勇者エクスの孤独
勇者トルテが立ち止まったのは一本杉のある家の前だ。古びたレンガでつくられた壁には蔦がはっている。しかし玄関前はそれなりに整っており今でも人が住んでいることが分かる。
「俺はちょっとじいさんに挨拶してくる。お前は宿でもとって先に休んでいろ。」
振り返ったトルテはエクスに先に宿屋に行くように伝えた。どうやらエクスについてきて欲しくないようだ。
「あら、それでしたらわたしもおじい様にご挨拶したいですわ。」(勇者の血筋を確認したほうが今後育てやすいしな。)
「だめだ。宿で寝てろ。」
「いやです。」
今後魔王討伐のため一緒に旅を続けるエクスにとってトルテの生家をみるということは十分に意味のあることである。頑なに実家についていくとくらいつくエクスにトルテは露骨に嫌な顔をした。むしろ焦っているようにすらみえた。
「ちぃ、ちょっと顔だすだけだ。お前は…。」
頼むからついてこないでくれというトルテの顔。ますますついていこうと思わずにはいられない。
「なんじゃあ外に誰かおるんかいのう?!」
軒先で言い合っていれば気が付かれるのは当然であろう、古びたレンガ造りの一軒家から問いかけるように老人の声が聞こえた。
「お、おじいちゃん!」
(おじいちゃんだと?ずいぶん甘えた声出すじゃないか。)
老人の声に応えたトルテの声は今までの無愛想な態度と違い、まるで迷子のこどもが母親にやっと会えた時の様に人懐こいものであった。
「その声はトルテか?!早く家ん中、入ってこい!鍵は空いてるからのう。」
「うん。」
トルテは祖父の声に今まで頑なに連れてゆくことを嫌がっていたはずのエクスの存在も忘れ、いそいそと小屋の中に入ってゆくのであった。
* * * * *
「おじいちゃん、ただいま!」
その一声は素直で優しく、トルテの年齢よりも少し幼く感じさせるものであった。
「ずいぶん立派になったのう。」
「おじいちゃんが倒れたって聞いたからびっくりしたよ。」
久々の孫の帰郷に嬉しそうに目を細める老人がロッキンチェアーに揺られていた。このトルテの祖父が病み上がりというのは本当なのであろう、けだるそうに身体をロッキンチェアーに預けていた。
「なあに、持病の肺気腫がちょいと悪化しただけじゃあ。ごほごほ。」
気を使って強がって話すが、後についてくる咳がそれを嘘だと教えてくれた。まだ本調子ではないのであろう。
「頼むよ!もう若くないんだからさ。」
「ふん、まだまだじゃあ。ところで魔王は倒したのか?」
「まだだよ。そんな簡単にはいかないよ~。」
(そっか、おじいちゃん子なんだな。この姿をみられるのが恥ずかしかったんだろうな。愛いやつ。)
甘えるように、気遣うように、祖父と話すトルテの姿からは生意気さは消え家族への愛情があふれていた。家族のいないエクスにとってそのほほえましい光景は初めてであり、温かい気持ちにさせるものであった。
「ところでこの方はどなたじゃ?」
今まで孫と話すことに夢中になっていたトルテの祖父であったが、後ろでたたずんでいるエクスにやっと気が付いた。
「エクレアだよ。一緒に魔王を倒す旅をしている。」
「エクレアと申します。勇者様の回復支援として仕えております。以後お見知りおきを。」
やっと挨拶の機会を得たエクレアは丁寧に自己紹介をした。
「こんな立派な方が孫とパーティーをくんでくださるなんてありがたいことじゃ。孫をよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ勇者様にはお世話になっております。」
今までけだるそうにしていた老人は姿勢をただし、孫の連れてきた人物に礼を尽くそうと頭をさげた。トルテに関わるもの全てを大切にしようとする老人の態度から孫への愛情を感じずにはいられず、エクスも再度頭を下げるのであった。
「それにしてもトルテよ、まだいい人はおらんのか?」
「え?」
「正直わしも老い先短い、死ぬ前にお前の嫁に会わせて欲しいんじゃ。」
脈絡もなく切り替えられた話題だが、ある程度の年齢なら誰もが実家に帰れば言われるような話題である。だが勇者として戦うという日々を過ごしているトルテでは祖父の期待通りの返事をすることはできるはずもない。
「それは、い、いるよ。」
しかしトルテの返事は予想外のものであった。
「なんじゃって!どこのどなたじゃ?」
(え?まじで?いつのまに!こいつそんな素振りいっさいなかったぞ。)
あの冒険の合間にどのような経緯でそんな“いい人”をつくることができるのだろう。アルファ王との謁見といっていた日に逢引をしていたのであろうか。それにしても空腹を満たすために道端の野草を食べていた男にそんな甲斐性がある様には到底みえない。色々と考えをめぐらすエクスであったがトルテの答えはさらにその上を行くものであった。
「えっと、エクレアだよ。このエクレアと旅を終えたら結婚するんだ。」
鼻の頭をぽりぽりと掻きながら答えたトルテの“いい人”とはエクスの事らしい。当然そんな風になった記憶は一切ない。
「なんとこんな綺麗な方とか!!本当か?」
(おいおい、ずいぶん強引だな。勇者様よ…。)
「う、うん。」(エクレア、すまん!頼む!)
