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day1<03>清川由以子編


 長過ぎでしょうか? それともこれが適切? ご意見有れば気楽にしてください。




 うめー! カニパンうめー! このほのかな甘みがサイコー! 形も可愛いし味もいい! この値段帯の食べ物じゃ一番だね!

 そ、し、てっ! 目の前に座る美少女! これがまた素晴らしい! 美味しい物がますます美味しくなるよっ! 相乗効果でカニパンの味が高級料亭の味すら勝るようになったのだ!

 本当に弩ストライクな可愛さだぞ天城文月! 私の嗜好を参考にしてたりしないよな? 


「急ぎ教授に挨拶しなくてはな……」


 ごほっ! げふあ! ちょ、喉詰まった! 驚きすぎてカニパンが喉に逆流した! 天城文月は自分で何を言っているのか分かっているのか!?


「どうした?」


 どうしたもこうしたもあるか!


「その格好で行くつもりか!?」


 そんな事はお姉ちゃんが許しませんよ! そうだとも、許すわけにはいかない! 天城文月は気付く素振りすらなかったが、あの教授は間違いなく変態だ。私には分かる。理由は聞くな。

 しかし彼女の頑固さはよく知っている。案の定、私の言葉も矢代風太の言葉も聞く耳持たず。


「はは、まあ二人はゆっくりしているといい」


 ぐ……、わ、笑ったってときめいたりなんてしてないんだからな!

 というか、逃がさん!


「何故私の肩を掴む」

「行かせるとでも思ったか?」


 あ。勢い余って首元から手が滑りこんじゃった……。肌すべすべだな。私もこんな時期があったのかな。最近じゃお手入れしないと厳しいんだよな。天城文月はその辺り無頓着そうだからこの肌を維持するよう教え込まなくてはな。にしても、気持ちのいい感触だ。いつまでも触っていたい。このまま手を下におろせば胸部に達するな……ぐ、駄目だ! そんな事したら私が変態と思われてしまう……うおお私の忍耐力の全てを使い果たしてやるうううううううううううううう!


「何が問題なんだ」

「僕には何が問題ではないかが分かりません。どう考えても、その格好で出歩いてはいけないです」

「その通りだ!」


 聞いてなかったけど、何となく正論を言ってそうな矢代風太の肩を持っとく。それにしても、良い肌を持っているなあ、はあはあ。


「何かおかしいか?」


 うっはあ! スカートつまんだ姿も可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


「いえ、服装の事じゃありません」

「えっ」


 何言ってるのこの馬鹿後輩。天城文月が今着ている城のワンピースは確かにすっごく似合っているけど、どう控えめに見積もったって外に出ていい格好じゃない。下着姿とまではいかないけどパジャマで出歩いているようなもんだよこれそれなのに問題にしないなんてどういう見識をしているのか!


「おかしいか」

「いや、その……」


 今この事を言い、恥ずかしさに顔を赤くした天城文月を拝むべきか、あるいはそのままにしておき肢体を眺めるか……悩む。



「我々男性には気付けない問題でもあるのか?」

「え、そうなんですか?」

「うん。まあ、そうだな。生地が薄過ぎるな」


 ちょっと待って。今どうするか考え中。という訳で曖昧な回答で濁しておく。


「本来寝間着だからな。こんなものだろう」


 ん!?


「寝間着で出歩いちゃまずいでしょう……」

「とは言っても、あいにく持ち合わせはこれだけだ」


 何……だと? 寝間着と知って平然としていたのか。天城文月は私と違って寝間着で辺りをうろつくような人じゃないと思ってたのに! 失望した!

 でもこれ買い物フラグだ!


「なら買いに行こう!」

「見てくれは悪いのかもしれないが、服を着ているのだから問題はないだろう」


 フラグが折れた。


「これからどうするんですか? ずっとその服でいるという訳にはいかないでしょう」

「確かにそうだが」


 ナイスアシスト! 天城文月が考え出したぞ! イケる、これは買い物に行けるぞ。


「どうしたんです?」

「いや、風太の言う事も最もだ。教授に挨拶した後、衣服を買いに行こう」


 それはまずいって! 教授は私並みの上級者なんだって! 行ったら中身が妄想されるぞ! ああ、天城文月の肢体を教授に妄想されるとか癇癪怒ります!

