山道の時
任務当日、翔は昨夜適当に見繕った宿屋で一夜を過ごした。その後、正門前に行くと集合時刻の十五分前にもかかわらず、ほとんどの人が来ていた。翔はその中に光希の姿を見つける。
「光希、渢とは一区切りついたか?」
光希はいきなり声をかけられ少し驚いていたが、翔だと気づくとすぐに力を抜く。
「うん、少しの間会えないけどしょうがないからね」
「まっ、三日間だからすぐだって」
翔なりに慰めの言葉をかける。
「それもそうだね。そうだ、翔。昨日はごめんね。何か気を利かせちゃって」
あぁ昨夜は楽しんだのか、と翔は密かに思い、ニヤッと笑う。
「あら、二人とも早いわね」
時間ギリギリになって扇華がやって来る。今までと違い戦闘のための服装‥‥‥チャイナドレスの様なもの着て、鉄扇やナイフなどの武装をしていた。
「扇華が遅いんだからな」
「そう?」
光希は集合時刻になった事を確認するとこの場にいる人達を一度全部集めた。
「えーと、では、これより黒神帝国との交易馬車を出発させます」
今回、集まった人の人数は、兵士十人、御者九人それに翔、光希、扇華を合わせた二十二人。馬車は全部で三台あり、翔、光希、扇華が一人一台ずつ馬車を守る事になっている。
一台目は扇華、二台目が翔の担当、そして三台目が光希になっている。
(先頭と後尾はやっぱりあの二人がやるんだよなぁ。俺もまだまだってことか)
翔は自分の評価を実感すると、自分が担当するべき馬車まで移動する。
「よぉ、あんたが七雄のお気に入りか」
全身傷跡だらけで、見るからに歴戦の戦士が馬車に腰をかけていた。近くに槍が立て掛けられている事から槍使いである事がわかる。槍使いの隣には軽装備の少女が興味なさそうに読書をしている。
「お前が誰だ?」
槍使いが放ってくる敵意に対し、翔も敵意で返す。
「ただの一兵卒さ。それより王城最強の騎士団長と互角の戦いをしたその実力、見せてもらおうか」
「はっ?」
槍使いは馬車に立て掛けていた槍を掴むと、何の躊躇いもなく翔に向けて投擲する。
「ちょっ、いきなりすぎだろ!!」
そう叫びながら翔は体を横にずらし、槍の予測弾道から外れたが、逃げた翔を追うかの様に槍が翔の方向に曲がってくる。
(槍が俺を追ってくる‥‥追尾攻撃か)
翔は回避を諦め地面を踏みしめ、槍が飛んでくるのを待つ。
翔は勢いよく飛んでくる槍を体に刺さる直前で掴むと、全身に力を込めて槍の勢いを殺す。翔の体が少しずつ後ろに押されていく。
「グッ‥‥‥重いな。だが、この程度な──」
「はっ、この程度なら何だ?」
槍使いが翔が受け止めた槍を握ると、翔ごと槍を持ち上げ、思いっきり地面に叩きつける。
「こんなもんかよ。期待していたのが馬鹿みてぇだ」
「へぇー、期待されてたのか。‥‥なら答えてあげなきゃな。 ”放雷”」
翔は地面に転がったまま掴んでいた槍を通して電気を流すと、槍使いは感電により気絶する。
「あー、疲れた」
翔は地面に寝っ転がったまま体を伸ばす。
(この世界に来てからやたらと襲われてるような気がする)
翔は真っ青な空を見上げて、そんな事を考えていると、自分を見下ろしている存在に気づく。先ほど馬車で読書をしていた少女だ。
「どうかした?」
「私は、その人を、治療しに、来ただけ」
区切りの多い話し方をする少女は気絶している槍使いに触れると、槍使いかすぐに目を覚ます。
「あっ、ここは‥‥って、愛梨? どうしてここ──」
やがて全てを悟った様に黙り込む。
「そうかよ。俺は負けたのか」
「あぁ、そうだな」
翔は体を起こし胡坐をかくと、槍使いと少女の二人と向かい合う。
「チッ‥‥‥」
「いや、なかなか強かったと思うが」
翔は一応のフォローを入れる。
「同情何ていらねぇよ。あんたのほうが強かった、それだけの事だ」
「お前があの馬車担当の兵士か?」
「そうだ。俺は大雅でこっちが治療師の愛梨。馬車の中に他に二人いるぜ」
「私の、名前は、愛梨。よろしく、翔」
(全部で四人構成か‥‥‥やはり、メインは援護、増援ってとこか)
「よろしく」
王都を出発してから約六時間程が経ち、一行は山道に入っていた。
「この道なら山賊も出てきそうだな」
翔は大雅と共に馬車の入り口付近に座り、辺りを警戒し続けていた。馬車の中では愛梨が可愛らしい寝息をたてている。その隣では二人の兵士が腰を下ろして休む。
「はっ、こんな警戒しまくってる馬車を普通襲うかよ」
