1話:君、ここで働かない?
ほうほうと鳴くフクロウの声、生い茂った樹、すでに沈んでしまった日。
そのすべてが私、川野 藍にはやけに不気味に感じられた。
どうしよう……? 道に迷ってしまいました。
周りの沈黙がなんともいえない恐怖を誘発する。
私は背中にたらりと冷や汗が流れるのを感じた。
私はただ、今話題のおいしいと評判のレストランを探していただけなんですよ!?
ぐうー。丁度いいタイミングで腹の虫がなる。
「もう、どうすればいいんだろう……?」
足は靴擦れを起こしていて、歩くのが精いっぱい。
肉体的、精神的疲労で私はその場に倒れこんだ。
あれ? くらくらします……。なんだかふわふわして……。
そんな薄い意識の中で5人の男性の声が聞こえる。
「おーい。おーい。死んでるのかなぁー」
「とりあえず助けた方がよさそうですけど……」
「ほっときゃいいだろ、こんなやつ」
「こら、海斗。そんなこと言ったらだめだろ」
「つまんないから行こうよ」
そのままふわっと抱き上げられた気がして、そのまま私は気を失ってしまった。
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目を開けると、最初に反応したのは私の敏感な鼻。
すぐさま食べ物の匂いをキャッチする。
「ここはどこ? なんか甘い香りがする……」
そこは小さな事務室みたいなところで、私が寝ていたのは小さなソファだったみたいだ。
ぐうー。甘い香りが腹の奥をくすぐった。そういえばあれから何も食べてないんでしたね……。
少し考えたのち、ふらふらりと部屋を出た。
その目の前に広がったのは、色とりどりのおいしそうなスイーツだった。
「おいしそう……」
じゅるっと垂れてきた涎を吸う。
やっぱり食べ物の欲望には勝てなかった。まず一番手元にあったクッキーを手掴みで口に運ぶ。
それから、甘いシフォンケーキ、タルト、チョコレートを次々に手に取った。
「すげーな。こんな図々しい奴初めて見たわ」
食料に夢中になっていた私は、その姿を見られていたことに気が付かなかった。
スイーツを口いっぱいに含んだまま、声の方を見る。
感心したような呆れたような顔をした男性がそこに立っていた。
黒髪にすっと涼しい切れ長の目元をした、いわゆるイケメンというものだ。
「お前さ、助けてもらった身で何勝手に食べちゃってんの」
「ふがいはふぇん」
口に食べ物を詰め込んだまましゃべる姿は多分、すごい間抜けだったと思う。
すると、また新たなイケメンが現れる。
ふわふわの天然パーマがに少し垂れた目を隠している男性。
「わぁー、これ全部食べちゃったんだねぇー。えらいえらい」
その天パイケメンは私に近づくと、頭をぽんぽんと撫でる。
そんな天パイケメンをみて黒髪イケメンは更に苛立ちのこもった声を出す。
「おい、褒めてる場合じゃねーだろ! こいつ、この店の食料全部食っちまったじゃねーか! 店はどうするんだよ!」
「うーん。知らなーい。こーいう事は、孝太クンの役目だと思うよー?」
ふわふわとした声で天パイケメンが言うと、今度もまたイケメン。
眼鏡を掛けていて、すっとした知的な顔立ちをしている。
「僕を呼びましたか? あぁ、あなたは」
私はぺこりと眼鏡イケメンにお辞儀をした。
すると、眼鏡イケメンはすっと目を細める。
「これ全部食べたんですか? 困るんですけどね、こういうことをしてもらうと。営業妨害って言うんですよ」
冷静な口調だが、、怒っているのはその言葉でわかった。
すると、またイケメンが……って何人いるんですか!?
「目が覚めたんだ。よかった」
「あはは。これ全部食べたの? 凄いね」
一人は優しげな目をしたイケメン。もう一人は背の低い童顔で可愛い顔立ちのイケメン。
すると童顔イケメンは手を差し出した。
「どーも。草野 駆です。君って面白いね」
草野さんは天使のような微笑みで握手を求めた。
握り返すと、そのまま腕を引っ張られて頬にキスをされた。
「そういう子、大好きだよ」
耳元でそう囁かれた。顔がぼんっと赤くなる。
すると、今度は優イケメンが草野さんの肩をたたく。
「からかうのはそこまで。ごめんね、えーっと」
「川野 藍です」
「藍ちゃん。僕は片桐 優馬です」
片桐さんは優しく微笑んだ。
すると、今度は黒髪イケメンが苛立ちのこもった口調で言う。
「あのさ、自己紹介とかどうでもいいから、この料理どうするんだよ。ってか、金は? それぐらい払えよ」
鋭い眼で睨みつけられ、少し縮こまった。
そういえば、財布は持ってきたはず……。
そう思って、ポケットの中を探った。あれ? ない。ないです!
「あーれ。お金ないのー?」
「無銭飲食ですね。今すぐ警察に……」
眼鏡イケメンは携帯電話を取り出した。
「ちょちょちょ……、待ってください!! な、何とかして払いますから!!」
「なんとかって言ってもね、これ全部で10万ぐらいはするけど……」
「え? そんなにするんですか!?」
聞き返した私にその片桐さんは苦笑いを浮かべる。
すると、草野さんが何か思いついたような顔をした。
「そうだ! 君さ、ここで働かない? ほら、ウェイトレス欲しいって言ってたじゃん」
「あーそれ、いー考えだねー」
「確かに。それが最善策だと……」
えっと。ここで働く!?
「あの……ここは、いったい?」
そろっと5人に尋ねてみると、草野さんはにっこり微笑んだ。
「ここはね、ル・スリー。フランス語で微笑み。君、ここで働かない?」