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第二話 天月と渦螺

「———お前ら、本気で俺を食う気か」

「鳥が喋った!? 」

 捌こうとしていた食材が人の言葉で話し始めたのを聞いて、僕は慌てて手にしていた刃物を引っ込めた。

 有翼の彼は、鳥類とは思えない体捌きで華麗に起き上がる。

「お転婆な小狼とは違って、お前には良識があるようだ。一時はどうなるものかと考えさせられたが、これは僥倖だな」

 渋い声音で人語を操る鳥は、立派な翼を音もなく翻す。

 乱れた羽根を嘴で整える彼には、人を前にして微塵も怯えた様子はなかった。

「ちょっと、ニル!? どう言うことか説明して! 」

 受け入れ難い光景を前に、思わず問い詰める。

 けれど、ニルはしたりげに笑顔を浮かべて、後ろから抱きつくようにのしかかってきた。

「お肉は新鮮な方が美味しいだろ?だから、トドメは刺さなかったんだ」

「いや、聞きたいのはそう言うことじゃなくて……! 」

「珍しくて美味しいやつだと思うんだ。お前が料理したら、もっと美味しくなると思う。うん、絶対そう! 」

「人の言葉を喋る鳥を食べるなんて、怖くてできないよ! 」

「好き嫌いしたら大きくなれないよ。それに、鳥を食べたいって言ったのはお前だ」

「俺は大鷲だ。一括りに鳥と呼ばないでくれ」

「それが、あなたの名前?」

「名を天月(テンゲツ)と言う。東國の出だ」

「私はマシロよ」

「ニルって呼んで! 」

「マシロに、ニルだな。良い名だ」

「……なんで二人とも、普通に受け入れられるの? 」

 ひとり置いてきぼりにされた気分になり、僕は頭を抱えた。

 すると、マシロさんとニルが体をつついてくる。

「え、なに? 」

「次、レイの番」

「わたし、ちゃんと覚えてるぞ。お前、挨拶は大事って言ってた」

「それは、確かにそうなんだけど……」

 元奴隷と魔人から常識を指摘されて、羞恥が押し寄せてくる。

 けれど、挨拶の促された先は、つい先ほどまで食材と認識していたものだ。真面目に自己紹介ができるほど、僕の頭は立派にできてはいない。

 何を言うでもなくもごもごしていると、大鷲もとい天月は肩を竦めた。

「お前は、幸運な男だな」

 天月の皮肉に、返す言葉が見つからない。

 弱みを見せまいと黙り込んでいると、マシロさんがよかれと思ってだろう。僕の個人情報を彼に明かしてしまった。

「お前、不労人だったのか」

「…………」

「反論もなしか」

 天月の目が、冷ややかなものへと変わる。

 叱責されるのが怖くて、僕は息を潜めるように、ぎゅっと視界を閉じる。

 二人に情けない姿を見られるのが、堪らなく恥ずかしかった。

 しかし、大鷲は言葉を重ねることはなかった。

 それどころか、深刻そうな声で助けを求めてくるから、驚かされる。

「俺たちを、お前の群れに受け入れてはもらえないだろうか」

 そう言った天月が森に入り連れて帰ってきたのは、自身の番と拳大の卵だった。




 天月は戻るなり、奥さんを自慢げに紹介し始めた。

「妻の渦螺(ウズラ)だ。東國では薬師の助手をしていた」

「鳥なのに働いてるなんて、すごいひとなんですね」

「…………」

「ご、ごめんなさい! 別に馬鹿にしたつもりはなくって……! 」

「渦螺は人の言葉を理解はできるが、発話ができない。気を悪くしないでやってくれ」

 天月が奥さんを気遣う間も、当の本人は鳴き声ひとつ上げずに、じっと僕らのことを観察していた。

 そんな彼女の傍には、大きな卵が野晒しで放置されている。

「渦螺。卵を忘れているぞ」

「…………」

 夫に冷えた卵を渡されても、渦螺の暗くて虚ろな瞳が揺れる様子はない。

 彼女は親として、いち生物として、何かが欠如している。そんな感想を抱かずにはいられないほど、ひどく生気に欠けているひとだった。

 当然、伴侶の状態を理解していない天月ではなかった。

「俺だけで渦螺と卵の両方を守り切るのは難しい。この辺りの地理に疎いこともある。だが、それ以上に存在するかも定かではない天敵を警戒し続けることに限界を感じていた」

 天月は道中で出会ったものたちにも、僕らにしたのと同じように事象を話し、庇護を求めたと言う。

 しかし、人語を話す大鷲に向けられたのは、救いの手では無く、忌避や好奇の眼差しだったそうだ。

「俺たちを群れに迎えてくれたなら、先ほどのことは水に流そう。困り事があれば、助力も惜しまないと約束させてもらう」

「えー、別にわたし悪いことしてないよ」

「ちょっと、ニル。話が拗れるから」

「いや、娘の言う通りだ。彼女は、何も悪いことはしていない」

「わかればいいんだよ。うん、許してあげる! わたし、いい子だから」

「ニルは優しいわね」

「えへへ」

「あんまりニルを甘やかさないでください」

「俺からもお礼を言わせてくれ」

「天月さんまで……? 」

「ああ。むしろ、捕まって幸運だったと思っているくらいだ」

 天月はこちらに向き直ると、一縷の望みをかけるように願った。

「善意を利用するようで申し訳ないが、妻も長旅で体力を消耗している。俺もスキルを酷使したせいで、十全に戦えない状態だ。どうか今晩だけでも、我々を留め置いてくれないだろうか」

