帰還への道の時
藤堂との戦いの後、生き残った翔、光希、扇華、大雅、愛梨は洞穴へ生存者の確認のために戻る。
「誰も生きてないか‥‥」
転がっている人達を一つ一つ確かめるがどれも息はなく、辛くなる一方だった。ここまで運んで来た荷物は何一つ残っていなかったのは、恐らくは山賊達に盗られたからなのだろう。
「こうも死体を見てたら、気が滅入るぜ」
大雅は槍の石突きの部分で死体をひっくり返しながら文句を言う。
(そういや、俺‥‥人の死体に随分慣れたな)
翔は藤堂が死んだ時も、最初の時の様な罪悪感はなく、平然としていた。翔はその事実に気づくと、少し人の道から外れた気分になり、気落ちする。
「みんな、死んでるね」
暗いムードがその場に漂い、血なまぐさい匂いがそれを促進させる。
「任務失敗ね。あたし、失敗したの初めてかしら」
「もう、いや。外に、出る」
愛梨がそう言って一人で出口へと歩き出す。
「僕達も出よっか。ここにいても何も、出来ないからね」
「そうだな」
翔は心ない返事を返すと、三人の後をついて行く。
洞穴の前に集まった五人は一度腰を下ろして話し合う。
「これからどうすんだよ」
大雅は片手に持った槍の手入れをしながら、どこか他人任せな風に訊く。
「あたし達の選択肢は二つね。荷物を奪った山賊を追うか、王都へ帰るか、どっちにしても早く決めた方がいいんじゃないかしら」
扇華は洞穴に残っていた荷物の中から使えそうなものを選別していた。愛梨はウトウトと船を漕ぎ、光希は目を瞑って何かを考えている。翔は自分が元の世界へ戻った時、昔のようにいられるのかを思い、悩んでいた。
(俺は、躊躇いなく人を斬れるようになった。まだ、人こそ殺してないが、このままじゃ‥‥)
平凡な生活から一転して殺し合いの生活に、環境が変わった事により少しづつ翔の心も変わっていた。元の世界に戻りたい気持ちと、戻る事に対する恐怖が翔の中でぶつかり合う。
翔が頭を悩ませていると、不意に光希が立ち上がる。
「うん、決めたよ。僕達は王都へ帰還する。このまま闇雲に探しても結果は出ないと思うし、今回の事を早く王に知らせた方がいいと思うんだ」
「はいよ。なら、さっさと行こうか」
大雅は槍を杖代わりにして、腰を上げる。
「あら、このまま行くのかしら?」
「ここで一晩を過ごしてからにしようかな。みんな戦いの後で疲労してるし、今は夜だからね」
「野営地はどうすんだよ?」
「雨も降らなそうだし、ここでいいかな?」
五人がいる場所は洞穴の前で、少しだが平地になっている。樹が生えていない所を探す手間を考えた光希の提案だった。
「わかったわ。見張りは交代制で問題ないわね」
扇華の意見に反論する者はおらず、話し合いの結果大雅、愛梨→扇華→翔→光希の順番に決まる。とりあえず、仮眠の前に五人で食事を摂ることにした。食事と言っても扇華が残り物の中から見つけた、干し肉や干し魚などの保存食がほとんどだった。
干し肉や干し魚はそのまま食べるより火で軽く炙った方が美味しいので五人で焚き火を囲む。
翔はいつまでも悩んでいても仕方がない、と割り切って他の事に意識を向けようとする。
(何かいい話題ねぇかな? あ、そうだ)
「大雅って何で兵士やってんだ?」
「はっ?」
翔は大雅についてほとんど知らなかったため、少し質問をしてみる。
「だから、兵士になろうと思ったきっかけって何なんだ?」
「そんなもん、何で話さなきゃなんねーんだよ」
「暇だからな」
「そうね。暇潰しにちょうどいいわ」
扇華も乗り気になり、光希は火加減を調節しながらも会話に耳を傾ける。
「暇って‥‥まぁそうだな」
大雅も特にやる事もなくただぼーっとしているだけの時間を過ごすよりはマシかな、と思い口を開く。
「簡単な理由さ。金が欲しかったからだよ」
「金、か」
「あぁ、金さ。家は貧乏だからな、俺の稼ぎがなきゃ、やっていけねぇんだよ」
「あら、意外とまともな理由ね。女遊びしたいからとかだと思っていたのに」
扇華の煽りにイラっとした大雅はわざとらしく槍を立てる。
「喧嘩売ってんのか?」
「あたしと戦る気? 死ぬわよ」
軽く扇華は殺気を出す。以外な事に大雅に殺気は全く効いておらず、平然と座っていた。
「へぇー」
(あれを耐えるんだ。結構強いな〜)
