表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

馬車の時


「ホントうまかった。やっぱり家庭料理って美味いよな〜」


茜の弁当を腹いっぱい食べた翔は、空を眺めながら感激の言葉を漏らす。翔の隣で茜が顔を赤らめながらも笑みを浮かべ、弁当箱をまとめていた。


「そう言ってくれるなら、作った甲斐もあったな。月雲くんが美味しそうに食べているのを見てたら‥‥なんだか嬉しくなって」


「そうか?」


久々の凝った料理に少し浮かれていた翔は照れ隠しにそっぽ向く。


「えぇ。ところで──」


いきなり口を濁す茜に、頭を傾ける翔。何か心当たりはないか、と考えているとなぜこんなことをしていたかの理由を思い出す。


(‥‥そっか。白菊さんがこれから俺の弁当作ってくれる、って言う話だったっけ)


「あぁー、これからのことか?」


「えっ? あっ、はい‥‥」


(うーん‥‥‥楽しそうに弁当作ってくれたしなぁ〜。迷惑には見えないよな)


「よかったら‥‥‥これからも、俺の分の弁当を作ってきてくれないかな?」


迷った末に翔は頼むことにした。想像を超える美味しさだったことと、楽しそうに作ってきた茜を見て罪悪感が薄れたからだ。


「はいっ!! わかりました。明日からも作ってきます」


この笑顔を見てからだと尚のこと断れないな、と翔は笑いながら思った。


「じゃあ、お願いするわ。‥‥‥っと、材料費のこと忘れてた。どのくらいかわかる?」


ズボンのポケットを探りながら茜に訊いた。


「わかりますけど‥‥‥」


「けど?」


茜はうつむいて翔と目線を合わせようとしなかった。


「よかったら、なんですけど‥‥‥買い物の手伝いを、してくれませんか?」


「買い物の手伝い?」


茜の唐突な提案に思考が追いつかない翔は、思わず復唱してしまう。


「これはただの私のわがままなんですけど‥‥買い物に付き合ってほしいです」


(わがまま‥‥‥か)


翔はぼんやりと雲を眺めながら、自分が最後にわがままを言ったのはいつか、と考えたが結局思い出すことができなかった。


「いいよ」


軽く翔が返すと、茜はバッと顔を上げ翔を見つめる。


「いいんですか?」


いかにも半信半疑という感じで訊いてくる茜。


「そりゃあーな、俺だって弁当作ってもらうわけだし、そのくらいならいくらでも付き合うよ」


当たり前だろ、と言わんばかりに翔は答えた。


「じゃあ、今度の──」


チャイムの音が茜の声を遮り、翔は最後の方が聞こえなかった。辺りを見ると、中庭にいた人のほとんどが教室に戻っていく。


「うーん、続きは帰る時にでも話そう」


翔はそう言って茜を連れ教室へと向かって走り出す。


____________________________________


この世界に来てから何度目だろうか、翔は知らないベッドの感触を感じながら目を覚ます。翔が辺りを見ているとあることに気がつく。


「ここって‥‥‥香奈の家の宿か?」


翔は一度しかここに来ていなかったため、ここが光希と喧嘩した所だとすぐにはわからなかった。


いつまでも寝ているわけにもいかず、近くに置いてあった刀を手に取ると一階の受付に向かう。


翔が階段を降り、最初に目に入ったのはカウンターで店番をやっている香奈だった。退屈そうにしていた香奈も翔が降りて来たことに気づく。


「翔さん、大丈夫ですか?」


香奈は心配して翔に駆け寄る。


「あぁ、多分‥‥な。光希がどこにいるか知らないか?」


「光希さんですか? さっき兵舎に行くと言って出て行きましたよ」


(兵舎か‥‥‥何しに行ったんだろう? まぁ、行ってみたほうが早いか)


