lost time
世界の歯車が壊れた。それは時が壊れたのと同じこと。歯車を直さなければ、時は永久に止まったままだ。
*****
変な感覚に襲われた。せっかく食事をすませているというのに、耳に届いた不協和音。そのせいで美味しかった朝御飯が萎えてしまった。
頭を数回叩き、先ほど覚えてしまった音を忘れようとする。
「あれ?」
そこで漸く周りが静かなことに気がついた。先ほどまで響き合っていた笑い声。決して綺麗ではないけれど、心地良いメロディが消えている。
辺りを見回すと、全てが石になっていた。つい先ほどまで動いていた人々が。白い石へと変わっていた。
「……やれやれ、また事件か。今度は何かな?」
少し高いアルトボイスは、やや呆れ気味にそう言った。椅子に掛けてあったマントを掴み、足を地面につける。とことこと歩きながら、自分の背丈を越す大人たちの石像を見て回った。そして、時刻を指す時計に目を向ける。動いているはずの秒針が止まっていた。
「あからさまに時が止まりました、てか。全く……時が止まったっていうことは歯車が壊れたのか。さて、と。どこぞの馬鹿が歯車を壊したのやら」
子供とは思えない台詞。彼はニヤリと笑った。
「こうして神が出向いてやるのだ。少しは楽しませろよ、破壊者め」
不吉な物言いをし、彼は押し殺した声で笑い出した。持っていたマントを羽織り、酒場から出ていった。
街から離れ、自称『神』と言った少年は、黙々と歩いていた。ただ言えるのは、彼の歩みに戸惑いがないということだけ。
「昔話をしてやろう」
誰に話しかけるでもなく、彼は語りかけた。しかし、少年の周りには誰もいない。それでも彼は話始めた。
「神を崇めていた人々は、我らを祀るために、天に届く塔を建てた。その塔は何もない、ただの空洞の塔だった。しかし、神は人間の忠誠心を気に入り、塔に贈り物をした。それこそが時の歯車。今では世界の歯車と言われている代物だ。神が歯車を贈ったことで、この世には時が生まれた。時は人を縛り、全てを縛る鎖となった。神は言った。
『この歯車が壊れたとき、この世界は永久に逃れられない苦しみを味わうことになるだろう』
と。人々は神の忠告を胸に刻み、歯車を護っていった」
そこまで話すと、少年は口を閉じた。喋っているうちに、どうやら目的の場所についたようだ。彼の前には真っ白な高い塔が立っていた。しかし、その天辺は折られ、見るも無惨な姿をしている。
「誰だ? 我らの塔を壊したのは」
ボロボロな姿の塔に、少年は額にシワを寄せた。ムッとしている顔にも見える。
「おやおや。誰かと思えば……まだ動ける人がいたんですね」
「? お前が犯人か?」
塔の影から怪しげな青年が出てきた。彼は皮肉そうな笑みを浮かべている。
「犯人? 人聞きが悪いな~。僕は破壊者だよ。ここにあった歯車を、ちょいと破壊させてもらっただけさ」
「何のためにそんな事をしでかした?」
青年は一歩、少年へと近づく。その行動に、少年は一歩下がった。
「世界を永久に止めるため」
静かに言い放った言葉は冷たさを感じさせた。顔は笑っているのに、目が全く笑っていなかった。冷めた目で少年を見据える。
「さて。君はどうして動けるのかな?」
「はっ。それは俺が、神様だからだろ?」
青年に負けず劣らずの表情で言う少年。そして、ゆっくりと戦う準備をする。
「神? この世に神がいるのかい?」
「神じゃなかったらお前はどう決めるんだ? 世界の歯車はこの世界を縛る力。この世界の者ならば、他の者たち同様、石像となっているだろう」
「そうだね。なら、僕らは近い存在なのかもしれないね」
「何?」
怪訝な顔を、青年に向ける。
「だってそうだろう? 世界の歯車は時を止める。この世界の生き物全てだ。でも僕は君同様、石像にはなっていない」
「当たり前だ。お前はロボットだろう。無生物に、この世界の掟が影響するはずがない」
「違うよ。僕はアンドロイドだ。しかし意外だったな~。まさか神が地上に降りてるなんて。どうして降りてきたの?」
「お前に教える気はない!」
その台詞を合図に、少年は地を蹴った。拳を握り、殴りかかる。しかし、青年は攻撃をひらりとかわした。
「そう慌てないでもいいよ。僕がちゃんと破壊してあげるから」
「その前に、お前を破壊してやる」
「破壊するのは好きだけど、されるのは嫌いだよ」
今度は青年から攻撃してきた。しかし、拳をかすることなく、少年はかわす。息つく間もなく、今度は連続で攻撃してきた。
「お前殴ったら痛そうだし……反則させてもらうぜ!」
そう言って少年はどこからともなく大鎌を取り出した。それをクルクルと回し、ポーズを決める。
「神が鎌を使う? 神は神でも死神みたいだね!」