 何か考えろ、天城文月を説得できるようなそれっぽい台詞を考えるんだ!


「天城文月! 教授に寝間着で会うのは失礼と思わないか? もし畏敬の念を抱いているなら相応の服装で会うべきではないのか!」

「その発想はなかったな」


 ふっ。会心の一撃決まったぜ。


「よし、では急いで服を買いに行こう」


 ぐっじょぶ私!


「風太はこれから講義があるとして、清川には付いて来て欲しいのだが構わないか?」

「勿論だ!」


 黙ってでもついて行きます!


「悪いが何かを奢ったり、買う余裕はないぞ」

「むしろ私が服を買ってやる! さ! 行こう!」




「……で、何故清川の家に寄るんだ」

「馬鹿、何日もお風呂に入ってないんだぞ。外に出られるか」


 今回はそれに加えて天城文月の隣を歩くのだ。間違いなく対比される私が小汚い格好をしていたら恥ずかしいってもんじゃない。


「シャワーで済ますから少しだけ待っててくれ」

「早くしてくれよ」


 本当はもっと念入りな下準備の時間が欲しいが贅沢言ってられない。目的は天城文月とデートするのではなくて、洋服選びなのだ。あんまり遅いと一人で行くと書かれたメモだけが残ってる、なんて事態になっちゃうかもだ。

 でも、デートみたいなものでもあるよね。そう思うとただでさえ浮き立ってる気持ちがますます弾んでくる。

 理想の美少女を好きに着せ替えできる時が刻々と近付いてきつつあるのを思うと……うへへへへへ。




「あら」


 手短に三十分でシャワーを済ませ浴室から上がると、ソファで天城文月が寝ていた。起きている時も可愛いんだけど天城文月があまり女の子女の子してないから、表情が硬いんだよね。しかし眠ると体も心も無防備になるようで。今の天城文月の表情は見た目相応でしかない。

 あの隙を見せない天城文月にしては珍しいもんだ。愛でたい、触りたい気持ちがむくむくと湧き出すけど、一緒に休ませてやりたい気持ちも湧いて出た。


「これならちゃんと準備できるな。よっし、気合入れてやるか!」




「ふう」


 本気を出してしまったぜ。いつの間にやら時計の針が九時四十五分を差している。八時半にお風呂入ってこれだから、結構手早くまとめれた気がする。隣に立つのがパーフェクト美少女だからね、同じ路線で立ち向かうとフルボッコにされかねない。よって、大人な感じで行くぜ! おまけに隣が白だから私は黒っぽい感じで。


「準備出来たぞー、ってまだ寝てる」


 よっぽど疲れてたのかな。


「髪がぐしゃぐしゃだ」


 私自身の長髪をセットしたせいで、ちょっとの乱れも大げさに映ってしまう。

 どうせ彼女は手入れする気ないんだろうなー、もったいないなー。

 うーん……寝てる間にやっちゃいましょうか。


「へへへへ」


 おっといかんいかん。変な笑いがつい出てしまった。

 まず軽く手でやりましょうか。

 私は横向きで寝ている彼女の頭を少し持ち上げた隙にソファへと座り、太ももに頭を置く。

 うっひょう、身震いがするほど素敵なシチュエーション! この状況で髪の毛を整えるだけで済ます私は紳士、じゃなくて模範的淑女だね。

 何だか体の奥底がきゅんきゅんしてくるが、今は耐えるんだ! 信頼を失っちゃ駄目だ!

 無心の境地に立て!


「あれ」


 何この髪の毛手を入れただけでするっと! すすーって手が! あれ何だちゃんとお手入れしてたのか、ははは。って、んな訳がない! 天城文月に限ってありえない! これは異世界には髪を綺麗にする何かがあるに違いない! そうじゃないとやってられるか! 何これ、うわあいいなあ綺麗だなあ私もこんなだと楽なのになあ。ま、私の場合不規則な生活のせいだけどね! 畜生!

 あ。


「起きたか」


 お、怒られたりしない……かな?


