんですけど」
「嫌だ! 面倒臭い! まるで国賓のように扱われて壊滅的に気を使われるのはかったるいんだ! それに他の連中の研究を手伝うのも御免被る、私は私の研究ができないなら全力でだらけてぐうたらしてやる所存だからな!」
「えぇ……」
リシュエルが普通にドン引きしていた。遺産を解明し世間に流している人物なのだ、確かに扱いは一国の主と同じかそれを越えてもおかしくはないのだろう。
……あれ、というかこの二人は初対面だったのか。話を聞く限りでは知り合いだと勝手に思っていたが、いざこうして会話をしているとそうは見えない。
ずっと秘境に引き籠っているみたいだし。
「ああ初対面に決まってるだろ。私はギルドの下っ端など知らん」
「……あぅ」
「だが、私に感謝するんだな。いくら予想し得なかったことだとしても、壊したことに変わりはない。一歩間違えばお前は職を失うでは済まなかったところだ」
「はい。二度とこんなことしません……次から気を付けて選定します」
うん。こうやって眺めているとやはり可哀想に思えてくる。仕方ないちょっとフォローしてみよう。
「それくらいにしてあげて下さい。俺が言うのもなんですけど、彼女なりに頑張っているようですし」
「知っとるわ。どうせアドリアナの奴が適当引っ掛けたんだろう」
あ、そういう感じ……?
そっちとは知り合いだったのか……というかアドリアナが何者なんだ一体。とりあえず彼女は無茶振り上司から傍若無人上司へシフトしておこう。
「別に私は怒っていないよ、頭の中に研究データは残ってる。再現するにはちと時間は掛かるがさしたる問題はないさ」
「全部覚えてるんですか……流石は《科学者》と呼ばれているだけの人間ってことですね」
「ふん、私は人間ではないがな」
レイシスは言い切ると、返答させる暇もなく話を元の軌道に戻した。
「とにかく私はしばらくお前の家へ転がり込む。攻略部隊が編成されるまでは数ヶ月を擁するだろう、何それまでの短い期間だ」
「全然短い間じゃないじゃないですかぁ!」
「短いだろ食費くらいなんとかしろよ一般職員」
「あ、あぁ……うう……なんでこうなるのです……」
――人間ではない。
その言葉の意味するところは分からなかったが、きっと進んで触れたい内容でもなかったのだろう。
ならば話は終わりだ。
涙目でこちらへ救援要請を送っているリシュエルに、ユラギはこう宣告する。
「よし、そうだ。レイシスさんも焼肉食べに行きましょうよ、リシュエルさんが奢ってくれるみたいですよ」
「――覚えてろよユラギさん」
「ひえっ」
そんなこんなで初めての秘境探索は終了となった。今は秘境の主である防衛兵器を倒したから落ち着いているそうだが、すぐに秘境としての再活動が行われるためユラギ達は急いで脱出することに。
当初の目標は秘境から帰還することだったが、異常事態であることを考慮してキースレッド・ブルーム、ユラギ両名は無事に秘境突破という形で落ち着いた。
というのもあの秘境、レイシスが管理していない状態になると《獣級》の探索者を五、六人編成で向かわせるほどに危険であったらしく。
なので二人の実力的には『人』より一段上の『獣』に上げるべきなのだそうだが、咄嗟の判断能力や秘境探索に於いての経験値が圧倒的に足りないということで、ひとまず《人級》へと落ち着くことになった。
飛び級で《獣級》になったところで不安要素が多すぎるため、ユラギとしてもこのランクでしばらく過ごすのには賛成である。
物事には何事にも段階が必要なのだ、それを踏まずに越えられるほど飛び抜けた実力があるとユラギは自惚れはしない。しばらく研鑽を積んだ後、獣級昇格の秘境へ挑むのがベストだろう。
――何はともあれ、だ。
これで吉報を持ち帰ることができる。
いつの間にか意識を失ってしまったキースを背負うと、ユラギは明日からの日々を思索するのだった。
◇
「色々ありましたが、とりあえず――リシュエルさんの奢りでお疲れ様でーす!」
かきゃん、と打ち鳴らされるガラス瓶が二つ。
「ああお疲れ! 私はヤケ飲み食いするぞぉ!」
――肉料理屋『化物亭』。名称は気にしないように。
世界に生息する様々な動物の肉を安全提供する料理屋さんであり、そこそこ評判の良い店のようだ。勿論焼肉だって頼めてしまう。
