9話
凍えるような声が響く。
一瞬、誰の声か考えたものの間違いなくマナの声。
「もう一度言う、ウピスから離れろ」
ギラギラと光る紺色の瞳は深海のように奥底を見せようとしない。
「俺を狙ってきたのなら、そいつを狙うのは非効率的だと思うが?」
何故、このタイミングなんだ。そう思わずにはいられない。
赤子の頃から世話をしてきた子供は保護者である私を唯一の家族と認識しているようだった。
人間はそれを刷り込みと言うらしい。
生意気盛りで聞かん坊だが、しっかりとそれに当てはまっているようだ。
―――こんなところで発揮せずに別の所でやってくれ、頼むから!
せっかく纏まりかけたというのに、これでは台無しだ。
川の水がうねり、重力に逆らおうと天に手を伸ばし始め、血の気が引いた。
「アポロン、やめてくれ!!その子は!」
まだ魔がうまく扱えないんだ―――渦巻く水が龍のように小川から飛び出してマナに襲いかかる。
咄嗟に近くにあった草花に送り込んだ魔。
間に合え、という気持ちと間に合わないという事実が一度に押し寄せる。
竜巻がマナを飲み込んだ、そう思って愕然としたその時。
「こんな手抜きで俺を倒そうなんて思うな」
内側から水――例えると蕾が花開く瞬間を見た気がする――が円を描きながら広がる。
僅かに足りなかったのだろう草花の壁が散って、水しぶきとともに降ってくる情景は幻想的だ。
「遊ぶつもりは無い、さっさと彼女を解放しろ」
「何でお前に指図されなきゃいけないんだろうね?」
険悪な二人に挟まれて夢の世界から引き戻されると、腕の中から難なくすり抜けてマナの元へ向かう。
「落ち着きなさい」
両頬に手を当てて私と目が合うように顔を上げさせる。
頭半分しか変わらないのだが体制的にはきついのかもしれない、ぴたりと動きを止めた。
振り向くこともせず、言い放つ。
今、目の前にあるものが私の守るもの、他はいらない。
「アポロン、これ以上のことがしたいなら、私が相手をすることにしよう」
力は同等、何が起こるかは予測不能。
「とっても楽しそうだろう?」
怒りに声が震える。
きっと、子供が思い入れを持っているように私にもそれがあるのだろう。
それも、もっと長い付き合いの彼と争っても良いと思える位に。
はったりではないと分かったのだろう。
面白くない、と顔を顰めるもののその顔から敵意は無くなった。
が、これ以上お互いを刺激するはも得策ではない。
何度も言うが旧知の私達だ。
言いたいことも伝わったようで、彼は大袈裟な溜息を吐いた。
「悪かったって、もう手ぇだしたりしねーから怒るなって」
正面対決となれば手加減すれば俺が消し飛ぶし、とへらりと笑う。
「可愛い妹に傷は付けたくねーし」