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第11話 無能のフリをして旅に出ます

 レストの街に帰ってくると、ナツキが潤んだ瞳で胸元に飛び込んできた。

「レイ! もうっ、心配したんだから!」

「ごめんね、ナツキ」

「マシロちゃんも無事でよかった!」

 ナツキは僕から離れると、マシロさんにも同様に抱きつく。

「昨日はひどいこと言ってごめんなさい! ちゃんと相談に乗ってあげたらよかったのに、私ったら自分のことばっかりだった」

「そんなことない。ナツキのおかげで、私も夢を見つけられた」

「マシロちゃん、優しい!」

「く、苦しい……」

 マシロさんはナツキを鬱陶しそうにしている。それでも、彼女の強張った背中を慰めるように摩ってあげていたから、満更でもないようだ。

「めでたしめでたし」

 僕は昔話よろしく、締め括るように唱えた。

 しかし、ハヤトのため息がそれを許さない。

「ごめんごめん。ハヤトもよくやったと思うわ」

「ハヤト、ボロボロ」

「マシロさんを狙う悪者たちを蹴散らしてくれたんですよ」

「そうなの?」

「張り切り過ぎて剣がお釈迦になっちまったがな。だが、これはこれで気分がいい」

 ハヤトは壊れた剣を右手に誇らしげに笑った。それに釣られるように、マシロさんも気持ちの良い笑顔を浮かべる。

「マシロちゃん、随分と表情が柔らかくなったわね。何かいいことでもあった?」

 マシロさんはナツキに聞かれると、返事をする代わりに僕のことを見つめてくる。

 すると、友人たちは何かを察したように表情を曇らせた。

「またか」

「またね」

「……なに?」

 首を傾げるマシロさんの肩に、二人は躊躇いがちに触れる。

「マシロ。水を刺すようで悪いんだが、レイの()()は大半その場の勢いだ。だから、なんだ。あんまり真に受けるなよ」

「どういうこと……?」

「俺もナツキも、レイの被害者だってことだ」

「……二人も告白された?」

「誰にでもするわけじゃないのよ。それだけはわかってあげてね」

 ナツキが肩を竦めて苦笑する。マシロさんは恥ずかしそうに俯いてしまった。

 しばらくして、彼女は軽く握り拳をつくると、とんと僕の脇腹に当てて押し付けてきた。

「ばか」

「その、ごめんなさい……」

「違う。……そうじゃないの」

 マシロさんは謝罪とは別の言葉を欲しがっているように見えた。しかし、二日続けて早起きをしたせいだろう。睡魔に思考が鈍って、どうにも用立たない。

 それでも、通りを挟んだ向こう側で衛兵たちが不穏な話をしているのははっきりと聞こえた。

「女は見つかったか?」

「現在聞き込みを進めています。すぐに居場所は特定できるかと」

「何らかの犯罪に巻き込まれている可能性もある。一刻も早く見つけ出すぞ」

 衛兵たちは白髪の奴隷を保護する旨の命令を受けているようだった。しかし、その表情は下心にいやらしく歪んでいたから甚だ怪しいものだ。

「レイ。街を出ろ」

 ハヤトは真剣な面持ちで言う。

「そうだね。秘密基地も安全じゃないだろうし、この際だから旅にでも出てみようかな」

「俺から言っておいて何だが……その、いいのか?」

「ハヤトの言うことに間違いはないよ」

 僕は親友の提案を悩むことなく採用した。

 けれど、不安がない訳ではない。

「……マシロはただの奴隷じゃない。何か裏がある」

 ハヤトは僕にだけ聞こえるように耳打ちしてくれる。

 それでも、すでに心は決めた後だ。

「マシロさんをいろんな場所に連れて行くって約束したんだ。だから、ちょうどいいかなって。それに、逃げるのは得意だから。ほら、僕って影薄いし。案外見つからないかも」

「そんな生き方を続けてたら、いつか取り返しのつかないことになるぞ」

「その時は助けに来てくれると嬉しいな」

「馬鹿言え。誰が好きで男のお前を助けなきゃいけないんだ」

「そんなこと言って、困ってる時には誰よりも先に駆けつけてくれるハヤトのこと、僕は……」

「おい、やめろ! 倒錯した目で俺のことを見るな!」

「ひどい」

 僕はハヤトに拒まれて落ち込む。それなのに、ハヤトの方には気にした様子もないから、また悲しかった。

「……レイ。やっぱりレストは嫌い?」

