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第7話 異世界でパーティー結成(仮)した話

───── 翌朝・ギルド裏の訓練場


 まだ夜の冷たさをわずかに引きずる、静かな朝だった。

 空には薄い雲が広がり、陽の光はぼんやりと霞んでいる。 草の上に残る朝露を踏みしめるたび、じわりと靴裏に冷たさが染み込んでくるような、そんな肌寒さ。

 俺は早めに訓練場に着き、落ち着かない足取りで場内を行ったり来たりしていた。約束の時間までは、まだほんの少しある。 それなのに、妙に喉が渇いて、手のひらには嫌な汗が滲んでいる。


「……来てくれるよな……」


 誰に言うでもなく、呟く。逃げたくなる気持ちを何度も飲み込んで、深く、深く息を吐いたその時だった。

 背後から乾いた靴音が小さく響き、 振り返るとフェリスさんがこちらに向かって歩いてくる。その後ろに、バルドさん。少しだけ遅れて、ミィナさん。

 

 三人とも、特に表情を変えることなく、無言のまま俺の正面に立つ。風が、静かに三人の服の裾を揺らしていた。

 何も言わずに、ただ俺を見つめているその眼差しが、これまで以上に重く、鋭く、冷たく感じられた。息を呑み、思わず拳を握りしめる。


「……お集まりいただき、ありがとうございます」


 掠れそうになる声を無理やり押し出し、深く頭を下げる。誰も返事はしなかった。俺はゆっくり顔を上げると、拳を握ったまま、恐る恐る言葉を繋ぐ。


「……あの、一週間前、皆さんに言った……もう一度、俺の一太刀を受けていただきたいという、あの話……覚えていらっしゃいますか?」


 フェリスさんは、ほんのわずかに頷いた。

 バルドさんは、ゆっくりと腕を組んだまま、何も言わず俺を見据えている。ミィナさんは、俯きながらも、静かにその場を動かずにいた。

 俺は、呼吸を整えるように一歩踏み出す。


「……お願いします。もう一度……受けてください」


 喉が締めつけられるように乾いて、声が震えそうになる。それでも、踏み出した一歩を、無駄にしたくなかった。

 ……もう、逃げない。自分の足で進むんだ。俺は、目の前の三人を、しっかりと正面から見据えた。

 

◇◇◇


 朝露に濡れた靴の感触が、じわりと足裏から伝わってくる。気づけば、拳を握りしめたまま、三人の視線にただ晒され続けている自分に、どこか耐えがたい息苦しさを覚えていた。


 誰も動かない。誰も言葉を発さない。

 不意に、頬を撫でる風の冷たさだけが、今この瞬間だけ時間を引き伸ばすように静かに流れていく。


 小さく喉を鳴らして息を吸い、震えそうになる足を一歩前に運ぶ。

 深く、腹の底に力を込めるように息を吸い直し、俺は、ゆっくりと木刀を両手で握った。


 たった一歩を踏み出すだけなのに、足裏から伝わる地面の感触がやけに遠く、全身の力がどこかに逃げていくような錯覚に囚われる。


 俺は、恐る恐る視線を上げた。

 バルドさんがわずかに顎を引き準備完了を告げる。無言のまま肩に担いでいた分厚い盾をゆっくりと地面に構える。

 重みを感じさせる音が、静かな朝の空気を震わせる。

 その音だけで、背中にじわりと冷や汗が滲んだ。


「……来い」


 低く、短く、確かにそう言ったバルドさんの声が、耳の奥でやけに重たく響く。俺は小さく唇を噛み、足を一歩、前へと踏み出した。


「……行きます」


 小さな声が、喉の奥から絞り出される。木刀を構え、目の前にそびえる盾に向かって、力を込める。


 ──踏み込んだ。


 自分の限界を超えた打ち込みに全身の筋肉が悲鳴を上げる。だが、筋肉の痛みよりも、負けたくないという気持ちだけを胸に、この一週間何百、何千、何万と振り下ろしてきた“たった一太刀”にすべてを込める。