さすがのエクスも必至に助太刀を訴えるトルテの目に気が付かないほど馬鹿ではない。やれやれと思いながらも、このいじらしい青年の顔を立ててやることにした。
「はい。未だ僧籍の身ですが、もしわたしにも平和な時をいただけたら勇者様の伴侶として過ごさせていただきたいと思っております。」
(仕方ないじいさん孝行だ。)
これで今日3回目のお辞儀になる。エクスは婚約者の実家に挨拶に来た娘らしく、今までよりも一番丁寧に、深く、初々しく頭を下げた。
「尼さんに手を出すとは我が孫ながらあっぱれ!エクレアさんこんな孫ですが末永くよろしくお願いいたします。」
年齢を重ねたその皺が嬉しそうにさらに幾重にも重なる。老人も孫の嫁となる娘に改めて深く礼をささげた。
「そんな、お顔を上げてください。もったいないことです。」
「そうだよ、おじいちゃん。」
「馬鹿者!お前なんかに嫁に来るなんて奇特な方もう二度と現れんわい!」
「それひどくない?」
「うふふ」(こういうやり取りも悪くない。)
暖かい気持ちになりながらも善意とはいえ、この人の良い老人をだますことにエクスは胸の痛みを感じるのであった。
* * * * *
「おじいちゃん喜んでいたな。」
「そうですね。でもあんな嘘をついてよかったのでしょうか。少し心が痛みます。」(嘘は嘘だからな。なによりも俺、男だし。)
「うん…。」
あのような嘘をついて、宿屋に泊るわけにはいかない。二人はトルテの部屋であった二階の部屋にベッドを並べることになった。
「あの、明日たつ予定でしたがもう少しここにいませんか。」
「え?」
エクス自身何故このようなことを言っているのか理解できなかった。なぜなら魔王を倒すのが彼の目的であり、その過程は手段でしかない。この辺境の街に長く滞在するなど元々の意向から全く反するものだからだ。
「おじい様のそばに少しの間でもいてあげませんか?」
しかし頭とは裏腹に自分の口が言葉を続ける。
「わたし達が魔王に勝てなければおじい様は結局一人です。少しでもおじい様のために何かしてあげられることはないでしょうか。」
「…。ありがとうエクレア。」
「いいえ。」
(何故だろう。不思議に勇者のじいさんをかまいたくなった。きっと魔王の呪いの所為なんだろう。あぁ早く勇者エクスに戻りたいものだ。)
きっと呪いの所為。エクスはそう自分を納得させるのであった。
* * * * *
「うん?朝か。なんかいい匂いがするのう?」
トルテの祖父はよい匂いと台所から聞こえる物音で目を覚ました。
「あ、おはようございます。」
「エクレアさん。何をしているんじゃ、貴女様を炊事場に立たせるなんて申し訳ないことです。」
甲斐甲斐しく台所で働いているのはエクスだ。トントンと手際よく包丁を扱う様は手馴れたものである。それもそのはず幼少のころから一人暮らしも長く、教会では当番制で大所帯の賄をやっていたエクスには文字通り朝飯前である。
「いいんですよ。こういう風に誰かのために作るのって久しぶりで楽しいんです。おじい様は具合が悪いんですから寝ていてください。」
「いやいやエクレアさん、ゴホゴホ!」
「ほら!もう。スープを先に入れておきました。それを飲んで待っててください。」
気を使って手伝おうとするトルテの祖父であったが、本調子でない自分の身を悟りエクスの言いつけに甘えることにした。
「すまんのう、お言葉にあまえるとするか。」
「ただいまー腹減ったよー!」
ちょうどその時トルテが毎日の日課である剣の素振りから帰ってきた。びっしょりと汗をかき、腹がすいたといいながらダイニングの椅子に座る。
「おかえりなさい、朝のおけいこお疲れ様です。」
