1 ― 2 事の顛末
今回はちょっと長めです
僕はアンティーク調のテーブルと椅子が対になったところに座らせられていた。部屋もなかなかに豪勢で、照明にはガラスと思われる無色透明な有機物が見えた。その中にろうそくと思われるものが何本か立ち並んでいて、その火は揺らめいているように見えた。でもその割には明るく、熱くもない。「なんだろう、これ」と思っているとアルベルタさんから声がかかった。
「アメリアー。今日のご飯はこれよー」
そう言われて出されたものは、とても今の身体だと食べきれない物だった。ちょっとこれは……。
出されたのは、小さめのお盆に入ったふかふかの卵がかけられたオムライスと、ちょっと大きめのコップにとろみがついたスープだった。食べきれるかなぁ……。今は喋らないようにしている。本当は喋りたいけど、いつボロを出すか分からないし、いきなり躓いたけど粗相のないようにしないと。今はまだ僕自身の記憶の方が勝っている。いつかはまんべんなく佐々木大地としての記憶とアメリアとしての記憶になるとは思う。そっちの方が自然だと思うし、それを早くしようと自分を急かしても意味がないし、後先のことを考えると困るのは僕自身になってしまう。だから今はまだ大人しくしておこう。
「今日はずいぶんと静かなのね?」
えっ。そんなこと言われても。今の僕はアメリアであり、佐々木大地という元男子大学生だった。粗相のないように過ごそうとしているだけなのに。そんなに元のアメリアはうるさかったのか。それに倣った方がよかったのかな。でも、そうすると僕自身に設けたけじめとは反対のことをすることになる。どうしたものか。
「オリヴィアの名の下に命ずる。我と契りを交わす聖なる光を司り導く神の僕、ライラよ。聖なる理に従い汝の正体を暴き
、我に識らせよ。【探知】」
少し思い耽っていると、突然僕を中心とした白く輝く星の周りに三重円の魔法陣が浮かび上がった。一重目と二重目には幾学模様のような文字が高速に回転していた。おお、ここってファンタジー系の世界だったのか。ちょっと興奮する。これが僕の憧れていた異世界なのか。感動して涙が出そうになるけど、必死にこらえる。何せ今の状況が状況だからだ。
「ちょっと、アル!?」
突然のことに驚きを隠せないシーラさんと僕。何か、覘かれているような感覚に襲われる。魔法陣が出ているってことは、何かしらの魔法なんだろうけど、その魔法が一体何の効果を持っているのかは僕にはわからなかった。
「あなた……、誰?」
アルベルタさんは今までのほがらかな態度から一転して、まるで目の前に敵が現れたような、警戒の瞳を向けてきた。せめて粗相のないように自分の中で設けたけじめのせいで、いきなりこういう事態を招いてしまった。これは素直に言うしかなさそうだ。
「……僕は、初老の女性……。クラリス・ガーネットさんに助けられました」
「なっ……!?」
僕はあまり混乱を招かないようにごく一部だけを正直に話す。すると、アルベルタさんとシーラさんが驚愕した表情を見せる。たまらず僕は聞いてしまった。
「ご存知なんですか?」
「えっ、えぇ。知っているわ。そのお方は私たちオリヴィア家の家祖にあたるお方だわ」
「なっ……!?」
今度は僕が驚く番だった。えっ、でもそれだと何かおかしいような……。
「今あなたが疑問に思っている通りだわ。私たちも疑問なのだけれど、あのお方は世界や時空を行き来できるお方でね。それを楽しんでいたと思われるわ。その、さっき”助けられた”って言ってたけど、どういうことか説明してくれるかしら?」
お互いに状況が分からない状態なので、とりあえずは妥協点、って言ったところかな。僕としても、こうしないと今僕自身が置かれている環境を確かめることができるから、それはそれでよしとしよう。
「では、まずは僕の生まれ育った世界についてご説明致しましょうか」
僕は最初にこう前置きしてから僕側の世界について説明を始めた。まずは僕はこの世界では男で生まれ肩身の狭い思いをして育ったということ。それでこの世界には魔法という概念はなく、科学という力が発展した世界だということ。その技術を応用して鉄の塊を浮かばしたり、地面を走らせたりして物資の輸送や旅客の取り扱い、人工的に作り出した熱などを使って電気という物を生み出してそれを多種多様に使ったり。さながら僕は一時的に教師になったつもりで説明していく。全部説明するときりがないのでごく一部の説明に留めた。
