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第4話 中立交易都市レスト

「ダサい」

 マシロさんは僕の着替えを覗くなり渋い顔で言った。

「……あの、何してるんですか?」

「街に出かけるって言った」

「はい、それは僕が言ったことですね」

「だから、覗いた」

「いや、理由になってないですよ!?」

 僕はマシロさんに覗きの目的を問い糺す。しかし、お得意の不機嫌を出されて取り合ってもらえない。

「いいから、上はこっち。下はこれ着て」

「別に何でもいいですけど……せめて後ろ向いててくださいね」

「どうして? 見られて困る体してるの?背中に傷でもある?」

「いや、特段そう言うわけでは……」

「なら気にしないで。私も気にしない」

 マシロさんは本気で着替えを見届けるつもりなのか、僕の服を膝に乗せて脱衣を待っている。

「子供扱いはやめてください。着替えくらい一人でできますよ」

「ニートなのに?」

「流石にそこまで腐ってません!」

「でも、今朝は一人で起きれなかった」

「マシロさんが早起きなだけですよ! ちゃんと目覚ましだってかけてたんですから」

「じゃあ、一人でもできるってところ、私に見せてみて」

 マシロさんの表情は至って真面目だった。

 しかし、どうにも遊ばれている気がして不快な気分になる。

 けれど、こちらがどれだけ不満を訴えても、マシロさんはわかってくれない。それどころか、不安そうな顔で小首を傾げてくるから怒るに怒れなくなる。

(ずるい人だ)

