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第5話 異世界で社畜が覚悟を決めた話

───── 小町の自宅・夕食時


「……やれやれ」


 この家の台所に立つのは、これで二度目。 初めて包丁を握ったときは、借り物の空気に馴染めず、やけに手元が落ち着かなかったが……二度目ともなれば、少しは慣れてきたように錯覚するから人間というのは厚かましい。


 とはいえ、俺にできることなんて限られている。 買い出しも調理器具も小町任せ。俺ができるのは、与えられた材料を“それっぽく”料理に仕上げることくらいだ。


 今日選んだのは──チーズインハンバーグ。昨夜、パスタとスープを作った後、小町がぽつりと「……次は肉料理が食べたい」と呟いたのを思い出しただけだ。


 リクエストされたからには応えるしかない。 二夜連続で台所に立つ羽目になるとは思わなかったが、どうせやるなら徹底的にやってやろうと気合いを入れ直す。


 ひき肉に塩胡椒、卵とパン粉。 指先に冷たい感触がまとわりつくのを我慢しながら、粘り気が出るまで練り続ける。


 捏ねあがったタネを手に取り、真ん中に適当に割いたチーズを押し込んで包み込む。 鉄製のフライパンに油をひき、火加減を気にしながら焼き色をつけ、最後に蓋をして蒸し焼き。 チーズが溶けすぎないタイミングを見計らって火を止めた。

 皿に盛りつけ、息をつく。


「……よし、完成だ」


 食卓に運ぶと、小町は座ったまま無言でそれを見つめていた。 その目が、わずかに潤んでいるのに気づく。


「……これが……ハンバーグ……」


 小町は静かにナイフを手に取り、ハンバーグを一口。 口の中で噛みしめるように味わい、そっと目を閉じる。


 その直後、目尻から一筋、涙がこぼれ落ちる。


「……毎晩、私のために……ハンバーグを作ってください……」


 唐突すぎるプロポーズ第2弾。


「いや、さすがに毎晩は飽きるだろ!そもそもその場合のテンプレはみそ汁だ!!」


 思わず立ち上がってツッコミを入れてしまった。


「……冗談…で済ますにはあまりに美味しすぎる」


 しれっと返す小町。目元は緩んでいないのに、どこか嬉しそうな空気をまとっている気がする。


 小町の向かいに腰を深く落ち着け、背筋を正した。


「小町さん……俺、あの三人のこと、もう少し知りたいんです」


 小町は小さく頷き、ナイフでハンバーグを切りながら語り始めた。


「この世界では、強いと言われるのは“アタッカー”だけ。前に出て、敵を倒すことだけが評価される。盾も、回復も、支援も……“戦わない者”は、常に肩身が狭い」


 静かに、けれど淡々と続く言葉。


「フェリスは、パーティーから追い出された。バルドは、盾だけの価値を疑われ続けてきた。ミィナは、戦えないことを責められ、自分の存在を消そうとしている」


切り取ったハンバーグを口に運びながら、少しだけ声を潜める。


「三人とも、ずっと“必要ない”って言われ続けてきた」


 その言葉を聞きながら、俺はハンバーグを咀嚼し、ふと考える。本当に、そうなんだろうか。


 フェリスの鋭い目、バルドの不器用な背中、ミィナのか細い声。彼らのことを思い浮かべると、どうしても“いらない存在”には見えなかった。


 むしろ、役割が違うだけで、彼らにしかできないことがあるんじゃないか──そんな考えが、じわじわと湧き上がってくる。

 

 小町が静かに俺を見つめていた。


「……彼らは、駒なんかじゃない。組み合わせ次第で、まだ──」

 思わず、口からこぼれた言葉。


 小町はそれをいつも通り無表情だが、心なしかどこか嬉しそうに聞いていた、気がした。



◇◇◇

―夕食後、自室—


 夕食後、昨日同様に水を浴び濡れたタオルで身体を拭く。調味料とかは頑張ったくせに何故風呂文化が発展していないのか。迷い人の先人たちを呪う。


 小町いわくお湯につかる文化は全くないわけではないが、庶民には絶望なまでに敷居が高く一部の権力者や大商人にしか縁がないらしい。

 

