1 ― 3 新たなる一歩
今回は短めです
さっきアルベルタさんから言われたこと。
『あ、そうそう。もともとのアメリアが好きだったのはフリフリの付いたワンピースとスカートよ。色はピンクの物が好きだったかな。今着ている服もピンクのキャミソールにフリフリの付いたピンクのスカートよ。後で自分のことを鏡で見れば分かるわよ? じゃあまた後で〜』
この言葉がさっきからなかなか頭から離れなくてこの事ばっかり考えていた。途中シーラさんから声をかけられたけど、上の空で何を話されたか覚えていない。そして気付いたら僕が最初に目覚めた部屋―――。ここが今の僕『アメリア・オリヴィア』としての部屋に居た。部屋の内装は白い無地のような壁紙に紋章みたいなものが浮かんでいて、シンプルな内装の部屋だ。今の僕にはこのシンプルな部屋がありがたかった。もともと僕はシンプルな部屋や家具が好きで、派手なものは何もなかった。今の僕が落ち着けているのは、このシンプルな内装のおかげなのかもしれない。でも意外とシンプルなものほどお値段が高い。僕がまだ男だったころのお財布事情にはなかなかに響いた覚えがある。それでも、シンプルな物が好きだった。壁がシンプルなのは助かったけど、そこに置いてある家具が問題だった。明らかに女の子向けの家具が置いてあったからだ。所々にあしらわれたピンクの塗装がされた鏡台だったり、ピンク色の椅子だったり、テーブルだったり。ちょっとこれは嫌だなぁ……。せめて青色というか、水色というか、なんというか。今度アルベルタさんに家具をまるっと変えるように相談してみよう。そうしないと僕のこころが折れそうになる。いや、もう折れてるけど。これ以上折れてしまうと僕が僕じゃなくなる気がして。
そしてアルベルタさんはその言葉の通り、ご飯だったというのに素早くご飯を済ませて仕事に励んでいるとのこと。もともと今日は出勤日だったらしく、休憩時間にアメリアの部屋に入って休憩していたところを、アメリアが目を覚まして、あんなことがあって、今に至る、と。アルベルタさんがシーラさんに『今日はアメリアと一緒に居てあげて』とひと声かけたらしく、今はアメリアの部屋に僕とシーラさんと一緒に居る。シーラさんは僕にリラックスしてほしいのか、そんなことを教えてくれた。
あれ、でも『アメリア・オリヴィア』としての記憶が、少しだけある感じがする。「こういう服が好き」とか「この食べ物が好き」とか。いくら第二の人生を歩むと言っても、この身体の持ち主『アメリア・オリヴィア』さんのことを考えたら僕だけノコノコ楽しむのは悪いか。一か八か、やってみるのも手かな。とりあえず僕は手ごろなサイズの椅子に座って、頭の中で『アメリア・オリヴィア』さんと会話をすることに集中する。
―― 僕はイメージする
―― 日本の町並みを
―― その町並みにある1件の家を
―― 息苦しくても暖かみのあった僕の家を
―― その家の中にあるリビングルームを
―― 綺麗に整理整頓されていてピカピカのテーブルと椅子を
―― そこに僕とアメリアさんをイメージする
―― 大学生だった頃の僕と、今のアメリアさんを
するとそこには、僕とアメリアさんが座っていた。
―― アメリアさん
―― はーい!
―― こんにちは。初めまして。突然お邪魔してごめんね
―― ……うん
―― これからよろしくね?
僕の名前は『佐々木 大地』と言います。『ダイチ』って呼んでね?
―― 『ササキ ダイチ』?
―― うん。それが僕の名前
―― 私は『アメリア・オリヴィア』っていうの
―― それはアルベルタさんから聞いてます
―― お母さんが? そっかー
うーん、アメリアはよく分からないから
お兄ちゃんのこと『サキ』って呼ぶね!
―― サ、『サキ』ぃ!?
―― だってそっちの方が女の子っぽいんだもん!
