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螺旋  作者: 悠羽
4/8

第四話 温度

今日は、

 目を覚ました瞬間に

 胸がざわついた。



 時計は見ない。


 日付も、

 確認しない。


 もう、

 意味がないからだ。



 それでも、

 体は

 正確に動く。


 同じ支度。

 同じ靴。

 同じ道。



 横断歩道に向かう途中、

 急に

 足が止まった。



 理由は、

 分からない。


 危険を感じたわけでもない。


 予知でもない。



 ただ、

 引き止められた気がした。



 右手が、

 少しだけ

 温かい。



 握られたような、

 圧。


 確かに、

 そこに

 何かがあった。



「……?」



 私は、

 自分の手を

 見下ろした。


 当然、

 誰もいない。



 横断歩道。


 信号は、

 まだ赤。



 腕時計を見る。



 八時三分。



 今日は、

 事故が起きる。


 そう、

 知っている。



 でも、

 私は

 前に出なかった。



 誰かを

 止めようとも

 しなかった。



 ただ、

 その場に

 立っていた。



 胸の奥に、

 妙な感覚が

 残っている。



 行かないで。



 そんな言葉が、

 聞こえたような

 気がした。



 次の瞬間。



 エンジン音。



 私は、

 反射的に

 顔を上げた。



 車は、

 減速していた。



 ブレーキの音が、

 いつもより

 早い。



 信号が青になる。


 人の流れが

 動く。



 事故は、

 起きなかった。



 私は、

 息を止めていたことに

 気づき、

 ゆっくり吐いた。



 ——初めてだ。



 何も起きなかった

 朝。



 理由は、

 分からない。



 でも、

 右手の温度だけが

 まだ

 残っていた。



 会社に着く。


 同僚が、

 何気なく言った。



「今日、

 駅前、

 静かだったね」



 私は、

 曖昧に

 頷いた。



 昼休み、

 窓の外を

 見ていると、

 ふと

 不安がよぎる。



 もし、

 あれが

 偶然じゃなかったら。



 もし、

 自分の意思でも

 なかったら。



 夜。


 ベッドに

 横になる。



 今日は、

 眠るのが

 怖くなかった。



 目を閉じる直前、

 また

 あの感覚が

 よみがえる。



 誰かの手。


 温度。


 ためらい。



 そして、

 離すまいとする力。



 私は、

 小さく

 呟いてしまった。



「……大丈夫」



 誰に向けた言葉か、

 分からないまま。



 意識が、

 静かに

 沈んでいく。



 世界は、

 今日も

 同じ日を

 なぞる。



 でも、

 確かに

 少しだけ

 違っていた。


第五話:ずれた手

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