第六話 情けは人の為ならず
「それで、銀さんは、どうしてそんな服を着てるんですか? 」
僕は雪君の姉、もとい銀さんに尋ねる。
厚手の装備をはだけた彼女は、伸びたシャツ一枚の格好で、全身汗だくでいた。
「見苦しい物を目に入れて、すまない。他に着るものがないんだ」
「お姉ちゃん、お兄さんが言ってるのは、服じゃなくて魔導具のことだよ」
「ああ、これか」
銀さんは、見かけに反して抜けていて、物腰も柔らかく、口調もおっとりとしていた。
それでも、不思議と隙のようなものは感じられない。
百戦錬磨を思わせる傷と、血の染み付いた武器を前に、恐怖で体が強張った。
しかし、頭部の耳は丸くて可愛らしく、また他人との交流を弟に頼り切っている様子は、見ていて和むものがある。
「これは、極地用の生命維持装備を備えた、対人戦闘防護服だ」
「……全然和めない」
「ぼくらの住んでるところは、雪山の高いところにある集落なんだ。一年を通しても雪が溶ける日がないくらい寒くって、これがないと日常生活もままならないんだよ」
「魔人でも耐えられない寒さですか……想像できませんね」
「……よく言うよ。何かと理由をつけて、ぼくらの土地を侵そうとするくせに」
雪君は、およそ少年の見せるものではない、鋭い敵意を向けてくる。
それは、僕個人に向けたものではない。そう理解はしていても、罪悪感に腰が低くなる。
「つまり、その……銀さんは、普段からそんな格好をしている訳じゃないってことですね? 」
「お姉ちゃんはいつも薄着だよ? 」
「……風邪とか引かないんですか? 」
「お兄さんの言いたいことはわかるよ。お姉ちゃんって、全然女らしくないでしょ」
「そんなことはないと思いますけど……」
「だって、ほら。体は大きいし、ゴツゴツしてるし、あと筋肉たくさんだし。お洒落もしないから、ダサいし可愛くない。胸ばっかり大きくたってさ、恥じらいがちっともないんじゃ台無しだよ。そんなんだから、いい年して番が見つからないんだ」
「雪、その辺りで勘弁してくれ……」
「そう言うなら、少しは直してよ。これからは、ひとりで生活するんだよ」
雪君は、姉の将来を憂うように大きなため息を吐いた。
「それで、僕は何を直せばいいんでしょうか? 」
「暑がりなお姉ちゃんのために、服に特別に冷房機能がついてるんだけどね。それが故障しちゃったみたいなんだ」
「そう言うことなら、集落に戻って専門の技師に依頼を出すのが確実だと思いますよ? 」
「ぼくは大事な用事があるから、お姉ちゃんだけでも帰ればって言ったんだけど、心配だから着いてくって聞いてくれないんだ……。でも、すごく辛そうだし、放って置けなくて」
「それで、ラムネさんに相談したんですね」
「お兄さん、お願い! お姉ちゃんを助けて! 山に戻るまで使えればいいんだ。応急処置だけでもさ」
雪君は、嫌いな人間に頭を下げてまで、魔導具の修理を依頼してくる。
一方で、銀さんは気乗りしない様子だった。
それでも、地上の耐え難い暑さと、弟の不安な表情を見ると、渋々ながら装備を預けてくれた。
「よろしく頼む」
妙なことはするなと釘を刺されるようで、背筋が嫌に伸びる。
とは言え、僕とて刻印を齧っている身だ。初めて見る魔導具に興味が湧かないと言えば、それは嘘になる。
「じゃあ、まずは故障箇所の確認からですね」
くたびれた袖をえいやと捲って、装備の状態を見ようと手を伸ばす。
しかし、魔導具は想像以上の重量で、まともに動かすこともできなかった。
「すみません、銀さん。力を貸してもらえませんか? 」
「お兄さん、男のくせに弱いね」
「雪、失礼だろう」
銀さんは弟の非礼を詫びると、快く手を貸してくれた。
しかし、装備を持ち上げようと近寄ると、いきなり腕で跳ね除けられる。
「お姉ちゃんの方が失礼だよ」
「すまない。悪気はないんだ」
白熊の姉弟は、地面に倒れた僕を助けるでもなく、他人事のように見ているだけだった。
「……人間が、そんなに嫌いですか? 」
体を支配していた熱が急速に冷めていく。
仲良くなれたらと、期待した。そのための魔導具修理は、楽しくてやり甲斐のあるものだった。
しかし、僕は人間である以前に、魔導具技師ですらない。
「……すみません。僕では直せそうにありません」
複数の魔導具が装備された防護服は、一見しただけでは全容を理解するのは困難だった。
「どうにもならないの? 」
「下手に触れば、今度こそ壊れてしまいます」
「そうか」
銀さんの声音に失望の色はなかった。
「代替品を考えてみます。時間に余裕はありますか? 」
「明日の朝までなら問題ない」
「わかりました。できる限りやってみますね」
白熊の姉弟は、野宿の準備をすると言って、森の中へと消えていく。
「なんか、どっと疲れた……」
見栄を張って、ため息を耐える。
空は晴れているのに、視界が歪んで見える。心地良かった小鳥の囀りも、時の流れを感じさせて胸が締め付けられた。
「急がないと」
そう思うのに、体が重たくて動けない。
すると、静かにニルが擦り寄ってくる。
「あいつらのことなんて放っておこう」
甘い誘惑に溺れるように、目を瞑る。
「……みんなで水遊びしようと思ってたのに。どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
「しようよ。きっと楽しいぞ」
「それは無理だよ……」
「あのメスが好きなのか? 」
「背中押してもらったから。恥かかせたくない」
「ニートのくせに」
「ごめん」
「浮気したら食ってやる」
「ありがとう。うん、やる気出た気がする」
「……ばか」
ニルは顔を伏せて、不満を漏らすように拳をぶつけてくる。
マシロさんも、口では言わないけれど、寂しそうな目をしていた。
それでも、僕のわがままを許してくれる。
「よし、頑張るぞ! 」
世界に必要とされないのは辛い。
けれど、マシロさんとニルに、何もできない男だと思われるのは、もっと辛い。
魔導具を作るには、材料も道具も、何もかもが足りない。
それなのに、不思議と何とかなる気がしてくるから、笑わずにはいられなかった。




