光希の時
光希の家庭は決して恵まれていたわけではなかった。父は御者、母は小さな料理屋を営み、細々と生活していた。一人息子として産まれた光希は小さい頃から利口で、友達にも恵まれ、幸せだった。あの日までは‥‥
光希が七歳の時、父は意気揚々と家に帰って来た。
「おい、お前達。いい知らせだ!!」
父が鼻息を荒くして話すと、台所で夕飯の支度をしていた母が様子を見に来た。
「どうしたの?」
母の手伝いをしていた光希も父の元に行く。
「大金が手に入るぞ!! 貴族だ。貴族の送迎を任される事になったんだよ!!」
貴族。黒神帝国における貴族は絶対の権力者であり、莫大な資産を持っている。黒神帝国はピラミッド状のカースト制で、その頂点には国王が君臨する。
つまり、貴族から仕事を任されると言う事は光栄な事だった。
「金が入ったら一度、皆で旅行でも行くか!」
「少しは考えて使うのよ」
光希はこの時の嬉しそうな父の顔を、忘れる事はなかった。
父は浮き足立って、仕事に向かって行った。遠くまでの送迎だったため、二、三日家を空ける事になっていたがそれはいつもの事だった。
父が家を空けてから二日が経ったある日、家にいた光希と母の元に二人の男が押しかけて来た。
「何の、ご用件でしょうか?」
見知らぬ男二人から母は我が子を守ろうと光希を背中に隠していた。
「何、ねぇ〜。あんたの旦那、御者だよなぁ? んで、今は貴族の送迎中。いや、もう終わってるかな?」
男は手に持ったナイフで遊びながら、母を睨みつける。震え声になりながらも、母は訊き返す。
「終わったって‥‥‥どう言う事なの?」
「簡単さ。もう死んだ。それだけの事だ」
「死んだ!?」
突然の告白に目を見開いて驚く母。対して、光希は見知らぬ男達に恐怖で、それどころではなかった。
「あんたの旦那は運がなかったんだよ。わかったら、死ね」
男は素早い動作でナイフを投擲すると、母が一瞬低い声で唸ると、力なく倒れこんだ。
「えっ?」
あまりにも唐突な事でわけがわからなくなる光希。目の前には首にナイフが突き刺さり絶命する母の姿があった。
「あっ‥‥あ」
光希の中の防衛本能が、これ以上心が壊れるのを防ぐために意識を奪う。
「あーあ。どうすんのこれ。まっ、殺るしかないか」
死体からナイフを回収するとそれを少年の首目掛けて勢い良く振り上げる。
「可哀想だが、死──」
「待てっ!!」
もう一人の男がナイフを振り上げた手を掴む。
「ああっ?」
男達の任務は光希の父親に関する事を消し去る事。当然、光希は殺さなければならない。が、
「別に殺す必要はないだろ。ここで死んだ事にして、貧困街にでも捨てておけばいい。スラムの餓鬼の戯れ言なんざ誰も気にしねぇさ」
光希は生かされた‥‥
家は焼かれ、一文無しの状態でスラムに捨てられた。それから光希は必死で生きる努力をした。恵みを乞い、盗みを働き、人を脅し。
だがある日、盗むの途中で袋小路に追い詰められ、仲間の一人が殺された。
「追い詰めたぞ、餓鬼ども!!」
光希を含めたスラムの五人はパン屋からありったけのパンを盗って来ていた。
「‥‥おい、どうするもう逃げ場がないぞ」
小声で話をするが一向に逃げる算段は見つからない。パン屋の主人は手に包丁を握り締めていたため、不用意に近ずく事が出来ずにいた。
「さぁーて、まずウチの商品を返してもらおうか」
パン屋は一歩、二歩とゆっくりとだが着実に接近する。
「うぉぉぉぉぉ!!」
少年の一人が叫びながらパン屋に向かって走り出す。恐らく、横を通り抜けるつもりなのだろう。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。少年がパン屋とすれ違う瞬間、パン屋が少年の頭を鷲掴みにする。そして、瞳孔の開ききった目で少年を見つめると、
「死ね」