突き出してきた拳を鎌の柄で受け流す。柄の部分で鎌を回転させて斬りかかった。しかし、間一髪のところでかわされたが、腕の服を切り裂いた。それを見るなり、青年は穏やかな表情を一転させた。
「よくも……マスターがくれた服を……!」
「マスター……お前の創造主か」
「そうさ。僕のマスター。彼女は永久に生きられない。だから時を止めて……彼女と、ずっと一緒に暮らすのさ!」
そう言うと、青年は高らかに笑い出した。耳を塞ぎたくなるほどの不協和音。少年は青年を睨み付けた。
「その煩い声を止めろ。お前の声は耳障りすぎる」
「ふん。もっと沢山聞かせてあげるよ! アーハハハハハッ!!」
「……」
少年は頭を数回小突くと、片手で鎌を握り直した。腕でクルクルと回し、小突いていた手でしっかりと鎌を掴む。両手で構えた鎌は、日の光を受け、眩しく刃を輝かせた。
「もう終わりだ。これ以上茶番に付き合ってやらねぇーよ」
「終わるのは貴様だぁ!」
青年の両腕から刃物が出てきた。腕に固定されている刃で、少年に襲いかかった。突き出された片腕を、鎌の柄の先でいなし、残った腕は長い柄で受け止める。しかし、すぐさま後退し、少年は刃を向けると青年に立ち向かっていった。
「うおぉぉォォー!」
轟きとともに振られた刃は、青年を的確に捕らえていた。逃げ切るより先に、鎌は青年を切り裂いた。
「なっ……!」
体を横に真っ二つにされ、彼は地面に倒れた。切り裂かれた箇所から血は流れず、代わりにオイルが流れ出している。
「……ぼ、くは……マスターとず、と……一緒に……」
「諦めろ。所詮人とロボット。時が存在している今、永久はあり得ない」
「か、みが……歯車なん、て……贈る、から……」
「……もういい。眠れ」
喋り続けるアンドロイドに、留目の一撃を与える。瞳が曇り、動いていた機械の音が途絶えた。
「人が望んだことなんだよ。永久をなくし、無から有へと願ったのは」
鎌を振り、ついてしまったオイルを払う。少年は悲しげに塔を見つめ、そしてアンドロイドへと目を向けた。
「……さっさと終わらせて、飯の続きでもするか」
壊したアンドロイドをその場に放置し、少年は塔に向かって飛んだ。天へと向かう塔は本来の姿の半分も壊されていた。その平たくなった頂上に着地し、錆び付き壊された歯車を持ち上げる。
「随分と壊してくれたもんだ。まったく……今度は目眩ましでもかけとくか。昔の人間のほうが、まだ素直だったというのに」
グチグチと呟きながら、壊れた歯車の部品をくっつけていく。少年の体が僅かに光り出した。
「神の力も後僅か……余分なことで力を使わせるなっての!」
最後の一欠をくっつけ、力を注ぐ。壊れた歯車は元に戻り、錆も綺麗になくなった。しかし、少年を包んだ光は消える気配を見せず、より強く輝き出した。その光が歯車へと伝わり、少年から離れていく。
「……これで、よしっと」
光が全て歯車に渡り、少年は息を吐き出した。手を離しても地につくこともなく、宙に浮いている。そして本来あるべき場所へとはまった。はまる音と共に綺麗な音色が世界に響く。
「うん。良い音色だ」
満足げに頷き、少年はもと来た道を引き返していった。
THE END_
この話を書いたのはいつでしょうか。
中学ぐらいだったと思います。それを思い出しながら大学のサークルにて再投稿した作品です。
もともと書いていた内容にズレはないと思いますが、今読み返せばきっとどこかが違うはず!(笑)
しかし、私はこういった物語が好きなようです。
というか、神を題材にした作品好きだな!
神っていえば色々な解釈があるかと思いますが、私はそもそも神を信じている人間ではありません。しかし、あえて居るという前提で話をするのならば、『神の定義』でも書いたように、神とは世界を監視する存在、という解釈になります。監視するという、というか世界を見守っている、とでもいうのでしょうか。
昔でも今でも変わらない部分といえば、助けを求めたところで神が助けてくれるはずがない、という点ですかね。
まぁ、そもそも神という存在を信じていないわけですから、どうでもいいかもですがね。
けれど、考えることは好きです。そして、こういった存在を題材にすることも好きです!(笑)
さて、久々の投稿でハイテンションになっていますが、とりあえず続編のものとかもあげていけれたら、と思います。まだ色々と忙しいんですけどね(;^ω^)
文章がおかしいのはすみません。
本当は文章の最初を一文字あけたかったのですが、投稿ページで気づいたもので、手直しするのがめんd……げふんげふん!
次回から気を付けます(;´Д`)
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。少しでも皆様の暇つぶしにでもなれば幸いです。