表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

day1<01>天城文月編




「じゃあ、やるぞ」


 私の頭に手を乗せる、帰還スキルを持つ男の声に合わせて視界が閃光に包まれる。何も見えない。だがこの感覚は以前経験したものと同じだ。

 ならば。


「やはりか」


 視力を取り戻すと私は辺りを見回す。私を中心として円形に街灯が並べられているので夜でもさほど不都合はない。

 足元には私が作図した魔法陣が、すぐ傍には私の背丈ほどもある魔力計測機がコードを散乱させている。片付けられていないところを見ると、私が異世界に行ってから幾ばくも経っていないのだろう。

 間違いなく私は帰って来たのだ。


「成功だな」


 異世界から、日本へ。無事に帰還スキルは発動したようだ。少し軽薄なところもあったが、あの男はしっかり仕事を果たしてくれたな。

 しかし、体はそのままか。正直元に戻ることを期待していたのだが仕方がない。何とかやっていくか。

 ん、誰かが学舎から駆けてくる。私の方へ向かってきているな。


「何だ? 何が起きた」


 黒髪長髪、凛々しい顔立ち、女性としては高身長、野暮ったいTシャツとズボン。


「おや、清川じゃないか」


 はは、清川の奴、私を見て固まっている。流石の清川もこれには驚くか。


「な、ななななな! まさか天城文月と言い出すんじゃないだろうな!」


 彼女にしては随分な取り乱しようだ。まあ、無理もないが。


「何だ。分かる人には分かるのだな。久し振りと言うと少々語弊があるかもしれないが、また会えて嬉しいよ」


 口が開きっぱなしだぞ清川。春の陽気に虫も湧きだす時分に不用心な。

 どれ、私が閉じてやろう。

 私は清川に近付いた。

 む、まさかここまで身長差が生まれてしまうとは。手が届かない。いくら清川の背が女性平均を上回っているとはいえ、元々私は彼女を見下ろしていたというのに。立場がすっかり逆転してしまっている。


「な、何をしているんだ」


 そう改めて言われても困る。


「何、呆けていたから喝を入れてやろうとしていただけだ」

「で、手が届かなかったのか?」


 そうなのだが。

 にやつくな、こちらが恥をかいたかのようではないか。


「まあ春と言ってもまだ肌寒い。事情は部室で聞こうか」

「そうしよう」


 袖の無いワンピースではいい加減我慢の限界だ。学舎の中に入ろう。


「しかし未だに信じられないな、本当に天城文月なのか」


 学舎内の移動中に清川が私に尋ねる。


「疑うのも無理はないが、私が名前を名乗る前に言い当てたのは清川じゃないか」

「まあ、そうなんだが……でもおかしいだろう! 何がどうなったら百九十二センチのたくましい肉体がそんなちっこくなれるんだ!」

「おい、抱き上げるんじゃない」

「くそぅ! かわいいじゃないかこのヤロウ!」

「頬ずりをやめろ!」


 私の叫び声に大人しくなった清川は静かに私を床に下ろす。


「す、すまん。私も異常な事態に取り乱しているようだ」


 確かに取り乱しても無理はない。だが取り乱し方がおかしい。しかし、清川がおかしいのは元々か。


「気にするな。私も初めは驚いたからな」

「今失礼な事を考えてなかったか?」


 鋭いな、女の勘という奴か。


「そんな事はないぞ。さ、早く資料室に行くぞ」


 資料室は三階の隅っこに位置する窓のない部屋だ。資料室に窓はいらないのかもしれないが、研究室として使うとなると息苦しく感じる時もある。

 室内は私が異世界に行っている間に大きく変わっていた、なんて事はなかった。中央に配置された長机の上には四台のパソコン。四面ある壁のうち三方の壁には隙間なく資料棚が並べられ、空いた一面は冷蔵庫とソファにテレビ。何も変わっていない。


「さ、全て話すんだ天城文月」


 清川はいつものようにソファにだらしなく倒れ込むとそのままの体勢で私に話を促す。全く仕方のない奴だ。何だかあまりにも普段通りで安心してくるよ。

 私は異世界の事について包み隠さず話した。といっても、一大スペクタクルがあった訳じゃない。ちんけな犯罪者とちょっとした小競り合いがあっただけだ。


「ふうむ。そうするとその体になったのはその玉村浩平って奴のせいなのか」

「その通りだ」


 あの男が自分に都合のいい人間を女として手に入れる事を望んだから、男の私もこんな有様という訳だ。


「魔王とかはいなかったのか」

「あいにく知らないな。ただ魔族ならいたからその王が魔王かもしれんな」


 ネット小説には異世界に召喚される話が豊富にあるそうで、ネット小説を漁っている清川にしてみれば興味深々といった風情で次々に質問を浴びせかけてくる。気が付けば壁掛け時計の針が頂点から垂直に角度を付けていた。


「もう三時か。あっという間だな」

「三時間もよく質問が途絶えなかったものだ」

「そうは言うが天城文月。君の体験がどんなに貴重なのか分かるだろう!」


 横になった体を起こしてまで主張したいか清川。


「それは重々承知だよ。だから、そろそろ研究の再開といきたいのだよ」


 異世界で素晴らしい学者と出会えたのは僥倖だった。その成果を断じて絶やしてはならない!


「さっそくそれか。ふふ、君らしいな」

「そうかね?」


 私はパソコンを立ち上げ、資料棚から関連資料を取り出……。


「ぷっ! ははは! 手が届かないか! 様にならないな!」

「……」


 この身長では仕方ないではないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