「そう。あなたの世界はすごい文明や技術が発展しているのね。今私たちが居る世界とは全く別の世界から来たのね。とても興味深いわ」
何かものを言いたげそうな表情をしていたので、ずかずかと説明せずに一拍置いた。するとアルベルタさんがそう呟いていた。僕もその呟きに対して「そうですね、今思い返せば僕もそう思います」と返した。
「話を戻します。なぜ僕がそのクラリス・ガーネットさんから助けられたかを。先ほど鉄の塊を走らせて物資の輸送を行っているとご説明致しました。これはすべて同じ間隔に設置された2本の鉄製のレール、これを”軌条”と言うのですが、鉄製の車輪を持つ車両、つまりこの世界にはあると思いますが”馬車”と思って頂いた方がわかりやすいでしょうか。その物資や旅客の取り扱いをしているものをこちらの世界では何に対してそう呼ばれているのかはわからないですが、僕の世界ではその鉄製のレール上を走行する輸送機関のことを一般的に”鉄道”と言います。先ほど申し上げた鉄製のレール、これを”線路”と言うのですが、その”線路”は鉄製の車輪を持つ車両しか走ることが出来ません。その”線路”を横切るために設置されているのが”踏切”と言います。その”踏切”は人と”車”ーーー。そうですね。さしずめ馬のいらない”馬車”とでも言いましょうか。これを僕の世界では一般的に”自動車”と言います。これは種類にもよりますが、舗装されていない道などを自走出来る特徴を持っています。これはまぁ”科学”の力の結晶でしょうか。その”踏切”内でクラリス・ガーネットさんが立ち往生していました。僕はそこを偶然通りかかりまして。もう少しで跳ね飛ばされるとこを僕が助けました。助けたのはいいものの、代わりに僕が跳ね飛ばされてしまい、僕の世界での僕自身は死んでしまいました。ですが僕はある世界に1人ぽつんと居たのです。そしてその場所でクラリス・ガーネットさんにお会いしたのです。『助けれくれたお礼がしたい』と。それで目覚めるとこの世界に居た、というわけです。信じてもらえないでしょうが」
ふぅ……。まさかこの話をするとは思わなかった。これじゃあまさにホームステイしている感じがする。ちょっと長くなってしまったけど、これでアルベルタさんやシーラさんは事の顛末を説明することができた。これでどうなることやら……。
「すごい経験をしているのね、あなた……」
そうするとアルベルタさんは警戒を解き、徐に今の僕の頭を撫で始めた。あれ、気持ちいい……。
「さっきは疑ってごめんなさい。あんなにうるさかったアメリアが、ここまで静かになるのなんて滅多にないもの。それと、クラリス様から言伝を賜っていたのよ。『近いうち、オリヴィアにお客様がやってくる』と。そのお客様というのがあなたのことね。まさかアメリアになるとは思わなかったけどね」
「あはは……」
これは僕は苦笑いせざるを得ない。
「じゃあ私たちの世界のことを説明するわね」
そういう前置きをするとアルベルタさんは説明をし始めた。
「まずこの世界にはさっきあなたが言った”カガク”というものは存在しないわ。その代わり”魔法”がある。さっき私が使ったもの”魔法”の一つね。この世界の”魔法”はいろんな分野に使われているわ。例えば火を起こしたり水を生み出したり。ありとありうる分野に”魔法”によって用いられているわ。この世界にとって”魔法”はなくてはならない存在なのよ」
アルベルタさんの説明を聞いて、僕は本当に憧れていた異世界に、しかもファンタジーな異世界に来てしまったと自覚していた。これからどんな世界が僕を待ち受けているのか、楽しみになってきていた。
「あぁ、そういえば。クラリス様のお客様なのに、自己紹介が遅れたわね」
今の状況を整理することに気を取られてすっかり忘れていた。そういえば名前だけは聞いていたけど、フルネームまでは知らなかった。という訳で自然と自己紹介タイムへと移る。
「私の名は『アルベルタ・オリヴィア』よ。んでそっちに控えているのが『シーラ・オリヴィア』よ」
「アルベルタ婦人の侍女をしているシーラと申します。以後お見知りおきを」
「ゴホンっ」