「お、うまそうじゃん!」
朝から動いたこともありすきっ腹であったトルテは我慢できなかったのであろう。テーブルの上の料理をつかみ口の中に放り込む。
「馬鹿もん!!先にお祈りをせんか!!お祈りを!!」
「ご、ごめ、じいちゃん。」
行儀のなっていない孫をしかりつけるその姿はトルテが幼いころから変わらないものなのであろう。エクスを何故だか優しいような、暖かいような、そんな気持ちにさせるのであった。
「ふふ、もっと言ってあげてください。」
* * * * *
トルテの祖父に料理を作り。
「おろ、わしの長そでとメリヤスは?」
「はい!昨日あらっておきました!」
「おお、すまんのう。」
「エクレア~素振りしたらズボン汚れた、頼む!」
「馬鹿者!エクレアさんに頼るでない!」
衣服をそろえ。
「あーいい湯じゃあ。」
「おじい様~お背中ながしますよ?」
「うは、いやいやいや!けっこうじゃ!!」
「遠慮しなくていいんですよ?」(俺男だし。)
「エクレアそれやりすぎ…。」
身の回りの世話をして数日を過ごした。
「おじい様、ここですか?」
「そこじゃ、そこじゃ。肩までもんでいただいてありがとうございます。」
「いいええ。」
今日もエクスはトルテの祖父に尽くす日々を続けていた。今は、こっていないから大丈夫と言い張るトルテの祖父の肩を半ば無理やりもんでいるところであった。
「エクレアさんは優しい。孫の嘘につきあってくださってありがとうございます。」
「え?」
突然の発言。エクスは老人の意図をすぐに理解することはできなかった。
「隠さなくてもいい。本当はトルテと結婚の約束なんてしていないんじゃろ。トルテの嘘をつくとき鼻をポリポリと掻く癖はいまだに治らないからのう。」
「…。」
なんとも予想外の言葉である。この人の良い老人は全てを分かったうえでエクス達の茶番に付き合ってくれたのだ。
「だますような真似をしてすいませんでした。」
手を止め、エクスは謝ることしかできなかった。
「はっはっは!いいんじゃ、いいんじゃ!」
陰鬱の雰囲気を吹き飛ばすための高らかな笑い声、トルテの祖父の優しさが嬉しかった。
「トルテはのう、わしの本当の孫じゃないんじゃ。町の橋の下に棄てられておったのをわしがひろってきた。幸いトルテはわしを本当の祖父のように慕ってくれた。」
「え?」
「そうじゃよ。トルテはわしと同じ炭鉱夫になるつもりだったのじゃがな、数年前からこの町では石炭が取れなくなってしまった。そしてアルファ国はこの町への援助を終わらすと言ってきたのじゃ。」
トルテの祖父はしみじみと孫のこと、カカオブロックのことを話し出した。
「もちろん困った。わしらは炭鉱のこと以外何もできなかったからのう。そこでトルテが、勇者に志願したんじゃ。勇者の出身地ならば国も援助をやめるわけにはいかんからのう。おかげで町は生き残り、今では新しい鉄鋼の鉱脈がみつかり、工業も国でいちにを争うまでに発展したんじゃ。」
「そうなんですか…。」
「トルテを守っていたつもりが、気が付いたら守られていた。そんなまぬけな話じゃ。」
背を向けて話していたトルテの祖父は振り返り、エクスの手を取った。老人の目にはうっすらと涙があふれていた。
「エクレアさん。あのこは優しい子じゃ。いつも自分より他人を優先する。あの子の事をよろしく頼みますぞ。」
ポタポタと握った手の上に涙がこぼれる。
「泣かないでください。わたしが必ず勇者様を守ります。」
「この数日、本当のお嫁さんが来たようで幸せでした。やさしい嘘をどうもありがとう。」
病にありながらも気丈にふるまっていた老人の声はかすれるかのように震えていた。