 天月は、居住まいを正して深々と頭を下げる。

 もちろん、僕の返事は決まっていた。

「……他を当たってください」

「なんで!? 」

「レイ……」

 二人の驚く反応に、胸の奥がちくりと痛む。

 それでも、予想通りの結果だったから耐えられた。

 けれど、マシロさんは拒んだ理由があると信じて疑わず、ニルも何かの間違いだと腕を掴んでくる。

「あいつ、困ってるって言ってた! オスが喧嘩もせずに頭まで下げたんだ。いじわるしないで助けてあげようよ」

 ニルは、漢らしい天月を気に入ったのだろう。彼らを囲おうと良心に訴えかけてくる。

 掴まれた腕には、鋭い爪が食い込んでいた。加減を知らない魔人に体を揺らされて、今にも肩が外れそうだった。

「私も頑張るわ」

 ニルに加勢するように、マシロさんも期待を重ねてくる。

 しかし、二人の瞳に映るものは、僕に似た全く別の誰かのように思えてならない。

「……やめてください」

 僕は堪らず、両手の二人を払いのける。

「天月さんを助けたいなら、二人で決めればいいんです。僕に言わないでください」

 そんな子供じみた台詞は出てくるのに、本当に伝えたい言葉ばかりは声にならない。

(もっと力があれば……)

 形ある窒息感が、胸を焦がした。

 マシロさんとニルの笑顔を守る。それすら満足にできない自身の無力と怠惰を悔いた。

 けれど、魂にへばりついている祝福を片手に、せせら笑っている心があることにも気がついてしまう。

 ただ願えば叶う理想を前に、努力など不要だと囁かれる度に、全身の力が抜ける思いだった。

(どうして……)

 叶うことなら、”他人をしあわせにする”スキルが欲しかった。心の底から相手の幸福を願える自分でありたかった。

 けれど、マシロさんは、俯く僕を呼んでくれる。

「レイは、どうしたい? 」

 彼女は僕の手に指を絡めると、微かに届く鼓動に尋ねるように言った。

「天月さんたちの力になりたいです」

 僕は、嘘を吐いた。

 それでも、今はこの答えが、精一杯のわがままだった。

「マシロさんは、いつも僕の手を引っ張ってくれますね」

「どうして笑うの? 」

「ごめんなさい。なんだか、おかしくって」

「わたしはレイのもの。だから、レイのしたいことを応援しているだけよ」

 マシロさんは小さく首を傾げると、それが自分の役目だろうと言い切ってみせる。

 それでも、暗い過去を思わせる言葉とは裏腹に、彼女の表情は明るくて、健やかに思えた。

 対して、ニルはひどくご機嫌斜めだった。

「ニル」

 僕は謝罪の気持ちを込めながら、彼女の名前を呼ぶ。

 けれど、ニルはこちらを向いてはくれない。

「いつもマシロばっかり。わたしだって頑張ったのに」

 ニルは何やら呟きながら、悔しそうに俯いてしまう。

 僕はめげずに、何度も呼び続けた。

 すると、彼女は耳を擽ったそうに回しながら、ゆっくりと振り向いてくれる。

「うるさい。聞こえてる」

 ニルは表情に迷いながらも、じっと僕のことを見てくれた。未来を見通す力を使わずに、こちらの言葉と行動を待ってくれている。

 ———ありがとう。

 そうして、感謝の気持ちを言葉にしようとした。

 その瞬間、血の呪いで心臓が痛んだ。

 ———ごめんなさい。

 そう言って、頭を下げようとする。

 けれど、胸の苦しさは変わらない。

「……ねぇ、ニル。明日、なに食べたい? 」

 やっとの思いで声にしたのは、そんな他愛のないひと言だった。

「う〜ん……」

 ニルは悩みながらも、近場の小川のせせらぎに視線を送る。

「お魚にしようか」

「わたしも、捕まえるの手伝う」

「たくさん釣れるかな」

「うん。きっと」

 そうして言葉を交わしながら、どちらともなく体を擦り寄せる僕らを、他人はどう見るだろう。

 天月さんは、困惑した表情でいた。比較的付き合いの長いマシロさんでさえ、声を掛けづらそうにしている。

「申し訳ないが、そろそろ返事を聞かせてもらえないだろうか」

 天月さんは、母子の状態を気にしながら催促してくる。

 答えは、元より決まっていた。

 それでも、今の僕は、昔とは違う。

 僕が居住まいを正すと、マシロさんは隣に座り、小さく笑顔を浮かべてくれた。ニルも顔こそ合わせてはくれなかったが、勇気づけるように背中を尻尾で叩いてくれる。

「天月さん。渦螺さん」

 味方をしてくれた女の子たちに恥じることのないように、身の丈の限り、精一杯に背筋を伸ばす。

「不束者ですが、ぜひご一緒させてください」

 僕らの返事を聞くと、天月さんは安心したように笑ってくれた。

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