1 ― 17 改める気持ち
シーラさんから頂いた紅茶で、もやもやする気持ちをなんとか抑えた僕は、とりあえずスマートフォンの中身を見直す。
「……あれ。これってもしかしてインターネットって繋がってますか?」
「繋いであるよ~」
「もう何でもアリなんですね、魔法って」
「サキが特別なだけよ」
「あはははは」
この事に関しては苦笑いしか出来ない。どうやって繋いだんだろうか。さすがに電波は飛んでいないはずだから、まさか魔法で無理やり?
閑話休題。
「これって電話……、電話? 通話は出来るんですか?」
「出来るよ~。極力あっちの世界の人間には掛けないで欲しいけど」
「あっちの世界……。僕が元々居た世界にですか? なんでまた?」
「インターネットに繋がっているから、と言えば分かるはずよ」
「あぁなるほど。インターネット通話とかですか」
「そういうこと~」
異世界から通話してます、って言っても誰も信じないだろうし、それこそ地球上にも異世界って呼べる環境はあるし、あまり関係ないか。
「まぁ、あなた自身が、本当に信頼出来るって人には連絡してもいいかも? 『何も連絡入れなくてごめん。僕は遠い地で頑張っているから、安心してね』とか言っちゃってさ」
なんだかこの人……、人? 顔を赤らめているんですが? 何かはしゃいでいる? いや、興奮している?
「…………」
さすがにこれには僕も唖然とするしかなかった。
───ゴホン!
どこからともなく聞こえてきた咳払いによって、区切りが出来た。というかあの人、自分の妄想の世界に入り浸る系の人だったんだ。神聖なイメージを返して欲しいくらいだ。
クラリス・ガーネットさん、バツの悪そうな表情をした。
「ととと、とにかく!! サキには向こうの世界でお世話になったし、それくらいはさせてよ。あと、サキ。こっちの世界は、あなたには、例え国の代表にさえ頭を下げなくてもいいような地位を持っているのよ。どんな国や地位の人間でさえも、ね」
「えっ?」
何かと頼れるシーラさんに目線を向ける。シーラさんが頷いている。どうやら本当のことらしい。
「それが”神の子”というものなの。簡単に言うと”神と近しい者を指す者”と言えば分かりやすいかな?」
「……ちょっと待ってください。それってもしかして、僕が元々居た世界の、というか日本の”天皇”のようなものと同じような扱いってことですか?」
まぁ、現代日本の”天皇”という扱いは、第二次世界大戦後にGHQから、神の子、つまり”現人神”から”普通の人間”への地位の降格を宣言した、俗に言う”人間宣言”というものから来ている。”現人神”から”普通の人間”として扱われるようになっただけであって、日本国の象徴として取り扱われていることには変わりないのだけど。
「そういうことよ」
まさか、異世界に来て、それこそ”現人神”のような地位になるとは思いもしなかった。前世では日本に住むごく一般的な家庭に生まれて育った大学生だったはずなのに。人生って、何が起こるか分からないね。
「サキ、あなたにはこの世界をどうかお願いしたいの。あなたは向こうの世界で私を助けてくれたし、信用出来るの。私自身も、いろいろなことがあり過ぎて私一人だけじゃ回らなくなってきたのよ」
申し訳なさそうな表情をしている。それだけ切羽詰まった状況になっているんだろう。
「助けてもらった上に、こんな事をお願いするのは図々しいかもしれない。けど、どうが私とこの世界を助けて下さい。お願いします」
そう言って深々と頭を下げるクラリス・ガーネットさん。
(……そんな風に言われてしまったら、断れないじゃないですか)
「……分かりました。僕が出来る範囲内であれば、やってみましょう」
「……ありがとうございます!」
クラリス・ガーネットさんが頭を上げたかと思えば、僕の答えを聞いて頭を下げる。まるで上司に許しを得た部下みたいな、そんな綺麗な礼だった。
☆ ✭ ☆ ✭ ☆ ✭
クラリス・ガーネットさんから事情を聞いて、特にやることもなかった僕はそれを受け入れた。どうしてこうなったといえば、複雑な気持ちになるのだけれど、そんなことにいちいち気が滅入っていると先に進めないという結論になり、今後の人生を楽しむことにした僕。右も左も分からない状態で右往左往するのは嫌だから、ある程度頼って生きていこうとは思っているけどね。
「お母様。ということは、お母様から見て、僕はクラリスさんとはどのような間柄になるんでしょうか?」
僕がお母様に話題を振ったせいか、ついさっきまで呆けていたお母様、シーラさん、お爺様が正気に戻り、落ち着きを取り戻した。僕とクラリス・ガーネットさんとの話が、文字通り”次元が違う話”をしていたせいなんだろうけど。
「うーん。どうなるんでしょう?」
「僕としては、今まで通りのままでいいとは思っているけど……」
これは本心だ。今のままの方がいいと感じている。いつかこれが終わりになることも予感しているけど。
「いずれにせよ、サキには”神の子”でもあるし、オリヴィア家の”令嬢”でもあるんだから、きちんと身だしなみとかはしないとね」
「うぅ。はい、お母様」
なんだか気が滅入るなぁ。先は長そうだ。
「そんな顔しない。いつかは慣れるんだから、さ」
シーラさん。すごい説得力がある。
「では儂も付き合うとするかの」
「「えっ」」
僕とクラリス・ガーネットさんがハモる。
「でもお爺様は、僕のスキルで召喚しているだけなんですが……」
「おっと。そうじゃったのかい。残念じゃのう。まぁ何か困ったときがあればいつでも呼んでおくれ、主よ」
「その時はよろしくお願いします」
こちらからお願いする立場に居るから、きちんと頭は下げておく。
「こらこら。頭は下げなくていいってさっき言ったでしょう?」
クラリス・ガーネットさんから注意を受ける。
「あぁ、そうでした。つい前の世界の癖が出てしまいました」
「「「すごい世界なんですね(なのじゃのう)」」」
3人が3人とも同じようなことを言う。
なんだか関心しているようなので、牽制しておく。
「いやいや。そんなことはないですよ」
「僕の出身は、ごくごく一般的な庶民ですから。とある学び舎に籍を置いていたのですが、その授業のレベルが高くて追いつくのに必死な男子学生でしたからね。そんな大したことじゃないですよ。それに……」
ここで一拍子置く。
「それに、僕はごくごく一般的な庶民だったので、それこそ身分は全く違うものですよ。お金持ちや政治家の子どもでも無いですし、普通の家庭で育ちました」
これだけはきっちり区別しておかないといけない。
「全部が全部、僕の言っていることだけじゃないということを念頭に置いて下さい。僕だって知らないことの方が多いんですから」
そう、全部が全部知っている訳ではない。まだまだ勉強不足な点も山ほどある。その段階なのにこちらの世界に来てしまった。けど、来てしまった以上、やるしかない。
「改めて」
これは僕の決意でもある。
「まだまだ至らぬ点もございますが、何卒よろしくお願い致します」
お母様、お爺様、シーラさん、クラリス・ガーネットさん。それぞれに気持ちを込めて頭を下げる。
これで僕の決意は固まった。後はこれからどう過ごしていくかが問題。
頑張ろう、この世界で。
【初版】 2018/06/11 13:00
【追記】 2018/06/18 01:34
emダッシュ記号(―)で書いていたつもりが長音符(ー)となっていた為に、emダッシュ記号(―)に差し替えました。