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第8話 「神亡き世界で誰に誓う」

「とても広いわ」

「銭湯だからね」

 ナツキは私の髪をあわあわにしながら言う。

「水が温かい」

「何当たり前のことを言ってるの」

「声がぼやぼやするわ」

「音が反響してるからよ」

「レイにも聞こえてるかしら?」

「いいから、大人しくしてなさい。上手く洗えないでしょ」

 私は頭の上からお湯をかけられた。すると、ベタついた髪がサラサラに変わっているから不思議だ。

「ナツキは髪を洗う天才ね」

「もしかして、シャンプー使ったことないの?」

 私が頷くと、ナツキは体も洗ってくれた。

「シャンプーは髪を洗うのにはいいけど、肌に残ると悪さをするの。慣れてないなら、私に任せなさい」

 人に肌を触れられる感覚は擽ったくも気持ちよかった。けれど、彼女の手が首の瘢痕(はんこん)に触れた瞬間、背筋が凍る。

「あなた、奴隷だったのね」

 ナツキの責めるような言葉に、ズキリと胸が痛んだ。

「……だったら、なに?」

「らしくないと思っただけ。態度はでかいし、わがままだから」

「もう自由だもの」

「そんな不安そうな顔で、よく言えたものね」

 私は逃げるように湯船に浸かる。全身を包み込むような温もりは、一瞬とは言え嫌な過去を忘れさせてくれた。

「マシロちゃんにも、私のスキルは効かないんだ」

 そう言って隣に座るナツキは、少し嬉しそうに見えた。

「私はね、人を“魅了”できるのよ」

「便利な力ね」

「そうでもないわ。大人になっても上手く制御できないし、無意識に人間関係を壊しちゃったりしてね。私自身、争いに巻き込まれることも少なくなかった」

「さっき、私もって言ってた」

「ああ、レイね。あれは特別鈍いのよ。でも、おかげでたくさん助けられたわ。彼は私たちの恩人なのよ」

 ナツキは昔話をしてくれた。

「子供の頃の私は、いつも病院の前で泣いてた。お母さんが不治の病に侵されてるのに、医者たちは感染を恐れて診察すらしてくれなかったの。宝の持ち腐れよね」

「移る病気なの?」

「いいえ。お母さんは火山の救助隊員をしててね。意識不明の要救助者を救いたい一心で、毒性のある樹液溜まりを強引に突っ切ったのよ。そのせいで足は腐り果てて、高位の治癒スキルでも元には戻らなかった」

 ナツキのお母さんは仕事人間だったそうで、回復が望めないとわかるとひどく塞ぎ込んでしまったと言う。

「窓から山を眺める姿が見てられなかったわ。だから、私は街中の名医を回った。子供ながらスキルも駆使して必死に頼み込んだわ。でも、誰も助けてくれなかった。そんな時よ。ふらっとレイが現れてね、私に声をかけてくれたの」

「レイはお医者様なのね」

「いいえ。どこにでもいる子供だったわよ。頼りないもやしみたいな男の子だった。でも、彼はお母さんを蝕む毒を治してくれたの。それだけじゃない。みんなが羨むほどの“健康体”をくれた。おかげでお母さんは、今でも救助隊員を続けられてる。危険地帯に率先して行きたがるようになっちゃったのは困るけどね」

 ナツキは肩を竦める。でも、顔は楽しそうに笑っていた。

「レイはすごいスキルを持ってるのね」

「私も彼に助けられたのよ。スキルに振り回されなくて済むようにって“無敵”をくれた。ハヤトも同じ。親友の仇討ちのために“万夫不当”の力をもらって人喰いの魔獣を倒したんだから」

 そこまで言って、おもむろにナツキは私を見つめてくる。

「あなた、無能じゃないでしょ」

「…………」

「そうよね。言えないわよね」

 ナツキは私の心を見透かしたように言った。

 すると、突然ナツキの雰囲気が変わる。

「レイを馬鹿にしないで」

 脅すような低い声に、反射的に体が震えた。

「どうしてそんなこと言うの? ひどいわ」

「じゃあ聞くけど、何でレイなの? 彼なら無条件に守ってくれる。そう思ったからよね。何も持たないニートなら、優しくすれば捨てられないとでも思ったんじゃないかしら」

「違う! ……違うの」

 そう否定すると、途端に私の中でレイの価値が落ちていく。

 図星だった。ナツキの指摘に、私は何も言い返せない。

「一目惚れだとか、恩返しだとか。そう言う純粋な理由なら口出ししない。だけどね、自分が世話をしてあげなきゃとか、一人は可哀想だからとか、彼の弱みにつけこんだり、存在を貶めることを言うようなら許さない」

 私は糾弾を受けて、改めて心に触れてみる。けれど、昨夜の焼けるような熱は嘘のように冷めていた。

「一度だけ言う。レイを巻き込まないで」

「……あなたは私が嫌いなのね」

「ええ」

 突き放すような言葉は、私が何者かを思い起こさせて嫌だった。

「……わかってる。ここにずっとはいられないって」

 私はどこに行っても嫌われ者だった。けれど、レイは私を求めてくれた。だから、一緒にいていいんだと、そう思えた。

 しかし、それは私の勘違いだったみたいだ。

「レイに嫌われたくない」

 ぐちゃぐちゃの心の中から出てきたのは、そんなつまらない願いだった。けれど、今までの何よりも強い感情だとわかる。

 それなのに、ナツキにはため息をつかれた。

「マシロちゃん、私が言ったこと聞いてた?」

「でも、巻き込むなって……。嫌いだって……」

「だから、レイに正直に言いなさいって言ってるのよ! 助けてって、一緒にいさせてってお願いしなさいよ!」

「でも、レイの負担になりなくない……」

「甘えるな! 負担だと思うなら、何をしてでも返せ!」

「無理よ! ……避けられたくない。怖いの。もう一人は嫌」

 私は人の温もりを覚えてしまった。もう元の生活に戻りたくはない。元に戻って普通でいられる自信が持てない。

 私が小刻みに怯えていると、ナツキは肩を掴んで叫ぶ。

「いい! 耳の穴掻っ穿ってよく聞きなさい!」

「ナツキ……?」

「レイはね、あなたが可愛いから助けたの! 話がしたいから引き留めたのよ! 飾りたいからお金を使った。想われたいから優しくした。それなのに、あなたは誰でもいいって言うの?」