そう思った翔は宿のドアに手を掛ける。


「あっ‥‥‥」


香奈の口から小さな呟きが漏れ、その声に反応した翔が顔だけかなに向ける。


「どうか、した?」


「いえ、対したことじゃないんですけど‥‥‥その、また私を助けてくれてありがとうございます」


行儀良く頭を下げる香奈への反応に困る翔。


「何度も言うようだけど気にすんなって」


翔はそれだけ言うと逃げるように宿を出て行く。


「あっ、待ってくだ‥‥」


香奈が翔を呼び止めようとした時には、すでに翔は宿の外だった。翔が出て行ったドアをいつまでも眺めながら、深いため息をつくのであった。



翔が兵舎に向かっている途中、何度か村人を見かけたが、彼らは特に問題はなさそうで軽くあいさつをすると仕事に戻っていった。


(放雷と集雷、この世界に来てから少しは強くなれたよな。でも、この力があれば‥‥‥)


翔はある一人の男の顔を思い浮かべる。



兵舎に着いて、中に入ろうとドアを開けようとすると、


「あれっ? 翔、起きたんだね」


翔の横から軽く汗を流した光希と黒木が歩いてくる。


「香奈からここにいるって聞いてな。何をしてたんだ?」


「うーん、少し運動をね。ほら、体がなまったら困るからさ」


翔は光希が七剣士であることを思い出し納得する。


「それで、黒木が相手をしていたのか?」


「そうだ。全く歯が立たなかったがな」


黒木は悔しそうな素振りを全く見せずに答えた。


「仮にも七剣士だからね。それじゃあ、翔も起きたことだし王都に向かうよ」


「えっ?」


(まじ、いきなり過ぎないか?)


困惑する翔を放置して光希が一人、宿へと帰る。


(今日から、また競歩生活かよ‥‥‥)


「安心しろ、王都までは馬車で行ける」


肩を落とし光希の後を追う翔に黒木が優しく言った。


「本当ですか!?」


声のトーンが一気に上がり、黒木を問い詰める翔。


「本当だ。翔‥‥王都でも、頑張れよ」


黒木とはここでお別れであることを翔は気づく。黒木はいつか会えると考えているだろうが翔が元の世界に帰ったら確実に会えなくなる。


(もう‥‥‥会えないのか)


黒木との三日間の修業が翔の頭を駆け巡る。


「はい‥‥‥修業に付き合ってくれて、ありがとうございました」


翔の中の感謝の気持ちを一言で伝える。それだけで充分なんだ、翔はそう思う。翔の気持ちが伝わったのか黒木は嬉しそうに笑い、


「こちらも村を助けてもらったのだ、気にしなくていい。それじゃあ、元気でな」


「さようなら」


黒木との別れを済ませると翔は来た道を戻って行った。



翔が宿に戻るとすでに馬車が宿の前に止まっていて、光希が四十代くらいの男と話していた。


「光希、この馬車に乗るのか?」


不意打ちのつもりで声をかけた翔だが、光希は何の変化もなかった。


「そうだよ。あ、そうだ‥‥‥翔、宿の中から少し荷物を取ってきてくれない?」


「荷物? 別にいいけど、何を持ってくればいいんだ?」


「‥‥‥行けばわかるよ」


「‥‥‥? まぁ、行ってくわ」


納得しないまま翔は宿の中へ入ると、そこには真剣な面持ちの香奈が立っていた。


「香奈?」


香奈は黙ったまま翔をジッと見つめている。どうしたんだ?、と言いそうになる翔だが香奈の深刻な顔つきを見てやめる。


(一体‥‥なんなんだ?)


見つめあってから一分ほどが経ち、ついに香奈が口を開く。


「翔さん、森の中と昨日の二回も命を助けられました。本当にありがとうございました」


誠心誠意、感謝の気持ちを伝える香奈を見て翔はふと思った。


(なんで‥‥‥俺は香奈を助けたんだろう? 他人、しかも三日前まで会ったことすらなかった人を‥‥‥なんで命をかけてまで守ったんだろう?)