 ナツキはおもむろに尋ねてくる。

 僕は何も答えなかった。

「私とハヤトと三人でマシロちゃんを守ればいいじゃない。うん、それがいいわ!」

 ナツキは僕らを引き留めようと躍起になっていた。

 しかし、こちら事情で親友たちの幸せを潰したくはない。

 そして、二人は僕の性格をよく知っている。

「……応援しろって言うんでしょ? わかってるわよ」

「ナツキには助けてもらってばっかりだね」

「そう思うなら恩返しの一つもしなさい」

「それは難しいかな」

「最低ね」

「うん」

 僕はナツキと顔を見合わせて苦笑した。

「……見てられないぜ」

 ハヤトは悔しそうに言う。

「なぁ、マシロ。どうにかしてレイの性根を直してくれよ。そんでもって、俺にもワンチャンスつくってくれ」

「協力関係ね」

「理解が早くて助かるぜ」

「嫌よ」

「即答かよ!」

「私はレイの所有物だから」

「いや、所有物って……」

 僕たちは発言の意図が理解できず反応に困る。

 けれど、不穏な言葉とは裏腹に、マシロさんは柵から解放されたように生き生きとしていた。

 それでも、未だ体は不安に震えている。

「レイ」

 マシロさんは僕に擦り寄ると、おもむろに首元を晒す。

「女の子がはしたないですよ」

 僕は距離を取るように腕を突き出した。

 けれど、マシロさんは僕の手首を控えめに捕まえると、自身の喉元にそっと当てがう。

「傷物だけど、大切にしてね」

 マシロさんはほっとしたように破顔した。

 自由を縛るばかりの枷に安心を求めるような言動に、僕らは返す言葉を見つけられない。

 それでも、マシロさんの瞳は未来に夢を見ている。七色の光を揺蕩わせている。

 しかし、一つ間違えば極彩色に濁る深淵を覗くような暗い瞳だ。

「マシロ。今日からお前も俺たちの親友だ」

「いいの?」

「ええ。正々堂々仲良くしましょう」

 僕らは自由に怯える少女を囲うことにした。

「初めてのお友達が親友なんて、素敵ね」

「よかったですね」

「すごいわ。また一つ夢が叶った」

 マシロさんは親友に挟まれて幸せそうにはにかんだ。

 けれど、これはほんの序章に過ぎない。

「ほらよ」

「立派なリュックだね」

「俺が遠征に使ってた装備だ。しばらく倉庫に置いてたから埃は被ってるが、旅に必要な物は一式揃ってる」

「やったね。うん、背中にぴったり!」

「私とお母さんからはフリントとナイフね」

「ありがとう、ナツキ」

「マシロちゃんには櫛と手鏡をあげる。旅先でも身だしなみには気を配らないとダメよ」

 僕らは親友からの餞別を手にレストの街を出た。

「落ち着いたら連絡入れなさいよ」

「俺も仕事で出ることがあるだろうから、その時にでも旅の話を聞かせてくれよな」

 ナツキとハヤトに見送られながら、二人で朝日差し込む森の街道を進む。

「レイ……」

「はい。朝日が綺麗ですね」

「ええ、そうなの!」

 マシロさんは目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

 陽光に照らされて燦然と輝く世界は、無限の可能性で満ちているように見えた。

 それでも、自ら未来を決めることで初めて色づく運命だ。

 天界から授かった祝福に従えば、約束された幸福へと導いてくれるだろう。けれど、スキルなんて得体の知れないものに、彼女の心を奪われたくない。

 だから、僕は大切な人たちの特別になるために、無能のフリをして旅に出る。

 そして、いつの日か現れるだろう運命を相手に真っ向から戦い打ち勝ってみせるのだ。

 ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。


 お知らせ: 1章の完結を節目として、毎日投稿は一旦終わりにしようと思います。はじまりの物語ということで駆け足でやってきましたが、2章からは弾と精根が尽きないように投稿していきます(1章と同じく、10話前後のボリュームとなる予定です)。

 2章では可愛い狼の魔人が登場します。ハチャメチャな彼女のことも、どうぞよろしくお願いします。

 それでは、また2章で!

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