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最後の日

作者: 蒼海悠

ある日突然、自分の死ぬ日が分かったとしたらどうしますか?

僕はその質問をされた時、どうしていたのかよく覚えていない

夢の中だったのか、どこか別の世界にいたのか

背景も大地も空間そのものが薄ぼんやりとしていたような気がする



「そうだなぁ、好きな人と皆で一緒にワイワイ騒いで何にも気にしないで美味しいもの食べたいかな」

僕ならきっとそう答えたと思う、どうせなら楽しく過ごしたいと今でもそう思っているから



真夜中、突然僕の部屋のインターフォンが鳴った

1LDKの小さなアパート、当然のように僕以外誰も住んでいない

僕は25歳の作曲家、毎日のようにバイトと作曲をしては家に帰ってひとり酒という毎日を繰り返しているもんだから彼女もいない

たまに遊ぶ音楽仲間の友達が少しいるくらいだ

酒のせいかぼんやりする頭を強く横に振って、時計を確認

部屋が暗い=夜中、12時ってことは日付が変わったということだ

こんな時間に部屋に来るのは十中八九、終電を逃した馬鹿だろう

「はーい、今出ますよー」

僕はフラフラと玄関へ向かう、どこのどいつだ終電を逃した馬鹿は

鍵とストッパーを外して扉を開けると、そこには黒いマントに目元を隠す仮面をつけた変質者が立っていた…

ので、そっと扉を閉め鍵をかけストッパーをかけた

「おい、開けないか!人間!」

玄関の外からそんな感じの声が聞こえたが、一先ず無視だ

ああいう奴は相手にしたら確実にめんどくさい事になるんだから、相手にしなければ良いんだ

すると、ベランダの戸を叩く音が聞こえてきた…あぁ、結構しつこいタイプだ

こういうのは放置したら延々と粘着して来るから放置したらマズい奴だ

警察に通報して復讐されるのも具合が悪いから、とりあえずベランダの戸を開けてやる事にした

一応、木刀を手に取ってからね

「怪しげな格好をしているからと言って、追い返そうとするのは感心しないな」

やはり先程の怪しい格好をした奴だった

一応怪しげな格好というのは理解しているらしい、だったらその格好やめようぜ

怪しげな奴は目元を隠す仮面を外し、マントを脱ぎ捨て名刺を差し出した

仮面の下の素顔は男で、マントの下はタキシードと修道服の合いの子のようなピッシリとした格好だった

名刺には死神・ザンケルとだけ書いてあった

名刺らしく、携帯電話の番号とメールアドレス

そして、ご丁寧に住所まで

まぁ、肩書きがどう考えてもふざけているので…

「お帰りください」

ザンケルとやらは微動だにしない

仕方ないので木刀をザンケルに突きつけ「お帰りください」と脅してみる

すると、急激に木刀が軽くなったので下に目を向けると木刀が輪切りになっていた

「え、あの…」

僕が疑問を口にしようとした瞬間、身体がベランダから玄関へと吹き飛ばされていた

ベランダと玄関は直通なのでアパートの壁や家具は無事みたいだが…

正直、吹き飛ばされた時は何が起こったのかまるでわからなかったから辺りをキョロキョロしていたらいつの間にか目の前にザンケルがいた

「え?何がどうなって…」

「仮にも神に楯突く馬鹿の修正だ」

ザンケルの手に粒子が集まり、棒状の何かが形成されていった

そして僕の首元には湾曲した刃が形成された

それを手に持つザンケルはさっきまでとは異なり冷たい表情だ

「さっき渡した名刺の通り、俺の名前はザンケル…種族は死神だ」



取り敢えず、ザンケルにお茶と茶菓子を振る舞い色々聞き出す事にした

ザンケルはよく見ると外見は若々しく、僕と同年代か30代前半くらいに見える

死神とは言うものの、髪の色や瞳の色も日本人的な顔立ちだ

「まず、聞きたいんだけど死神って何?魂刈り取っちゃう系?」

ザンケルはティーカップから口を離し、答える

「刈り取っちゃう系というよりは、連れてっちゃう系だな。魂自体を破壊する事は出来るがそれをするのは大罪人に対してだねー。大罪人は地獄に落とされるとか言われているみたいだけど、地獄なんてモンは存在しない。二度と同じような人間が現れないよう大罪人の魂は破壊するに限るって訳だな」

説明を終えるとまたティーカップを口に運ぶ、喉が乾いているんだろうか?