大雅は嫌そうにしながらも観察をする。
「予定より早く着きそうね」
扇華は馬車の入り口に座り、前から吹く風を感じていた。その前方には馬車を操る御者が鞭を打っている。
「えぇ、今日は馬の調子がいいみたいで‥‥‥おや、あれは?」
御者は会話を突然切って、身を乗り出し何かを見ている。
「どうかしたの?」
扇華も不思議に思い、体を傾けると大型の馬車が山道のど真ん中に止まっていた。
「馬車‥‥‥ね。どうしてあんなところに止まっているのかしら?」
「どうします? 迂回しますか?」
「いえ、このまま進んで」
扇華は多少のリスクを感じながらも、違和感を確かめに行く。
止まった馬車に近づくと次第に激しい戦闘が繰り広げられているのがわかった。
「本当に、進むんですか?」
「もちろんよ」
どうやら商人の荷馬車が山賊に襲われているようだ。
不意に翔達の前を走っていた馬車‥‥扇華が守っている馬車が急停止する。馬車と馬車との間隔は十メートル程だったため、前の馬車の目の前で停止する。
「何があったんだ?」
前方からは叫び声やら、金属の反響音が聞こえてくる。
「どうやら戦闘中みたいだぜ」
(様子を見に行くべきか? だが、そうするとこの馬車の警備がおろそかに‥‥)
「行ってこいよ。ここは俺一人で十分だ」
「‥‥‥すまない」
翔は壁に立て掛けていた麒麟を掴むと前の馬車に向かって走り出す。
翔が着いた時、そこに広がっていたのは、扇華の守る馬車に加えもう一つの馬車と、小汚い服装をした山賊と兵士達の乱戦だった。
「何だ、これ?」
「翔、ちょうどよかったわ。山賊倒すの手伝ってくれる?」
状況把握に頭が追いつかない翔だったが、扇華の一言で吹っ切れ、近くにいた山賊に斬りかかる。
山賊は左手に持っていたタガーで翔の刀を受け止めると、右手のタガーで斬り払う。
翔はそれを紙一重で躱すと一気に山賊に肉薄し、顎を膝を入れ気絶させる。
(大雅の時も思ったけど、光希に比べて攻撃が遅いな)
翔は加護と拳を使い、近くにいた山賊を手当たり次第に気絶させる。
「何だこいつ!!」
翔は弓を持った山賊の懐に入ると首の後ろに電気をまとった手刀を打ち込む。
(大体倒したな。扇華は‥‥‥)
馬車からかなり離れた所で扇華が戦っていた。相手はかなりの手練れのようで激しい戦闘音が鳴り響いていた。
翔の背後から土を踏みしめる音と共に、僅かに風切り音が聞こえる。
「っ!!」
翔はしゃがみ込み投げられたナイフを躱すとすぐにナイフの持ち主を探す。
「よく避けたね」
茂みから出てきたの男は他の山賊とは違い、身のこなしから見ても強者であることがわかった。
(あいつがリーダーか? 他の兵士には荷が重そうだな‥‥)
「全員、下がってろ。あれは俺がやる」
自信ありげに息巻いた翔は腰にある麒麟を抜くと正眼の構えをとる。人との初めて殺し合いで心拍数が上がり、自然と刀を握る力が強まっていた。
「そんなに強がんなくても、ねぇ」
山賊のリーダーはゆるりとし歩調で翔に迫ってくる。その手には一本の大型ナイフが握られ、虎視眈々と翔の命を狙っているようだった。
(先手を仕掛けるか? いや、相手の加護すらわからないのはまずい。まずは──)
不意にリーダー格の男の袖から何かが零れ落ちる。何だろう、と思い翔が凝視するとそれは激しい光を放ちその場にいた者の視界を奪う。ただ一人、リーダーの男を除いて。
翔は閃光玉が破裂する直前で目を瞑ったため、僅かだが視力が残っていた。ぼやける視界の中、銀色の鈍い光を放つ物が目の前に迫っていることに気づく。
「クッ」
翔は顔を横に倒し、ナイフを避けるがその際に頬を大きく斬られてしまう。翔の頬から血が飛び散る。
何も見えないながらも敵が前にいることはわかっていたので闇雲に刀を振る。すでにリーダー格の男はそこにいなく、翔から三メートル程離れた所にいた。
少しづつ視界が戻ってきた翔はリーダー格の男を視界に捉える。
(危なかった。だが、同じものをまだ持っていたらかなり厄介だな)
翔は汗ばむ手で刀を握り直す。
(後手に回ったら、駄目だ!!)
搦め手では圧倒的に不利な翔は武器を使った接近戦に持ちこむ。
軽い牽制の意味も込めて、横薙ぎをする。翔はカウンターがくると予想していたが、その期待は裏切られリーダー格の男は後ろに下がり、翔から距離をとっていた。
(‥‥‥? なぜ引いたんだ?)
