最終話 螺旋の先
目を開けたとき、
天井が白かった。
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最初に感じたのは、
光。
次に、
重さ。
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体が、
思うように
動かない。
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声を出そうとして、
喉が
かすれた。
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「……」
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機械の音が、
規則正しく
響いている。
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ここは、
どこだ。
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答えは、
すぐに
やってきた。
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「……起きた?」
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聞き覚えのある声。
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ゆっくり、
視線を動かす。
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彼女は、
そこにいた。
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少しだけ
大人びていて、
でも
変わらない目。
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指輪が、
左手で
光っていた。
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私は、
それを
見てしまった。
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でも、
何も
言えなかった。
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「分かる?」
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彼女が
近づく。
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私は、
小さく
頷いた。
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言葉は、
まだ
うまく
出てこない。
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沈黙が、
しばらく
続いた。
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その間に、
私は
理解していた。
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世界は、
進んでいた。
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私だけが、
止まっていた。
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「ね」
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彼女が
言った。
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その声は、
優しくて、
少しだけ
遠慮がちだった。
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「もうさ」
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一拍、
間が
空く。
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「もう、
君が事故にあった頃の年齢に
なっちゃったよ」
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その言葉は、
責めでも、
報告でも
なかった。
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ただの、
事実だった。
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私は、
ゆっくり
息を吐いた。
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胸の奥で、
何かが
ほどける。
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ああ。
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これで、
全部
合った。
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同じ日を
繰り返していた理由。
少しずつ
ずれていた世界。
触れられた
温度。
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彼女は、
私を
引き戻していた。
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待ちながら、
生きながら。
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私は、
彼女を
縛っていた。
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知らないうちに。
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「……ありがとう」
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声は、
震えていた。
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彼女は、
首を振った。
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「違うよ」
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それ以上、
言葉は
続かなかった。
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言わなくていい。
言えなくていい。
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私たちは、
もう
同じ位置には
いない。
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でも、
同じ時間を
大切にしていた。
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それだけで、
十分だった。
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窓の外で、
風が
木を揺らす。
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時計を見る。
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七時四十二分。
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でも、
今日は
四月十七日では
なかった。
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日付は、
進んでいる。
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私は、
この世界に
戻ってきた。
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螺旋の、
次の段へ。
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同じ場所ではない。
同じ形でもない。
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それでも、
私は
生きている。
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それで、
いい。
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございます。
この物語は、
同じ日を繰り返す話として始まりましたが、
描きたかったのは
時間そのものではありません。
人が立ち止まってしまう瞬間。
前に進めなくなる理由。
そして、
進んでしまった誰かを
責めずに受け入れること。
それらを、
「螺旋」という形で描こうとしました。
螺旋は、
同じ場所を回っているようで、
二度と同じ位置には戻りません。
人生も、
記憶も、
関係も、
きっとそうなのだと思います。
主人公が繰り返していた一日は、
やり直すための時間ではなく、
選び続けるための時間でした。
そして、
彼を現実へ引き戻したのは、
奇跡でも、
特別な力でもなく、
誰かが生き続けた時間でした。
待つことと、
生きることは、
必ずしも両立しません。
それでも、
待った時間が
無意味になるわけでもありません。
この物語では、
何かを取り戻すことも、
やり直すこともありません。
ただ、
それぞれが進んだ先で、
同じ時間を
大切にしていた事実だけが残ります。
もし読み終えたあと、
過去の自分や、
もう戻れない誰かのことを
少しだけ思い出したなら。
あるいは、
立ち止まっていた時間にも
確かに意味があったと
感じられたなら。
この物語は、
その時点で
役目を果たしたのだと思います。
静かな時間を、
ここまで共有してくださり、
本当にありがとうございました。