「今は何時だ?」

「あーと、十時五分前だな」 


 よかった、今のシチュにはスルーみたい。


「すまないな、すぐに出発しよう。手をどけてくれ」

「も、もう少し」


 天城文月よ、他の子にゃ髪を触らせたらいけないよ。私みたいに気持ち良くてずうっと触りたくなっちゃうだろうから。

 でもま、本人に言われたら放すしかない。何せ、私は模範的な淑女なのですから。


「分かった。手短に頼む」


 おっとここに来てまさかの本人の承認キター! 君がやめろと言うまで私はやめないかんな! うっはあ、髪の毛を撫でたり梳くのを止められないよう。快感が体の芯まで伝わってくるよう。

 おやあ? 何か彼女の表情がとろけていますよ? ま、まさか天城文月! 君も気持ちいいのか! そうだな、そうなんだな! 合意のサインなんだな!

 その表情をずっと見ていたいっ!




「もう、いいんじゃないか? 買い物の時間がなくなりそうだぞ」

「はっ! そうだな! では、行こう!」


 あ、ああ。ついに我に返ってしまわれたか。ほんの三十分しかこのシチュエーションを堪能出来なかった。とても私は残念です。でも買い物がこれからあるもんね! 本番は、ここから始まる!


「何処に向かおうか」

「無難に三つ先の駅にあるデパートでいいんじゃないか」


 彼女、気付いてるのかな。私のマンションからこの駅までの間の道中、周りがどんな目線を向けていたか。


「ではそうしよう」


 ちょっと聞いてみよっと。べ、別に天城文月が周囲の視線に気づいて恥ずかしがるとこが見たいから言ったんじゃないんだかんね! あくまでも好奇心さ!


「うん。それより気付いてるか?」

「何がだ」

「周りの目線、だよ」


 さあ、どう出る天城文月?


「うっ」


 なななな何と! 私は見てしまったぞ! 時間にして僅か七コンマ二秒。だが、私の記憶には確かに焼きついたぞ天城文月! 君が顔を赤く染めたのをなあ! くそう、鼻から熱いものがあ!


「電車が来たぞ」


 私のこの変態的な気持ちに気付いてくれるな、天城文月。私は君から軽蔑されたくない。いや、その、そういう視線は嫌いじゃないんだけどね。一時的ならね。でも恒久的となると話は別。もし私を嫌悪して君が離れて行ったらと思うと身震いする。私は今までの居心地良い関係に変化が起きて欲しくない。姿こそ変われど私を友として、仲間として見てもらいたい。


「どうした」

「いや、目が疲れたなって」


 うお、彼女からの追及が来た。いや、やめて。私を捨てないで。


「少し揉む位置が違うのではないか? ここら辺だろう」


 え?


「どうだ。こっちの方が効き目がないか?」


 天城……君は、ちゃんと真に受けてくれたんだ。信頼されてるなあ、私。にしても男の時でも今の行動を多分彼女はやったんだろうな。それはそれで、体験してみたい気もする。

 でも! 彼女の小さな手で触れられるのは最高だあああああああああああああああああああああああああああああ!


「こ、効果抜群です……」


 やばいよ。色々気分がやばいよ。


「そうだろう」


 下も上もやばいよ。


「ああん」


 うう、つい変な声が出ちゃう。


「場を弁えろ」


 あ、びっくりして彼女が離れちゃった。残念。


「すまない」


 仕方ないか。私もあれ以上されると公衆の面前で大恥かく羽目になりそうだった。とはいえ、天城文月よ。いきなり鼻血かって聞いてこないでよ! 美少女な君の隣に鼻血垂らした私とか死にたくなるわ!

 ともあれ、だ。我々はようやく百貨店、彼女に分かりやすく言えばデパートに到着した訳だ。そう、メインイヴェントの始まりだ!


「どうしたらいいだろう?」

「ごふう」


 いきなりそれか天城文月! 上目遣いで困り顔とかよだれ出そうになったじゃんか! やっべ、これからもちょいちょいこういうイヴェントが起きると思うとワクワクする!


「さ、婦人服売り場に行こう!」


 ついに来たか。うへへへ天城文月ちゃん可愛くしてあげるからねげへへっへっへっへ!


