1 ― 1 目覚めたその先
長くなりそうだったので分けました
眩しい……。
それが第一印象だった。
僕の意識はだんだんと覚醒していく。なんで僕はここに居るんだろう。僕は記憶を辿っていく。僕の名前は佐々木大地。19歳の市内の大学に通っている平凡な日常を過ごしていたはずの普通の男子大学生。僕の日常はふとしたことで非日常へと変わっていく。たまたま通りかかった踏み切りで遮断棒が降りてしまったために立ち往生していたお年寄りの女性を助けようと中に飛び込み、助けられたのはいいものの代わりに僕が撥ね飛ばされたんだっけ。あの衝撃は痛かった。しかも運悪くその踏み切りを通過していた電車は新快速で、時速120km/hという速さを売りにした車両種別だった。その衝撃のせいで僕はいとも簡単に撥ね飛ばされたその場で意識は遠のいていく。あぁ、僕は間に合わなかったんだ、と。その場で悟った。しばらく経った後、僕は何もない空間へとポツリ1人で居た。周りは何もなく、あるとするならば、上下左右に白い雲のような空間が広がる、そんな場所。『雲の平原』とも言われているらしい。噂しか聞いたことはないけど、まさかそれを経験するとは。
しばらくしたらどこからともなく声が聞こえてきた。まるで僕を労うかのような暖かい言葉がかけられた。その声によると助けてくれたお礼がしたいとのこと。そしてまた意識が遠のいていく。一体なんだったんだろう。そういう不安が僕の頭を駆け巡る中、意識がだんだんと覚醒していく。そしたらいつもと違う天井が見えて、同時に眩しさを覚えた。ここは何処なんだろう。そう思うのは当然だった。
あまりの眩しさに目を開けようとするけどなかなか開かない。まるで自室の照明の真下にベットを敷いて寝て、照明の電気を点けているような感じ。僕の頭の中は不安でいっぱいになる。
それよりも今はどういう環境に僕は存在していて、果たしてここが一体どこなのかということということだ。
体感で10分が経ったころだろうか。ようやく目が開けることができた。だんだんと視野が広がっていく。そこには見たこともない天井が見えた。その天井は無地で構成されていて、シンプルで綺麗な天井だった。高級感を漂わせる白を基調とした壁紙で、何かの模様が描かれている。その模様はよく見るとさっきの女性の紋章と同じような模様だった。ということはここは何かしらの大富豪の豪邸の一室で僕は寝かされていることになる。やっとの思いで視界が開けたのに、見えたものが見たこともない天井。その天井があまりにも綺麗なので眺めてしまう。とりあえず身体を起こそう。だけど思った以上に身体が動かず、身動きが取れないで居た。すると横から声がかかる。
「あら、起きたのね」
僕はその問いに頷いて答える。目の前には見た目は20代後半だろうか。女性が立っていた。髪の色はプラチナブロンドのカジュアルなポニーテールで、白の膝下まで伸びるワンピースに肩掛けとして白のジャケットを着ている。自己主張をしない女性特有の膨らみがあり、その胸元には紋章が描かれたバッジみたいなものが飾られていた。僕がその女性を見た第一印象は細くて華奢で、綺麗な人だと思った。でも、なぜここに? 僕の家ではこんなに綺麗な人は居なかった。それこそ僕の実家が大金持ちで、使用人を雇っているとかだったら話は別だけど。まぁ、そんなことはないけどね。ここまで綺麗な人は僕は見たことがない。でもおかしい。聞いたことのない言語なのに。理解出来ないはずに。僕はなぜかその言語を理解出来ていた。動かない身体、見知らぬ天井。見知らぬ女性。これはもしかすると……。
「あら、今日はずいぶんとお利口さんなのね?」
思ったより丁寧な口調で女性は僕に聞いてきた。するとその女性は僕を見るや顔を綻ばせ、だき抱えた。
……ん? だき抱える?
