10話
私とこの男は間違いなく兄妹である。
「なら、仮にも可愛い妹の守護対象を襲うっていうのはどうなんだ、アポロン」
「兄上もしくはお兄様と呼べ」
さらりとした質の良い布のような亜麻色の髪。
瞳の色はアイスブルーとモスグリーンだが目の形はよく似ているし、性質も似通っていると私は思っている。
「で、そのお兄様は結局、何しに来たんだ」
マナが殺気立つので、じゃれてくる兄を無理やり引き剥がして本題に戻る。
もう戦意は無いようだから、どうでも良いと思い始めていた。
「お前の契約主の子供を攫って来いって言われたから、適当に気絶させて拉致ろうと考えてた」
……どうでも良くなくなってしまった。
「穏やかじゃないね。……私から逃げられると思ってたのか?」
正直、力の差は拮抗しているから奇襲されたらマズイとは思うが。
「元々はそういうつもりだったんだけどさ、契約印が無かったし、そこまでする必要ないかなーって考えてた」
いつの間に見たんだというツッコミを押さえて、聞き流せなかった部分に話を向ける。
「本当に本契約していたらどうするつもりだったんだ?マナと一緒に私まで消すつもりだったのか」
彼はマナ個人がどうなろうと気にしないだろうが、私に対してを言えば腑に落ちない。
先程の攻撃は私自身へのダメージがあってもおかしくないものだ。
「いや、俺だってそんなに無謀じゃないって。坊主が相殺するのくらい想定しての攻撃だよ」
地形を変える程の火力だし大丈夫だろう、と笑う兄に返す笑顔が歪む。
「それは、ここら一帯の地形を変える気だったという解釈で良いだろうか」
「え、直すのなんて得意だろ?いつだっけ、湖を埋め立てちまったの……」
「その先は言わなくて良い」
子供の教育上よろしくない。
壊しても直せるということを教えると碌なことにならないのは先の500年で経験済みだ。
「守護対象者を攫う気は無いと、私達を付け狙う必要も無くなったということでいいんだな?」
彼の契約相手に関しては何とも言えないが、彼自身が敵でなくなるというのならまずまずだろう。
「元々いけ好かない奴だったしな、粗を探しはしてた。俺の考えでは守護対象者なら攫う必要は無い」
こちらの言い回しに気が付いて契約外に持ち込んでくれるらしい。
「大体、条件で契約したってのにこの不当な扱いだし?さっきも言ったけどお前を敵に回したくないからやめるわ」
差し迫った危機が避けられて、ホッとはしたがこれで終わりという訳にはいかない。
「マナを付け狙う理由に心当たりは無いか?」
塔を出て10年ほど経つ。
今までのしつこい勧誘のわりには期間が空きすぎているのが不自然だ。
「マナを人質にとってミネルヴァを従わせようとか考えているとかか?」
不自然な点はあるもののそれが一番に浮かぶ。
「いや?お前達が塔から出て行って3か月足らずでミネルヴァを追うのはやめたようだったな」
意外な返答におや、と思うのを感じ取ったのだろう。
「お前の会ったっていう男、純粋な力は無いが――――目は確かだ」
表情をコロコロと変える兄ではあるが基本は柔らかな表情である。
それが、嫌悪に満ちたものであることに嫌な予感がした。
「外道と言ったな、それなりにマズイことか?」
先程から気になっていた彼らしくない言葉に頷く。
「あの男はかなり趣味が悪い」
顔を顰めて、放った言葉は私を凍らせた。
「―――あの男は」