「そういえば、君の身長を測ってなかったな」


 こ、この身長はもしや……。じいっと天城文月の事を観察してみる。

 うーん。小さい小さい思ってたけど、この身長じゃ大人用の衣服の着用は無理があるんじゃないかな?


「何だ?」

「いや、これはもしかしたら子供服売り場に行く必要があるかもしれない」


 あ、今微妙な顔した。悩んでる、悩んでるな。子供服を着るのと女性服を着るかという究極の二択ってか。ふふ、残念ながらもう選択肢はないんだなあ、これが。


「何にせよ、身長を測ってみないとな。ちょっと君」

「いかがなされましたか?」


 彼女が呼び止めた店員。何か、何か胸騒ぎがする。見た目は結構美人な店員さんなんだけど、ちょっと彼女に向ける目線がおかしいような。気のせいだといいんだけど。


「身長と体重を忘れてしまったんだが測る事はできないだろうか」

「そうですか、ではこちらにどうぞ」

「ご姉妹でいらしたんですか」

「違う。彼女の部屋にこれから何日か泊まるんだが着替えがなくてね」


 そういう設定でいくの? 何なら、本当に泊まってっていいんだけどな。


「はあ、仲がよろしいのですね」

「四年は付き合った仲だ」

「失礼ですがおいくつですか」

「あと三か月ほどで二十二だ」


 おいおいばらすのか天城文月。やっぱり店員さん驚いて……あれ、口がにやついている? ま、まさか。


「し、失礼ですが……もう一度お聞きしても?」

「今は二十一だよ」


 ガッツポーズをする店員を見て、私は確信した。こいつは危険だ! 彼女をただの他人以上として見ている! この感覚、間違いない。彼女もまた、天城文月に魅せられている。おまけに模範的淑女な私と違い、彼女は躊躇なく触りまくるだろう。

 こんな奴が彼女に近付いてもらっちゃ困る! 変態は消えろ!


「ちょっと! あまり近寄らないでくれるか!」


 天城文月と店員の間に、割り込む!


「今から身長体重を測らせて頂きますので」


 何!? 回避された!?


(この子は私の物にするわ! あんたは邪魔だから引っ込んでなさい!)


 精神に直接話し掛けて来た!? 本当に何者だよ!


「そんなの私でもできる!」


 んな事許してなるものか! 店員は店員らしく客の前にひれ伏してろ!


「いえ! ここは店員である私が!(あんた知り合いか何か知らないけどウザい。入店したんだから素直に店員に従えや)」


 こ、こいつ……! 私の腹部に肘を入れてきやがった! 信じられない、それが客に対する態度か! うお! 今度はグーかよ! 腹を執拗に狙うんじゃない! 寝技に持ち込んでやる! ふへへへ! よっしゃ、抑え込んでやったぜ。さっさと降参しな。な、何!? 何て力だ。


(うひゃひゃひゃひゃ……美少女……美少女!)


 うわあ! こいつは変態だ! 見紛う事なく変態だ! 天城文月への変態的な欲望だけで怪力を放っていやがる!

 さ、させないぞ! 私は天城文月を守る! 絶対にだ!


「測定は終わったし、服を見てこよう」

「え!?」

「お、お客様!?」


 あ、あれ!? 私たちの戦闘は始まったばかりなのに!


「天城文月! 君はまだ胸とか測ってないだろう!」

「そうですよちゃんと測らないと!」


 身体測定なんて美味しいシチュエーションを体験せずに終わってたまるか! 緊急事態だ! 店員、協力しろ!

 店員は私のアイコンタクトにこくりとうなづく。一時休戦だ。


「胸なんて膨らんでないからいいだろう」

「そんな事はない! 測らないと駄目だ! そういうものなんだ!」

「そうですよそうですよ!」


 私たちは必至の想いで天城文月の翻意を促す。頼むよぅ、こんなシチュエーション滅多にないんだから待ってくれよぅ。


「服越しでは正確に測れないのか?」


 よっしゃあ! 一気に畳みかけるぞ店員!


(おう!)