その答えは恐らく一生かけても見つけることはできないだろう。それでも、翔は自分なりの答えを探す。


「なんで‥‥‥俺は香奈を助けたと思う?」


突然の翔の質問に目を丸くして驚く香奈。


「なんで、ですか?」


「そう、戦った理由はなんだと思う?」


香奈は少し悩んでから自信なさげに言う。


「自分の信念ですか?」


香奈は何の見返りも求めない翔を見て、素直にそう思っていた。


「信念‥‥‥そんなもの無いよ」


翔は香奈からはそんな風に見えていたのか、と少し驚く。


「えっ? じゃあ何のためなんですか?」


「さぁ?」


「‥‥‥はい?」


まるでふざけてるかのようだが、翔は至って真面目だった。


「あの時、たまたま森で出会い、そして香奈は襲われていた。それを見た俺が香奈を助ける‥‥‥当たり前のことだよ」


人を助けるのに理由はいらねえ、とか言うつもりはなく、目の前で死なれたら目覚めが悪いから、それだけだった。


(結局、全部俺の自己満足だよな)


翔は苦笑しながらも自分の結論を出した。


「そうですか‥‥‥」


「そうだよ。じゃあ、もう行くか──」


翔が別れの言葉を告げるより早く、香奈が翔の言葉を遮る。


「待って!!」


香奈はカウンターの裏に廻り何かを取ると、それを持って翔の前に立つ。


「別に私は翔がどんな理由で戦っててもいいと思うよ。だって私の命を助けたことは変わらないもの」


そう言って、香奈は翔に一本のナイフを差し出す。刃渡り二、三十センチほどの鞘のついた大型のナイフで、柄が白いのが目立っている。


「これは?」


「私の家に伝わっている家宝なの。なんでもずっと昔に守護神が使っていたものだとか」


「そんなものを‥‥俺にあげてもいいのか?」


「うん。翔さんならいいよ」


「‥‥ありがとう」


涙を堪え翔はナイフを受け取り、頭を下げる。この時、翔は人を助ける理由がわかったような気がした。


「それじゃあ、またね」


その一言が翔の胸に突き刺さる。


(またね、か‥‥‥)


「さようなら、香奈」


そう言い残し、翔は宿から出て行く。



鶴居村から出発してから十分ほど経ち、馬車の中にいた翔と光希は互いに向かい合っていた。翔は鶴居村で光希に訊けなかったことを思い出す。


「色々と聞かせてもらうからな」


「じゃあ、聞きたいこと質問してよ」


「わかった、順番に訊いていく。まず、何で七雄であることを名乗らなかったんだ?」


翔が村で一番最初に生じた疑問だ。


「あ〜、それね。僕は今、慶次の捜索って任務を受けてるからさ、あんまり寄り道をしたら駄目なんだよね〜」


「なるほど‥‥‥」


「次は何かな?」


「そうだな‥‥‥何で、宿であんな事言ったんだ?」


光希は少し考えてから気まずそうに翔から目線をそらす。


「あれは、翔を試そうと思ったんだけどね‥‥‥あんな事になるとは思わなかったよ。ごめんね」


「えっ‥‥‥試す?」


光希の言葉に呆気を取られる翔。


「うん、あれで恐怖心を完全になくしてもらおうと思ったんだけど‥‥‥」


結果的には翔は技を習得することができた。光希はある意味良かったのかもしれない、とも思っていた。


「マジかよ‥‥‥」


「本当にごめん」


「はぁ〜、もういいよ。じゃあ最後に一つ」


「うん、いいよ」


「あの日、鶴居村で何があったんだ?」


村の中に闘熊がいたこと、光希は何をしていたのか、村の被害状況、その全てを聞くための質問だった。


「そうだね‥‥‥まずは闘熊が現れた経緯についてかな」


(闘熊が現れる時間は決まっていたはずだ。それがどうして早まったんだ?)


「香奈が買い出しに行ってそこを襲われたって言ってたよね」


「‥‥‥? あぁ、」


「その時の護衛の生き残りが鶴居村に戻って来たんだ」


(生き残りが戻って来た‥‥‥闘熊を引き連れてか!!)


