君は聖女を冷遇していると言われた
実際、主人公のすることも正しいとは言えないだろうけど
「ユールシア。君は聖女を冷遇している!!」
わざわざ執務室に来て怒鳴る声の主は元婚約者のドナルド王太子殿下だ。
王太子殿下の言葉に応えずに、書類に目を通す作業を止めない。
「ユールシア!!」
「ファミリーネームのヴィルガとお呼びください。すでに婚約は解消されているので」
そんな婚約を解消されているわたくしが修道院の執務室で作業をしている時点でおかしいと思わないのだろうか。
いや、思わないのか思っていても自分の中で勝手に理由を作って納得しているからだろう。
「では、ヴィルガ公爵令嬢。お前は自分が婚約を解消されて聖女を……マインが新しく俺の婚約者になったのが疎ましいからって、嫌がらせをして……」
「……………公爵令嬢でもありませんよ。すでに神の道に入って貴族でも何でもありませんので」
もし、仮に、もしかしたら万が一、いや、億が一の可能性があって婚約解消されたことに未練があってもそんなことに無駄な時間を費やすわけはない。
修道院の生活はかつかつなのだ。そんな時間とお金があれば、修道院の運営に回している。
「第一、その理屈でいけば、わたくしではなく、殿下の運命の乙女だったセシリアの方がまだあり得るでしょう」
「セシリアがそんなことをするわけない!!」
恋は盲目。聖女と婚約をしながらいまだかつての恋人を庇う様にどちらが本命なのかと突っ込みたくなる。
話は複雑で呆れるしかないが、殿下の婚約者は幼少の時から決まっていたわたくしだった。公爵令嬢と言う身分と家同士の関係を考慮しての政略的な物で不満を言う以前に分別が付いていなかった。
親に言われたからそうなった。それだけのことだったのだ。当時は。
だけど、年齢を重ねていくことに殿下は不満を抱きだした。王太子妃教育を、するべきことだからと言われて王に従っていたわたくしに、王太子妃教育の賜物だった知識も技術も淑女の在り方も不満だらけだった殿下は、よりによってわたくしの妹のセシリアと仲睦まじくなり、同じ政略結婚なら妹でもいいだろうと周りを巻き込んで婚約者を入れ替えたのだ。
両親に異論はなかった。特に、母は生まれてすぐに王子妃に決まっていた故に生活のほとんどを王城で過ごしていた娘よりも手塩にかけて育てた娘の方を溺愛して、娘が王子妃になれなくなったことよりも娘が王子妃に選ばれたことを喜んでいた。
そして、婚約を破棄されたユールシアをいらないと判断して、修道院に送り出した。
セシリアと王太子は順調にいけばこのまま結婚すると思われたが、そこに待ったが掛かった。
聖女が出現したのだ。
聖女マインが様々な奇跡を起こした為、王家が手中に収めたいのも当然。セシリアとの婚約は聖女が現れたことで白紙になったのだ。
まあ、そんないざこざがあったが、ここで真っ先に疑われるのは自分だというのが解せない。
(あの、母がセシリアを庇っているのか。別の理由か……)
溜息を漏らす。
「――で、その冷遇の内容は如何様なものでしょうか」
仕事の邪魔だから早く出ていってくださいと言いたいのだがそれを告げたらまた長くなりそうなのでさっさと本題に入ってもらう。
「やっと認めたか。お前のしでかした冷遇を」
「いえ。それを判断するので聞かせてくださいと言っているだけです」
「よかろう。愚かなお前にも分かるように教えよう」
「……………」
こちらの言葉を勝手に解釈をして、まるで演説をするかのように、
「マインは聖女だ。聖女のマインが浄化をした領地の領主がお礼をしたいと告げたのにそれを勝手に断った」
(ああ。確かに断りましたね)
それは確かにしたと頷く。
「恩を返したいという心を無下にして、マインの意思も無視しての行い。修道院で働いているのになんて勝手なことをするのか。君は聖女を私物化しているのか」
演説をしている途中でノック音が聞こえるが、王太子は全く気付いていない。
その音を聞いてわたくしがそっとドアを開けたことも気付いていないで一人悦に入ったように聖女マインの話を続ける。
「なんでお前のような奴がマインの世話をしているんだ。ほんと」
「――決めたのは私ですが」
王太子の言葉を遮るように告げるのは先ほどわたくしが部屋の中に招き入れた司祭。
「なっ、なんで、ヴィクター司祭が……」
「先ほどノックがありましたから」
「仕事が立て込んでいるので、話の最中で申し訳ありませんが、事は聖女のことですからね」
穏やかな微笑みを浮かべながらも王太子をけん制している司祭。王太子からすればわたくしを言い包めれば思うように動かせると思ったのかもしれないが、司祭相手では強く出られないのだろう。
なんと言っても、司祭は王太子の兄だ。もっとも、側室の息子であるという理由と聖なる力があるからと継承権を放棄しているのだ。
立場は司祭だが、数年たてば大司教になるだろう。
大司教は唯一国王が問題を起こしたら裁ける立場。目の上のたん瘤なのだ。
「――ヴィクター司祭。聖女のことで何かありましたか?」
聖女のスケジュールを管理していることもあり、非常事態が起きたのならことは一刻も争うと思って尋ねると、王太子も我に返ったように。
「そうだっ!! マインがどうしたっ⁉」
今にも詰めよる様な勢いで口を挟んでくるが、そんな王太子を放置して
「聖女が、アラガン地区には行きたくないと」
「アラガン地区……瘴気が酷い場所ですが、前にも行きましたよね……」
あの時にはそのようなことを言わなかったですがと疑問を口にすると、
