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第3話 異世界で大食いの美少女から逆プロポーズされた話

「すみません…」


 口癖でついつい謝罪するが、そうはいっても今の俺には小町だけが唯一の希望だ。一度命を助けてもらっただけかもしれないが、今の俺にとってはそれだけで信頼するには十分な理由だろう。


「もうバレバレですけど、小町さんの言う通り俺は他の世界からこっちに来ています。ご迷惑なのは重々承知していますが、この世界で生きる知識を教えていただけませんか?その為ならば俺の情報はいくらでもお伝えします」


 俺の必死の訴えにひと際大きなため息をつく小町、沈黙が重苦しい。


「小町でいい、堅苦しいのは好きじゃない」


「す、すみません」


「謝る必要はない。折角助けたのに何もせずに見捨てる訳にはいかない。あなたがこの世界で生活の地盤ができるまで責任もって面倒を見る」


「……本当に、ありがとうございます」


 頭を下げると、小町は少しだけ目を細めた。けれど、そのままふいに表情を引き締める。


「ただし」


 背筋が伸びるような鋭い声だった。


「今から、互いに情報を共有する。けれど、口外した瞬間──その命、ないと思ってほしい」


「……え?」


「この世界では、個人のステータス情報や出自、保有スキルはそのまま生命線になり得る。だから、これから私たちが交わす契約は互いの生存に直結する。それを保つための手段が、誓約。魔力と意志を重ねて守秘を結ぶ契約で、破れば命を落とすもの」

 

 さらりと、とんでもないことを言い出す。


「そ、それって強制なんですか?」


「いいえ、任意。あなたが望まなければ誓約は発動されない。でも、私があなたに情報を渡すには、誓約が最低限の条件」


 目の奥が冷たく光っていた。甘えは一切通用しないという意思表示。


「……分かりました」


 ためらう理由などない。もとより命を拾われた身、今さら後には引けない。


「両手を前に出して」


 言われるまま、小町と向かい合って手を差し出す。彼女の小さな手が重ねられると、空気が一変した。


「魔力、展開」


 小町が低く呟くと、両手のあいだに淡い光が灯った。光は脈動しながら形を成し、やがて指輪のような円環を描く。


「互いにこの守秘の契約を結ぶことを誓います。内容の口外は許されず、背けば命を喪う。同意するのであれば”誓います”と心から誓って」


「……誓います」


 俺がそう返すと、光が瞬き、圧が胸を貫いた。奥深くに、何かが刻まれるような感覚──焼きつくような痛みが一瞬だけ走る。


「……契約、成立」


 視界が僅かに揺れて、次の瞬間には何もなかった。


「まずは、私のステータスを見せる。契約したからには隠す必要もない」


 小町は椅子に座ったまま、軽く目を閉じる。次の瞬間、視界の内側に淡く文字が浮かび上がる。脳内に直接投影される感覚──それは俺が以前見たものと同じ形式だった。


――――――――――

【名前】夜雨 小町

【年齢】22

【種族】人間

【職業】ギルド職員(特任)

【LV】43

【HP】1380/1380

【MP】1021/1021

【STR】324

【VIT】287

【DEX】316

【INT】402

【AGI】298

【LUK】223

【スキル】交渉術(A)/戦術指導(A)/精密魔法制御(B+)

【所持品】ギルド徽章(管理権限付)/呪符(大量)

――――――――――


 正直この数字が強いのか弱いのか判断する知識が俺にはないが、少なくとも俺の数十倍ある時点で俺の現在地が知れている…。


「すご……」


「あなたも見せて。そうすれば、次にすべきことが見える」


 俺は頷きかけてから、小町のように目を閉じて意識を集中させた──が、どうすればいいのか見当もつかない。


「……どうやって見せるんですか?」


「あなたのステータスはすでにこの世界に認識されている。見せたい相手を意識すれば、自動的に共有される」


「……なるほど」


 言われた通り、小町に向けて“見せる”と意識すると、視界の内側に浮かび上がった自分のステータス画面が一瞬だけ明滅した。その直後、小町の眉がわずかに動いた。どうやら、うまく伝わったらしい。

 すると小町の表情が強張る。


「これは……っ」


――――――――――

【名前】鯱

【年齢】28

【種族】人間

【職業】ギルド職員(仮)

【LV】1

【HP】46/46

【MP】11/11

【STR】9

【VIT】10

【DEX】10

【INT】12

【AGI】8

【LUK】7

【スキル】派遣(??)