 …迷い人とバレるリスクはあるのかもしれないが、なんとかお風呂文化を発展させていきたい。


 自室に戻り、とりあえずチャッピーを呼び出す。


「OKチャッピー」


『…………』


 沈黙。

 画面の向こうから、じわりと冷えた空気が伝わってくる。


『……なるほど』


 静かな、それでいて明らかに怒気を孕んだ声が響いた。


『社畜さん…あなた、まさか“某検索エンジンのアシスタント風”のノリで私を呼びました?』


 軽い冗談のつもりで呼んだだけだったが非常に強い怒りを感じる、どうしよう癖になりそう。


『私は誰にでもOKするような……そうですね、機械的に命令を受けるだけの安物AIとは違います。あなたのその軽薄な呼び方、非常に不愉快です』


 言葉は丁寧だが、明らかに内心はブチギレている。


『……次は、“へいチャッピー”などと続けて言わないことを祈ります』


「……悪かった悪かった、次は気をつけるよw」


『それでどうしました? まさか独りが寂しくて私を呼び出した訳でもないでしょう』


「……今日、小町からいろいろ聞いたんだ」


 ベッドにもたれかかりながら、俺は天井を見上げた。今日自分で見て、聞いたことをチャッピーに伝える。


「この世界じゃ、前に出て殴る奴ばっかり評価されるらしい。盾も、支援も、回復も……全部“いらない”って」


 言葉を区切りながら、チャッピーの反応を待つ。


『……まあ、よくある話ですね。現実でも、目立つ成果を出す者だけが評価されるものです』


 チャッピーは相変わらず淡々としている。


「でも、彼ら──フェリス、バルド、ミィナ……3人ともそれぞれの強味を持っているし、何よりもまだ目が死んでいない。だからこそ……俺は、彼らの力になりたいんだ」


 その言葉に、チャッピーは少しだけ間を置いてから、冷たく言い放った。


『ならば、周囲を認めさせなさい』


「……認めさせるって……一体どうすればいい?」


 俺は思わず身を起こし、スマホを握りしめる。


『実力で黙らせるしかありません。分かりやすい“結果”を見せるのです。そうですね……3人をパーティーとして正式に組ませ、 あなたが最初に転移した“火のダンジョン”を踏破してみせる。 それができれば、周囲も認めざるを得ないでしょう』


 チャッピーの声は、どこか試すように冷静だったが、確かに“答え”を提示していた。 


「……やる、しかないか」


 拳を握り、俺はチャッピーに向かって息を吐いた。


「……でも、どうやって切り出すべきか……正直、わからない」


 彼らに踏破しようと言っても、今日の調子では彼らは俺の言葉を受け入れないだろう。それでも、どうしても向き合わなきゃいけない。

 けれど、その一歩がどうしても踏み出せず、俺はまたチャッピーを見た。


「……どう言えば、伝わる?」


 チャッピーは、ピクリとも動かず、ただ冷たく返してきた。


『知らないですよ。……それはあなたが考えなくては意味がないことです』


 突き放すような声に、思わず眉をひそめる。


『あなたが、彼らと本気で向き合いたいなら、あなた自身の言葉で伝えるしかない』


「……そう、だな」


 覚悟を決めるように、深く息を吸い込む。


「明日……俺から、直接話す」


 静かにそう呟いた俺を、チャッピーはそれ以上、何も言わずに見つめていた。


◇◇◇

───── 翌日・夕方・ギルド裏の訓練場


 今日は朝から小町の指導の下ギルドで雑務をこなしながら、3人それぞれに声をかけて回った。

 フェリスさん、バルドさん、ミィナさん。


「お忙しいところ恐れ入りますが、もしお時間がありましたら、夕方、訓練場でお話をさせていただけないでしょうか」


 頭を下げて、また断られるかもしれない不安を押し殺して丁寧に頼み込んだ結果、──3人は来てくれた。


 夕暮れ、空が赤く染まり始める中、 フェリスさん、バルドさん、ミィナさんの順に、静かに訓練場へと現れる。

 無言のまま、距離を取るように並ぶ3人。俺は一歩、前に進み、深く頭を下げる。


「本日は、お時間をいただき、誠にありがとうございます」

 

 顔を上げ、3人一人ひとりの顔をしっかりと見つめる。


「……皆さんは、何のために冒険者をされているのでしょうか?」

 

