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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

寒いお話 ~雨の日、橋の下で差し出された傘は、決して受け取ってはいけない~

暑いな~と思ったので、使い古されたネタかもですが、寒いお話を書いてみました。

ざー。


急に降り出した雨。


下校の時間。下駄箱の前で私はふと雨が降り始めた校庭に目をやった。

今日は雨。朝は晴れていたのに、天気予報、当たったんだ。


それだけで、少しだけ胸が高鳴る。


「きっと、会えるよね。今日も……」


誰にともなく、そう小さく呟いた。



私がそうやって雨の日を待つようになったのは、一か月前からだった。


彼を初めて見かけたのは春。

下校の帰り道、住宅街の外れにある、あの古い小さな橋のある土手の道。


その道を通る時、向かいからいつも決まってやってくる学ランの男子高校生に、私は自然と目が引かれた。


たぶん、わたしと反対側の男子校の生徒。

整った顔立ちとかじゃないけど、なんだか物静かで、きっと本とか好きそうな雰囲気。

本を読んでるところなんて見たことないけど、勝手にそんな想像をしていた。


いつの間にか、私は下校のたび彼の姿を探すようになっていた。


目が合ったことは何度もある。

けれどそのたびに、私は慌てて目を逸らしてしまって――

いつもその繰り返し。


もしかしたら、彼も、わたしの視線に気付いてるかも。

なんて、彼が視界に入るだけで、私は嬉しくて、密かな下校の楽しみだった。


だけど、ある日から、彼の姿を見なくなった。

季節は春から初夏に変わり、蝉の声が響き始めても、彼は現れなかった。


寂しいなって、そう思っていた頃。


――一か月前、雨の日だった。


あの日、降り出した夕立の中。


私はその日、なぜか土手から小さな橋の下に伸びる河川敷の道を通った。


そして、あの小さな橋の下で、私は見つけた。

ずぶ濡れになりながら、柱に寄りかかっている彼の姿を。

彼はいつもの学ランのまま、傘も持たずに、雨宿りしているように見えた。


「忘れたのかな、傘……。彼、意外とドジなんだ」


思わずそう呟いて、私はくすりと笑ってしまった。

すれすれまで増水した川面を気にしながら通り過ぎた。


「危ないぞ、こんなところにいたら」


そう呟いた自分が、一度だけ泥に足を取られた。



それからというもの、私は雨の日が待ち遠しくなった。

決まって雨の日、彼はあの橋の下にいたから。


「彼ったら、ほんとうにドジなんだな」


だけど、話しかける勇気はなかった。

彼の存在が私には遠すぎて、手を伸ばすことすら怖かった。



「行ってきま~す」


返事はない。まあ、そんなもんでしょ。


そんなある日、天気予報で「帰りは雨」と聞いた私は、

意を決して、傘を二本、鞄に忍ばせた。


「今日は、渡せるかな……」


心臓がどきどきしていた。


それにしても、最近文芸部のみんなとも話をしていない。

なんだか、みんなしんみりとしていて話しかけづらかった。


……そういえば、最近、誰ともちゃんと話をしてない気がする。


まあ、気のせいだよね。

夏休みに入る前に、部誌の編集で話し合うし。


下校の時間、雨は予報通りに降っていた。

ぽつぽつと、まだ小雨だけど、すぐに本降りになる気配。


胸に抱えているのは紺の傘、もう一つの白い傘を開いて、私はいつもの帰り道を歩く。

少し早足になるのは、雨が冷たいからだけじゃない。


彼に、会える気がして――

ううん、今日は会わなきゃって、そう思っていたから。


古い橋が見えてくる。


河川敷の道を下り、橋の下へ。


コンクリの壁際。

そこに、やっぱり彼はいた。


学ランのまま、壁にもたれていた。

顔は伏せ気味で、俯いているようにも、ただ眠っているようにも見えた。


「……やっぱり、いた」


私はゆっくりと歩み寄る。

足音に気づく様子はない。

いつもは視線だけでも気配を感じていたのに、今日は妙に静かだった。


彼の前で立ち止まる。


でも、声が、出なかった。


こんなに準備してきたのに、何を言えばいいのかわからなくて、

心臓がどくどくと音を立てるばかり。


けれど、勇気を振り絞った。


彼の手元に、胸にしていた傘をそっと差し出しながら、私は声をかけた。


「……あの、良かったら、これ、使ってください」


その瞬間、彼がゆっくりと顔を上げた。

初めて、間近で見る彼の顔。


雨で濡れた髪が額に張り付き、雫が頬を伝っていた。

その瞳は、どこか遠くを見るような、深い色をしていた。


「……それ、僕に?」


かすれた声。

けれど、私にはちゃんと聞こえた。


彼も緊張してるのかな……。


少しほっとして私は頷いた。


「はい。いつも、ずぶ濡れだったから……」


彼は少しだけ驚いたように目を開いたあと、ゆっくりと、ふっと微笑んだ。

その微笑みが、どうしようもなく優しくて、胸がぎゅっと締め付けられた。


「……ごめんね。君を救えなくて」


彼はそう言って、そっと私の手を押し戻すように小さく手を上げた。


え? 私を……救うって?


私が混乱しながら黙っていると、彼はそっと言った。


「君にはもう、傘は要らないんだ」


「え……?」


私は思わずそう聞き返した。


彼は私をじっと見つめた。


「だって、君は――もう、雨に濡れたりしないだろ?」


言葉の意味がわからなくて、私は黙ってしまった。


ふと、制服に目を落とす。


確かに、私は濡れていなかった。


こんなに強い雨なのに。

私の身体は、髪も服も、どこも濡れていなかった。


……おかしい。


ふと彼の背後を見ると、折れて骨を覗かせた白い傘と、花束。


え? わたしの――傘?


そっと見守る彼の微笑みが、どこか悲しそうで――


そう思った瞬間、背後から突風が吹き抜けた。

ざあっと雨音が強くなる。


気づけば、彼の姿も、雨音の向こうに滲んでいく。


驚いて瞬きをした――


――次の瞬間。


わたしは家のリビングにいた。


すすり泣く母の声。


「……お母さん、どうしたの?」


声をかけたけど、振り向いてくれない。


まるで、私の声なんて届かないみたいに。


どうして、私の方を見てくれないの?

ねえ、わたしはここにいるのに。


そして、つきっぱなしのテレビからニュースが流れた。


『事故の女子高校生、病院で死亡』


一か月前、雨で増水した川に落ちた女子高校生を助けようとして、男子高校生が死亡した事故がありました。

救助された女子生徒は意識不明のまま入院していましたが、今朝、死亡が確認されました。


……えっ?


まさか、これって……。


その瞬間、あの光景が――。


雨で増水した川。

泥に足を滑らせて、私は流れに呑まれた。

宙を舞う白い傘。

そして、駆け寄ってきた彼。

水の中で差し出された、彼の手――。


ドジなのは――私だ。


テレビに映し出された“亡くなった二人”の顔写真は――


私と、彼だった。



その橋の下は、雨の日になると、ふたりの制服を着た幽霊が出ると噂されている。


傘を差し出す女の子と、それを受け取る男の子。


そしてふたりは微笑みながら、仲良く紺と白の傘を差して歩き出し――

ふっと雨の中に、溶けるように消えて行くのだそうだ。


……だから、雨の日に、その橋の下で傘を差し出されても、

決して、受け取らないでほしい。


そのまま、ふたりと一緒に――

雨の中へと、消えてしまうかもしれないから。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 いろんな意味で「さむっ」と思っていただけたら、

 ぜひ評価・ブクマで震えを分けていただけたら嬉しいです(=^・^=)

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