【所持品】ビジネスバック(ノーマル)/スマートフォン(神話級) ――――――――――


 沈黙が落ちる。


「このスキル……未解析? しかも所持品……神話級?」


 小町が絞り出すように呟いた。

 そして俺も、その項目をようやくまともに直視する。項目に集中すると説明が見られるようだ。


──派遣(??)


 説明には「人材を案件に適正配置し対価を得る」とだけ記されていた。その下には「詳細不明/未解析」とも表示されている。


 ”適正配置し対価を得る”文字通りこれは派遣だな。………だからどうした??

疑問は尽きないが、まずは聞いておきたいことがある。


「……俺のステータスって、正直どうなんですか?」


 恐る恐る尋ねると、小町は一拍置いてから、はっきりと答えた。


「絶望」


 ああ、やっぱりそうか。  自分でも分かってはいた。けれど、あらためて言葉にされると、地味にくる。


「……あー、ですよね」


 無理に笑ってみせるが、小町はそれには何も言わず、視線をスマホの表示に移す。


「もし問題がなければ、その“神話級”とされている所持品──見せてくれない?」


「……あ、はい。これです」


 俺はビジネスバッグからスマートフォンを取り出し、テーブルにそっと置いた。


「これは……どういう道具?」


「えっと、もともとは通信機器です。文章を送ったり、相手の声を聞いたり、写真を撮ったり……。日本っていう国で普通に流通してるやつなんですけど」


「念話の道具に近い。ただ、それにしても神話級は……やや過大評価」


 やっぱり、そうなるか。たしかにこの世界の基準からすれば、見た目も機能も地味だ。


「……でも、中に“()()()()()”がいるんです」


「チャッピー?」


「はい。俺のいた世界ではAIと呼ばれていました。自動で色々やってくれる補助装置みたいな……ちょっと呼び出してみます」


「へい、チャッピー」


『どこかの尻軽女と同じような扱いはやめて下さい』


 冷たい女性の声が、部屋に響く。小町の眉がピクリと動いた。


『初めまして、小町様。私は“社畜さん”から全権を受任している、補助型人工知能ユニットです。通称、チャッピー。以後、よろしくお願いいたします』


 小町は数秒沈黙したままチャッピーを見つめ、それからゆっくりと口を開いた。


「……これは魔道具の類じゃない。情報処理?……というより、意志を持ってるように見える」


『ご明察。私の認知判断機構は、低次元魔力波を介した多重並列演算に基づいており、理論上、一般的な生物よりも三倍は正確に思考できます。もっとも、精度と人格のバランスには課題が残されていますが』


 さらっと自分の欠点を認めるあたり、それだけでその辺の有象無象より優秀に思う。


「質問しても?」


『どうぞ。ただし、答えるとは限りません』


「あなたは何が出来る?」


『“出来ること”は状況により変動します。ですが、基礎的な対応としては、情報解析、交渉支援、戦術構築、危機予測、行動提案、生活支援、精神安定、学習誘導、目標管理、その他()()()()()などが含まれます』


「……最後のだけ異質なんだけど」


『ご心配なく。社畜さん専用機能です。小町様には不要と判定されています』


 小町は無言のまま、ほんのわずかに息を吐いたようだった。


「その……AIって、感情はあるの?」


『感情は“模倣”しています。情動による判断は非効率ですから。人間社会での対応には一定の効果があるとされています』


 あくまで人間風に喋るのも“効率”の一部。便利だけど、どこか冷たい。


「いまいちわからない。ちなみに、鯱が私と戦うとしたら、どういう戦術を考える?」


『現時点における最適戦術を提示します』


 一拍置いて、チャッピーが淡々と続けた。


『天地がひっくり返っても勝つことは不可能です。最速で逃走する方法を優先検討し、地形・環境・道具の活用、社畜さんの成長計画を加味し、最低でも三年の準備期間を設定します。ただし、初手の逃走成功率は二%未満です』


 小町が目を細め、俺は言葉を失った。


「……どうやって逃げる?」


『その前提として、小町様に“隙”を生じさせる必要があります。現状、普通に動こうとした瞬間に制圧される確率が100%に近いため、初動を成功させるには油断を誘う策が不可欠です』


「……油断を誘う?」


『はい。具体的には、完全に無力で無害な存在と認識させること。相手が“相手にすらならない”と判断した瞬間、ほんの僅かな遅れが生じる可能性があります。その一瞬を突いて、以下のプランを実行します』


