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第9話 異世界で初めてのダンジョンアタックを迎えた話

 ダンジョンの入口に立った俺たちは、無言のまま肩を並べていた。


 “火のダンジョン”と呼ばれているが、入口付近は想像よりもずっと空気が冷たい。むしろ、薄暗く湿った空間が続いているだけで、今のところ特別な熱気や火の気配はまるで感じられなかった。


 ……そういえば、俺が異世界に転移してきた時、最初に目を覚ましたのもこのダンジョンのどこかだったはずだ。そのときも別に暑いとは思わなかった。


 フェリスさんが後ろから俺の肩を軽く叩く。 「どうした、緊張でもしてんのか?」


「いや……別に…。ただ火のダンジョンって聞いていたからもっと厚い洞窟なのかと思っていて……」


 俺がそう返すと、バルドが喉を鳴らして笑った。


「火のダンジョンが本当の顔を見せるのは六階層目からだ。ここはまだ“序の口”ってやつよ」


 フェリスさんも俺たちの会話を聞きながら頷く。


「そうだな。最初は湿気がきついだけの普通の洞窟だぞ」


「……なるほど」


 少しだけ肩の力を抜く。とはいえ初日に文字通り死ぬほど怖い思いをした場所でもあるため一向に緊張はなくならない。


「慎重に行こう。……ゆっくり、足元に注意しながらな」


 俺が自分に言い聞かすようにそう言うと三人も静かに頷く。


 そうしてしばらく進むと、フェリスさんがピタリと足を止めた。


「……オーク、三匹。前方左奥から」


 即座に全員の動きが止まる。バルドが振り返り、俺を見てニヤリと笑う。


「さて、リーダー……どうする?」


 全員の視線が俺に集まる。


 昨夜、チャッピーと何度もシミュレーションした通りに口を開く。


「バルドさんは……剣で盾を叩いて、オークの注意を引いてください」


「承った」


「ミィナさんは……二匹にスロウを掛けて動きを鈍らせてください」


「承知しましたわ」


「フェリスさんは……バルドさんに向かってくるオークから順に撃ってください」


「了解!」 


 息を詰めて告げた作戦に、三人がそれぞれ了承の返事をしてくれる。

 そうしてバルドさんが肩を竦めて笑った。


「了解。派手に行くぞ!」


 重たい盾が響く音と共に、戦いが始まる。バルドさんが一歩踏み出し、大きく剣で盾を叩く。乾いた金属音がダンジョン内にこだますると、遠くから低い唸り声が返ってきた。間違いなく、こちらに向かってきている。


 ミィナさんは胸元でそっと指を組み、低く詠唱を始める。言葉の意味はわからないが、その響きが空気を震わせ、淡い青白い光がオークたちの足元に絡みついていった。


「……スロウ、展開完了」


 フェリスさんが、矢を番えたまま息を止める。その目は鋭く、既に獲物を捉えている。


 オークたちは確かに動きが鈍っていたが、完全に止まったわけではない。鈍重ながらもこちらに向かってくる巨体、その足音が地面を揺らし、耳に響くたびに全身に嫌な汗が滲む。


 バルドさんが一歩踏み出し、盾を高く掲げた。その巨体すら押し返しそうな勢いで迫ってくるオークを真正面から受け止めるためだ。


「……来いよ」


 バルドさんの低い声に、オークが本能のまま突進する。巨体がぶつかり合う直前、フェリスさんの指が放たれた。


「──行くぞ!」


 弦が鳴り、矢が空気を裂く。

 狙いは正確。突進してきたオークの額へ、寸分の狂いもなく突き刺さる。


「一体、仕留めた!」


 それでも、残り二体が間髪入れずにバルドさんへと詰め寄る。


 バルドさんは盾を掲げ、全身で受け止める。一体、二体、三体……次々と襲い掛かる巨体の衝撃に、盾を支えるバルドさんの足元の石がめり込むほどだが、スロウが利いているためか動きは鈍くバルトさんは余裕を持って攻撃を防いでいる。