* * * * *
「いってくるよ、おじいちゃん。」
「おう、いってこい!」
トルテとトルテの祖父との別れはそんなそっけのないものだった。それでもこの二人には十分なのであろう。今日も少し先を歩くトルテの後をトテトテと追いながらエクスはこの数日間の事を反芻していた。
「勇者様、おじいさまから聞きました。勇者様が勇者になった理由。」
ゴディバの工場までの通り道、枝垂桜の並ぶ丘でエクスはトルテの背中越しにその事を伝えた。
「おじいちゃん…。余計なことを。」
「ふふっ、この街のみんなのためだったんですね?」
少し意地悪そうなエクスの笑みがトルテは気恥ずかしいのであろう、肯定とも否定ともできない顔をしていた。
「お前勇者エクスって知っているよな?」
気恥ずかしさを隠したいのか、いつもの様に少し前を歩いていたトルテがエクスの所まで戻ってきて意外な人物の名を口にした。
「ええ名前ぐらいは。」
もちろん知らないはずなどない。エクスより勇者エクスに詳しい人間などいるはずはない。エクスはそう思いながらも答えた。
「馬鹿、超有名人だろ。唯一魔王を一人で追い詰めた勇者だぞ。」
「そうでしたね。」(おい、もっとほめろ。)
意外にも自分の評価がトルテの中で高いことを知り、エクスは少し笑ってしまった。
「みんな色々いうけどな。あの人特に身寄りもなかったし、勇者になったのは教会の信託で選ばれたからなんだってよ。」
「すごい方ですね。」(そうだった。羊飼いをしているところを教会の奴らがおしよせてきやがったんだった。)
「そうだ!でもあの人は守るものもなく、言われるがままに他人のために魔王と一人で戦ったんだ。」
「…。」
“勇者エクス”として戦った日々を思い出す。それはエクスにとって今やつらい思い出でしかない。押し黙るエクスにかまわずトルテはさらに言葉を続けた。
「何て孤独だったんだろうって思う。勇者エクスの事を考えると俺はいつもかなしくなる。」
「!」
突然丘の上を突風が吹いた。桜の花びらが目の前から後ろに吹き抜けていく。
「彼はとても寂しい人だ。」
(あ…。)
(トルテの言葉を聞いて俺は初めて自分が孤独だったことを知った。)
(どんなに強くなっても消えない焦燥感。)
(民衆の声援や王侯貴族の賛美でも満たされない心の理由。)
(一人で戦う心細さ。戦う理由のわからない日々。)
(俺は孤独だったのだ。)
エクスの事を最も理解していたのではトルテであった。駆け抜ける丘の風が目に染みる。
「それを考えると戦う理由がある俺は何て幸せなんだろうって思…、おいどうした?」
「いえ…。」
突然涙を流すエクスに狼狽するトルテ。
「なんで泣いてるんだ?」
彼にはエクスの涙の理由など到底予想だにできないであろう。
「えぐ…。」
しかし、えんもゆかりもないトルテだけが唯一“勇者エクス”の孤独を知り、いたわってくれていたのだ。
「うぇええええん…」
眼に溜まった涙はあふれ出し、ぽろぽろと大粒となって流れて行く。
「お、おいい、飴あるぞ?いるか?」
「えぐ、えぐ、勇者様…。」
「な、なんだ?」
「勇者様にはわたしがいますからね?」
突然のエクレアの涙、そしてこの言葉。彼女の中で何かがはじけたのであろう。トルテはとりあえず、そう理解することにした。
「そうだな、よろしく頼むぞエクレア!」
少し苦笑いをしながらもトルテは自分のパートナーに声をかける。
「はい!」
涙があふれながらも笑うその姿は今まで出会ったどんな表情よりもいじらしかった。
勇者エクスの孤独は彼の言葉で癒されたのだ。
やっと半分までいきました。お気に入りにいれてくれている人をみると頑張ろうって思えます。