「脱いでください!」

「そうだそうだ!」

「わ、分かった」


 彼女は私たちの連携に少々疑念を抱いているっぽいが、ワンピースを躊躇いなく捲し上げた。


「!?」


 ごぶはあ! まさか中に何も着ていないとは……もうこれだけで幸せですわあ。うふふふ、えへへへへ。


「君たち大丈夫か!」


 あっふうううう! 裸で天城文月が歩いているぅ! どんな気持ち!? ねえ百貨店の片隅で素っ裸になってるのってどんな気持ち!? 


「だ、大丈夫ですぅ」

「気にするな!」


 気にするとこはそこなのかなあああん? 想像をしてみたらどうだ天城文月。あのカーテン一枚を隔てて君は裸なんだぞ! 恥ずかしくはないか!? なあなあどうなんだ! にぃひゃはははは!


「そうか? 清川、君は電車でも鼻を押さえてたじゃないか。病院に行ったらどうだ」

「いや、本当何でもないんだ。な!」


 え、いや、ちょっと。ここに来て病院送りとか勘弁して下さい。店員、協力しろ! 私が帰る羽目になったら天城文月を二度とここに連れて来ないぞ!


(合点承知!)


「そうですとも!」


 店員と私が物知り顔をして大丈夫感をアピールしていたら何とか彼女は納得してくれた。


「では測りましょうか!」

「手伝うぞ!」


 この時を待っていたんだ! 合法的接触! 店員が前なら私は後ろ。前もいいが、後ろだって素晴らしいものだよ君ぃ!


「はーい、腕を上げてくださーい」

「な? ないだろう」


 彼女が同意を求めようと、私に前を向けてくる。おおう……。


「絶壁だな」

「絶景です」

「ああ、そうだな」


 いいものを見せてもらった。感動したよ。って、おい! まあたこの店員は彼女の下腹部に手を伸ばすんじゃない! 腰の計測でどうしてそこを触る必要があるんだよ! そうだ。粛々と計測だけをやってればいいんだよ。接触はさり気なく、かつ偶然だから喜びもひとしおってもんだろうが!

 ヒップの計測でもやらかさないかちゃんと監視しないと。うふふふ、でもヒップは私が独占的に見れるんだもんね! 前からでは見えまい!ふはははは! いいおしりだなあ……あっ! こら馬鹿! だから変な場所を触ろうとするなって!

 ぐぬぬぬぬ、店員が繰り出す手の位置を未来予測し私は掴もうと手を伸ばすが、この店員できる。私の腕の動きを検知した瞬間すぐに手を引っ込め別角度に動きを変更させてくる。

 だが、甘い! 天城文月の股の間に手を滑らせ、私は店員の腕の付け根を掴んだ。そして目で脅しをかける。もうお遊びはやめろや。でないとこの店から立ち去るからな。この脅しが効いたのか、以降は真面目に店員も働いたが無駄に時間を喰ってしまった。それに戦闘に集中していて肢体をじっくり眺める暇がなかったよ……。

 

「何だか疲れたな」


 私も無駄に精神が疲労してるよ天城文月。癒してくれぇ。


「適当に選んできてくれないか」

「いいのか?」

「ああ、そこの店員さんと一緒に頼むよ」

「分かった任せろ」

「お任せください!」


 私たちはダッシュで子供服売り場へと向かう。何せ、自分の選んだ服を着せる事ができるのだ。高揚感で足が勝手に動き出す。


「お名前、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「どうしたいきなり」


 無駄話をしている暇はないのだが。 


「ここは同盟を結びましょう。文月ちゃん同盟です」

「何が狙いだ?」


 いきなり突拍子の無い話に思わず私の足は止まってしまう。同盟って、どういう意味だよ。


「狙いだなんて、そんな。私はただ文月ちゃんをもっと詳しく知りたいだけですよ」


 詳しく、ねえ。もしこの店員は天城文月が男だった事を知ったらどう思うのかねえ。


「ふうん。彼女、訳ありだぞ? それでもいいのか」

「訳あり?」

「ああ、あの体が作り物かもしれんぞ」


 あながち間違った話でもない。彼女の話によればあの体になったのは召喚者の妄想によるらしいから、作り物ではある。召喚者の妄想力には感服いたします。


「えっ、作れるんですか!」

「いや、物の例えだよ」


 普通はどう反応するかは知らないが、少なくともこの店員のように目を輝かせ喜ぶのだろうか?


