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day1<02>清川由以子編

2012/10/11 加筆。

「あー、もう七時か」


 結局寝れなかった。


「目覚めたかね」


 だってこんな近くに妄想対象がいたら眠れるわけがない。暴走を抑えようと必死にソファで縮こまってても、時々「うーん」とか「これは……」とか独り言呟いじゃってさ。

 聞こえるたびにおかしくなっちゃいそう。

 今も私に向かって微笑みかけている! ああ! 何て眩しいんだ!


「どうした」


 私の妄想、もしかして顔に出てた? まずいまずいごまかさないと。私のクールな印象が崩れてしまう! 私は何事にも冷静に反応するスーパークールな才女なのだ! そういう設定でないと恥ずかしくて世の中に出てられない!

 私の内面が知られたらこれはもう自殺ものだよ、うん。


「あー、いや。現実なんだと思って」


 こんな美少女と一つ同じ部屋にいるなんて私はにわかには信じられないほどの幸せ。どうにか私の本性がばれないままでこの子を堪能する手立てはないものか?


「すまないな、こんな体になってしまって」


 何か齟齬が生じているような。何で謝られている? 

 むしろ謝りたいのは私の方だ! 天城文月は私に向かって紳士を貫いているのに私ときたら! 頭の中で君はもう……げふんげふん。


「謝るな! わ、私は天城文月が天城文月である限りは文句ないのだ」


 むしろその体になってありがとうって言いたいくらいだ! 前の体はデカすぎて目障りだったし!


「ありがとう」


 彼女の誤解がとんでもない。

 やめて、そんな清純な気持ちで私に向き合わないで。


「何かごめん」


 罪悪感が凄すぎて思わずこっちが謝ってしまった。

 ううう、それなのに彼女は笑顔で買い物に出かけて……。


「私ェ……」


 でも、何か。

 この背徳感は美味しい。


「私の馬鹿っ」


 って、また私は何考えてるんだ!

 ちょっとお手洗い行って気を静めよう。うんそうしよう。




 私がお手洗いで色々エロエロ済まして帰って来てしばらくすると矢代風太がやって来た。


「おはようございます由以子先輩」

「ん、おはよう」


 挨拶を交わした後部屋を見回した彼は露骨に嫌な顔をした。


「うわあ……。随分散らかしましたね」

「はは、悪いね」


 いつもみたいに、ちゃちゃっと頼むよ。片付けるの、好きだろう。


「何言ってるんですか。自分で片付けて下さい」

「え?」

「え、じゃないですよ。毎回毎回僕に任せて、反省の色はないんですか?」


 うん。ありがたいとしか思ってなかった。って言ったら彼も流石に起こるだろうな。


「ない訳ないだろう。日々矢代風太には感謝の念を抱いているさ」


 そんな大きなため息吐いてどうしたんだ。背中も曲げちゃ駄目だよ、猫背になっても知らないよ。


「辛気臭いぞ」


 せっかく天城文月の性転換で私のテンションが鰻上りというのに。この私の気持ち良い高揚感が台無しじゃないか。

 ん、あれ。ちょっと考え直してみれば今の状況はむしろいい事なのではないだろうか。私はテンションが上がり過ぎて自分が暴走して天城文月にエロい事、彼女の信頼を失うような事をしてしまわないか恐れている訳で。それを矢代風太の辛気臭さが抑制してくれるのならば願ったりかなったりじゃん。


「誰のせいでこうなっていると思ってるか分かるでしょう?」


 すまない矢代風太。私が天城文月と普段通り接するための生贄となってくれたまえ。


「ただいま」


 よく帰って来てくれた天城文月。待ちわびたよ。


「お帰り、遅かったな」


 しかしコンビニ行くだけでこんな時間掛ける彼女じゃないだろうに。何かあったのか?

 はっ! そういえば、今の彼女の服装の何と薄っぺらい事か。直接見る事は叶わないが、私ほどの上級者なら肢体を幻視するのは容易な事! 

 これはまずいな。早いうちに服装に手を加えなくてはいかん!

 決して! 決して色んな服を着せて遊びたいとかそんな理由では断じてないからな!


「あれ、由以子先輩の知り合いですか?」


 矢代風太。そうか、こいつはまだ知らないんだよな。


「ああ、そうだな」


 知り合いも何も矢代風太。君が敬愛する天城文月その人だぞ。

 気付いたらどんな反応を見せてくれるのだろう? 驚くだろうか、悲しむだろうか、憐れむだろうか、怒るだろうか。頑なに信じようとしない事も考えられる。でも、出来たら君にも彼女は信じてもらいたいだろうな。

 まっ! とりあえずは驚き慌てる姿を楽しんでやろう。いつもいじられ役だった君だ。リアクションには期待してますぜ!


「風太も私を知っていると思うがな」


 あはははは。彼女も彼をいじる気か!


「ち、ちょっと……そういえば今日は天城先輩の顔が見えませんね。何処にいるんです?」


 鈍い奴だ。私は一瞬で分かったぞ。ああ、口が緩んできた。駄目だ……まだ、まだ笑っちゃ駄目だぞ私。


「目の前にいるじゃないか」

「は、え、何を?」

「私だ」


 彼女がネタばらしをしたら彼ったら大声で叫んじゃって!


「あはははははは!」


 あの驚きっぷりったら! 流石いじられ慣れているだけあるね!

 私の教育の成果と言ってもいいかな。大声と大げさなリアクション。小まめに体を揺らす。完璧だ。

 ま、その後彼女がきちんと異世界の事とかを説明し出したので彼も納得する事だろう。というか、しろよ?


「いくつか質問をしてもいいですか」


 納得するかと思ったらしなかった。あんなにしっかり説明した彼女に失礼と思う。

 彼は疑り深いなあ、私を見習うべきそうすべき。

 当たり前だが矢代風太の質問はことごとく天城文月に答えられていく。

 やがて諦めて矢代風太は苦笑いを浮かべた。


「信じられないですけど、今は天城先輩という事でいいです」

「今はそれでいい」


 あれだけ質問してまだ確信持てない男の人って……。


「素直じゃないな矢代風太!」


 そんな頑迷な頭脳は私が矯正してやる! くらえ必殺のヘッドロック!


「やめて下さいよ由以子先輩!」


 か細い首だな、おい! 矢代風太、君が女になるべきだったんじゃないのか!

 あのひょろ長い体躯の持ち主だった天城文月より、よっぽどふさわしいのにな!

 天城文月に視線を移すとつくづくそう感じる。あの男の顔が見れないのは寂しい。あの邪魔くさい図体がまた見たい。天城文月の以前の姿に私は慣れ親しんでいて、愛着を持っている。

 でも、今の姿は私の嗜好に直撃している。うーん、中身は同じなんだけどな。

 矢代風太のせいで冷静になった頭が色々と考え事をしてしまう。戸籍とかどうするつもりなんだろうな、とか。両親にどう説明を付けるつもりなんだろう、とか。

 おのれ矢代風太! 貴様のせいだぞ!


「二人ともその辺にして朝ごはんにしよう。風太もコーヒーくらい飲むだろう」


 天城文月は手に提げたビニール袋を揺らす。中にはパンとペットボトルが入っているのが見える。

 そういえば朝何も食べていない。

 気が付くと、途端に空腹感が襲ってきた。

 まずは腹ごしらえしてから考えようか。うん、そうしよう。


「ありがたい」

「ありがとうございます」


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