西の塔攻略戦
(時間かかるなぁ…。こんなダンジョン、前の俺だったら3往復はできてるぜ。)
エクスは心の中で不満げにつぶやいた。二人は現在西の塔攻略に来ている。一応ではあるが勇者トルテと僧侶エクレアはパーティーとして行動をともにするようになったのだ。西の塔は、アルファ国王が討伐を促した経歴があるが、この地域の魔族の拠点である。アルファ国軍が攻略することができなかったほどの戦力を持っているが勇者エクスであれば半日も必要としないだろう。しかし今ではその実力も制限されており、なによりもトルテの成長を期待してエクスは後衛に徹しているのであった。
(しかし女の体は体力ないな…。そういえば朝ごはんも食べてないし、お腹ペコペコだ…。)
女に変化されてからこんなに長時間行動をするのは初めてである。エクスがおもったよりの疲労と、空腹感に気が付いた時だ。
ぐぅー。エクスの腹がなった。
「す、すいません…。」
自分の顔が赤くなっているのがわかる。ある程度の階まで昇ると、魔物の数は減り、その分強さが増してくるが、そんな緊張感の漂った静かな塔の廊下でエクスの腹の音はよく響いた。
「飯ならないぞ。うちの王様はけちだからな。給料なんてほとんどでない。もう食費もない。」
「だ、だいじょうぶですよ!」
トルテの言葉に少しむっとして強めな返事をしてしまった。腹が減ると短気になる者をみて、ああいう人間にはなるまいと考えたのは昔のこと。スタスタとこちらの顔色も気にせず先を歩いていくトルテの背中をエクスはいまいましくにらむのであった。
(お前が早く敵を倒せば、今頃街でお昼ご飯だっての!)
* * * * * *
「よくきたな人間。だがそれもここで終わりだ!」
「エクレア、お前は下がっていろ。俺が決着をつける!」
あれからトルテとエクスは4時間ほどをかけ、塔の最上階まできていた。司令官である、この魔物さえ倒せば西の塔の攻略を完遂できる。人語を介すほどの知能をもち、スマートな姿をした司令官の出で立ちから、かなりの手練れであることは容易に類推できた。
「でやあああ!」
勇者トルテの先制攻撃から戦いは始まった。大振りな横の一閃を司令官が瞬きもせず、長い爪で受け止める!
(お腹すいたな…。)
剣と爪を合わせ互いが実力者であることを瞬時に理解した二人は、つばぜり合いのまま降着し距離を保つのが精いっぱいであった。
「フハハ、うれしいぞ人間!ここまでの者と戦えるのは久しぶりだ。」
「く、こいつ…できる!」
「お腹すいたな…」
トルテと司令官が突然距離をとった。その瞬間、互いの間に幾つもの剣撃が生まれる!剣と爪が交わるたびに荒々しく火花がちる。瞬きひとつ、それがトルテと司令官の命運を分かつであろう。
(まだかな…。)
最初は言葉を交わす余裕もあったトルテと司令官であったが、過酷さが増すほどに徐々にそれは少なくなっていった。今では剣と爪が交わる音だけが塔の最上階に響いている。
「まだですかー?」
息も詰まるほどの緊張感の中、トルテと司令官の戦いはますまず激しさを増していく。どちらかが勝っても何の不思議もない、それほどにトルテと司令官の力は拮抗していた。もうこの二人の戦いに割って入れるものはいないであろう。
「即死魔法。」
エクスが、ぼそりとつぶやいた。
「き、きさま、卑怯な…。」
「え!?」
ずしんと司令官の体躯が塔のフロアに倒れる。この可哀そうな魔物はすでにこと切れていた。
「え?た、倒した?」
戦っていた相手に致命傷を負わせた手ごたえが全くない。トルテはすぐには目の前の光景を理解することができなかった。
「わーすごいです!勇者様!あんな強そうな西の塔の司令官を倒すなんて!さあお城に帰りましょう。そして報酬をもらうのです。そしてそしてお腹いっぱいご飯をたべようじゃないですか!」
「俺が倒したんだよな?」
「えぇ最後の一太刀は素敵でした!」
「そ、そっか。よし街にもどろう。」
「はい!」(こいつを鍛えるためのはずが空腹に負けて倒してしまった。)
腹が減ると短気になる者をみて、ああいう人間にはなるまいとエクスが考えたのは昔のことだ。