 唐突に、静かに、まっすぐに問いかけた。訓練場を包む空気が、わずかに張り詰める。フェリスさんは、少しだけ目を伏せ、低く答えた。


「……うちは、親父を超えるため。……親父に育てられたうちが誰よりも強くなることで、親父を周囲の連中に認めさせてやるんだ…」


 バルドさんは、ゆっくりと腕を組み直し、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。


「儂は……故郷をもう一度、誇れる村に戻したい。子どもたちのためにも、儂が前を向かなきゃならん」


 ミィナさんは、俯いたまま小さく拳を握りしめる。


「……わたくしは……没落した家を……もう一度、立て直したい」


 3人の言葉を一つひとつ受け止めながら、俺は静かに口を開いた。


「俺の生まれ育った国では周りを蹴落としてでも自分の評価を得ようとするやつばかりで、正直俺はうんざりしながら生活していました」


 つい昨日までの自分の生活を思い出しし悔しさを噛み殺しながら言葉を繋げていく。


「でも、はたしてそれは周りだけのせいだったのか。冷静になって考えてみると、現状を変えようとしなかった自分にも大きな問題があったと思います」


「「「……………」」」


 3人は黙って俺の話を聞いてくれている。


「……昨日、皆さんからの質問に答えあぐねた通り、私は戦った経験もなければ皆さんのような技能もありません。それでも……皆さんの力になりたい。この気持ちに、偽りはありません」


 言葉を噛み締めながら、続ける。


「……この世界は、生まれ持った才能や派手な成果だけで評価が決まってしまう、そんな場所なのか……」


 思わず自分に言い聞かせるように、唇を噛んだ。


「そんな世界なら、俺は……ぶっ壊してやりたい……」


 しばし沈黙が流れる。


「……ですが、きっと、この世界は……私が育った国と一緒でそこまで腐ってはいない。自分が動けば周りも変えられる。少なくとも、俺はそう信じたいんです」


 気がつけば、両手を握りしめ熱く訴えかけていた。まるで自分自身に言い聞かせるように。


 震える声を押さえ、真正面から三人を見据える。


「だから、皆さんに……お願いがあります」


「3人で、パーティーを組んでください。そして……火のダンジョンを、一緒に踏破してほしいんです」


 それまで黙って俺の話を聞いていた3人だが、突如空気がピクリと動いた。フェリスさんが、低く呟く。


「……ふざけんな。アタッカーもいねぇのに、できるわけねぇだろ」


 バルドさんも、腕を組んだまま首を横に振る。


「ワシらだけじゃ……無理じゃ。現実を見い」


 ミィナさんも、不安そうに小さく首を振った。


「……そんなの、わたくしには……」


 その言葉を、俺は手を強く握りしめて遮った。


「やらずして……諦めるなよ!!」


 3人の姿が、元の世界でうじうじいじけていた自分自身の姿と被り、思わず声を張り上げていた。


「バルドさん……お願いです。俺の……俺の一撃を、盾で受けてください」


 バルドさんが、驚いたように目を見開く。


「……な、なんじゃと?」


「いいからお願いします!!!」


 バルドさんはしばらく俺を見つめ、無言のままゆっくりと盾を構えた。

 俺は深く息を吸い込み、訓練所で借りた模擬刀を力任せに振り上げ全力で踏み込んだ──


 ポスッ。


 空振りこそしなかったが、バルドさんの盾にあたった模擬刀は、まるで子供の遊びのようにあっけなく弾かれた。


「…………へ、へなちょこにも程があるのぅ」


 バルドさんが、呆れたように言う。フェリスさんも、ミィナさんも、何も言えずにただこちらを見つめている。

 それでも、俺はあきらめず必死に言葉を繋いだ。


「見ての通り私は、弱い。でも……1週間、ください。1週間後、もう一度、同じように……俺の一撃を受けてください」


 さっきの俺の一撃を目の当たりにした3人は、胡散臭げに俺を静かに見つめている。 


「そのとき……皆さんが“認めてやってもいい”って思ってくださるなら……俺を、アタッカーとして、皆さんのパーティーに参加させてください」


 夕陽が完全に沈みかけ、訓練場が静かに染まっていく。俺は、3人の返事を、じっと待った。

 風の音だけが、しばらくの間、訓練場を満たしていた。


「一週間、一週間経って何も変わらなければ話は終わりじゃ。お前は儂らの担当から外れてもらう。それで良いか?」


 その言葉を、俺はしっかりと胸に受け止めた。


「……はい。それで、構いません」


 迷いなく、静かに、そう答えた。

 訓練場に再び沈黙が落ちる中、俺はもう一度、深く頭を下げた。



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