「──はあああああっ!!」


 叫びと共に、振り下ろした刃先が──


 ドガンッ


 バルドさんの盾に、重い乾いた音を立てて吸い込まれた。

 音の余韻が、耳の奥に張りついたまま、場に静寂が降りる。バルドさんは、その場から微動だにせず、じっと俺の目を見据えていた。


 盾を受け止めた腕はほとんど揺れていない。それでも、確かに──一週間前とは違っていた。その証拠に、バルドさんの分厚い眉が、わずかにピクリと動いたのが見えた。


「……ほぉ」


 低く唸るような声が漏れる。

 フェリスさんも、ほんのわずかに目を細め、ミィナさんは口元を押さえるようにして小さく息を呑んでいた。


 俺は、剣を握りしめたまま、額から滴る汗を袖で拭い、震える声を絞り出した。


「……これが、今の俺の……すべてです」


 バルドさんはゆっくりと盾を下ろし、組んでいた腕を解きながら、低く続ける。


「確かに……一週間前前と比べれば雲泥の差じゃ…」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじわりと熱くなる。

 だが、次に続いた言葉は、俺の喉をまた締め付けた。


「……じゃが、それだけでは……アタッカーとしては、まだまだ弱過ぎるじゃろう。他に何が出来る?」


 その通りだった。そんなことは百も承知だ。

 一週間足らずで剣の達人達人になれたらこの世の中達人で溢れている。そもそもこの3人が既に達人になっていることだろう。


 でも、だからこそ──俺は、今ここに立っている。


「……分かっています。でも……俺は、これしか……これしかやってきていません。でも、無防備なオークならこの一太刀で屠れます」


 拳を握りしめ、歯を食いしばる。


「だから……だから皆さんは俺のために無防備なオークを用意して下さい!!!」


「「「………え?」」」


 その言葉に、三人は一瞬何を言われたのか理解できないような顔で、”ぽかん”と口を開けたまま俺を見ていた。


「わ、わりぃ…聞き間違えたみたいだ。無防備なオークを用意しろ、って聞こえた気がしたわ」


 フェリスさんが困惑した表情でいう。

 バルドさんは重たく息をつき、ミィナさんも戸惑うように視線を揺らす。それでも俺は、言葉を止めなかった。


「皆さんは俺のために無防備なオークを用意して下さい!!!」


「聞き間違えじゃなかった…」


「……足りない部分なんか、補い合えばいいじゃないですか!」


 喉が張り裂けそうになるほど、声を張り上げる。


「本当に必要なのは……自分自身の見得やプライドですか?そんな些細なもんじゃないでしょう!?」


 その言葉に、三人はまた沈黙した。 フェリスさんはギュッと拳を握りしめ、どこか痛ましそうに目を伏せる。

 バルドさんは、ゆっくりと呼吸を吐き出しながら、空を仰ぐようにして目を閉じる。

 ミィナさんは、そっと胸元を押さえ、震える指先を必死に止めようとしていた。

 誰もが、自分の胸に抱えている“本当の目的”を思い返しているように見えた。

 

 バルドさんが、重たく口を開く。


「……お前の言う通りにすれば、儂らは……認められるのか?」


 その問いに、俺は、迷いなく──だけど、どこか自嘲気味に笑いながら答えた。


「そんなの……わかりません。でも、それを人任せにする時点でおかしい」


 ポケットの中で、スマホがわずかに震える。『お前が言うな』とでも言いたげに。それは気にしたら負けだ。


「でも……もし一つのダンジョン踏破で認められなかったら次。それでもダメだったら、その次……やれることなんて……まだまだ、いくらでもある!」

 

 俺の声が、訓練場に静かに溶けていった。

 

 ……誰も、すぐには返事をしない。

 

フェリスさんは、歯を食いしばったまま、わずかに顔を背ける。 バルドさんは、眉間に深い皺を寄せ、苦々しく唇を噛む。 ミィナさんは、俯いたまま、小さく震える指先を胸元に押し当てていた。