四人用テーブル席にて、ユラギとレイシスは高らかに瓶を掲げて意気投合していた。レイシスは酒を頼み、飲酒制限などはないがユラギはジュースを頼んでいる。
「ちょちょちょちょっと待って下さい待ってぇ! 私のお財布にも限界があるっていうかユラギさんは奢りじゃなくて報酬ですからね!? 分かってますよね!?」
「酔っ払いに何を言っても無駄ですよリシュエルさん」
「ほんとに酒飲ませんぞこらぁ!」
横から飛んでくる拳の数々を適当にいなしつつ、最初の一口を喉へと流し込む。爽快感溢れる柑橘が喉にいい、疲れた後の酸味は格別である。
「そんなことより、キース君の状態はどうでした?」
「全くそんなことじゃないですけど……キースは、身体の方は大丈夫ですよ」
リシュエルはげんなりした顔で返してくる。
「ちょっと荒れてますけど……いつものことです。耐熱繊維で縛り上げておきましたからどこにも逃げられません」
「うわひどい」
「酷いのは私のお財布に致命傷を与えるユラギさんです」
「ひどいですね全くそいつは」
「お前だぁ!」
都市に帰還してからキースは即病院へ担ぎ込まれ、然るべき処置を受けて今はリシュエルの家に放り込まれていた。
酷い全身打撲に擦過傷に火傷に筋断裂、肋骨二箇所の骨折、その内一本が肺に刺さっていたなど。治らないわけではないが安静にする必要があり、当然の如く医者に自宅療養を厳命されたようだ。
今更突っ込みはしないが、あれだけ血塗れになっても自宅療養で済む方が驚きである。しかも治療時間も数十分で済んでいたし。
「言っても聞かない奴は無視しておけばいいだろ。今の奴に『お前が一番頑張った』だなんて言葉、聞くわけなかろうに逆効果だ馬鹿」
「そりゃそうですけどね。ただ最後の一撃を俺が持って行っただけで、まるで全部一人でやったみたいに劣等感抱かれるのはちょっと」
「最後持って行ってくれなきゃ私もキースも死んでたがな」
「ははは……え、そこまでヤバかったんです?」
「死ぬかと思ったよ。本当にね」
レイシスは青ざめた顔で呟く。
「しかし本当にあれだな。リシュエル職員、お前も難儀な新人を下に持ったもんだな」
「あはは。とりあえず『職員』ってのやめて下さい」
「ならおっぱいチビでいいか?」
「…………帰っていいですか」
「おー店員さん! 血潮のワイン二杯追加で」
「ちょっと!?」
「あとこの酸水のカクテルも三杯追加で」
「いやいやいやいや」
「安心しろ全部私が飲む」
「あの、もう少し遠慮をですね!」
次々に酒を頼み出したレイシスに突っ込みが止まらないリシュエル。本日何度目か分からない可哀想という感想を抱きつつ、ユラギは首を傾げた。
血潮と酸水って何……?
「リシュエルよ、これから真面目な話をするから聞け」
「お酒一気飲みしながら言う台詞ですか」
「――キースの能力のことだ」
冗談交じりで行われていた会話が、一瞬静止した。
がやがやと鳴っていた他席の賑わいのなか、ぽつりと一つの席だけが静まり返る。
秘境で見せたキースの能力。
無尽蔵なまでの炎、あれは明らかに常軌を逸したものだ。リシュエルが言うように彼は訳ありで、やはりレイシスもその特異性を気に掛けたのだろう。
レイシスは一瞬ちらとユラギを見る。だが、さして気にした様子もなくその口を開いた。
「こんな世界だからな。特異な能力者など吐いて捨てるほどいるし、冒険者やってる連中などそんな奴らばかりだ。だからその程度で驚く連中などいない」
「その上で、キースのアレが普通ではないと……」
「一目で分かった。ありゃ理屈とか理論とか能力とかそういった位置からは程遠い」
いつもの通りに開拓者が拾ってきたか。秘境の奥地で救助したか。どこかの地で生まれた手に負えない子でも拾ったか。
レイシスは苦い顔をして、静かに告げる。
「そもそもあれは炎を生み出すワケじゃない、『炎』だと解釈されているから炎となっているだけだ。奴には言わなかったが」
「……っ、そこまで」
「個人定論理ならまだマシだったんだがな。こりゃもっと質が悪い、恐らく私でなければそこまで気付くことはないだろうが……それでも、気を付けろよ」
何に、とまでは言わなかった。そうして黙したレイシスに、小さく頷くリシュエル。ただ一人置いてけぼりになったユラギは――敢えて空気を読まずに割って入ることにした。
