悲運の時
翔と茜が降りる駅のすぐ近くにあるスーパー、大型のチェーン店で様々な食材が豊富に並んでいる。夕方、という事もあり行き交う人のほとんどは主婦と見られる人だった。
「なぁ、白菊さん。具体的に、俺は何を手伝えばいいんだ?」
翔と茜は二人で買い物をしていたものの、何せ食材を使うのが茜のみなものだから、翔は特にこれと言ってする事がなかった。つまり、ただ茜の隣を歩き話しているだけである。
「手伝い、ですか? 私は買い物に付き合って欲しいと、言いましたが」
「あれ、手伝って欲しいって事じゃなかったのか」
翔は自分が深読みをし過ぎていた事に気づく。
「あ、今日は精米が安い‥‥」
言葉の詰まった茜は自分の籠の中を見て、軽くため息を吐くと、精米の前を通り過ぎる。
「白菊さん、もしかして荷物の心配してた? それなら俺が持つから遠慮しないで買いなよ」
茜は少し考えてから、翔の前に立って訊く。
「えーと、それは、私の家までですか?」
「そのつもりだったけど‥‥嫌だった?」
何でもない様に言う翔だったが内心はかなり焦っていた。茜は翔の不安そうな雰囲気を感じ取ったのか、慌てて発言を訂正する。
「いえ、家に呼ぶのが嫌と言うわけではなくて‥‥家まで運んでくれるのかが心配だっただけです」
杞憂だったな、と茜の言葉を聞いて安心した翔は平常の態度で答える。
「もちろん。弁当作ってもらってんだから、そのくらいなら幾らでも手伝うよ」
「はいっ!!」
茜は翔の言葉の嬉しそうに肯定する。
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翔はどこかのベットの上で目を覚ました。夢の内容を思い出していると、ボソッと呟く。
「白菊さん‥‥」
(俺の事、探してんのかなぁ‥‥)
元の世界の事を考え鬱になっていた翔は、ここがどこかを調べようと、ベットから降りると室内を探索する。
洋風の部屋のど真ん中に大きめのベット、他には大したものがなかった。
(ここは、客室か?)
ベットの近くに翔の刀の麒麟が立てかけられていた。翔は刀を手に持ち、部屋の扉を開けようとドアノブに手をかけようとするが、それより早く勢いよく扉が開かれる。
「光希‥‥」
扉の先には怖い顔をした光希が立っていた。
「起きたんだね。不動が翔に用があるから連れて来いって」
「えっ‥‥?」
(不動の指示に従ってん、のか?)
「早く行くよ」
翔に背中を向けて歩いて行こうとする光希の手を翔は掴む。
「待てよ。どういう何だ? 戦争はどうなったんだよ?」
光希は冷たい目線を翔に向けると、無機質な口調で淡々と述べる。
「青葉王国は降伏を宣言した。今、この城では不動が最高権力者だ。わかったらついて来て」
光希は翔から視線を離すと、黙って歩き出す。
「何でお前が不動に従ってんだよ‥‥」
そう呟きながら、光希の後ろ姿を追う。
翔が光希の後ろを歩いている時に気づいたが、やはりここは青葉王国王城の中だった。途中、数人の黒神帝国の兵士とすれ違ったが、青葉王国の兵士は見られなかった。光希は王の間の扉を開けると、迷いなく足を踏み入れる。
(国王は、どうなったんだ?)