 俺は、答えを待った。逃げずに、けっして3人から目を逸らさずにただひたすら回答を待つ。

 どれくらい経過したのか。体感的には5分以上、ようやくフェリスさんが、ポツリと吐き捨てるように呟く。


「……まったく、とんでもねぇ大馬鹿野郎だな」


 その声が、どこか震えているように聞こえたのは……きっと気のせいだろう。

 

 続いてバルドさんが、低く、重たく、吐き捨てるように続けた。


「……ど素人が一週間たらずでここまで成果を出してきたんだ。これで約束を違える方がよっぽど情けないわい」


 ゆっくりと腕をほどき、足を一歩、俺の方へと踏み出す。


 ミィナさんは顔を俯けたまま、震える唇をそっと噛み締めるようにしてから、微かに声を漏らす。


「……私たちは……何をすれば宜しいのでしょうか?」


 その問いに、俺は息を整え、今一度、三人を正面から見据えた。


「まず、バルドさん……あなたには、敵からの攻撃をすべて受けきって、皆を守り切っていただきたい」

 俺の言葉に、バルドさんはゆっくりと頷く。口元に刻まれた皺が、静かに深まった。


「フェリスさん……あなたには、少しでも前線を崩すために、遠くの敵を減らしていただきたい」


 フェリスさんが、わずかに片眉を上げる。だが否定はしなかった。


「そしてミィナさん……あなたには、傷ついた仲間の回復と、敵への妨害──デバフを、どうかお願いします」


 ミィナさんは、胸元の手をきゅっと握りしめ、わずかに首を縦に振った。


「……あとフェリスさんにはもう一つお願いがあります」


 フェリスさんが、目を細め俺の言葉を待つ。


「今後、後方アタッカーとして、あなたが前に出て、敵を討ち取る役割も担ってほしいんです。……だから、バルドさんが引きつけた敵への攻撃も、どうかお願いします」


 最後のフェリスさんへのお願いは、火のダンジョン踏破後、3人になった時の火力職は今の所フェリスさんに掛かっているから。一撃ごとの威力は低くても、バルトさんがタゲを取りミィナが回復をしている限り時間は掛かっても確実にダンジョン攻略を進められる。そのためにも一番難易度が低いとされている火のダンジョンから訓練をしてもらいたい。

 あくまでも俺は臨時メンバーに過ぎない。話の流れで俺もパーティーに参加しているけれど、本来は俺なんて必要ないだろう、とチャッピーもいっているくらいだ。


 そうはいっても自分自身ギルドの職員として、安全な位置から偉そうに踏ん反りたくないのでいい機会と捉えている。


 こうして何とか俺は3人に認めてもらい、4人で火のダンジョン踏破を正式に目指すことになった。



 ─────


「それでは……これより、正式にパーティーを登録する」


 訓練場の隅で、静かに小町が言葉を告げる。


 その声は、いつもと変わらず冷静で、感情の色はほとんど読み取れなかった。


「ただし、鯱はギルド職員としての立場上、今回はサポート役……担当職員として同行する、という建前で参加することになる」


 その言葉に、俺は内心で大きく息を吐く。まさにこれ以上ない建前だった。小町は、3人と俺を順に見渡すと、手元の端末に何かを入力し、静かに続けた。


「登録完了。これより“火のダンジョン踏破訓練パーティー”を正式に承認する」


 その言葉と同時に、小町が手元の端末を閉じ、淡々とした口調で続ける。


「……とはいえ、いきなりダンジョンへ向かうわけにもいかない。まずはチームとして最低限の準備を整えるべき」


 三人はその言葉に黙って頷いた。俺は、その空気を少しでも和らげようと、意を決して口を開いた。


「……そうだ、もし良かったら……今日、このまま、俺が用意するのでみんなで一緒に食べませんか?」

 