「うおおおおおっ!!」


 バルドさんが吠える。その一瞬の隙を突いて、二の矢、三の矢が放たれる。


「二体目、撃破!」


「三体目……少し外した!」


 矢が肩をかすめたオークが、怯んだ隙にバルドさんが重心をずらし、盾の縁を勢いよく打ち込む。オークが呻き声を上げて膝をついた。


「ミィナさん、足止めをもう一度!」


 俺の声に、ミィナさんが慌てて詠唱を再開する。再び青白い光がオークの足元を絡め取り、動きを鈍らせた。


「今だ、フェリスさん!」


 最後の一矢が放たれ、オークの胸元を深く貫いた。


「……仕留めた」


 バルドさんが盾を下ろし、深く息を吐く。


 湿った空気に、俺たち全員の呼吸が混じり合う。


 無傷で戦闘終了。指先が震えるほどの達成感と緊張。ポケットに忍ばせているスマホ―を少し握りチャッピーに感謝の気持ちを伝えると、応答のつもりか軽くスマホが震える。


 しかし、今の俺に気を抜く暇はない。俺はすぐに周囲を見回し集中を継続していく。


———


 俺たちは再び、湿った岩壁に沿って慎重に歩を進めていくがすぐにフェリスさんが立ち止まり、前方をじっと見据える。


「……またいる。オーク、単独」


 先ほどと同じように、小さく囁かれた報告。


 俺は立ち止まり、ほんの一瞬だけ考える。


 さっきの成功が脳裏に浮かぶが、調子に乗ってはいけない──そんな冷静な声も自分の中から聞こえてくる。


「……また、誘導をお願いしますバルドさん。今度は俺が討ち取ります」


 俺は静かにそう口にした。


 バルドさんがゆっくりと盾を構え、また一歩前に出る。


「分かった。お前は落ち着いて儂の後ろからチャンスを狙え。くれぐれも無理はするでないぞ」


「はい、ありがとうございます」


 俺は深く頷き、剣を構え直す。フェリスさんとミィナさんも、緊張を高めながらその場で待機している。


 バルドさんが静かに剣で盾を叩き、金属音を響かせた。オークが反応し、喉を鳴らしながら巨体を揺らしてこちらへ向かってくる。


「おい、こっちだ……!」


 バルドさんが挑発するように声を上げると、オークは棍棒を振り上げて唸り声を上げながら突進を開始する。


「鯱、今だ!」


 バルドさんの声に反応し、俺はすぐに横へ回り込む。音を立てないように足を運び、バルドさんの影から一気に踏み出した。


 オークがバルドさんに集中している隙を狙い、剣を大きく振り上げる。


「はああっ!」


 刃がオークの脇腹に深く食い込み、巨体が崩れ落ちる。

 俺は呼吸を整えながら、ゆっくりと剣を下ろした。なんとか練習通りに打倒すことが出来た。


「……よし、無事討伐だ…」


 バルドさんが盾を下ろし、こちらを振り返って静かに頷く。


「うむ、よくやったぞリーダー」


 フェリスさんもミィナさんも、同じように安堵した表情を浮かべていたが、フェリスさんがゆっくりとこちらへ歩み寄りじっと俺の手元を見つめる。


「……3日前に見た時より、ずいぶん太刀筋が綺麗になってるな」


 俺は思わず剣を見つめ返し、少しだけ首を傾げる。


「綺麗、ですか……?」


 ミィナさんも隣に並び、静かに頷いた。


「剣は素人ですが私もそう思いますわ。あの時はただただ力任せに振り回しているだけに見えましたが……今の一撃は、とても無駄がなく洗練されているように感じました」


 バルドさんも腕を組み、重々しい声で続ける。


「……確かに、前回とは別人みたいだったな。芯が通っていた」

 俺は驚きながら、再び自分の両手を見つめ直した。


 あの日、小町さんに助けられてから、こうして自分の力で戦えるようになるなんて想像もしていなかった。


 だけど、確かに今日の俺は、あの頃の俺とは違うし、言われてみると3日前と比べても手に残る感触がいい意味で全然違う気がする。