「……わからないわ」

 一人になるのは嫌だ。けれど、隣にいる相手がレイである必要はないように思う。

 だけど、私にはわかる。ナツキが隣にと望む相手は、きっと彼意外にいない。

「私、負けないから! 世界に認められるアイドルになって、今度こそレイを惚れさせるんだ」

「……そう」

「何終わった気になってるのよ。あなたも言葉にしなさい。あなたは、これからどうなりたいの」

「私は、自由になれれば……」

 そう言いかけた時、入口の戸が音を立てて開く。

「ナツキちゃん、声が大きいわよぉ」

「番台さん!?」

「他のお客様の迷惑になるから、ほどほどにねぇ」

「はい……ずびばぜん……」

 ナツキは顔を真っ赤にしてぶくぶくと湯船に沈んでいく。

「ナツキ。早まってはダメよ」

「恥ずかしいの! 放っておいて!」

「……ナツキちゃん。あまりしつこいと、レイくん目当てでうちに通い詰めてることバラすわよ」

「それだけは勘弁してください!!」

 ナツキの必死な声に、みんなは慣れっこなのか声を潜めて笑っている。

「もうやぁ!」

 ナツキは羞恥に耐えかねてお風呂を上がってしまう。

(馬鹿ね)

 そう呟きながらも、私はナツキの無防備な生き方に心から見惚れていた。




 僕がハヤトの武勇伝を聞いていると、ナツキが疲れ切った表情でロビーに出てくる。

「あれ、ナツキだけ?」

「レイ、今はナツキの心配をしてやってくれ」

「心配してないみたいに言わないでよ」

 僕はふらつくナツキを座らせて、ぱたぱたと団扇で仰いであげた。すると、彼女は膝の上に倒れ込んでくる。

「頭痛い。疲れた。吐きそう」

 弱ったナツキが珍しくて、僕は慰めるように頭を撫でる。

「ナツキは頑張り過ぎなんだよ。少しは肩の力を抜かないと」

「お前が言うか」

 ハヤトのツッコミに、僕は苦笑で返す。

「それはそうと、ナツキ。随分と熱くなってたじゃないか」

「聞こえてたなら言いなさいよ。怒られちゃったじゃない」

「レイは早々にのぼせて上がったから、何も聞いてないぞ」

「そう」

「なんの話してたの? 楽しい話?」

「ドロドロのガールズトークよ」

「そっか。じゃあいいや」

 僕はハヤトに冒険話の続きを強請った。

 しかし、マシロさんが後ろから声をかけてくる。

 助けを求めるような声音に、僕らは慌てて振り向く。しかし、予想外の光景に唖然とした。

「レイ。下着の付け方がわからないわ」

 マシロさんはブラジャー片手に、裸同然の姿で立っていた。

「マシロさん!? そんな格好で何してるんですか!」

「レイなら付け方わかると思ったの」

「わかるわけないじゃないですか!」

「俺は脱がし方ならわかるぞ」

「馬鹿なこと言ってないで、二人とも目を瞑る!」

「「痛ぁ!!」」

 ナツキから目潰しをくらい、僕とハヤトは痛みにのたうち回る。

 僕らの視力が戻る頃には、マシロさんはばっちりと服を着ていた。それでも、白いブラウスを着ていることもあって目のやり場に困る。

 対して、ハヤトはまじまじと見つめていた。

「マシロ、下着が透けてるぞ」

「エロハヤト、成敗!」

「なんで俺だけなんだよ!」

「視線がいやらしかった……気がするわ」

「口は災いの元だよ、ハヤト」

「指摘しただけだろ!」

「もっと言い方ってものがあるでしょ」

「ドンマイ」

「理不尽だ!」

 そうして落ち込むハヤトだったが、マシロさんに感謝されるとすぐに元気を取り戻した。

「あぁ、喋り過ぎて喉乾いた! レイ、一杯奢りなさい!」

「可哀想な俺にも恵んでくれ」

「もう買ってきたよ。はい、ナツキはフルーツ牛乳」

「やったぁ! ありがとう!」

「ハヤトはイチゴね」

「サンキュー」

「マシロさんは何がいいですか?」

「……そっち」

「コーヒー牛乳ですね」

 僕は瓶の蓋を開けてマシロさんに手渡す。

 しかし、マシロさんは僕の顔を見たまま固まっている。

「どうかしました?」

「……いいえ。何でもないわ」

 そう言うマシロさんの顔は少し赤かった。けれど、そのことを指摘するとそっぽを向かれてしまう。

 僕はどうしたものかと思い、友人たちに助けを求めた。けれど、二人は肩を竦めるだけで助言の一つもくれない。

「たまには鏡でも見てみたらどうだ」

「やだよ。ハヤトじゃあるまいし」

「あのなぁ……」

「レイに何を言っても無駄よ、ハヤト」

「言えてるな」

 そうして親友二人に冷めた視線を注がれると、流石のニートでも傷つくものがあった。

(鏡なんて見て何が楽しいんだろう)

 僕は自分の写し身に問いかけてみる。けれど、御伽話のように都合よく答えが返ってくることはなかった。

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