これはもしかすると。
今までの生活は勉強に追われ、遊びという遊びにはなかなか出来なかった。むしろさせてくれなかった。僕の周りでは好きな時に遊べて好きな時に勉強する。それが何よりも羨ましかった。僕から見てうちは某一流大学を卒業し、某一流有名企業に就職し、権力とお金に物を言わせて横暴なことをやることもしばしばあったと思う。あくまでも僕の中でそう思っているだけなのか、それとも本当にやっていたのか。もう今ではその判断はつけられない。ときどき父さんが「これも勉強の一環」としてある事象に対してどのような対応をするか、という判断を委ねられることことがあった。他所は他所、うちはうち。今こういう状況になって振り返るとそういう方針だったと思う。確かにそれは良案なのかもしれない。会社に就職して、俗に言う『社畜』にならないための下準備。「今苦労して後を楽しみなさい」。いつもそう言われ続けて何もかもに追われて生活していた。でもそれを『強制することはどうなんだろう』って思うこともあったけど、やっぱり何もできなかった。こういうこともあってか学校での友人は少なく、寂しい学生生活を送っていた。それでも、ちょっとした空き時間を使ってせめてもの趣味として小説を読んでいた。そのほとんどが異世界へ転生するというジャンルを取り扱ったもので、そういうのが憧れだった。何せ今が身動きが取れない状況だから。想い馳せるのは必然だったかもしれない。
ということは、なかなか目が開かなかったのと、ようやく開いて見えた先には見知らぬ天井、見知らぬ女性。これなら総合的に考えると納得が行く。踏切内に立ち往生していた初老の女性を助け、逆に撥ね飛ばされ、お礼がしたいと言われて、意識が遠のいて。これはもしかしなくてもお礼がこのこと? どうやら僕は小さい子に転生したらしい。もしかしたらあの初老の女性はそのことに気付いて、僕にお礼という形で第二の人生を歩ませてくれる、ということ、なのかな。お礼を言わないといけないのは僕の方なのかもしれない。だって新しい人生を送れるチャンスをくれたのはあの初老の女性なのだから。
―――コンコン
「失礼します」
彼女の後ろから声が聞こえてきた。扉を叩いてから入室するその人は女性で、白いフリルの付いたアリスバンドに、黒を基調としたエプロンドレスに白のフリルが付いている服装だった。俗にいうメイド服だった。彼女は先ほどの女性のメイドさん、ということになるのかな。僕は一体どんなところに転生したのだろうか。今の僕では確認できないのが難点だけど。いずれは状況を見れることになると思う。そう思っていた矢先、とんでもないことを聞いてしまった。
「ようやくお目覚めですか。アメリアお嬢様」
「えぇ、ようやく目覚めてくれたわ。私の愛しの娘、アメリアが」
え!? お嬢様!? ア、アメリアって、僕のこと!? 愛しの娘って!! どういうこと!?
「シーラ? 私の前ではいつも通り接してっていつも言ってるでしょ?」
「申し訳ありません。しかしアメリアお嬢様が居られますし」
「もう……。今は私とアメリアしか居ないのだからアルでいいわよ、シーラ」
「はぁー……。分かりました」
そうするとメイドさんは深いため息をついた。するとさっきとはまったく違う表情が身に纏う。
「……まったくアルちゃんったらちゃんとしなさいよねー」
「ふふっ。それでよし! そうしないといつもの調子が出ないのよねぇー。う、うるさいわねぇー。せめて自由時間くらいゆっくりさせてよねー」
「まぁ気持ちは分かるけどね。にしてもだらけ過ぎだよ。もっとシャキっとしないと」
「はーい」
「あっ、この『はーい』は聞いてないなぁ?」
「あっ、バレた?」
「はぁー……。まぁそこがアルのいいところなんだけどね」
「シーラはマジメ過ぎるのよー。もうちょっとまったり行こう?」
「そうするわ」
何だか楽しそうだなぁ、と、傍から会話を聞いてて思った。途中から砕けた話し方をしていたし、2人はもともと仲がいいのだろう。それで今の僕の名前と、最初に声をかけていた若い女性とその奥に居るメイドさんの名前がわかった。
今の僕の名前はアメリアというらしい。え、でもお嬢様って、僕のことだよね? ということは……。女の子!? もともと僕は男の子だった訳で。女の子に転生したってこと!? うわぁ……。この先が思いやられるわ……。というよりなんで僕自身の記憶は残って……? なんでなんだろう。でも、今それを考えると余計混乱するから今は考えるのはやめておこう。
えっと、若い女性の名前がアルベルタさんで、僕のお母さんになるってことかな? 見た目は若いけど、もしかしたら……。それか本当に若いのか。今はまだ分からないけど、いずれ分かるかもしれない。アルベルタさんの奥に控えているメイドさんはシーラさんで、どうもアルベルタさんと同い年みたい。シーラさんはマジメで、アルベルタさんはマイペースな性格、というイメージ。マイペースな主人ってどうなんだろう。それが主人とメイドの関係なのかな。それを支えているのがメイドさんなのかなって改める。でもどういった関係なんだろう。気になるといえば気になる。でも今それを気にしても仕方ないか。うん。気持ちを入れ替えよう。せめて粗相のないようにしないと。いくら小さい子とは言え、それで済ませていれば後々しんどい。今までがそうだったからね。
「ぐぅー」
「「あら」」
そう言った側から僕はお母さんにだき抱えられているのを思い出すと、急にお腹が空いてきて、誰に聞かれても恥ずかしい音が鳴っていた。多分、顔が赤くなってると思う。その音が聞いたお母さんとシーラさんが、同じようなタイミングで同じことを言った。
「「ご飯にしましょうか」」
【初版】 2015/07/01 00:36
前回の更新より2~3カ月経っていたようです。順に書き進めていた結果、文字数が10,000文字を超えそうだったので分けることにしました。ちょっとさすがにハードルが高いです……。
【追記】 2018/06/18 01:34
emダッシュ記号(―)で書いていたつもりが長音符(ー)となっていた為に、emダッシュ記号(―)に差し替えました。