本来なら他人の事を気にする余裕などあるはずもないが、光希といる、と言う安心が翔にそうさせていた。
「不動、連れてきたよ」
王が座るべき椅子に座っていたのは不動、その隣には九条が立っていた。周りには青葉王国兵士は一切いなく、黒神帝国兵士が10人程立ち並ぶ。
「あぁ、お前もここで話を聞いとけ」
不動は明らかに上から目線な態度で光希に命ずる。
(あいつが、ここの責任者‥‥か)
強い怒りからか翔は思わず鞘を持つ手に力が入る。不動はそんな翔をしばらく見ていると、頬杖をつきながら話し始めた。
「翔‥‥だったか? お前、俺の部下になれ」
「はぁ?」
突拍子もない話に翔は声を張り上げてしまう。不動は至って真剣な顔をしており、冗談ではない事がわかる。
「九条、説明しろ」
フリーズしている翔を見て不動は呆れたのか九条に命令をする。
「はいはい、わかったよ。そうだな‥‥まずは君が寝ている間に起きた事でも説明するか。青葉王国は黒神帝国の宣戦布告に対し、降伏を宣言。よって、青葉王国は黒神帝国の植民地となった。王族、重臣達は反逆の恐れがあるため牢獄送りと、こんなところか?」
九条は不動を軽く見て、確認をする。
(思ったりより、やばそうだな。この国のトップが投獄されたんじゃ、反乱も起こせねぇ)
不動は下卑な笑みを浮かべ、光希を見下す。
「いやぁ、一つ忘れてるぜぇ。牢獄にいるの誰だったかなぁ〜。あぁ、そうだ。渢とか言う名前だったか。そうだよな、光希」
(こいつら、渢を人質にして光希を操ってんのか)
翔は歯が軋むほど歯を食いしばり、怒りを鎮める。光希は光のない目で黙って床を見つめていた。
「俺は、人質を取るような奴らの仲間になるつもりはねぇ!!」
翔は不動らに背中を向け扉を押し開け、部屋の外に一歩づつ歩く。
「お前がここから出て行ったら、市民百人を死刑な」
翔はあと一歩、の所で足を止める。その姿はまるで石像の様で片足を上げたまま、ピクリとも動かなかった。
「俺は別にどっちでもいいぜぇ。ほら、早く行けよ。百人を見殺しにできるんならな」
翔は反転して、不動の方向を向く。怒りに震える翔は力の限りに叫ぶ。
「下衆野郎が!!」
「褒め言葉として、受け取っといてやるよ」
不動は翔の激昂を鼻で笑い、さらに煽る。飛びかかりそうになる翔の前に九条が現れ、行く手を阻む。
「君はこの国の人間ではないらしいし、そんなに愛国心もないはずだ。それなら、黒神帝国を敵に回すより、幹部として楽しく生きた方がいいに決まってるだろ?」
「クッ‥‥」
翔は八つ当たりに壁を力一杯蹴っ飛ばすと、瞳孔の開き切った目で九条を睨む。
(ここで、俺が何をしようとも敗戦の事実は消えない。なら‥‥)
「青葉王国の国民には手ェ出すんじゃねぇーぞ」
翔は不動を指差し、精一杯の声を張り上げる。その様子を見た九条は小さく笑う。
「いいんじゃなか。この国の国民には手を出さない。約束しよう」
「言質、取ったからな」
今度は九条を睨みつけた翔は逃げるようにして王の間から出て行く。翔がいなくなった王の間で不動らはケタケタと笑っているのだった。
自分が寝ていた部屋に戻った翔はそのままベットに横たわり、深いため息漏らす。
(ちくしょう。不動の奴‥‥偉そうにしやがって。しかも、渢を人質に取るとか許せねぇ。どうにか出来ないか‥‥)
長考している翔は部屋の扉が叩かれる音を聞き、扉に視線を移す。部屋に入って来たのは一人の黒神帝国兵で、鎧などは着ておらず比較的軽装備だった。
「何だよ」
機嫌の悪い翔は素っ気ない態度で応じる。兵士は警戒する事なく、淡々と述べる。
「月雲様に不動様からの指令がきております。内容は暴れる魔物の討伐、同行者として氷室様と我々が数名お伴します」
(早速、忠誠心を試すってか。ふざけてやがる。こいつらも戦力としてじゃなくてただの見張りだろ? 本当に侮れないな)
翔は今後のことを考え、険しい顔つきになりながら任務の支度を始めた。