「私は作り物だろうがノープロブレムです!」

「そ、そうか。で、私にメリットはあるのか」


 どんだけ食いつくんだよ。ずいずいと私に迫ってくる店員の勢いに押され、慌てて話題を変える。


「服、格安で提供させて頂きます」

「ほう」


 しかしお金にはあんまり困っていないんだよな。いや、待てよ。


「色んな服着せたいでしょう?」

「悪くはない」


 それどころか、結構いいかもしれない。よくよく考えると天城文月には私の妄想で考え付く限りの衣服を着せまくりたいのだから、お金はいくらあっても足りるものじゃない。衣服専用の部屋も借りる必要があるかもだし。


「あなたも、実は嫌いじゃないんですよ」

「えっ」


 な、何を突然言い出してるのこの人!? やめてよ! 私のそっちの気はないんだから! 私はただ天城文月が好……うぉっほん! あ、いや、今のは思考の綾だよ。違うって私そんな恋する乙女とかじゃないから! 言い間違いだよ、本当だ! 本当に言いたかったのは天城文月の今の美少女な姿に萌えまくってるだけだって! そう、小動物を見て和んだり癒されたりするのとそう変わりはないんだよ!


「ふふ、冗談です」


 何だ、冗談か。この店員のお茶目な一言が私の脳内をどんだけかき回したか分かってるんだろうか。ふふ、ま、私の完璧なポーカーフェイスの前では、完全に秘匿されている事が約束されてるも同然だけどね!


「ならいいんだが。それで私は天城文月の情報を売れとでも言うのか」


 信頼を裏切っちゃいそうだよね。私、信頼とかは裏切りたくない性分なんだ。


「そんな大げさな。私に毎日文月ちゃんとどんな一日を過ごしたかを写真つきで教えてくれるだけでいいです」

「それだけでいいのか?」


 へへ、つまりこいつに今日どんだけ天城文月を堪能したか自慢すればいいんだな。いいよ、やってやるよ!


「はい」

「乗ろう」


 ふふふふ、君の悔しがる様子が幻視できるね。楽しみだ。


「私は斉藤伽璃子(きゃりこ)っていいます。気軽に斉藤って呼んでくださいね! じゃ、洋服選びに行きましょっか!」

「おい引っ張るな! 伽璃子!」

「あ?」


 ひいいいいい! 怖いこの人! 般若みたいな顔してる! 今にも私はあの世に召されちゃうよ! ああ、背後に! 背後に! 鬼の顔が見えてるうううううううううううううう!


「あ、斉藤さん……」

「それでよし」


 キ、キラキラネームで苦労しているんだな。私が万が一子供を授かったらまともな名前を付けてあげよ。




「私は適当にと言ったんだが」


 思い思いの服を選んでほっこりしながら帰還した私たちを、天城文月は痛烈な一言で出迎えた。


「まずは着てみましょうよ!」

「そうだぞ!」


 斉藤さんに続いて私も加勢するが、彼女の返事はにべもない。


「もういい、私が選ぶ」

「ええー」

「そんな!?」


 私たちの選んだ服をうっちゃって、彼女は婦人服売り場に出て行った。


「君たちどこで服を用意したんだ」


 私は上を指差す。


「子供服売り場か……」


 子供服売り場に行く羽目になり苦い顔の彼女だが、男物の子供服を見つけてからほっとした表情を見せる。


「天城文月よ。それはどう考えても男の服装だぞ」

「そうかな。でも、別にいいじゃないか」

「よくない!」

「よくありません!」


 あ、でも男装と思うと中々……。


「叫ぶな。それに私の財布からお金を出すんだぞ。買うものを自由に選んでいいはずだ」


 そう上手くいくかな? まあ私は外堀を埋めておくけどな!


「なら斉藤さん! 出費は私持ちでこの子の服を買おう!」

「はい!」

「おいどういうつもりだ」


 私はね、君の財政状況を知っているんだよ。果たして君は何着衣服を用意できるかな? 無理だよね! えへへへへ! だって今の時分、君の財布には五千円ちょっとしかないもんね!