「……不思議です。あの時は、剣を振るだけで精一杯だったのに……今日は、なぜか、ちゃんと狙いを定めて動けている気がします」


 言葉にしながら、自分でもその変化に戸惑っていた。


 フェリスさんが、にやりと笑う。


「成長したってことだろ。たった数日でも、ここまでやれりゃ上等だ」


 ミィナさんも小さく笑みを浮かべて続ける。


「努力の成果、ですわね」


 バルドさんは、腕を組んだまま俺をじっと見据え、低く言った。


「……自信を持て、リーダー。お前は、確実に前に進んでいる」


 その言葉に、思わず顔がほころぶ。ゆっくりと息を吐き、剣を鞘に収める。


「……ありがとうございます」


「だけどなんか特別な訓練でもしたのかお前?」


 フェリスが不思議そうに尋ねてくるが特に変わったことや特別なことをした覚えはない。


「…継続して素振りはしていましたけど本当に何もしてないんですよねぇ。なんですかね??昨日も素振りのあとちょっと小町さんと打ち合ったくらいで……」


「「「!!??」」」


 三人がまるで時間が止まったように固まる。


 空気が一瞬にして張り詰め、誰もが言葉を失っているのがわかった。バルドさんが、やがてゆっくりと重い口を開く。


「……お前、今なんて言った?」


「え? 小町さんと……少し打ち合ったって……」


 そう答えると、フェリスさんが額に手を当て、深いため息をついた。


「……無事だったのかよ、それ……」


 ミィナさんも信じられないと言わんばかりに首を振り、顔を青ざめさせている。


「まさか……あの小町さんと本当に……?信じられません……」


 バルドさんが低く唸り、腕を組み直して俺に向き直る。


「……あの人はな、ギルドの職員になる前…つい1年程前まで、“冬眠明けの熊”って呼ばれて恐れられていた、このギルド最強の冒険者だ」


「……え?」


 まるで耳を疑うような話に、俺は言葉を失う。


 フェリスさんが肩を竦めるように続ける。


「腕も反応も戦闘勘も……全部が桁違い。あの人を相手に打ち合いなんて、普通は命知らずがやることだ」


「しかも、あの人……風の噂によると手加減が死ぬほど苦手なはずで、訓練中に相手を誤って壊すって噂までありましたわ……」


 ミィナさんの声が震えている。


「……しゃ、鯱無事で良かったな……?」


 俺は三人の様子に戸惑いながらも、改めて小町さんのことを思い出していた。あの無表情な顔、最後まで淡々と指導してくれた姿。


 そういうことはもっと早めに教えてほしい。

 ……確かに、俺を壊そうとはしていなかったしそこまで痛い目に合っていないが…。ただ、一度だけ呟いた言葉が耳に残っている。


『……良かった、鯱が壊れなかった』


 あの時は冗談半分かと思っていたがあれは、本気だったのか…。

 一人、立ち尽くす俺を見て、バルドさんが小さく息を吐く。


「ま……まぁ結果的に無事だったんだならそれでいいじゃろう。く、くれぐれも儂は巻き込むでないぞ」


「た、確かにな。今こうしてここに立ってるだけで幸せだもんな」


 フェリスさんが引きつった笑顔でフォローなのかよくわからないことを言っている。


「……もう、無茶はなさらないでくださいね、鯱さん」


 いいえミィナさん、ただの訓練のつもりだったんです。


 仲間たちのそれぞれの激励?にようやく胸の中の緊張が少しだけほぐれる。

 次回からは賄賂ハンバーグを渡してでも小町さんとの訓練は回避することを固く決意する。


 そうして俺たちは、再びダンジョンの奥へ向かって、ゆっくりと歩み始めた。







『(……全然出番がない)』









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