「じゃあ、質問2つ目。連れてっちゃう魂はどこへ連れていくの?そこはどんな所?」

「魂を連れていく場所は宇宙の果て、そこには待合場所みたいなところがあって魂が住んでいる訳だ…そこに永住する魂もいるがいつかは旅立ちの門へ向かいまた記憶をリセットされ人として転生する」

そして、説明を終えると再びティーカップに口をつけ紅茶を飲む

飲み終えたらティーカップを差し出し

「おかわりお願いします」

僕がティーカップにおかわりの紅茶を注ぐとフーフーと熱を飛ばし、再び口をつける

「じゃあ、次…僕は死ぬの?」

「うん」

即答、かなりあっさりだ

「え、じゃあ…どうやって?」

「知らない」

知らない!?知らないって…この人が手を下したりどうやって死ぬのか決まってるんじゃないのかな…

「ただ一つ言えるのは、今から24時間以内に死ぬという事だけだから今日一日は最高に楽しめって事だけだな」

「今から24時間以内…」

僕は固唾を飲む、今から死ぬって…

「ただし、禁止事項がいくつかある。まず、遺書禁止、死神がいる事をバラすの禁止、近々死ぬ事を他人に伝えるの禁止…」

なるほど、ようするにあの世の存在とか死神の存在や死ぬ事を自覚しているのをバラしちゃならないって事か

「あと、最後に質問…どうして今から死ぬって事をわざわざ教えたりした?」

「死神流のお節介だな」

そしてザンケルは紅茶を飲み干した



しばらくした後、ザンケルはマントを羽織仮面をつけ夜空へと旅立った

…というよりダッシュした、夜空を平気で走っている

やっぱり人間じゃなくて死神なんだなあの男



取り敢えず、レンタル屋まで自転車を走らせる

見てみたかった映画を借りてみる、見た後に後悔しないようなタイトルをチョイスしてみる

洋画と邦画を織り交ぜる、あとAVを1本

AVは個人的に最高峰だと思っている童顔巨乳の人気女優を

童顔と巨乳の組み合わせってやっぱりどうにも、男を誘惑するんだよね



帰りにコンビニに寄って、高級なクッキーにポテトチップスに烏龍茶と牛乳

それと朝食用におにぎりを3つ

シャケと鳥五目と昆布を…コンビニおにぎりの頂点だよなこの3種類は

あぁ、トルティーヤのハムチーズとかサンドウィッチも欲しかったけど入らなさそうだしなぁ

この調子だと思い残す事だらけになりそうだな



夜中、まずはAVを再生して落ち着く事にする

表情の移り変わり、声の発し方、どうしようもなくエロいなこの女優は

どうしてこうも上手いのかな、昔からこうやって男を魅了しまくったのかな?

こんな風に男を魅了しまくってきたのなら、本当は悪い人なんだろうな

でも、エロくて可愛いならどうでもいいんだけどね



クッキーとポテトチップスをスタンバイして、映画を視聴開始

洋画2本はパニックアクション、邦画は青春ものとコメディ

うーむ、面白いなー映画はやっぱり

映画館で見るよりも、家でこうして寝転がって見る方がやっぱり好きだ

気を抜いて一人で菓子を頬張り、お茶で流し込み映画を見る…至福の時間だ



朝になり、朝食としておにぎりを食べる

まずは鳥五目…昆布醤油と鳥肉やこんにゃくそして竹の子のコンビネーションがたまらない

昆布…ご飯との相性が抜群に美味い、しょっぱさの中に感じる甘味がもう

シャケはもう言わずもがな、日本人で良かったと言える味だ



おにぎりを食べたらゲームセンターへと走る

やっぱり死ぬ前には音楽ゲームがやりたい!