―― あー……、うん。そうだね。今の僕は女の子なんだもんね。
じゃあそれでいいよ
―― やったぁ! じゃあ後のことはよろしくね! サキお姉ちゃん!
アメリアさんが椅子から立ち上がってリビングルームから出ていく。リビングルームから出た瞬間、この何気ない空間に亀裂が走り、崩壊を始めた。そして僕の頭の中で作り上げた世界が完全に崩壊した瞬間、僕の意識はここで途切れた。
目を開けるとさっきとは違う光景が見えた。あれ、ついさっきまで僕は椅子に座っていたはずなのに。ふわふわとしか感覚が僕を包み込む。肌触りのいい生地で作られたのであろうか。ベットに寝かされていた。「なんで?」って顔に出ていたらしく、シーラさんが僕の耳元に手を当てて、小さな声でこう言った。
「何か意識がなくなっていたようだったから、私がベットに寝かし付けたのよ。意識がなくなるほどの”魔法”を使ったのね。今度からは使い過ぎには注意よ? いくら”魔法”が使えるとしても、その力は有限なのだから」
今のが”魔法”? 僕はただ頭の中で『アメリア・オリヴィア』さんと会話をするようにしていただけなのに。なんか不思議な感じがする。まさかとは思ったけど、『アメリア・オリヴィア』さんと頭の中で出来ちゃったよ。アメリアさんとの『会話』が。これって俗に言う二重人格ってやつになるのかな。まぁ、そうなるか。『サキ』って……。まぁ、アメリアさんの身体で過ごすことになるから筋は通ってるといえば通ってるか。『サキ』かぁ。この『サキ』という新しい名前、意外とすぐに馴染める気がする。アメリアさんの付けてくれた名前だし。
……って、ん? あれ? 意識がなくなるということは、”魔法”を使い過ぎたってこと? ファンタジーの世界で”魔法”と言えば、よく見るのは【MP】とか【HP】、あとは【技能】が思い浮かぶ。僕の読んでいたライトノベルにそう記述があったのは憶えている。【MP】を使い過ぎたら意識を失うって。これがまさにこのこと? ファンタジーの世界に来たって喜んでいたけど、まさかここまで現実を帯びているとは。これは考えを改めないといけない。喜んでいられるのは最初のうちで、今後のことを考えたら厳しい世界なのかもしれない。
僕の今の名前は『アメリア・オリヴィア』だけど、アメリアさんから付けてもらった『サキ』を使って、『サキ・アメリア・アテナ・オリヴィア』として生きて行こう。
僕は、いや、僕たちはこれで一区切りついたと思う。
アメリアさんは後は僕に任せてくれるようだし、今の僕が出来ることをやろう。でも僕1人だけじゃなくて、アメリアさんにも同じことを教えよう。それで僕たちは僕であり、私になる。1人で2人分の知識を持ち合わすことができる。まさに神の子と言ってもいいのだろうか。いや、それは言い過ぎだね。とくかく僕たちは平和に暮らすことが一番の目標であって、目的だ。それは、サキこと僕とアメリアさん、『サキ・アメリア・アテナ・オリヴィア』にとって大事なことなんだから。後でこのことをアルベルタさんに報告、というより連絡? をしないと。「アメリアさんは生きている」って。部屋の家具のことについてもね。いつかはアメリアさんと僕と、両方が反発せずにまじりあって行くとは思う。けど、それが果たしていつになるのかは今の僕には分からない。むしろ分かっていたらこんな回りくどいことはしない。僕だって怖いんだ。僕が僕じゃなくなることが。現実から逃げていては話は始まらない。いつか向き合わないといけないんだ。そう僕は心に誓った。
【初版】 2015/07/28 02:20
ひとまずこれで区切りにします。また後で中身をやりかえるかも?
【追記】 2015/08/01 23:59
内容を一部変更しました。多分これでいいはずです。
【追記】 2018/06/18 01:34
emダッシュ記号(―)で書いていたつもりが長音符(ー)となっていた為に、emダッシュ記号(―)に差し替えました。