1 ― 12 気分転換
あのテーブルマナーの講習会から数日が経った。お母様は普段の明るさにもどって、明るくて仕事もテキパキとこなしていく。いつかは僕も、と思うけれど入り込んではいけない気がして、何も言い出せないで居た。
僕はあの時、なぜかは分からないけど、確かに聞こえたんだ。
「おじさま。おばさま。もう1度会いたいよ……」と。何か、僕には想像も出来ないような辛いことから逃げるように仕事に没頭しているようにも見える。そう、感じた。
「何かをしてあげることは出来ないのか」
最近の僕の悩みはこれ。
何とかしてお母様の力になりたい。そう思い悩んでいる僕を見かけたシーラさんが声を掛けてくれた。
「何か悩み事?」
「あっ、シーラさん。おはようございます。はい、お母様のことでちょっと」
「あら? なんでまた?」
シーラさん、仕事の方は大丈夫かなと思いながら悩んでいることを話してみる。
「うーん、そんなに気にすることじゃあないと思うけど」
「知っちゃったり気付いちゃったりしたらどうしても気になってしまって」
「難しい性格をしているのね」
「はい、よく言われます」
ほんとよく言われたなぁ……。っと、いけないいけない。
「ははっ、そりゃしょうがないか」
シーラさん、笑顔が眩し過ぎます。今はできないかもしれないけど、いつかはこんな明るい笑顔になれるといいなぁ。
「うーん、そうだねぇ。アルは今からだと想像も付かないかもしれないけど、昔はよくヤンチャしてたのよ。それでおじさまとおばさまからよくこっぴどく怒られてたものよ」
「へぇー……、あのお母様が。ちょっとおかしいですね」
「今は詳しくは話せ……ないか。時間がある時に話すよ」
「その時は、是非お願いします」
「ガッテンだ!」
「じゃあ、仕事が残ってるからまた後でね~」
「はい、ありがとうございました」
なんというか、シーラさん、ブレないなぁ。まぁ、ありがたいと言えばありがたいけど。神子のことが分かってから態度が一変したけど、それだと僕の気持ちが滅入るだけだから「今まで通りでいいですよ」とお願いした。もちろん、お母様にもそう伝えた。お母様はそのまま変わらず接してくれるけど、シーラさんは「助かった。そっちの方が気が楽だらかね」と言っていた。なんというか、あの人みたいに明るく振る舞えたらなぁ、と思って憧れたり。心の中のメモに書いておこう。
特にいいアイデアが浮かばずに考えてこんでいると、突然お母様が「ピクニックに行こう」と言い出して、あっという間に日程が決まった。どうやら近くにオフの日があったようで、その日に決まった。それはあさってのお昼前からで、屋敷の近くにある公園になった。なんでもこの公園、この国の国有地らしく、屋敷と同じように広大な土地を持っている。どこかの自然公園みたいな広さだった。
何かないかと頭を悩ませているとあっという間にピクニック当日になっていた。
「さて、行くよ~」
「はいはい」
「はい、お母様」
今は広大な屋敷の前にある停留所みたいなところに人が乗れるスペースが設けられた車両と、それをけん引する馬が1頭。俗に言う馬車で、この世界で要となる移動手段とお母様が言ってたっけ。もうちょっとどうにかならないかなぁ、と思ってみたり。今は何もするべきじゃないか。とりあえずお母様と一緒に居られればそれでいいか。いずれは考えないといけないんだろうけど、今はその時じゃない。おっと、話が逸れた。
1両の馬車と、それをけん引する馬が1頭。その車両には、何とも豪華な装飾がなされていた。白を基調とした外装には、ところどころに金の装飾が散りばめられている。その装飾にも職人さんが丹精込めて作り上げられたのだろうか。きめ細やかな細工がされていた。これ、僕が乗っていいもの何だろうか。なんだかすごい場違い感が……。
「こーらー、いつまでそこに立っているのよ~。早く来なさいよ~」
「あ、はーい」
「まったく、サキったら」
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
いつの間にか馬車に乗り込んでいたお母様とシーラさん。唖然としていた僕をお母様が冗談で膨れるのをシーラさんがなだめるという、ちょっとした茶番劇をするお母様の笑顔につられて、僕まで笑顔になっていた。
「よいしょ、っと」
地面から馬車に乗ろうとしたら、思ったより高さがあって、勢いを付けないと乗れなかった。とりあえず空いている席に座ることが先決なので、何も見ずにお母様の隣の席に座る。僕が席に座ったことを確認してから、シーラさんが今回の御者の方に指示を出す。
「それじゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
僕とシーラさんとお母様を乗せた馬車は、御者の方の呼吸というか、息の合った掛け声と共に馬車は動き出した。
ゆっくりとしたペースで目的の場所まで進む。馬車内から臨む景色に心が癒される気がした。手前の方には平原が、奥の方にはこの国の街並みが見て取れる。高い建物も見えて、この国は裕福な環境にあると思えた。まぁ、それが見かけだけということもあるけども。どこかの国みたいに貧富の差があり過ぎるという例があるからかもしれないけど。進み出して少し経ったところで、馬車の内装を見渡してみる。まずは白を基調とした壁、それを生かすようにして散りばめられた装飾。なんだか落ち着かない……。
「あら、サキ。そんなにそわそわしてどうしたの?」
お母様、それをピンポイントでついてきますか。正直に伝えよう。
「僕がこんな豪華な物に乗っていていいのか、と思ってなんだか、落ち着かなくて……」
豪華過ぎて僕の心が置いてけぼりです……。
「あらら、これでも1番地味よ?」
「えっ!?」
シーラさんから衝撃の言葉が。何!? これよりもっと豪華なの!? 滅入りそう……。
【初版】 2017/02/28 22:48
ご無沙汰してます。いつの間にか新年が明けてしまいました。今年もよろしくお願いします。
【追記】 2018/06/18 01:34
emダッシュ記号(―)で書いていたつもりが長音符(ー)となっていた為に、emダッシュ記号(―)に差し替えました。