それだけ言って少年の胸に包丁を突き刺した。少年は目の前の現実を受け止められないまま、力なく崩れ落ちる。
「嘘‥‥だろ?」
光希も死んだ少年とは仲が良く、スラムでの生き方を教えてくれた友人だった。それが、あっさりと、一瞬で、死んだ。
「スラムの餓鬼がいくら死のうが誰も困らない。それどころか喜ぶ人しかいないんだ」
パン屋は死体から包丁を抜くと次の獲物を求めてふらふらと歩いてくる。
他の少年達が少しでも逃げようと壁際まで下がる中、光希はその場に立ち尽くし、考えた。
このままじゃ‥‥‥殺される
と。
光希は護身用のナイフを抜く。光希は生きるために戦う事を決めた。
その時、始めて光希は自らの加護を使い、人を殺した。
光希は激しい罪悪感と背徳感を感じながらも、前へと進んだ。
光希が始めて人を殺してから七年後、光希は幼いながらも、黒神帝国の特殊部隊に所属していた。ある日、カラスに一つの任務が与えられる。
青葉王国国王暗殺
カラスの半数、十四人が青葉王国の首都に送られた。作戦は二班に分かれ、少数精鋭の隠密部隊が国王の元に、残りが陽動をこなす。
光希は同じくスラム出身の慶次と共に隠密部隊に加わる。隠密部隊は二人を含めむ六人構成で作られた。
作戦決行日は薄っすらと雲がかかった満月が空に浮かぶ。陽動部隊が上手く兵士を引きつけたおかげで光希らは難なく王の部屋までたどり着くことができた。
「ここだな?」
部隊の一人が小声で確認を求める。他の者は黙って首を縦に振ると、物音一つ立てずに扉を開く。
光希は柄に手を添えながら中に侵入する。
部屋には光源は何一つなく、暗闇が広がっていた。窓から入る僅かな月明かりがぼんやりと部屋の輪郭かたどる。
光希らは視界を走らせ、部屋内にいる人間を探した。
不意に闇の中から青い光が指す。
「何だ?」
仲間の口から疑問の声が漏れると、その光は一気に大きくなり部屋全体を照らした。あまりに強い光に光希は目が眩む。
光希の視力が回復し、室内を見渡すと蒼い炎を手に持った男、その後ろに光希らを見つめる国王がいた。
部隊の一人が体を震わせながら後ずさる。
「蒼炎だ。青葉王国の、蒼炎の騎士だ」
蒼炎の騎士。光希はその単語を聞き、カラスに配られる危険人物記録を思い出す。
「確か‥‥青葉王国の最高戦力だったかな?」
光希は蒼炎への警戒を一切解くことなく、慶次に訊く。慶次はすでに障壁を張っており、蒼炎の動きに集中していた。
「うん。青葉王国歴代七雄の中でも一位、二位の実力を持つと言われるほどの実力者。ここにいる戦力じゃ、厳しいと思う」
慶次は身体中から汗を吹き出し、呼吸も荒くなる。他の人も似たようなもので、光希を除く全員が蒼炎に恐怖していた。
「クッ、引くな!! 国王は目の前だ。一気に行くぞ!!」
隊長は自分に言い聞かせるように奮い立たせる。隊員は各々の武器を構え、蒼炎との間合いを詰める。
「王様、どうしますか?」
蒼炎は部屋を照らしていた火の玉をゆらゆらと天井すれすれまで上げると、右手をカラスの隊長に向ける。
「できれば生け捕りに‥‥できなければ殺してよい」
「‥‥了解。 ”蒼爆”」
言霊を紡ぐと、瞬時に作った蒼い炎弾が隊長に一直線に飛ぶ。
「散っ!!」
隊長の合図と共に光希は部屋の端に寄り、蒼炎の隙を狙う。カラスにおける光希の役割は敵の数を減らすことである。持ち前の速さを生かし、油断した敵から始末する、それが光希の優先事項だった。
蒼炎の放った炎弾は先ほどまで隊長いたところに着弾すると、爆音と共に弾け飛ぶ。
引きつけ役の慶次は蒼炎の真っ正面から接近する。その目には涙が溜まっているようにも見えた。
「”蒼火”」
蒼炎は両手に炎の塊を作り出すと、同時に慶次に投げつける。慶次は回避することなく、障壁で受け止めるが、炎は障壁に触れると途端に大きくなり慶次を全方向から襲う。
「っう、熱い」