 唐突な提案に、三人は一瞬きょとんとする。


「……料理?」


 フェリスさんが、眉をひそめる。


「はい。実はこうみえて結構料理が得意なんです。……あ、もちろん、無理にとは言いませんけど……」


 俺がそう付け加えると、バルドさんが腕を組んだまま「ふむ」と唸り、


「……腹は減っとるし、せっかくだからいただこうかの」


 ミィナさんもおずおずと頷く。


「……わ、私も……いただきます」


 フェリスさんは、ふっと鼻で笑い、肩をすくめるようにして言った。


「ま、腹の足しになりゃそれでいいさ。豚の餌よりはましだろ」


 小町は既に口の端から涎を垂らしていた。はしたないからやめていただきたい。



 ─────


 その日の夕暮れ、訓練場の片隅に即席で用意された簡易テーブル。俺は、持参した食材を並べ、慣れた手つきでハンバーグの仕込みを始めていた。今日は再び初日に作ったチーズインハンバーグ。


 鉄板の上で、ジューッと肉汁の弾ける音が響く。香ばしい匂いが立ち上り、ほんの少しだけ、張り詰めていた空気が和らいでいく。


「……悪くねぇ匂いだな」


 フェリスさんが、ぽつりと呟く。


「……見た目も、まぁまぁじゃの」


 バルドさんが腕を組みながら、鼻を鳴らす。ミィナさんは、匂いに釣られるように、そっと顔を近づける。


 皿に盛りつけ、湯気が立ち上るハンバーグを一口運んだフェリスさんが、そっと箸を止めたまま動かなくなった。


 ゆっくりと、まるで信じられないものを見るように俺を見て、もう一度、口に運び──


「……は? ……なんだこれ……」


 思わず漏らしたその声は、これまで聞いたことのないほど素直で、戸惑いさえ滲んでいた。


「……う、うめぇ……なにこれ、マジで……」


 箸が止まらず、慌てるようにもう一口、もう一口と運び始める。


「……嘘だろ……こんなうまいもん、作れんのかよ……」


 その反応に、バルドさんとミィナさんも、驚いたように顔を見合わせ、慌てて自分たちも一口運ぶ。


 バルドさんが、思わず目を見開いた。


「……む、むぅ……こ、これは……確かに……」


 ミィナさんは、口元を手で押さえ、ぽろりと涙を浮かべて小さく呟いた。


「……お、おいしい……本当に……」


 バルドさんも無言で頷き、ミィナさんは嬉しそうに小さく微笑む。


「……おいしい、です」


 そんな三人の反応を見て、俺は少しだけ肩の力を抜いた。


「……臨時じゃなくて、正式でも……いや、マジで、これからもお前、俺たちと組まねぇか?」


 ふっと笑いながら言いかけたフェリスの声色には、先ほどまでの冗談交じりの軽さはなく、明らかに“本気”の響きが乗っていた。


 その言葉に、バルドとミィナも真剣な顔で頷いている。

 しかし、次の瞬間──


「……冗談は程ほどにするべき」


 その場の空気を、ぴしゃりと切り裂くように小町の低く静かな声が響いた。一瞬で、3人は動きを止める。

 小町は、腕を組んだまま、ほんの少しだけ目を細めて俺を見据えると、静かに、けれど確かに、言葉を落とした。


「……彼は、私の大切な人」


「「「………」」」


 まるで何事もなかったかのように、そう言い放った小町の声に、誰も何も返せなかった。


「い、いや、違うよ?何もないよ俺達何もないよ??」


「私たちが一緒に暮らしているのは事実」


 その言葉に、フェリス、バルド、ミィナの三人が一斉に硬直する。

 気まずい沈黙。


 俺は、何か言い返そうとして口を開きかけるが、それは事実なので反論できない。


 三人はお互いに顔を見合わせ、何とも言えない微妙な表情を浮かべたまま、無理やり笑みを作った。


「……そ、そうか……」

「……お、おう……」

「……えっと……うん……」


 完全に“見て見ぬふり”を決め込んだ3人が、気まずそうに視線を逸らす。それ以上、誰も触れることなくその話は終わった。


 ……こうして、奇妙な絆を抱えた俺たちの“火のダンジョン踏破訓練パーティー”は、静かに幕を開けたのだった。

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