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キコのものがたり 川とお風呂、砂漠のお姫様

作者: 月道紀駆

キコはけっこうナルシストです。

洗面台の鏡にまだまだ十分に背が届きません。ですからぐうんと背伸びをします。

それでちゃんと顔が映ると、じいっと自分を眺めます。もちろんピーンと足首は伸びています。かといってバレエなどは習っていませんから始終グラグラしています。

それでも飽きることなく、鏡を覗き込みます。

白い肌、黒くて艶々した髪、ゆらゆらゆれる、じぶんを覗くじぶんのなかに映るじぶんの・・・そんな永遠のじぶんを点検するのが大好きです。なにしろまばたきのたび、すべてが変わるんですから。


夏のある日のことです。

ひとりで昨日の残り湯のひんやりつめたいお風呂に入り、じゃぶじゃぶやクロールの練習をひとしきりしたあと、何を思ったのかザバァっと一気に頭まで浸かり、思い切って水の中で目を開きました。それは川と同じ感覚でした。

その日からお風呂は、なにもかも抜けてゆく塩素の薫りのするプールだけでなく、夏休みの体験学習で静岡のとある村にいって泳いだ川に変身です。


キコは自分で気づかないまま、その村の川でちょっぴり溺れかけたことがあります。

地元の人に、みんなで泳ぎに連れてってもらった時です。

川の、透明ではなく、葉影が落ち宝石のように深い翠色に水が溜まっている場所にふと目を付けたのです。友達は誰も泳いでいません。

ヒミツのバショを見つけたので得意になります。

ひとしきり泳いでいるうち、底を見たくて、潜りたくなりました。そして潜りました。

どんなに手をかいてもかいても、下は見えないようでした。

飽きて、くるんと回転して上を見ると、水面から光が差し込んでいます。

まるでおおきなおおきな澄んだ蜘蛛の巣のよう。

それぞれの蜘蛛の糸から割ったように光が差して、光は青いような白いような透明に落ちる線になって、そして、たえず変わっていきます。

キコは常に躍る線と面の中、うっとりしていました。

ぼーっとして泳ぐのも忘れてしまいました。


息をするのも忘れていたのでしょうか、それともあのときキコにはえらができて、肌にはきらきら輝く鱗が張り、酸素をパクパクたべるお魚になっていたのかもしれません。

ともかくそうやって、ぼんやり、ずうっと見ていました。


突然腕が降りてきてザバァッと、地元の見張りをしてくれているお兄さんに引き上げられ、びっくりしました。ずいぶん居たのかなぁ、と思いました。

とてもきれいなものを見てごちそうを食べたような気分になり、キコはすぐに大笑いをしながらお友達の方へ泳いで戻って行き、あっちのヒミツのバショはすごかったよー!!ってみんなに自慢し、みんなはヘェーっといって泳ぎに向かいました。深い深い!そんな歓声が聞こえます。


しかし、キコの見ていたところ、沈んで引き上げられる子はいないようでした。

こういうふうに、キコはむかしからちょっと間抜けているのです。


いずれ大人になり、あの日の川の中で見た光景のようにきれいなものを、自分はもう見られないであろうことにそのたびに気づいて心底びっくりしてさみしい思いをすることになります。

けれどそれはまだまだ、遠い、遠い、恐竜が棲んでいるように思えるほどの、先の、すっかりもう別の人のお話なんです。

ですからまだまだ洗面台の鏡を覗き込むのが楽しい、そしてきのうより足を張らなくても洗面台の鏡に映ることを毎日、不思議に思うキコのお話に戻りましょう。


冬の日の夜のお風呂場です。

夏のお風呂場はプールや川にすぐ変身します。

夜、窓を閉めて黒い夜やお隣さんの窓の灯りを見て、ぽかぽかしながら入るのはおふろで、同じ場所なのに違う場所。


キコはふと、おばあちゃんと一緒のれんげシャンプーではなく、家族の誰かが白髪染めに使っていた、色つきシャンプーを手に取ってみました。

真っ黒のなかに全部の色のうずがぐるぐる回るシャンプーを、髪の毛につけてわしゃわしゃ泡だてます。

流してれんげリンスをつけ、頭をすすぎますが、何回お湯をかぶっても、お湯から黒色がとれることはありません。

そのうちにすすぐのにも飽き、またお湯で遊ぶのに夢中になり、ぽかぽかになってお風呂からあがり、鏡を見てあらびっくり。

いつもより髪がとっても黒く、つややかで、輝いているようで、髪に肌が映えて、ほっぺも唇も赤いのです。

いつもと同じように過ごすのはもったいないでしょう。


おおきなタオルをドレス風に巻きました。それからちいさなタオルを、遠くの、砂漠に住むお姫様がするようにゆるうく、たかあく、満足がゆくまで凝って巻きました。

そうして体が冷えるまでくるくる踊って、目をまわしてパジャマに着替えて、お布団にくるまれたら、もうおやすみなさいの時間です。


おやすみなさい。


■2016年、みんなが嘘をついていい、雨の夜に

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