あのゲームの中には自分が作った曲も何曲かあるから、テンションが上がると言うものだ

1万円を100枚の100円玉へと変える

僕がいるゲームセンターはあまり人が来ないから遊び放題だ

取り敢えず100円で10分だから…あ、3時間半しか居座らないから100円を100枚はやり過ぎたか

とにかく、プレイ開始だ



うむ、楽しかったけど流石にお気に入りの曲全部を遊びきる事は出来なかったなぁ

結局遊べたのはひぃ…ふぅ…単純計算で60曲くらいだったか

でも、世は満足じゃ!!



昼になり、月一で食べにくるドカ盛りラーメン屋に来た

ニンニクドッサリ、野菜ドッサリ、スープこってり、チャーシュードッカリ、麺は極太

最高に身体に悪いラーメンだ

数分間待機して現れたラーメンはやはりドカ盛り、麺400gが標準サイズという常軌を逸脱したそれはもはやラーメンとは言えないが

茹でた野菜をスープやチャーシューと共に食すのは最高に美味い

そして最後に姿を現した麺に七味をふりかけて食べるのもまた美味いんだ

でも、食べたらしばらく食べたくなくなるのもまた事実

でも、食べてしばらくしたらあの野菜とチャーシューの山に極太麺が恋しくなるから困る

でももう、食べたくなくなることもなくなるんだろうな



腹が膨れたところで、ラーメン屋のすぐ傍にある駅へ向かう

ICカードを通し、駅構内へ

スマホにイヤホンを挿してお気に入りの曲が入った、中には自分で書いた曲もある

それを再生すると、耳に馴染んだ音が聞こえてくる

僕が一番最初に書いた曲だ、ギターの音もしょぼいしピアノの音もまるでベタ打ち

そのくせ旋律はハチャメチャ、勢い任せだ

でも書いた僕自身はすごく楽しかっただろうな

何がボカロだ!あんな軟派な曲で天下が取れるかー!!とか言って萌えヲタの友達に思いきりブン殴られて書いたんだっけな

いつの間にか電車が到着、これが最後に乗る電車になるのかな

正直、受験で緊張したり大学の通学時に揺られたり終電に悩んだりとか酔っ払いに絡まれたりロクな思い出が無いなぁ

だから、電車に対して思い残しってあんまり無いかもな



1時間程電車に揺られると、いつの間にか地元に到着

結構近い距離のはずなのに、実は4年振りくらい

実家とは、大学を中退して親父に殴られてから音信不通

中退してからはネットに投稿を続けて、某ゲーム会社のサウンドチームに所属

スキルを積んでからサウンドチームを脱退して映画とかドラマのサウンドを担当

でもどんな仕事してるのかは親父もお袋にも教えていない



駅から出ても、街並みはそんなに変わっていなかった

大学の頃から僕自身は結構変わった気がするけど、4年って大した年月じゃないんだな

プレイリストの曲はサウンドチームに入った時のものに変わった

どんなに良い曲を描いてもスグに没にする鬼ディレクターがいたっけな

ボス戦の曲とか、ディレクターをイメージして描いたら大受けして初めて褒められたっけ

あのディレクターからこの間電話がかかってきて、定年退職でフリーになったと連絡が来たらしい

