教会の史実
「お前は先に宿屋にもどってろ。」
そういって、勇者トルテはアルファに王に西の塔攻略の報告にいってしまったためエクスはひとりアルファ城下の街を散策していた。もともと羊飼いとして街から遠くで過ごしていたし、勇者にされてからは戦いに明け暮れていたため、こんな風にゆっくりと街を歩く機会などほとんどなかった。街行く人々の雑踏や店員の掛け声すらエクスには魅力的に見えた。
(こんなに、街ってにぎやかなものなんだな。)
少し浮きだった気持ちできょろきょろと見回していると一軒の本屋が目に付いた。実はエクスはかなりの読書家である。もちろん羊飼いの時は文字を読むことなどなかったが、勇者に選ばれてから呪文を覚えるために教会で習ったのがきっかけだ。それ以来文字の紡ぐ物語や膨大な知識の塊に心を奪われるようになってしまったのだ。
ふとエクスは“勇者の歴史”という本を手にとった。そこには勇者とよばれ、魔族と戦った英雄達が古代の時代から記載されていた。
(こんなのがあるんだ。)
少しわくわくとしながら本を読み進める。その本では古代から近代へと時代別に勇者達の説明がされていた。そして現代の勇者の項目を期待しながら開いたが、そこには勇者エクスの記載はなかった。当の本人にとっては少し不満である。
「ちょっとおじいさん、勇者エクスの事が載ってる本ってないんですか?」
店内で本の整理をしている老店主に話しかけると、老店主は老眼鏡を外ししげしげとエクスのことを眺めてから答えた。
「お嬢ちゃん若いのに随分物知りじゃのう。しかし、その勇者が載っている本は今じゃ見かけないぞ。神託で選ばれた勇者が負けたとなれば、神託を誰も信じなくなるからのう、教会が規制したんじゃ。」
「え?」
「お嬢ちゃんもあんまし、公の場で言わんほうが良いかもしれんぞ。」
「そ、そうですか…。ありがとうございます。」
予想外の返答にさすがのエクスも驚きを隠すことはできなかった。さっきまで上機嫌で街を散策していたエクスだったが、その気もうせ大人しく宿屋でトルテのを帰りを待つことにした。
(これは早いとこ魔王を倒して元の姿に戻らにないとな。)
朝からずっと西の塔に費やしていたせいもあり、エクスは足取り重く宿屋への道をたどるのであった。