「はいはい。アルとは学生時代からの付き合いでね、今はこの家に住み込みで働かせてもらってるのよ。ちょっと個人的な話になるけど、なかなか就職先が見つからなくてね。それをアルに相談したら「ならうちで働かない?」と言われてね。それに乗っかっただけなのよ。侍女としての修業はつらかったけど、いろいろあってか今はアルのおかげでオリヴィア家公認の侍女になることが出来たの。仕事でアルと行動を共にするときは『シーラ・オリヴィア』と名乗っているよ。だからさっき『シーラ・オリヴィア』と紹介されたでしょ? アルから『オリヴィア』を名乗ることが許されているのよ。もともと私の名前は『シーラ・ウィズ・マレカ』というわ。とは言っても仕事でもプライベートでもアルとは一緒に居ることが多いから、もう実質オリヴィア家の一員みたいな扱いだけどね。このことに関しては本当にアルには感謝しているわ。ありがとね」
「何を今さら改まって。シーラらしくないぞ?」
「ごめん、その時のことを思い出しちゃってつい。アルのおかげで助かったわ本当」
途中からプライベートの話が出てきたけど、これがシーラさんのよさでもあるんだろう。だからアルベルタさんにとっては気を許すことが出来たのかもしれないし、シーラさんにとっては身分を超えた関係を持つことが出来たんだろう。
「あぁ、そうだったんですね。僕のもともとの名前は『佐々木 大地』って言います。名の売れた学び舎に籍を置いていたのですが、その敷居が高くて学業に追われていた男子学生でした」
「それでさっきの話に戻る、と」
「そういうことです」
さっきアルベルタさんとシーラさんには事の顛末を話したから察してくれた。
あれ、でもなんでだろう? 初めて聞く言語のはずなのに、こうやって普通に話を聞けて、会話もできている。これってもしかしてありがちな異世界でも話が通じるとかいう、そういうスキルがあるから、とか? ほら、よくある【言語理解】とか【通訳】とかそんな感じのものかな? まぁ今こうやって普通に会話ができているから気にしない方がいいのかもしれない。もしまた違った環境に出会ったときは、このことを思い出そう。
ここで一区切りついたのか、アルベルタさんがこう切り出した。
「じゃあ、今のあなたのことを話すわね」
「はい、お願いします」
「今のあなたは、さっきから結構言ってるけど『アメリア・オリヴィア』と言うわ。先月6歳になったばかりの女の子よ。女の子の割にはうるさくて正直困っていたのだけれど、それが今日になって静かなものだからどうしたのかって不思議だったのよ」
「よく言うわ、アル」
「こら、シーラは余計なことを言わないで」
「はいはい」
あ、アルベルタさんは苦笑いをして、シーラさんは妖しい笑みを浮かべている。この妖しい笑みは何かよからぬことを考えていそうな感じの雰囲気だ。
「それでさっきスキルを使ってあなたのことに気付いたってことになるわね」
「なるほど、そうだったんですね」
これで僕の今の名前が分かった。『アメリア・オリヴィア』かぁー……。さっきこの世界で目覚めた後にアルベルタさんが言っていたけど、うーん。やっぱり女の子なんだね。実はさっきアルベルタさんに説明をしているときからずっと違和感があった。なんでこんなに透き通っていて高い声なんだろう、って。
もうこれは気持ちを入れ替えて第二の人生を歩んで行くのが正解なのかもしれない。
世の中わからないものだ。
「あ、そうそう。もともとのアメリアが好きだったのはフリフリの付いたワンピースとスカートよ。色はピンクの物が好きだったかな。今着ている服もピンクのキャミソールにフリフリの付いたピンクのスカートよ。後で自分のことを鏡で見れば分かるわよ? じゃあまた後で〜」
「えっ」
その言葉を聞いて僕は固まってしまった。
前言撤回。
この先不安しかないことがわかった。
険しい人生になるかもしれない。
【初版】 2015/07/10 18:00
はい! お久しぶりでございます!うまく出来ているか不安です……。今回は説明回になってしまいました。ごめんなさい。もし何かおかしいところがあればコメントを頂ければ……。
【追記】 2016/01/14 00:37
誤字に気付いたので修正。
【追記】 2017/11/01 14:15
2017/10/24に投稿したものと表記揺れがあったので、2017/10/24投稿分と統一しました。
【追記】 2018/06/18 01:34
emダッシュ記号(―)で書いていたつもりが長音符(ー)となっていた為に、emダッシュ記号(―)に差し替えました。