退職金で家族にご馳走を振る舞ったと自慢気に語っていたな

それと、会社への恩の印として楽曲を提供したみたいで聴かせてもらったけどあのディレクターらしいバリバリとした厚みのあるメタルだったな

ありがとう、クソ鬼ディレクター



フラフラと歩いていたら中学生の頃に歩いた散歩道に着いた

夕焼けの見える土手、川の水はあんなに汚いのに本当に綺麗な夕焼けが見えるんだ

初めて出来た彼女と見たっけな

可愛いけど自分気ままで、お姫様気質

顔が良いからあっという間に惚れたけど、よく考えたらただのめんどくさい女の子だった

「あれ、アンタ…」

後ろから女の子の声が聞こえたので振り向いた、アンタとは多分僕の事だろう

「どっかで見た顔だと思ったら、随分変わったわねぇ社会人らしくなっちゃって」

その声の主はさっき言ったその元カノ、本城仁美だ…外見はすっかり変わっていたが声や喋り方はまるで変わっていない

「社会人らしくって…社会人なんだから当たり前だろ」

「10年前は音楽一つで食ってやるー!とか言ってさ、ロックな少年だったのに」

仁美は懐かしそうに語っている

「今だって音楽一つで食ってるよ、ロックだろ」

「知ってるよ、噂で音楽ゲームの会社に入ってはあっという間に辞めて映画とかドラマの曲作ってるんでしょ?」

「あっという間じゃないよ、4年は保ったさ」

仁美はそれから黙っていた、何か重苦しいなものを抱え込んでいるようだった

「あのさ、人生って楽しいと思う?」

仁美な僕に聞いてきた、何か助けを求めるかのようだった

「ん?楽しかったと思うな、好きな事ばっかりやってたからかもしれないけど…」

僕はありのままを答えた

「私はさ、今何やってると思う?」

どんどん仁美は声のトーンを落としていく

「…夜のお仕事?」

その変わり果てた外見から察するにそうなんだろうな

「AV女優」

仁美はそう答えた

「そうか、AV女優か…ニアピン賞だな」

「相手にしてんのは全員その道のプロだから全然違うわよ」

仁美はからかうように言ったが、その場に漂う空気はまるで変わらなかった

「私の友達の女優がさ、自分の身体に火をつけてね…自殺しちゃったんだ。私にはもう何にも無いんだって最後に私にメールを寄越して」

仁美は涙を流し始めた、拳を強く握って怒っているようにも見える

「私にはね、その子の気持ちがわかるんだよ…学生時代はお洒落とか友達付き合いとか男女の仲とかセックスとか外見とかが他人の評価の全てだったけど、大人になってそれがどれだけ意味の無いものなのか…もっと他に大切なものがあるはずなのに、気がついたら私は空っぽになってた…」

僕はそっと仁美に近づいて、強く手を握った

そうしなきゃいけないような気がしたから、初めて好きになった女の子へ伝えなきゃいけない事を今伝えないと

「空っぽな人間は涙を流したり、傷ついたりしないんだよ…まだ空っぽじゃない。本当の空っぽになる前に、仁美の中に残ってる光ってるものを探しに行ってみなよ…時間は腐る程あるんだから」



