第9話 悪夢の矜持
僕らは激しいノック音に叩き起こされた。
「ナツキ。お前、何時だと思って……」
「私のせいだ!」
玄関の戸を開けるなり、ナツキはぼろぼろと泣きながらハヤトに抱きついた。
「何があった」
「マシロちゃんがいなくなっちゃった」
「そんな……」
僕はマシロさんが置いて行ったと言う服を受け取る。畳み方も知らないのか、見様見真似で丸められたそれは、目も当てあれないほどにぐちゃぐちゃだった。けれど、不思議と感謝の気持ちだけは伝わってくる。そして、これがさよならを意味することも、なんとなくわかってしまった。
「……ふざけるな」
怒るのは嫌いだった。それは強者に許された傲慢だ。信念ある者の権利だ。スキルばかりで空っぽの人間になど、認められるものではない。
けれど、僕は猛烈にマシロさんに憤りを感じていた。
「いい人を見つけて捨てられるならいい。楽しい日々に忘れられるなら本望だ。でも、何もかも諦めるように去ることを許した覚えはないぞ、マシロ」
その不幸は全て僕のものだ。自由を求める君は、前だけ向いて歩かねばならない。
「レイ。使うのか?」
「嫌だよ。でも、僕は弱いから……」
「レイはレイよ」
「心配してくれるのは、いつだって二人だけだね」
僕は幸せ者だ。他人の人生を冒涜するようなスキルを持っているのに、二人は変わらず親切に接してくれる。
それでも、彼らは既に終わった相手だ。
「マシロ」
次は、君の悪夢を奪う。それが夢なき僕に許された唯一の生き方であり死に方だ。
「街が騒がしい。俺もついて行こう」
ハヤトは覚悟をもって直剣を帯びる。
「ナツキはお留守番ね」
「嫌よ! 足手纏いにはならないわ!」
「大丈夫。すぐに連れて帰ってくるさ」
「いってきます」
僕らはナツキを置いて夜の街に駆け出した。