27話
ぐい、と後ろに引かれる腕にバランスを崩し、硬い床に背中を打つ。
原因を見上げてもその人はこちらを見ない。
「下がってろ」
と、ただ一言。
「俺の後ろに居ろ」
先程と違う口調に嫌な予感がした。
体をずらして前を見ようとする。
「見るな」
視線をずらさない兄の横顔は厳しい。
「お前は……知らない方が良い」
先程まで立っていた場所に出来た地面の抉れ。
銃弾などでは無い。
例えるなら食虫花だ。
その場にある者を地中奥深くへと引き摺りこみ、消化しようとした形跡。
明らかな殺意を感じ取ってしまった。
「哀れだな」
確か、私に実験と言う名の死刑宣告をした宰相閣下の声。
「必死に守ってきた部下に―――」
聞くなと声を張り上げる兄の声の隙間から入り込む冷気、それに引き寄せられるのが分かる。
「裏切られるなんてな」
部屋を出た途端、何処からともなく現れた火の玉。
俺を焦がそうと追ってくるそれから距離を取り、振り返りざまに指先から飛ばした少量の水で撃ち落とす。
「しつこいな」
先程から度々現れるそれに苛立ちを隠せない。
鼻を頼りに最短距離を走ろうとするのを妨害するそれ。
撃ち落として駄目なら、と水柱でやや強引に防ぎ、ずれてきた進路を修正する。
と、目の前を通過する銃弾や魔術。
それをいなして、気絶させることは難しいことではないがロスタイムであることは間違いない。
「魔術のレベルが低くて助かるけど」
それを繰り返すうちに火の玉の数は一つずつだったのに二つ三つと増えて来る。
道を塞がれ、空いた道を走る。
身を起こし、よろよろと立ちあがる。
見えたのは見知った顔、顔、顔。
「知らない」
こんなことが起こっていたなんて、知らない。
聞いてない、こんなこと。
恨まれただろうこともその理由も分かる。
誰も、そうとは言わなかった。
「黙っていたの?」
私が、動揺すると思って?
「兄さん、黙ってないで、答えて」
黙ったままの兄に手をかける。
一向にこちらに目を合わせない兄は、しばらく逡巡した後口を開いた。
「――――――悪い」