それからしばらくした後、仁美がもしアンタが大スターになったら私を養わせてあげるとか言ってた

今になって気付いたけど、僕は女王様より庶民の地味な女の子の方が好きだ

地味だけど巨乳だったらなお素晴らしいかも

巨乳でいて、それがコンプレックスになっていたら最高だな



フラフラ歩いていたら夜になり、いつの間にか実家に着いた

僕に気がついたかのように、玄関の扉が開く

「どうして、ここに…!?帰ってきてくれたの?」

母さんが玄関から飛び出してきた



家は何も変わっていなかったけど、一つだけ変わっていた事があった

それは、弟の賢治が結婚していた事

幼馴染みの優恵ちゃんと結ばれたらしい、そしてもうすぐ子供が産まれるとか

家に帰ってくるなり早速、親父のストレスの矛先が僕に変わっただとか散々文句を言われたけど幸せそうで良かった

親父はいつも夜の8時過ぎに帰ってくるからそれまでの間、談笑を楽しむ事にした

「兄さんはどうしているんですか?仕事とか」

「前はゲーム会社のサウンドチームでゲーセンの音ゲーとか、RPGのコンポーザーとかやってた。去年辞めて、今はフリーでドラマとか映画とかの曲描いてるな」

「そうなの、ちゃんと頑張れてるなら凄いじゃない!」

母さんは感激のあまり泣き出しそうだ

「しかし、何でそのゲーム会社辞めてしまったんですか?」

賢治が難しそうな顔で聞いてきた

「んー…作曲のノウハウとかどんな場面でどんな音作ったら良いのかを教われたからかな。あの会社嫌いじゃなかったけど、もっと色んな曲を作りたくなったんだよ。本音を言うとあの会社のファンだけじゃなく、もっと色んな人に俺の曲を聞いて欲しかったから…っていうとナルシストっぽいけど」

「あー…兄さんらしいというか、ロック馬鹿は治ってなかったんですね」

賢治は苦笑いをしている、賢治とは仲が良かったけど賢治は慎重で確実な性格だ

真面目にコツコツ仕事をこなすタイプで刹那主義な僕とはまるで違うタイプの人間だ

「な、何だ…帰ってきたのか!?」

しゃがれたドスの利いた声がする、親父が帰ってきたらしい

「まぁ、気まぐれにね」

僕がそう答えると親父は僕に駆け寄り、胸ぐらをつかむ

「お前…どれだけ人に心配をかけて!大学は勝手に辞めるわ、行き先も告げずに家を出ていくわ…!!」

「だって言ったら乗り込んでくるだろ!」

「当たり前だ馬鹿者ッ!!音楽だけで食うと言った息子の行き先が分からないと、仕送りすら出来んだろうが!!」

「親父やお袋に負担かけたくないし、何かあったらすぐ諦めて帰って来いとか乗り込んできたら堪らないだろ!!」

「親が子供を叱って、怒鳴りつけて、心配するのは当たり前だろう!!」

「それはそうだけど、僕の人生は僕の人生だから一人で決めて一人で歩きたかったんだよ!!」

「大人になったからと言って、一人で歩けるものか馬鹿者がッ!!」

「そんなもん知ってるよ!!わかったからありがとうって言いに帰ってきたんだ!!」

親父は胸ぐらから手を離した

「お前が、ありがとうだと?」

親父が心底驚いたように目を丸くしている

「あぁ、確かに珍しいかもしれないですね…兄さんのありがとう」

賢治はニコニコしている、多分この状況を楽しんでるな

「うん、それじゃあ…親父、お袋…ありがとうな。今まで育ててくれて」



その後、僕は家族と飲んで食って笑った

賢治って意外と酒を飲めるんだなとちょっと驚いた

ウチの系譜上にいるだけあって、なかなかの酒豪なんだなアイツ…

その後、明後日までに仕上げなきゃいけない仕事があるって事を家族に言ってから家を出た

気づいたら、スマホにはメールの通知が一件

送信者は自称、俺の親友鈴森雄一

本文には土手に来いとだけ書いてあった



土手に着く頃には夜の10時になっていた

あと、タイムリミットまで2時間だがこれ以降時計を見るのは止めようと思った

自分が死ぬ気配なんてものは一切感じないが、何となく脳裏にあの死神ザンケルの姿が脳裏に浮かぶようになってきたからだ

けどこれじゃ、人生ラストを楽しめないじゃないか

ザンケルってのは人生ラストを楽しむために予め死の宣告をしたんじゃないのか

「よう、久しぶりだな」

そんな事を考えていると、鈴森雄一がやってきた

「人を呼び出しといて遅刻かよ」

「まぁ、いつもの事だしいーだろ」

相変わらず適当な奴だ

「さっき、弟クンからメールが来てさぁ。兄さんが帰ってきたとか親父に感謝したとか色々書いてあったから驚いたぜマジ」

キシシシと笑う雄一

「まぁな、やっぱり…もう年だし」

「過去を振り返るような年でも無いっしょ、過去なんか振り返らずこれからの人生も楽しみましょーよ。お互い自由に生きるって決めてんだから…昔を振り返るなんて30年後にした方が楽しいぜ」

