第七話 引き戻される
目を覚ました瞬間、
右手が
温かかった。
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はっきりと。
迷いようのない
温度。
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私は、
思わず
息を止めた。
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来た。
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理由は、
分からない。
でも、
今日は
違う。
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時計を見る。
七時四十二分。
日付は、
見ない。
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支度をしながら、
右手を
何度も
確かめる。
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温度は、
消えない。
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横断歩道へ向かう。
足取りは、
自然だった。
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不思議と、
焦りはなかった。
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今日は、
止めようと
思っていない。
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理由も、
分からないまま。
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腕時計。
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八時三分。
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音が、
遅れて
やってくる。
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エンジン音。
ブレーキ。
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私は、
反射的に
誰かの腕を
掴んだ。
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「危ない」
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それだけ
言った。
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倒れたのは、
誰でもなかった。
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誰も。
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事故は、
起きなかった。
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周囲が
ざわつく。
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「今の、
危なかったね」
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そう言われて、
私は
頷いた。
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胸の奥が、
静かだった。
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これでいい。
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なぜか、
そう思えた。
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駅のホーム。
電車は、
定刻。
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初めてだ。
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遅れない朝。
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私は、
不安になった。
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この世界は、
進んでいる。
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それは、
喜ぶべきことの
はずなのに。
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昼。
仕事は、
いつもより
捗った。
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集中できる。
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でも、
何かを
失いかけている
気がした。
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夕方。
右手の
温度が
薄れていく。
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指先から、
静かに
抜けていく。
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「待って」
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声が
漏れた。
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誰に向けた
言葉かは
分からない。
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夜。
ベッドに
横になる。
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今日は、
眠りたく
なかった。
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目を閉じれば、
朝になる。
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でも、
その朝が
来る保証は
ない。
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そんな予感が、
胸に
沈んでいた。
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意識が
落ちる直前、
最後に
温度が
戻った。
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今度は、
強く。
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離さない
という
意志を
感じた。
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私は、
小さく
頷いた。
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「……分かった」
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何に対してか、
分からないまま。
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世界が、
ゆっくり
回り出す。
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同じ日が、
ほどけていく。
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螺旋が、
終点へ
向かっていた。
最終話:螺旋の先