 僕は説得を諦めて、羞恥に耐えながら手早く着替えを済ませた。

 すると、マシロさんは満足気に微笑む。

「気は済みましたか?」

「ええ。とても似合ってる」

「大して変わらないような気がしますけど」

「私はずっと見てた。間違いない」

「そうですか……? じゃあ、信じてみることにします」

「お礼はいいわ」

 マシロさんは得意げに言った。それに僕は苦笑いで返す。

 それでも、心なしか体は軽かった。それに、少し背筋が伸びたような気もする。

「行きましょうか」

 僕たちは支度を済ませると、レストの街に向けて基地を出発した。

 獣道を抜けて街道に出れば、門は目と鼻の先だ。歩幅の小さいマシロさんを連れても十数分ほどで到着する。

「ようこそ。ここが、中立交易都市レストです」

「大きな街ね。人もたくさんいる」

 マシロさんは見るもの全てが珍しいようで、きょろきょろと辺りを見回していた。

 すると、徐々に人だかりができていく。

「見て。あの子、髪が真っ白だわ」

「じゃあ、スキルが使えない無能ってこと?」

「あんな年で、もうお婆さんみたい。見窄らしいったらないわ」

 街人はマシロさんの容姿を見て嗤う。その声につられて、周囲の者たちも彼女に好奇の目を向けてきた。

 幸いとマシロさんを奴隷と見破る者はいなかった。思いつきで首元に巻いておいた布が役目を果たしてくれたようだ。

 とは言え、無能の謗りは続いている。

 意外だったのは、マシロさんが他人に好き放題言われても黙っていたことだ。

「嫌な人たちですね」

「……ひとつ聞かせて」

「はい。一つと言わず、なんでも聞いてください」

 僕が努めて笑顔で言うと、マシロさんは懐疑の視線を向けてくる。

「わからない。あなたは、私のことをどう思ってるの……?」

 マシロさんは帽子の鍔を摘んで目深に被る。

「そうですね。コートのフードを被っていればバレずに済んだかもとは思いました」

「嫌って言った。声が遠くなる。……そうじゃない。髪のこと」

 マシロさんはもどかしそうに答えを急かした。

 彼女の白髪は、今は折るように束ねられて後頭部でピン止めされている。その上から帽子を被り、目立たないようにされていた。

 だから、と言うには苦しいかもしれない。けれど、日の下で陰りを見せる彼女には、本当の気持ちを打ち明ける気分にはなれない。

「何か言って」

 そうして強く乞われると、むしろ逆らいたくなる衝動なんと言っただろう。

「男物の服だからですかね。ボーイッシュな感じがします。部活のマネージャーとかしてそう。仕事できる人って感じ」

「……それ褒めてる?」

「もちろんです」

「それなら、いい」

 僕が勝手に歩き出すと、マシロさんは小走りで追いかけてくる。

「何をしに来たの?」

「いろいろです。まずはお小遣い稼ぎからですね」

「お仕事?」

「いいえ。お小遣い稼ぎです」

「そ、そう」

 僕たちは最初に冒険者ギルドへと向かった。

「薬草を納品してきますね。マシロさんは外で待っててください」

「わかった」

 ギルドの中に入ると、依頼の受注報告をしにきた冒険者が大勢いた。

(これは時間かかりそうだ)

 文句を言っても仕方がないと、諦めて列の最後尾につく。

 しかし、前に並んでいた冒険者は、僕のランクを見るなり肘を突いてきた。

(やな感じ)

 僕は嘲笑を背に大人しく並び直す。けれど、後から来る人たちも我が物顔で抜かしていくから、一向に前に進む気配がない。

(冒険者にとって対抗意識が大事だってのはわかるけどさぁ)

 切磋琢磨する好敵手をなしにモチベーションを維持し続けることは大変なことだ。だからと言って、張り合う相手が最低ランクなのはいかがなものだろうと思う。

 どちらにしても、僕は冒険者として認められていないようだ。

 どうしたものかと立ち尽くしていると、不意に肩を叩かれた。

「おはよう、Eランク君」

「あ、どうも。おはようございます」

「薬草を持ってきてくれたのね。うん、どれも状態が良い」

 受付のお姉さんは依頼品を見て大きく頷いた。

「今日も依頼受けていく?」

「いいえ。用事があるので、またの機会にお願いします」

「そう言うことなら、私が手続きしておいてもいいけれど、どうする?」

「いけませんよ。他の人もいるのに、僕だけなんて」

「遠慮はいらないわ。悪いのは彼らだもの」

 その一言に、レストの冒険者たちは震え上がっていた。

「そうだ。取り分の話だけど、いつも通りでいい?」

「はい」

 僕は薬草の代わりに報酬金を受け取って建物を出た。

「遅い」

 マシロさんはご立腹だった。

「すみません。お待たせしました」

「どうだった?」

「銅貨15枚でした」

「……少ない」

「本当は銀貨一枚くらいの依頼なんですけどね」

「抗議してくる」

「必要ありませんよ。ちょっと面倒なお願いを聞いてもらってるので、その対価みたいなものなんです」

「だからって、三割以下はない」

 マシロさんは萎んだ頭陀袋を手に肩を落とす。

「そうだ。受付の人におまけを貰ったんです。よかったらどうぞ」

「……何これ」

「天使の羽飾りだそうです。流石に本物ではないと思いますけどね」

 天使は天界に住むと言われている高位の種族だ。青空に浮かぶ雲を大地として、それを支える天樹の枝を道としている。

 そんな話だけを聞くと、まるで御伽噺のように思える。それでも、僕たちがスキルを使えるのは、天使の祝福あってこそだ。

(もしかしたら、マシロさんがスキルを使えるようになるかもしれない)

 そんな甘いだけの戯言を表に出すことはないけれど。願いを込めて渡すだけならバチは当たらないはずだ。

 けれど、マシロさんは受け取ったきり固まったままでいる。

「どうかしましたか……?」

「……私も偽物だと思う」

 マシロさんはゆっくりと首を横に振りながら言った。

「天使の羽に触れた人は、スキルが強力になったり、稀にですが二つ目のスキルを授かることがあるそうですよ」

「レイは羽が欲しいの?」

「火を起こすスキルがあったら便利だなとは思いますね。でも、不思議とそう言うスキルを持ってる人には会ったことないんですよね」

「火はダメよ」

「どうしてですか?」

「だって、危ないもの」

 そう言うマシロさんには鬼気迫るものがあった。

 けれど、僕は思わず笑ってしまう。

「本当に危ないのよ」

 そんな子供じみた言い分が、また可愛らしくて堪らない。

 しかし、どちらにしたところで、羽が偽物なのでは確かめる術はなかった。

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