大雅の意外な心の強さに翔の口から感嘆の声が漏れる。
「扇華、やり過ぎだよ。いくらふざけるとは言ってもそれは限度を超えているよ」
光希は炙っていた干し肉を一つ取り扇華に渡すと、次々と干し肉を配る。
「そうね。少しやり過ぎたわ。ごめんなさいね」
「別に、いいよ。あんくらいなら問題ねぇし。それより‥‥」
大雅は干し肉にかぶりつきながら、隣にいた愛梨に視線を向ける。愛梨は扇華の殺気に当てられ、硬直していた。
「あら、大丈夫?」
「あれ? 今、扇華は対象絞って殺気を放ったよな。なのに何で愛梨が受けてんだ?」
翔は以前光希から殺気や気配についての第六感の使い方を学んだ時に、対象を絞る殺気の放ち方を教わった。もちろん翔には出来なかったが。
「扇華は感覚で使うものが苦手だからかな。気配察知だって出来ないし、今だって殺気が対象外に漏れてたからね。そこに関して翔はかなりセンスあると思うよ」
素直な褒め言葉に嬉しさを隠しきれない翔は照れ隠しに手で顔を覆う。
「おい愛梨、大丈夫か?」
大雅は無理矢理愛梨の肩をさすって、緊張をほぐす。
「でも、大雅ってやたら愛梨と仲良いよな〜」
「まぁな。こいつとは一応同期だし」
大雅はそう言って愛梨に一瞥する。その場に沈黙が続き、気まずさが漂う。
「明日からどこに向かうんだ?」
光希は最後の干し魚を焼く片手間に、荷物の中から一枚の地図を出す。
(随分と古い地図だな‥‥これは、青葉王国だけを記したものか)
「ここが、今の僕達のいる場所」
光希は木の棒で地図の左端を指す。
「黒人帝国との国境近くね」
続いて光希は地図の中心にある王都を示す。
「ここが目的地。僕の考えだと‥‥」
光希は二つの村を一回づつ叩く。
「このルートを使おうと思う」
(昼は速めの行動を取り、夜は宿で休む。まぁ、理想的な旅だな)
翔は光希から干し魚を受け取り、食べる。
「いんじゃねぇか」
「ペースが速そうね」
「疲れそう、でも、がんばる」
よく見るとその場にいた全員が疲労しきっていて、瞬きが増えていた。
「今日は、ここでお開きにしょうか。続きはまた明日ね」
簡潔にまとめると光希はその場で寝始める。
(明日も辛そうだし、さっさと寝るか)
体力の限界を感じた翔はその場で静かに横になる。
学校帰り、翔は茜と共に帰る事になり最寄りの駅まで歩いていた。この辺りは栄えていて、翔は耳障りな雑音が無数に聞こえていた。
「今からどこかのスーパーに行くのか?」
パッと見ただけでも目に入る店の中には幾つかスーパーもあった。
「いえ、家の近くの商店街に行こうかと思うんですけど」
「そうか。ここで買っちゃったら荷物が邪魔くさいもんな」
何も考えていなかった自分の発言に、翔は少しだけ恥ずかしくなる。
「あんなとこにクレープ屋があったのか。白菊さんは行った事ある?」
翔は話題を逸らそうと、真っ先に視界に入った店の話題に変える。
「あそこの生クリームはふわふわでとっても美味しいです」
(あれ? 何かすごい楽しそうな表情になってる。‥‥白菊さん、もしかして甘いもの好きなのか? まぁ、せっかくだし)
翔はクレープ屋の前で足を止めると、隣にいた茜もすぐに立ち止まる。
「月雲くん? どうか、しましたか?」
「ここで少し休んでいかない?」
照れ臭さを感じながらも翔は茜を誘う。茜は目を輝かせ翔に迫ると、
「はい、行きます。行きたいです」
いきなり迫られ翔は戸惑う。少ししてから茜は自分と翔の距離の近さに気づくと、大きく後ずさり翔と距離をとる。
「なら、さっさと行こうぜ」
翔は茜を置いて早々とクレープ屋の扉をくぐり抜ける。
一軒家程の大きさの店はお世辞にも大きいとは言えないが、狭すぎると言うわけでもなかった。翔が店に入った音を聞きつけた店員が奥から顔を出す。翔は店員の隣にあるメニュー表に釘付けになり、注文を考え始める。
(定番のチョコバナナか? でも、少し普通すぎるか‥‥キャラメルソース、これにするか)
注文を決めた翔は後ろを見るとメニューも見ずにこちらの様子を伺う茜がいた。
「メニュー、見ないのか?」
「はい、もう決まっていますから」
ニコニコと満面の笑みを浮かべる茜。
(しかしまぁ、本当に幸せそうだな)
苦笑する翔と茜との間の温度差は傍から見ても、圧倒的なものだった。