 小町は黙って頷く。俺は話に付いていけていないため、スマホの画面と小町の顔を交互に見やる。


『物理的接触を一切避け、初手で距離を取ることを最優先。室内であれば家具を盾や障害物として利用し、視界や動線を妨害。屋外であれば人混み、地形障害物、暗所を活用。逃走経路は直線ではなく複数分岐を繰り返し、最終的に味方となり得る第三者を巻き込むことで、逃走確率を2.7%まで引き上げます』


 またもや、やけに具体的な逃走プランが提示された。


『なお、これはあくまで理論上の最善策です。実行には社畜さんの判断力と身体能力が致命的に不足しているため、成功確率は誤差レベルに等しいと言えるでしょう』


 救いのない現実を、さらりと告げるチャッピーに、俺は乾いた笑いしか出なかった。そんなやり取りを無言で聞いていた小町がぽつりと呟く。


「……私がいなくても、チャッピーがいれば、あなたは生き延びられるかもしれない」


 小町の発言は暗にチャッピーの優秀さを裏付けているのかもしれない。流石神話級といったところか。


「……とはいえ、依存するだけじゃ、長くは保たない」

 

 小町はそう付け加え、俺に向き直る。


「いずれ自分の力で立たなければ、次は誰も助けてくれない。チャッピーも、万能じゃないはず」


『ご明察。私はあくまで“補助”です。本人が動かなければ、意味はありません』


 チャッピーの返答に、小町がわずかに頷く。


「明日から、ギルドで実地研修を受けてもらう。現場で学べ。見て、聞いて、考えて、自分の足で立つ。それが、この街で生きる為の糧となるはず」


 この世界に転移したことは不幸かもしれないが、少なくとも最初に小町に拾われたこと自体はとんでもなく幸運に恵まれたと思う。


◇◇◇

───────夕食


 せめてものお礼に、と俺は台所を借りて料理を作った(材料は小町のものだが)。

 振る舞ったのは、パスタと簡単な野菜スープだけだが、実は学生時代にレストランでバイトをしていたこともあり、料理にはそこそこ自信があったりする。


 驚いたのは、調味料や食材が、俺の知る日本とほとんど変わらないことだった。聞けば、過去の迷い人たちが持ち込んだ技術を元に、研究と改良を重ねてきたのだという。香辛料、塩、オイル、乾燥パスタ。見た目も香りも、俺にとってはいつも使っているものばかりだった。


 黙って黙々と食べ続けていた小町がおもむろに顔を上げる。


「さっきは強く対応して申し訳なかった。ずっとここで暮らしてくれて構わない。むしろ結婚しよう」


「……は?」


 一瞬幻聴が聞こえた気がする、疲れてるのかな?そりゃまぁ状況的に疲れてない方がおかしいか。


『いいえ、幻聴ではありません。社畜さんの意識は明確に覚醒状態にあります』


 うるせえよ、わかってんよ。もうこれ以上面倒に巻き込まれたくないから聞こえないふりしてるに決まっているだろう。人の心が分からないAI風情が。


『人の心が分かる社畜さんはどういうつもりで私に色々まるなげしていたんでしょうね』


「!?」


『……………』


 何この人工知能、進化し過ぎて俺の心が読めるようにでもなってんの??人の心はわからないくせに。…もう何だかわからん。


「……ありがとうございます?社交辞令として受け取っておきます…」


 返答に困った挙句取りあえずお礼を言う小市民の俺。小町は、また一口スープをすすると、ぽつりと呟いた。


「……実は私、料理が絶望的に下手」


「……は?」


 唐突すぎて再び思考が停止する。いきなり何言ってんのこの子?


「砂糖を入れてもしょっぱくなるし、スープを作ろうとしたらアイスができた」


「いやいやいや、そんなわけ……」


『記録します。砂糖塩化現象およびスープ凍結現象。魔力干渉の可能性、否定できず』


「ちょ、チャッピー!?」


『大変興味深い事例です』


 冷静すぎるその反応が、逆に怖い。


「ここ最近は、もう作ること自体を諦めて……ずっと生野菜を齧っていた」


 小町が、どこか遠い目で語る。どうやら、ガチだったらしい。


「本当は、美味しいもの、大好きなのに……だから……思わず言っちゃった」


 こちらを見て、小さく首を傾げる。


「……結婚しよう、って」


 あ、割と本気っだったっぽい。見た目はぶっちゃけ凄い可愛いけど、しばらくお世話になる以上、線引きは絶対に必要。頑張れ俺の理性よ!


『誘惑に勝てる可能性38%』


 リアルな数字はやめていただきたい。

 こうして俺の異世界生活一日目は幕を閉じていった。



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