14話
さらり、柔らかさの無くなった子供の髪を撫でる。
「悪いな、マナ」
床から体を起こし、簡単な身支度を終わらせた現在は朝方だ。
昨日の今日とはいえ、即日決行の私の性質を考えれば当然のことだろう。
「それを読んで扉の前に張り込んだのは、まぁ間違いじゃない」
しかし、待ち伏せに何も策を弄していないと考えるようではまだまだだ。
薄い毛布に体を包んだまま、私室の前に張り込んでいたようだが、魔法トラップにかかったのだろう。
壁に凭れてすやすやと眠っていた。
抱きあげると、ここ数年でまた重みを増した身体に人間の成長はやはり早いのだと感じる。
幼い頃から伸ばさせた髪が足を進めるたびに揺れる。
本人は邪魔くさいとぼやいていたが、切ることは私が許さなかった。
―――契約の対価に使わせる為だ。
どれだけ力を有するかは契約の際に差し出されたモノにもよる、というのは暗黙の了解だ。
契約することで人は魔女となり、力を得るのは魔女も使い魔も変わらない。
マナの勉強机には魔術書が置かれている。
開かれている、そのページは他のページよりも読み込まれているらしくヨレヨレになっている。
読みあげて、思わず笑ってしまう。
「―――仮契約、それは曖昧なものである。人界と魔界の狭間に身を置くが為に本来の力を発揮できない……そして」
いきなり苦境である。
『狩り』になると周りが見えなくなる癖をどうにかしろと耳にタコが出来る程言われるがこれはどうにも……そろそろ直さなくてはならないかもしれない。
何故、優雅にティータイムをしているのだろうか。
「主は忙しい方ですので、申し訳ございませんがこちらでお待ち下さい」
芳醇な紅茶の香りと別に目の前にいる可愛らしいメイドから魔の香りがする。
所作の一つ一つが丁寧で柔らかい様子から粗野な下級とは一線を隔てていることを伺えて、正面突破は厳しいかもしれないと予定を組みなおす。
刈り取る気で来たというのにこの扱いに正直に言えば、
「拍子抜けだ」
兄であるアポロンの魔を辿り、辿り着いた先は立派な城。
身分の高い人間であるのは分かっていたのだが正直驚きだ。
「で、主とはいつ頃面会できると?」
この部屋には私以外に二人と扉の外に一人。
おそらくはアポロンの言っていた中級の三人だろう。
先程お茶を淹れてくれた彼女が困ったように首をかしげて、もう一人扉の前に立っている背の高い黒髪の女の姿をした魔を見る。
「主は午後8時まで執務室で政務をしております。それ以降になるでしょう」
事務的な口ぶりからあまり好意的なものを感じ取れない。
なんというか、手持無沙汰の上に敵陣の中で落ち着くこともできそうにない。
口にしないままの紅茶が何度も入れ替えられる位しか部屋の空気を揺らすものは無く、空気が淀んでいるように感じる空間。
高い位置にある小さな小窓から差し込む日の光が無くなって久しくなった頃、ドアが叩かれた。