おおとらになったエクス
(俺は何故戦うのであろう。)
エクスは宿屋のベッドに寝そべり天井を見上げながら生まれて初めての疑問に頭を悩ませた。今までは教会の指示だからと疑問もなく納得していたが、教会の庇護から離れ振り返って考えてみるとそこに自分の意思が全くない事に気が付いた。そして考えれば考えるほど自分の存在の希薄さが際立ち、エクスを孤独にさせるのであった。
「おい、入るぞ。」
勇者トルテのノックが思索の旅に出たエクスを現実に引き戻す。
「あ、勇者様おかえりなさいませ。」
「次は隣国からの要請で魔物にとらわれた隣国の姫を助けてくれってよ。姫は北の孤島にいるらしい。」
「そうですか。王様へのご報告ご苦労様でした。」
「怪我はどうだ?」
「ばっちりですよ!むん!あいたたた。」
「馬鹿なやつめ。ほら。」
「わープリンぱんですね!こんなにたくさん!うれしい!」
前回よりも大きな紙袋にたくさんのプリンぱんが入っていた。甘党のエクスはたいそうこのパンが気に入っており、アルファ王との謁見の帰りに買ってくるようにねだったのだ。
「東のほこらには、高価なアイテムが大量に保管されていたからな。うちのケチな王様でも今回は褒賞がはずんでいた。めずらしい食べ物や飲み物ももらったしな。」
身体の痛みも気にせず、むくりとエクスは起き上りいそいそとパンをベッドの上に並べた。
「では勇者様ご一緒に。」
「あぁ。」
「天にまします我らが父よ。今日もこの愚かな我らに糧を食み、この体躯を安らげる場を設けてくださいましてありがとうございます。我らは常に主の御許に。」
食事前のお祈りの言葉も教会から習ったことの一つだ。神託以来エクスは一度も欠かしたことはなかった。
「ぱくぱくぱく。」
「あぁお祈りをして下さい!」
「ふるふぇーふぁっふぇひたほれにふぁんしゃしろ。(うるせーかってきた俺に感謝しろ。)」
「もう!ではいただきます。」
「おう、食え。」
「おいしいです。」
久々のまとも?な食事である。二人は無言でむさぼるのであった。
「あ、レモンのジュースもあるんですね。飲んでいいですか?」
「好きにしろ。」(レモンのジュースなんかあったか?まぁいいけど。)
「ありがとうございます。ごくごく。」(このレモンジュース、味きついな…。うまいからいいか。)
(しかし、北の孤島か。あそこの周囲は渦で囲まれていて船じゃ近づけねえ。昔の俺だったら行けたけどな…。)
「どうした?」
「どうした?」
エクスが北の孤島に行く方法に関して考え事をしているとトルテが心配そうに話しかけてきた。
「?」(勇者が二人いるぞ?)
「お前これ、リモンチェッロっていうレモンの食前酒だぞ。全部飲んだのか?」
「お前これ、リモンチェッロっていうレモンの食前酒だぞ。全部飲んだのか?」
「はれー勇者様が二人いるー。」
「酔ってるな。大丈夫か?」
「そっか!そういえば俺は勇者エクスだった!ともに大魔王を倒そう!ワハハハハ!」
「駄目だこいつ。酒乱だ。」
リモンチェッロとはイ国の南でよくつくられる食前酒であり、かなりのアルコール濃度を含んでいる。元々酒を飲んだことのなかったエクスにはあまりにも強すぎるものだった。
「なんかあついれすねー。」
「おい!」
どうやら脱ぎ上戸らしい。着ている僧服を脱ぎだしたエクスは完全に僧侶エクレアの姿であることを忘れ、口調も勇者エクスのそれに戻ってしまった。
「すっぽんぽんになっちゃった!」
「おいいいい!」(プリンぱんが二つ!!)
「お!そこの勇者ずるいぞ!先輩だけぬがしてなんとする!男同士裸のつきあいだおー!」
「ど、どうみてもお前は女だ!そして俺は男だ!」
「ええい言い訳は見苦しいぞ!!ぬげ!!」タ
「そ、そんな駄目!初めては海の見えるホテルでって決めてるんだから…。」
完全に大虎となったエクスはトルテに飛び掛かった。その瞬間である。
ゴチーン!
エクスに押し倒されたトルテはベッドの柵に後頭部を強打してしまった。
「ぐえ!! ふにゃぁ…。」
「お、どうした?」
しかし返事がない。トルテは完全にベッドの柵の一撃で気絶してしまったのだ。
「ち、寝たのか。なんだ、つまらん。夜はこれから…だと…いうに…ふわぁ…。」
エクスはぶつくさと文句をいいながら大きなあくびをし、そして。
「むにゃむにゃ…。」
寝た。