障壁も炎の熱気までは防げず、慶次は足を止めてしまう。
だが、技を使った直後で無防備になった蒼炎に隊員三人が武器を使った同時攻撃を仕掛ける。
が、蒼炎はその全てを体から蒼い炎を放出する事によって弾き返す。炎を放出し終えた蒼炎に、待機していた隊長が槍を背負い飛びかかる。
「”六光”」
光を帯びた槍は一瞬の間に六度の突きを放つ。
「これなら、いける」
流石にあの大技の再使用時間はまだだろう、と隊長は油断していた。
蒼炎は一歩も引く事なく、その場で六連突きを全て躱す。蒼炎は渾身の技を空振り、完全に無防備になった隊長の首元を掴む。
「なかなかいい技でした。”魔蒼”」
蒼炎の手からは溢れんばかりの炎が生まれ、隊長の体を灰にする。
「隊長っ!!」
「てめぇー」
「死ね」
先ほど吹き飛ばされた三人が蒼炎に向かって駆け出す。
「”魔拳”っ!」
「”龍爪”!」
「”十脚”」
三人は技を出し、全力で殺しにかかった。だが、蒼炎と三人とでは圧倒的な実力差がある。
「さようなら。”解炎”」
蒼炎の手から作られる炎が急激に増大し、蒼炎を中心に半径三メートルを炎が覆いつくす。三人もろとも。
蒼い炎の中にいたのは蒼炎、ただ一人。三人の姿はどこにもない。
「何でだよ!!」
今なら技は使えない、その希望だけを持ち光希は蒼炎へと走り出す。
障壁に守られていた慶次は何とか無事なようで、床に力なく倒れている。
「あと、一人」
怒りに身を任せた光希は常人では到底ついていけないほどの速さで刀を振るう。
高音の金属音が響き、光希の刀が弾かれる。蒼炎は隊長の槍を一瞬で拾い上げ、光希の斬撃を防いだのであろう。
だが、それは、速すぎた。
加護の力で強化されている光希のスピードと同等。目の前の事実に思考回路が真っ白になった光希は正気に戻る間もなく、蒼炎に意識を奪われる。
「ここは?」
意識を取り戻した光希は気絶する前の事を思い出すと、跳ねるように飛び起き、周りを見渡す。
「光希、起きたんだね」
光希の横に並ぶ慶次。その視線の先には国王の姿があった。
「国王っ!!」
すぐに任務を思い出した光希は刀を抜こうと腰に手を伸ばすが、その手は虚しくも空を切る。
「無駄じゃ。武器はこちらが預かっている。それに、後ろを見てみろ」
光希は恐る恐る首を後ろに向けると、無数の兵士、そしてその中心には蒼炎がいた。
「光希、国王から話があるって」
「話?」
「そうじゃ。光希よ、今いくつだ?」
「はっ?」
突拍子もない質問に呆気を抜かれる光希。
「歳を訊いているのだ」
「‥‥‥十四だ」
国王の意図がつかめない光希であったが、この程度の事なら問題ないと判断する。
「光希、国王は──」
「黙っておれ!!」
慶次の言葉を怒鳴りつけ遮る。
「申し訳ありません」
慶次は膝を折り、頭を下げる。それを見た光希は絶句する。
「率直に言おうか。黒神帝国の光希よ、我が国に来る気はないかね?」
「‥‥‥えっ?」
光希の頭の中が真っ白になる。
「そなたの過去については慶次から聞かせてもらった。その若さで随分と苦労をしているようじゃな。青葉王国ではそのような事は絶対にさせない。約束しよう」
混乱している光希は助けを求めるかのように慶次に視線を移すが、慶次は口を閉じたまま国王を見つめていた。
「そなたが決めるのじゃ」
国王はゆっくりと、心のこもった声で光希に進言する。
「本当に‥‥この国は、僕を‥‥僕達を受け入れてくれるのですか?」
「最初は他の者から冷たくされるかもしれない。だが、行動示せば必ず理解してくれるはずだ」
光希はゆっくりと瞳を閉じると、黒神帝国での日々を思い出す。
スラムでボロボロになりながら生きた日々、人を殺し続けた日々、親の仇に使われる日々。
そして、決意したように瞼を上げる。
「僕は、氷室光希は‥‥‥青葉王国に、亡命します」