「え、俺全然話に入れないんですが」
「その、あの、キースは……ユラギさ――」
「聞いちゃいけないのなら帰りますけど」
意地悪にそう言ってしどろもどろな口を閉じさせる。
人間ではない――今まで聞いた幾つかのワードを思い起しながら、さてどう攻めようかとユラギは一瞬だけ思考した。
ぶっちゃけそこに関してはどうでもよかった。
レイシスが自らの事を人ではないと自嘲していたり、キースが人ではないと忠告をしていたり、まぁ結構色々あって大変なんだなぁ――とは思う。思うだけはする。色々、何かにバレてはならないことがあったりするのかもしれない。
けれどそんなのは誰にだってある事情だ。ユラギだって相当事情を抱えているけれど、それはそれ。別に今回の件には全く関係ないから話す必要も理由も意味もないだけなのだ。
だが――何でも屋として請け負った、それをはいそうですかと聞いて流してお仕舞にするユラギではない。
きっとここでその話を許容するってことは、きっとユラギに首を突っ込んで欲しいってことで。
だから突っ込むのだ。
「あの依頼はまだ有効ですよ。どうです? 一つ俺にぶちまけてみては」
「ユラギさんが知ってどうするんですか」
「――いえ、別に何も。けれど理解者は多い方がいいんじゃないかと思いまして」
「知ることでユラギさんに降り掛かるものが、あるかもしれません」
「じゃあなんで俺をキースと会わせたんですかぶっ飛ばしますよ」
「……それは」
「彼が相応に危険なのは分かっていますよ。でなければギルド職員であるリシュエルさんが外の世界でただ保護しただけの人間を匿う必要はない。アドリアナさんが手を掛けてやる理由もない。そしてレイシスさんがわざわざリシュエルさんの家へお邪魔しようとした意味はないハズだから――あ、じゃあレイシスさんウチ来ます?」
「待てどうしてそうなった!?」
「俺、人とか化物とかどうでもいいんでレイシスさんで普通に興奮」
「おい馬鹿何を、それ以上言うなほんとマジ馬鹿……え、はぁ!?」
「――は別にしませんけど歓迎しますよ」
「……テメこの野郎二度と使い物にならなくするぞ」
やめて。
――果たして。
何でも屋としては少々感情が先走り過ぎだろうか。もしも同じ依頼をランシードが受けたら、彼女は一体どう処理していたのだろうか。
いや――彼女は受けないか、こんな依頼は。そもそもユラギが持ち掛けたものだし、彼女で例えるのは意味不明だ。
いやぁしかし、ここまでしてやろうという気になったのは何故だろう。
勿論キースに驚いたのもあった。第一印象は最悪だったが、今にして思えばアレはただ不器用なだけの拗らせだと余裕を持って眺めていられるし、何より彼を見誤っていたきらいもある。それにリシュエルが、レイシスが、なんだかんだ優しくて、温かい人達だと知ってしまったからだろうか――。
「あ、勿論これは打算的な提案ですからね。これからお二方と交友を深め、ついでに彼とも良好な関係を築くことが出来れば何でも屋稼業も捗るというものですから。信用業務ですので」
「信用を深めたい相手にセクハラをする奴があるか!」
ユラギは含み笑い一つ。
うん。レイシスは口調こそ女の子らしくない――自分の周りには何故か結構多い――が、似た口調のランシードと違うのはそういう話題を振った際に驚くほど動揺してくれることだ。
通常通りに接すると努めて冷静ぶるのだろうが、直接的に弄ばれると頬を染めて裏声混じりに必死で言い返してくる。
つまり弄ぶと愉しい。
「はいはいユラギさんに遠慮した私が馬鹿だったのです。常識とか通用しませんでしたね」
「まあ常識外の住人ですからね」
「変態ですしね」
「何故だろう、死ねって言われたような」
「――とりあえず食べましょう。話はその後です」
リシュエルはメニュー片手に店員を呼び、ようやく飲料以外のオーダーを頼み始めた。そこで一旦会話が打ち切られれば、再びとりとめのない雑談で空気が賑わい出す。
その先は周囲の目がある所では話せない事柄だということ。ユラギはまだこの世界の事は詳しくないけれど、そういうモノが多いことだけは知っていた。この世の中にはまだまだ謎が多い。だから、沢山知る必要がある――。
ユラギはいつもの通りに軽薄に笑いつつ、運ばれてきた料理に口をつけた。
「あ、結構いけますね。コレ」