「行きたくない場所なら行かせなければいいだろう。マインは聖女なんだぞっ!!」
王太子が口を挟んでくるが、
「それが問題です。聖女の務めは……」
「そんな態度でマインをこき使っているんだな。そんな場所にマインを預けられないっ!!」
文句と共に王太子は出ていき、ドアの外では聖女を無理やり城に連れていこうとする騒ぎが聞こえる。
「――で、行きたくない理由はあそこの領主はお礼の品をくれなかったからだとか」
「お礼の品……」
「ユールシア。貴方が必死に組み立てた移動日数の計画書は近いうちに無効になるでしょう」
「では、すでに前兆が」
わたくしの言葉にヴィクター司祭は頷いた。
その数日後。
「ユールシア!! マインが聖女じゃなくなったってどういうことだっ!!」
王太子の側では泣きながら付いてくる聖女マイン……元になってしまったが。
「お前何かしただろう!!」
いつものように執務室で書類に目を通しているわたくしと瘴気関係で尋ねる予定だった場所に詫び状を書いているヴィクター司祭。
「何もしていませんよ。――いえ、目が行き届かなかったと言えばいいのでしょうか……」
「何をごちゃごちゃ言っているんだっ⁉」
「そのままの意味です」
じっと泣いているだけでこちらを見ない聖女マインに視線を向けて、
「聖女マイン。瘴気の浄化の際にわたくしが禁止にした行為を行いましたか?」
「何が、悪いのですかっ!! お礼と言われて宝石をもらってはいけないとか晩餐に呼ばれたら断りなさいとか……酷いことばかり言って」
しくしく泣きながら文句を言ってくる。
「アラガン地区に行くのを断った理由は……」
「だって、あそこに行っても食事は質素だしっ!! お礼と言われて渡されるのが子供の描いた下手糞な絵だけよっ!! そんなモノのために行くなんて嫌に決まっているでしょう!! セシリアさまが聖女なのに貧しいなんて可哀そうだと言ってくれて話を聞いてくれたのにユールシアさまは何もしてくれないし」
「ああ。セシリアが唆したんですね」
道理でこっちが道を踏み外さないように気を付けていたのに。
「セシリア嬢にはあとで罰を与えないといけませんね」
「妹が申し訳ありません」
頭を下げる。
「ど、どういうことだっ!! なんでそこでセシリアが……」
「――殿下。聖女の記載のある内容を帝王学で学ぶはずでしたが、覚えていないようですね」
だけど、わたくしの次に王子妃になるのが決まったセシリアは、王子妃教育の際に学んでしっかり覚えていた。
「それがいったい何の関係が……」
「聖女は……聖人は守るべきものを平等に愛する必要性があります。王妃の立場は国を愛する存在だから王子妃、王妃になることに支障はありませんが、瘴気の浄化を平等に行わないと判断したら平等に愛せないという判断をされて聖なる力を失うのです」
だから、過度なお礼は禁止されている。
どこぞの領主が宝石を渡す、ドレスを渡すなどして、聖女の力を自領を中心に使ってもらうように手を回し、真に救いを求めている地区にその力が届かなくなるのを防ぐために。
だから、こちらとしては聖女に対しての過度なお礼を断ってきたのだ。
(情報も統制していたけど、セシリアが唆したのね)
聖女の力を失ったらマインが婚約者でいる理由は無くなって、自分が王太子の婚約者に返り咲けるだろうと思って。
「そ、そんなの……」
「元聖女マイン。力を失ったあなたのこの後は元の生活に戻るだけです。だから、平等に力を使うように心掛けて下さいと伝えてきました」
「そんなの……嫌がらせとしか思えないわよっ。だって、いつも冷たいし」
「甘やかしてくれる人は貴方の周りに多かったでしょう。甘やかしてばかりだと貴方のためにならないと思っただけです」
実際に、我こそが聖女の世話をするのだと過度に甘やかしていた者たちが多かった。その筆頭がこの王太子だ。
そんな態度でありながら、セシリアには運命の相手だからと言って、我慢を強いていた。
セシリアの愚行も仕方ないと言えるかもしれないが。
「殿下。セシリアをそんな愚行に走らせた責任と聖女の力を失う要因を作ったと判断させてもらいますので」
聖女が居なくなったので、最近目の下の隈が消えかかっていたはずのヴィクター司祭の負担が増すのが心配だ。
現にヴィクター司祭は数分後に馬車で瘴気の多い地区に移動が決まっている。せめて負担が軽くなるように栄養のある食事を用意するように手はずを済ませた。
力を失った聖女と王太子を相手にしている余裕はないと、すぐに書類をしかるべきところに届けさせて、すぐにこちらも用意をする。
「ああ。そうそう。――聖女の力を失った女性の末路はかなり悲惨なので、お気をつけて」
聖女の力があるからと甘い汁を吸っていた者たちほど末路は悲惨だ。およそ100年前にいた聖女は多くの男性を侍らせていたとかでその恨みを買って、聖女を辞めてすぐにまあ、女性としては惨い状態になって発見されたとか。
(セシリアがすでに暗殺者を雇っているかもしれませんね)
それとも性奴隷になるか……。
そんなことを考えつつ、馬車に乗り込む。
「聖女には長く保ってもらいたかったのに」
愛するヴィクター司祭の健康を考えて。
王太子との婚約が白紙になって、修道院に送られたわたくしにすべきことがあると書類仕事を任せてくれて必要とされる喜びを教えてくれた。
そんなヴィクター司祭の役に立ちたいから聖女の補佐をしたのに。
「わたくしが聖女になれたらよかったのに」
そうすれば負担を減らせるのにと思っている時点で、聖女の資格はないのだが、そんなことを思ってしまうのだった。
女の恨みは恐ろしい




