2話:恋愛禁止ですから
がっしゃーん。厨房でそんな音が響き渡ったかと思うと、頭からボウルを被って倒れこむ私。
「マンガみたいなドジっぷりですね」
「おっかしーな。名案かと思ったんだけど……」
佐藤さんと草野さんが小声でそんな事を言いあっている。
そんな様子にちょっぴり涙がでてしまいます。
「大丈夫? ほら、立って」
そんな風に手を差し伸べてくれるのは、片桐さんだけです。
私は片桐さんをきらきらした瞳で見つめた。
「おい、アホ。優馬に色目使ってんじゃねーよ。ってか、何なんだ? この有り様は」
桑原さんが苛立ちのこもった目で私を睨んだ。
あの、桑原さんいつもイライラしてません? 頭の血管切れますよ?
「余計なお世話だよ!! ってか、お前のせいだよ!! もういい。お前は接客まわれ」
「え? 私の心が読めるんですか!?」
「ちゃんとその口で言ってただろーが!! 早く行け!!」
桑原さんはこめかみを親指で押さえた。
これは早く行った方がよさそうですね……。
そんな感じで、私はストロベリーパフェをお客様に持っていくことにした。
「おまたせしました。ストロベリーパフェ……ってきゃあ!?」
体が宙に回ったような気がした。どてっと大きく尻餅をついてしまう。
そして、体中にべとべとした感触と苺の甘い香りがした。
「ちょ……何してんのよ!!」
お客様のそんな声が聞こえてきた時、私は転んだんだと理解した。
途端に私はパニックに陥ってしまう。
すると、後ろから肩をぽんっと叩かれたような気がした。いや、気のせいではなかった。
「ここは僕にまかせて」
片桐さんはそう囁いて、ウインクすると、私の前に出た。
「申し訳ございません。こちらの席にどうぞ。今回はサービスとしてストロベリーパフェを贈呈させていただきます。これに懲りず、また当店をご利用してください」
とびっきりの笑顔で片桐さんはそう言った。お客様は目をハートにさせて、うなづいた。
はぁ……かっこいい。
その笑顔は私のハートも射抜いてみせたようです。
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今日は失敗したはずなのに、気分はルンルンだった。
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、片づけをする。
「おい。今日は失敗ばっかりしたくせに、鼻歌でも歌う余裕があるんだな」
ガラスのコップを拭いていると、後ろから意地悪な声がした。
げっ、この声は……。
「どうせ、げっ、この声は……とかでも思ってたんだろ」
「あの、桑原さんって……何か超能力でもあるんですか!?」
「お前は顔に出やすいんだよ」
桑原さんは呆れた顔で私を見つめた。
それから少し珍しくはにかんだ。
「お前、この量一人で大変だろ? しょうがねーから、手伝ってやるよ」
そう言って、隣でお皿を拭いてくれる。
あれ? 桑原さんが、優しいです。
「お前さ、優馬の事は好きになるなよ」
「え? なんでですか? もしかして、桑原さんは私の事が……」
「っんなわけねーだろ!! ここは恋愛禁止なんだ。優馬は特にここに思い入れが多いからな。あまりクビにはさせたくない」
そうぶっきらぼうに言うと、また皿を黙々と拭き始めた。
「あの、桑原さんは何か思い入れとかあるんですか? このお店に」
「あぁ? 俺か? 俺は……特にない」
そんな桑原さんに何か言おうとしたけど、桑原さんはもうお皿を拭き終わったみたいだ。
「そういえば、悪かったよ」
「え?」
「アホとか言っちまって。俺、人にいろいろ言うのとか下手だからさ」
「そんな。全然気にしてないですよー。それに、アホとかバカとかドジとか言われるの慣れてますし」
そう言うと、桑原さんはぶっと吹き出した。
「ぶっ。なんだそれ。お前ってばほんと面白いよな」
「??」
そうやって笑う桑原さんが不思議で思わず首を傾げてしまう。
そんな私を見て、桑原さんはぽんっと頭を優しく撫でた。
「別に気にすることじゃねーよ。じゃ、俺は行くからな」
「は、はい。お疲れ様です」
ぺこりとお辞儀した時には桑原さんはもう居なかった。
桑原さんってそんなに悪い人じゃないのかも……、そう思うと、口元が自然に緩んだ。