相手の不可解な行動に警戒を強める翔。
「”突攻”」
リーダー格の男はナイフを前に構えると予備動作なく、翔に突っ込んでくる。
翔は咄嗟に刀で受け流そうとするが、ナイフを持つ力が強く逸らしきれず、翔の肩をかすめた。
「おぉ〜」
翔は敵の感嘆を聞いている余裕はなく、思いっきり相手の鳩尾を蹴り飛ばし、その反動で後退する。
(まずい、さっきの攻撃全然見えなかった。ナイフを使った接近攻撃‥‥‥なら、一旦距離を──)
「いや〜、よく躱したねぇ。初見であれを見切れる奴なんてそうそういないよ。うん、おめでとう」
リーダー格の男は鳩尾を蹴られたにもかかわらず、余裕の表情で語り出す。流れるような動きで服の裾からナイフを三本取り出すと、素早く翔に向かって投擲する。
翔は光希との修行通りに体を極限まで落とす事で回避するが、リーダー格の男は翔の目の前まで迫っていた。
「”三段突き”」
突然、男の手元がぶれると翔がいた場所を三度、ナイフで突き刺していた。
(九秒‥‥‥か)
翔は相手の攻撃の間隔を測ると、修行中に光希から習った事を思い出す。
『現象系加護所有者との戦闘で大事なのは再使用時間を測ること。そうすることで、相手の隙を見つけ易くするんだ』
ことごとく不意打ちに失敗した男は頭に血が上り、次第に攻撃が単調になっていく。
「いい加減に、楽になれや。”三段突き”」
再び高速の突きが放たれるが、翔は言霊を聞くと同時に飛び退く事で避けると、一旦相手から距離を取った。
(突攻が九秒、三段突きが十秒ちょい位か‥‥‥次に技を使ってきたら攻めるか)
翔は受けに徹して、相手の出方を伺っていると、リーダー格の男が再使用時間を終え、翔に飛びかかって来た。
「”突攻”!!」
男が翔の目の前に来ると、翔は軽く横に跳びナイフを避けると、持っていた刀で相手の脇腹を切り裂く。
リーダー格の男は痛みに顔を歪めながら逃げるように下がると、片手でナイフを構えて、空いた手で傷口を抑えていた。
(ここで、仕留める!!)
そう決意した翔は追い打ちをかけるため、男に向かって真っ直ぐと突っ込む。
(再使用時間はまだ五秒ほどある)
一瞬、リーダー格の男の顔が笑みを浮かべる。
「はっ、”三段突き”」
翔は真っ直ぐと駆けたので急に方向転換出来ずに、自ら飛び込む形で突きを受ける。
一発目は右肩を大きく掠め、二発目は翔の腹を切りつける。翔は最後の一撃を刀を使って弾くと、痛みで朦朧とする意識の中で倒れかかるように相手の左胸を触れた。
「これで、終わりだ。”放雷”」
男は一瞬、うめき声をあげると力なく倒れる。
「殺し、ちまったか?」
どうしようもない罪悪感が翔の中で生じ、後ろめたさからからか吐き気を催す。
(俺が‥‥‥殺した? 人を、殺したのか?)
「大丈夫よ、その程度じゃ死なないわ」
扇華が翔の後ろから声をかけてくる。
「扇華‥‥さっきまで戦って──」
扇華が先ほど戦っていた所には真っ二つになった男の死体が転がっていた。
「殺したのか?」
翔は死体を見た事でさらに気持ち悪くなり、口を押さえながら訊く。
「ええ、当然じゃない。生かしておくメリットなんて一つも無いわ」
扇華はそう言って気絶しているリーダー格の男に目を向ける。その手には開かれた鉄扇が握られていた。
「‥‥‥まさか、意識のない人も殺すのか?」
「あら、随分と甘いわね。敵は全て殺す、そんなの一般的な考えじゃない。もしかして、翔は人を殺した事がないのかしら?」
翔は黙って頷く。
「そう。なら、一度経験しておく事ね。相手の命を気にして自分が死んだら大変よ。今の内に殺ってみたら?」
扇華は翔に差し出すようにその場から数歩下がる。
「‥‥‥えっ?」
「気絶してるから簡単よ」
(俺が‥‥人を、殺す‥‥‥? 無理だ。そんな事、できるわけがない)
翔が一歩二歩と後ずさるのを扇華が見て、諦めたかのようにため息をつく。
「あっそ。そういう決断をしたからには大変よ。がんばってね〜」
扇華は一瞬で風の刃を飛ばし、気絶してる男の首を跳ね飛ばす。切り口からはゆっくりと血が溢れて出す。
翔は凄まじい不快感に襲われ、その場で嘔吐する。
「あら、そんなに辛かったの? ゴメンね。でも‥‥‥慣れといた方がいいわよ」
体調不良の翔はボンヤリとした思考の中、一つの事を考え続ける。
元の世界に帰りたい と。