「さっきの服は私が買う! 文句はないな!」

「文句はないが私は着ないぞ」


 着ないと裸しか選択肢はないんだよ! えへへへ! げへへへへ!


「構わない! 計測はばっちりだからな。お会計をしたい」

「では一度下に下りましょう」

「私はここで服を選んでるよ」

「迷子になるなよ!」

「なるはずないだろう」


 私と斉藤さんは一旦下に戻り、さっきまでに選んだ服に加えてカタログから多くの商品を追加し注文を済ませた。


「うわあ、百四十三万ですって。本当に払えるの?」

「無論だ!」


 むしろ何で払えないの?


「あなたもあなたで、興味深いわ」

「勘弁しろ」


 その、とっても妖艶な表情は同性の私ですらくらっときちゃうんで勘弁して。私をそっちの世界に引きずり込まないで。


「だから、冗談だってば」


 そう聞こえないんだよ……。


「じゃあ、天城文月を迎えに行くからここで待っててくれ」

「ちゃんと連れ帰ってくれるんでしょうね」

「私は約束は破らないよ」


 こうして私は完璧な勝算に基づいて彼女のいる子供服売り場に戻った。


「ははは、あまり買い過ぎたから配達してもらう事にしたよ」

「使わないものによくそこまで金をつぎ込めるな」

「どうかな」


 彼女は自身で選択した衣服を会計に持って行った。見事なほどの男物である。お会計の人も困っている。


「三万二千九十円になります」

「……」


 三万だって! 天城文月、君にゃとても無理だね!


「君、確かまだ給料日前だったな」


 黙り込む彼女へ最後の一撃を加える。はい! 君が私の買った服を着ざるを得ないのは確定だね!


「貸してくれないか」


 何でわざわざそんな事をしなきゃならないのさ!


「嫌だね。服ならここにたくさんあるぞ?」


 考え込む彼女に無駄だ無駄だと言いまくってた。そしたら、一着だけ買いやがった。あれ、何で買えるの?


「よし、これを着て帰ろう」


 え、ちょ、待って。そんな馬鹿な。何で買えてるの? 何で買えちゃってんの!?


「お待たせ」


 出てきた彼女は。意外と可愛くてどきりとした。美少女の男装というのも垂涎ものでありますね! でも、違うんだよねえ、何か。私が見たいのは違う! もっとファンシーでほんわかした奴なんだ! 今の服装も十二分に可愛くて脳内保存は完全に終了してますけどもね! 


「やっぱり着ないのか」


 まさか二千円も多く持っていたなんて、とんだ誤算だ。そういえば今月は彼女、研究に夢中になって食事をちょいちょい抜かしてたっけ。その差分がここで響いてしまったんだな。


「落ち込んでも駄目だ。最初から着ないと言ったではないか」

「でもさ……」


 せっかくいっぱいお洋服買ったんだよ。あれ全部着られる事もなく私の家で埃をかぶるだけの存在になっちゃうのか。可哀想に。ごめんよ、私がふがいないからこんな事態を招いちゃったんだ……。ごめんよ、ごめんよ。うう、何だか目尻がうるっとしてきた。


「いじけるな。君の前でなら着てやってもいいから」

「本当か!」


 その瞬間、私の心は晴れ渡った。彼女は正しく天使だ!


「ああ」

「でも、せっかく服を選んだ斉藤さんに見せられないのか……彼女、君のために一生懸命選んだんだぞ」


 同盟関係も結んでしまった事だし、このまま帰るとなると申し訳ない。連絡先も交換したし、色々言われるだろうな。


「ああ、もう分かったから下の階に行けばいいんだろう」


 おお、我の目前に立つ天使はなんたと寛大な御心をお持ちなのか!


「愛してる!」

「抱きつくな歩けないだろう」


 抱きついた事自体はいいんですね! 分かります!


「なら抱き上げる」

「荷物はどうするんだ」

「ちぇ」


 これから私と天城文月は斉藤さんのとこに行く。いざ、着せ替えショーの始まりだ!


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