翔らは早朝に洞穴の前を出発し半日の間歩き続け、王都とのちょうど中間地点、真狩村の入り口に着く。すでに日は沈み、辺りは薄暗くなっていた。
「ここが真狩村か。意外と小さいな」
現代社会を知っている翔からすると、ほぼ全ての町村が小さい見えるのだろうが。
「そうかなぁ? 普通、これくらいだと思うよ」
「早く宿を取るわよ」
他の人を置いて扇華が一人で歩き出す。
「ちょっと、まだ宿の場所が‥‥って、もう行っちゃったよ」
光希の制止に耳を貸す事なく、翔らの視界から消える。
「別にほっといても問題ないだろ。それより宿の場所を訊こうぜ」
「そうだね」
翔は手頃な人を探すために辺りを見渡すと、泥だらけの格好をした男が不思議そうな目で翔らを見ていた。
(あの人は‥‥農家かな? まぁ、どうでもいいや)
翔が一歩を踏み出した時には、すでに大雅が村人の目の前にいた。
「おい、どこに宿あんだ?」
大雅は睨みを利かせ、ドスのかかった声で尋ねる。
(もうちょっとマシな訊き方があるだろ‥‥村人、完全にビビっちゃってるし)
「は、はい。あっ、あっちです」
村人は震える手で扇華の向かった道を指差す。
「そうか。ありがとよ」
大雅の恐怖から解放された村人は深くため息をついていた。
(扇華、もしかして宿の場所知ってたのか?)
「場所がわかったぜ、あっちだとよ」
「じゃあ、さっそく行こっか」
翔は宿へ向かって歩いている間、村の様子を観察し続けた。
(ほとんどが畑か。この村にある店も布屋、薬屋、それに宿屋くらいか。子供も畑で働いてるし、まぁ生産地ってやつだな)
目の前に寂れた旅館の様な建物が見え、翔は落胆する。
(村の宿なんて、こんなもんか)
「今日はここで休もう」
「ああ」
翔はため息混じりに返事をすると、黙って宿に入る。
内装も綺麗とは言い難く、木製の建物はあっちこっちガタがきていた。翔は適当に一室を借りると、すぐに荷物を置いて、横になる。
(野宿よりはマシなんだけどなぁ。夕食食って寝よ)
翔が起き上がると、その隣には扇華が佇んでいた。
「扇華っ!!」
まったく気づいていなかった翔はその場から飛び退く。
「あら、どうしてそんなに驚くのかしら?」
「どうしてって‥‥何で扇華がここにいるんだよ」
咄嗟に構えていた翔は体から力を抜き、椅子に腰をかける。
「少し、あなたに話があってね」
「話? そんなの来る途中に幾らでも時間はあっただろ」
「ゆっくり話をしたかったのよ」
「で、何の話だ?」
何の話かわからない翔は身構えながら聞く。
「そんな悪い話じゃないわよ。ただ一つ、アドバイスをしてあげようかと思ってね」
翔は興味が湧き、扇華の話を聞きいる。
「あなたの技は三つ。一点突破の集雷、バランスに優れた放雷、そして藤堂を倒した大技の極雷。どれも使い勝手のいい技だと思うわ」
翔は手放しに褒められ、素直に嬉しいかった。
「ただ、まだ完成しきってないわ」
「完成してない? 十分実践で使えているんだけど」
翔はこの世界に来てから何度、死にかけたか。その都度、技は翔の身を助けていた。
「使えるだけで、決して使いこなせてはいないわ。一つ一つの技の弱点を考えてみなさい」
(弱点、か。集雷は‥‥躱されやすい事だな。放雷‥‥‥‥思いつかないな。極雷は消耗がでかい事が一番の弱点か)
扇華は翔があらかた考え終わったのを見計らって、口を開く。
「そうね、まずは集雷。これは単純すぎね。あんなの見たら誰だって躱すわよ。放雷、これは僅かに溜めがいるのでしょ? それが無駄なのよ」
(放雷の溜めは確かにリスクが大きい。かと言ってなかったら威力でないし‥‥)
「大事なのは使い方よ。幾つか教えてあげるから後で練習してみなさい」
「何で、扇華が雷の加護について知ってんだよ?」
扇華は持ってもいない加護について知り過ぎている。使えもしない事をなぜ知っているのか? そう考えた翔は扇華に問い詰める様な質問をする。
「昔の仲間が、あなたと同じ加護を持っていたのよ」
そう呟いた扇華の目は悲しみに満ちていた。
翌日の朝早く、翔らは真狩村を出発する。道中は何の問題も起こらず、日が沈むより早く王都に戻る事が出来た。だが、そこで翔らが目にしたのは激しく破壊された城下町だった。
拙いものをここまで見てくれてありがとう。自信があるのはここからだから楽しみにしててね。




