血涙
高校三年生の春に私は本格的な受験勉強を始める為に予備校に通う事にした。裕福でない私の家の経済状況では私立は無理。狙えるのは国公立だけ。
そんな私が通わせてもらった大手の一歩手前の丁寧な個別指導じみた教育が特徴的な予備校だ。
でも、その予備校の一番の特徴は普通の予備校に無いモノ―――公式のマスコットキャラを持っていたのだ。スーツを着たクマ、『くまてぃー』だ。
でかでかと『くまてぃー』が描かれた看板を携えた予備校で浪人も出来ないので「志望校を落ちたら死んでやる」―――そんな意気込みで私は必死に勉強し、個人指導や通常授業のお陰で私の成績は少しずつ伸び、夏の始まる前には模試の結果で志望大学が判定が出るほどだった。
自信と充実さで満ちた夏のある夜、私を含む4人の友人と一緒に一人暮らしをしている浪人生の友人の部屋でお勉強会をすることになった。勿論、お勉強会というのは建前で、友人たちとのおしゃべりの会になった。頑張ってる自分へのご褒美として目一杯楽しむことにした。
未成年だけどお酒が入り、異常なテンションでコイバナや予備校とか学校で起こった面白い話などを一しきり話終えたら、友人の一人が「怖い話大会しよう」と提案した。夏だから怖い話はつき物。そういうノリで話は盛り上がりそうだった。
「じゃ、うちからね」
うわさが好きな友人の一人がが口火を切った。
「先輩から聞いたうちらの予備校のマスコット『くまてぃー』にまつわる話をするね。5年前に東大を目指した生徒がいたんだけど、その人は家の事情で浪人が出来ないからどうしても現役で東大に行きたくて毎日必死に勉強してたんだって。で、センターも通過出来たんだけど、本試験で失敗しちゃって不合格。ショックのあまり予備校の屋上から飛び降りたんだって。で、その時に看板に激突して、滴った血が『くまてぃー』に垂れて、その生徒の不合格を悲しむように血の涙を流したんだって……」
「きゃーっ!!」
ありきたりの話。アルコールも入って、みんな黄色い声を上げて怖がるフリ。でも、私はどこか怖かった。同じような境遇だからだろうか?こうならないためにも、私は頑張らないと。そう思って私は手元のチューハイに口をつけた。
夏も過ぎ、秋に入った私の勉強量は日に日に増えた。勉強量が増えれば増えるだけ、自分の目標へと進める。その一身で私はペンを握り続けた。
そのおかげでセンターは突破。なんとか目標の国公立大学の二次試験へと進めることが出来た。
―――でもダメだった。
本試験の日に私は熱を出して、問題を解くどころの状態でなく机に横たわることしか出来なかった。
結果は勿論、不合格。他の大学も力及ばず不合格。
全部不合格。
私がその事を知ったその夜、『くまてぃー』は私が落ちたせいで血の涙を流した。