雄一は星空を見上げて言う

雄一には、生まれた頃から家族がいない

天涯孤独で、母は雄一を産んで死亡し父親は失踪してしまったのだという

鈴の園という孤児園に引き取られ育ったからか、どこか人生を達観しているところがある

「ああ、そうだな…楽しく生きられたら良いな…」

「お前、どこ見てるんだ?そういう台詞は月とか星とか上を見て言うもんだぜ」

気がついたら視点を下げ、地面を見ていた

「地面見たって欲しいもんはねぇよ」

「ああ、そうだな…夢は空の彼方、地平線の先にだな」

でも空の彼方には、あの世があるんだよ雄一

もうすぐで俺は空の彼方へ行くけど、その先に多分夢なんか無い



フラフラと歩き、土手の近くにある中学校に着いた

塀を乗り越え、中へと入ると見慣れた校舎と校庭があった

「でも、夜の学校ってあんまり馴染みが無いな」

独り言を漏らす、聴き手はいない

ふとスマホのDTMアプリを起動する

電池残量は少ないが、以前コンビニで買った充電器と単三電池で充電をすれば保つだろう

「あと1時間で描けるもんかな…」

黙々と作業を始める、ドラムとベースでリズムを

そして終わったら主旋律の入力をする

頭の中のメロディというあやふやなものだが、どんどん世界が広がっていくように感じた

今までの思い出、自分と交わった人達、そして自分を支えた人達、僕はどうやって生きてきたんだろう?僕は誰かを幸せにしただろうか?

僕が最後に遺すこの曲は誰かに届くだろうか?

僕の好きな音、浮かんだメロディラインで構成されたこの曲に何か意味はあるのだろうか?

視界がぼやけてくる、身体から力が抜けていく、まだ終わっちゃ駄目だ、この曲を作り終えるまでまだ…まだ……



「この子はなかなか元気が良い泣きっぷりじゃないか、大物になるぞぉ!」



「あなた、今…この子喋りましたよ!お母さんって!」

「母さん、こいつが何かするたびに泣いていたら干からびちまうよ」



「お前、俺と親友にならないか?」



「アンタってさ、女を見る時に顔より胸を見てない?バカだけど面白いね」



「僕が優等生なら兄さんは天才だよ」



「お前は俺の子供だ!だから、家を勝手に出るのは許さんッ!!」



「これの何が自信作だ、こんな上辺だけの音楽で魂を揺さぶる事が出来るものか!!」



「生まれてきてくれて、ありがとう」



そうだ、僕の大切な人達

僕の、思い出達

僕はずっと忘れない、忘れたくない



「ここまでだ、曲は未完成だがお前は死んだ…死因は過労による衰弱死だ」

「ザンケル…迎えに来たのか?」

「あぁ、全く…ロクに休みもせずにゲームやら映画やら…暇さえありゃ曲を作ってりゃ死にもするさ」

「何か、死因微妙だな…ロックじゃない」

「馬鹿が…さてと、行こうか」

「そうだな、ありがとう…ザンケル」

「何故感謝する?」

「死ぬって事を教えてくれて、親父にありがとって言えたから」

「そうか…」



長い長い光る道を歩き始めた

もし、あの世が単なる待合所でもロックな音楽を奏でようかな

ギターあるかな、出来ればちゃんとした機材があれば良いけど

「ザンケル、あの世にもギターってあるかな」

「あるぜ、けどあの世にはゴマンとロックスターがいるんだ。見向きされないぜ多分」

「それでも弾くよ、俺は…楽しいからさ」











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