第六話 見舞い
病室は、
いつ来ても
同じ匂いがした。
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消毒液と、
乾いた空気。
時間が
止まった場所。
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彼は、
眠っている。
もう、
何年も。
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最初の頃は、
毎日来ていた。
話しかけて、
名前を呼んで、
手を握って。
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返事は、
なかった。
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それでも、
信じていた。
起きると。
いつか、
必ず。
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年下だから、
待てると思っていた。
時間があると、
思っていた。
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でも、
時間は
私のものじゃなかった。
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仕事をして、
生活をして、
年を重ねて。
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彼は、
何も変わらないのに。
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それでも、
私は
来るのを
やめなかった。
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結婚してからも。
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指輪を
外すことは
しなかった。
外す理由も、
つける理由も、
分からなかったから。
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今日は、
少しだけ
長く
居ようと思った。
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「ね」
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返事は、
ない。
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分かっている。
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ベッドの横に
座る。
彼の手に
触れる。
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冷たい。
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それなのに、
なぜか
離せなかった。
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今日で、
最後にしよう。
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何度も
そう決めて、
何度も
破った。
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理由は、
簡単だ。
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私は、
まだ
彼を
終わらせられなかった。
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手を、
少しだけ
強く握る。
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「……行かないで」
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小さな声。
自分でも
驚くほど
弱い声。
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そのとき、
彼の指が
わずかに
動いた気がした。
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「……え?」
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気のせい。
そう思う。
そう思わないと、
困る。
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私は、
ゆっくり
手を離した。
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「また来るね」
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約束は、
しなかった。
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病室を出る前、
振り返る。
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彼は、
相変わらず
眠っている。
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でも、
なぜか
胸が
ざわついた。
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あの人は、
どこかで
目を覚ましている気がした。
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それが、
ここじゃない
どこかだとしても。
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私は、
廊下を歩く。
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時間は、
進む。
止まらない。
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それでも、
私は
少しだけ
立ち止まった。
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あの手の感触が、
まだ
残っていたから。
第七話:引き戻される