一つの結論が見えた翔は顔を上げ、光希と目を合わせる。


「そう、気づいたようだね。察しの通り生き残りが引き連れた闘熊が鶴居村に侵入したんだ。それに対応するために僕は正門‥‥闘熊の入ってくる所で戦ってたんだ。それで侵入したのは翔に任せちゃったけどね」


(‥‥そうか、だから村の中にいた闘熊はあんなに少なかったのか)


「正門で、一人戦ってたのか?」


翔が正門に着いた時には光希がほぼ一人で戦っていたため、翔はそう考えた。


「いや、最初は十五人くらいいたよ。でも、だんだん減っていってね、最後は一人で戦ってたんだ」


「そっか‥‥‥」


光希もかなり厳しい戦いを強いられてたんだな、と翔は思う。


「他には、何かある?」


「ん? いや、もうない」


「じゃあ、僕からも一つ質問ね。翔の技って二つあるよね?」


「まぁ、一応な」


「どんな技なの?」


「そう‥‥だな。まずは放雷、これは単純に触れてるものにありったけの電気を流すだけの技だ」


翔は口だけで説明するより、実際に見せながら説明した方がいいと思い、手のひらを上に向け、


「ふぅー、”放雷”」


翔が言霊を紡ぐと手から輝くように電気が放出される。


「光希に教えてもらった循環は触れた対象に電気の一部を流すのに対して、これは全部、体の一部分に寄せて使うんだ」


「うん、いい使い方だよ。攻撃に特化したタイプの技だね」


一通り説明の終わった翔は放雷を止め、次に人差し指と中指を立てて、光希に向ける。


「そしてこれが‥‥‥”集雷”」


翔の指先から激しい音を立てて、電気が流れる。


「これは‥‥‥循環を極限まで集中させてるのかな」


「そう、人差し指と中指でのみ繰り返し電気を循環させることで、局地的に電圧を強化してる」


少し疲労を感じた翔は電気の流れを切る。


「で、この二つがどうかしたのか?」


「‥‥‥翔はこの二つの技の弱点を理解してる?」


光希は翔の顔色を伺いながら訊く。


「‥‥‥えっ?」


「その顔‥‥わかってなかったみたいだね」


翔は技の習得に必死になっていたため、実践での有効性についてはあまり考えていなかった。


「一つ目の放雷だけどあれは高火力で範囲も狭くないかなり強い技だと思うよ」


「へぇー、なら問だ──」


「ただし‥‥リスクが大きい」


「リスク?」


首を傾げ翔は何がリスクなのかを考えるが一向に答えは出なかった。


「翔、放電を、今度は全力でやってみて」


「‥‥? わかった、”放雷”っ」


翔は手から、先ほどより激しい勢いで放電する。使い終わった後、翔は息が軽く上がっていた。


「すぐにもう一回、威力を変えないでやって」


(なんで同じこと二回もやんなきゃいけないんだ? まぁ、いっか)


翔は再び手を差し出し、


「”放電”」


が、翔の手に電気が流れることはなく焦っている翔を、光希が眺めている。


「えっ‥‥‥何で?」


再使用リロード


「リロード?」


「加護にも二種類あって、そのうちの一つが強化系の加護。身体能力の底上げや、武具の強化する加護だよ。僕の疾風はこれに含まれるね。そしてもう一つが現象系、体力消費を条件に何かしらの効果を生み出す加護」


「じゃあ、俺の雷撃は現象系か?」


「そう。そして現象系の最も大きなリスクが再使用。これは力を使った後の能力が使えなくなる時間の事なんだ」


「‥‥‥って事は、連発できないってことか」


「それが現象系の一番の弱点なんだ。もし今後、現象系の加護持ちと戦うんだったら、相手のリロードを把握しときなよ」


「‥‥‥? わかった」


「もう一つの集雷って技は使いやすくていいと思うよ。何より消耗が少なくて済むしね」


「確かに集雷はあんまり疲れないな」


「集中させてる分無駄が少なく済んでるんだろうね」


「隙がでかいけどな」


「そこは翔の使い方次第だよ」


「まぁ、そうだな」


「聞きたいことも聞けたし、そろそろ始めよっか」


おもむろに光希が態勢を変える。


「何をだ?」


「決まってるでしょ、技の練習をするんでしょ?」


「えっ?」


それ四日前の約束じゃ、と翔が言う前に光希が、


「さっ、やるよ〜」


翔は軽くため息をつきながらも光希の言う通りに修行を始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